3.エルマとケネス(3)
エルマの準備は整ったらしい、と見てケネスは立ち上がり儀礼を執り行う。
部屋の中央の小高くなった玉座に座る王女に歩み寄り、一礼した。
「Apollo benedicat《太陽神の御加護があらんことを》」
足元に跪き、黄金に輝くエルマのハイヒールに口づけをする。エルマはケネスの礼に応えた。
「Principissa condonavit《王女は許されり》」
「面を上げよケネス。そう堅苦しうするでない。我々は既知の間柄、こうして私が公務に就くのも初めてのことだ」
「おやおや王女様。これでは以前と立場が逆転したようですね」
「礼節を弁えよ、裏切り者。そなたの分際でここに立てることを光栄に思え」
「これまた、手厳しいですな」
そう言うとケネスは翻り、自席へ戻った。机上には万年筆と10冊を数える白紙の本達。ケネスは自分の仕事を知らされてこそはなかったが、大方わかっていた。
「私にあなたの歴史を書けというのですね」
「その通り。陛下に残された時間ももう長くはない。私が即位するまでにどうしても私の歴史を残さなければならない。少女エルマとしての記録の不在は、今後数百年にも渡る我が治世の歴史の土台が無いに他ならない」
「私が拒否すると言えば」
「何度言わせれば分かる。礼節を弁えよケネス。当局からの、いやここではその名前で呼ぶのは相応しくないな。「諫奏機関」からの命令だ」
「過去の恩義を忘れるような御方であれば、即位なさろうとも困難が伴うことは明白だ。どうしてあなたが……」
「口を慎め、ケネス」
ウェルタの怒声が荘厳な光陽の間に響いた。
「国賊元老院の主張を代弁するより先に、第一書記官としての仕事を全うしろ。話はその後だ」
「ウェルタの言う通り。ケネス、我はそちの腕を信頼している。そうでもなければこんな大仕事を任せはしまい。聞いてくれるか」
ケネスをたしなめたエルマはその答えを待たずして語り始めた。ケネスは筆を取り、記述を始めた。