2.エルマとケネス(2)
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略奪の渦中にある東京を眺め続けていたエルマが、その都市の消滅を察したのはネオアレクサンドリアの街に来てから3ヶ月程経った時のことだった。
大火は消沈し灰色の大地が広がる故郷の姿を初めて新聞で見、涙が溢れゆくのを感じた。モジュールに籠もり、涙が乾くのを待った。それでも胸を締め付ける圧力は日に日に強まる。緑溢れる階層都市の景色を再三思い出し、襲撃の責任を自分に絡めた。「私が生まれていなければ」と。
侍女はケネスに毎日エルマの様子を伝えた。しかしケネスは何もできなかった。彼には権限がなかった。だからこそ放置した。放置に正解を求めた。
その判断はあながち間違いではなかった。というのは1ヶ月間も経たない内にエルマは引き籠もるのをやめたのだ。
エルマは外に出るようになった。教会に赴くようにも、高等学院に通うようにもなった。彼女の雰囲気は大きく変わり始めた。
学院の指導教官はケネスに、何故養子として迎え入れないのかと耳にタコができる程尋ねてくるまでに、エルマを絶賛した。彼女の正体は内密であった。アルプレヒトの門下でさえ知る者は限られていた。
ネオアレクサンドリアの開発は3年も経たない内に劇的に進み、最早地上都市と見分けがつかない領域に達した。
ある日、ケネスは思い立ってエルマを公園に連れて行った。街が見渡せる高い丘のある公園である。上を見れば太陽管が円柱状の都市の空を貫いていた。太陽管の中を太陽神アポロンの加護たる新太陽《APOLLON》が地球時間1日を掛けて直進している。それでいて夜になっても太陽はうっすらと見えるのがこの街の可笑しな所だと父がぼやいていたこと、空の向う側にある街の様子が見えないのは、高純度プリズム技術の賜物だと技術委員が自慢気に語っていたこと、そんな話をエルマに言って聞かせた。
出会った頃のエルマとは最早別人のように彼女は食いついて何でも質問した。
「それじゃあ、あの奥に行けば新太陽が出てくるところが見られるってことですか?」
「高純度プリズム技術、水滴の高度な応用でしょうか……、いったいどのようなものなのでしょうか??」
そんなことまでは分からない、とケネスは頭を掻いた。
「僕が知る限りじゃ、あの奥にあるのは「フロンティア」と呼ばれる町だ、というところまでかな。ネオアレクサンドリアとはまた別の町。君が望むならフロンティアに連れて行ってあげたいのはやまやまだけど、僕はもうじき元老院に入ることになる。暫くの間はちょっと難しいかもしれないね」
エルマは少し残念そうな顔をした。
「ケネスおじさんが元老院に入ると、私はどうなるんですか」
「君はいつまでも僕の庇護下に入っているわけにはいかないからね。いつか出ていくことになる。政治家としても、技術者としても、はたまた戦闘員としても君は栄転するだろうよ。君がやりたいことをすればいい」
丘の上に着く頃にはもう太陽が遠のいていた。空の色は緋色に輝き、モジュールが多層的に積み重なってできた町を紅色に染め上げた。時刻を告げる教会の鐘が鳴り響く。これが人の力で動いているんですね……とため息を漏らしながらエルマは呟いた。
「私は私の責務を果たすまでですよ、議員殿」
「おいおい、ちょっとやめてくれよ恥ずかしい。まだ僕は親父の秘書だぞ」
ふふふ、とエルマが笑う。「『親しき仲にも礼儀あり』です」と加え、そのまま続けた。
「隠していたようで申し訳ないのですが、先日当局から私宛に連絡がありまして。私は暫くの間軍務に就くことになるようです」
「それは初耳だ。どうしてまたこんな急に」
「主に対して黙っていたことを再度お詫び申し上げます。理由は、と申しますと、先日よりタシュトによる攻撃が再度活発になっているらしいのです。私が配属されるのは高度任務、いわゆる雑兵のそれとは違うと思われますが、やはり命の保証がないことに変わりはありません」
ケネスは我が耳を疑った。王位の継承者をそのような任務に就かせるという当局の判断を疑問を呈せざるを得なかった。
「私は普通の人とは違う。生半可な衝撃では死なないし、腕が断ち切れようと意識が飛ぶこともありません」
そう聞いてもケネスはやはり納得しかねた。
「君は……それでいいのかい?街の破壊の末には、君は本当の意味で責任を負うことになる。たとい東京のそれの傷が浅くとも、今度の刃はずっと鋭く君の傷痕をえぐる事になる」
「覚悟はできています。固より女王陛下の決定は絶対です。当局がいくら神託頼りだと揶揄されようと、それは陛下の直属の機関である以上、私にはどうにもできません。それに……」
エルマは新太陽を背にはにかんで言った。
「安心して下さい。この国には太陽神の加護があります。タシュト風情の卑劣な敵襲など蹴散らせることでしょう」
時が経ち、エルマはケネスに配属地さえ教えず独りでに旅立った。奇遇にもそれはケネスが元老院に初めて登場する日と同じであった。