最低の出会い……?(2)
「うう、まだヒリヒリするーー」
久々利さんから平手打ちを貰った午前から時間が経って今はお昼休み。
今日は朝からバタバタでお弁当の準備も忘れてしまっていたから学食でご飯を食べてきたところだった。
「不幸って重なるもんだな……」
あの事故の後、久々利さんはバッと立ち上がって肩をぷるぷると震わせながら走って行ってしまった。
そのあと廊下ですれ違う事も何度かあって、謝ろうとしたんだけどーーその度に顔を背けてどこかにいってしまって。
「うぅ、なんとかならないかなぁ」
多分、今声をかけると逆効果な気がするんだよね。落ち着いて話を聞いてもらえる時に謝るしかないのかも……。
「あの、花枝くん」
「あれ、委員長?」
委員長が学食に来てるの珍しいね? いつもはクラスでみんなとお弁当食べてたはずだけどーー。
「学年主任の竹島先生がね、お昼終わったら職員室に来て欲しいって」
学年主任の先生? え、ぼくに何の用だろう……。
「分かった、教えてくれてありがとう委員長」
「ううん、それじゃまた」
委員長に手を振ってから職員室に向かう事にする。
学年主任の先生がぼくに用事があるって……どんな話されるんだろ? 少し考えてみたけど思い当たる節が浮かばない。
う〜ん……。
例えば直近で起こったこととか?
最近起きたことーー。
も、もしかして久々利さんとのこと!?
ぼくがわざと久々利さんにセクハラをしたって言われて、それで先生達が怒ってるとか……?
どどどどどうしよう! この後みんなの前で「この人はセクハラをしてきた変態野郎です」とか言われるとか!?
父さんも呼ばれて今回の責任を取らされる事になったりして……。 最悪の場合ーー学校も退学になるかもしれない!
「どうしよう、ぼくがセクハラ罪で捕まったりしたら……そのせいで家族が不幸になったら……」
嫌だ! そんな事になったら絶対嫌だ! 親族もそうだし、しょうちゃん達にだって迷惑がかかるかもしれない!
「よし……!」
謝ろう、ちゃんと久々利さんに話をして誠心誠意謝るんだ。
その為にもまずは先生達の誤解を解かなくちゃ……!
「頑張るぞ……!」
ぼくは心の中で腕を天高く上げて自分を鼓舞したーー。
◇
「いやぁ! まっさか花枝の息子がウチに入ってくるとは思わなかったよ!」
がっはっはっはっはと職員室に響き渡るくらい大きな声で笑っているのは、先程ぼくが会うのを危惧していた学年主任、竹島和彦先生だった。
「アイツなら『ウチの可愛い可愛い息子を竹島のいる学校なんざには入れておけねぇ!」なんて言うと思っとったが」
「ぼくもびっくりでした」
まさか先生が父さんと母さんの担任だったなんて!こんな偶然あるんだ……!
「実はお前さんが小さい時に会ったことがあるんだが赤ん坊だったしな、覚えてはおらんだろう?」
「はい、すいません……」
一番小さい時でも小学校?辺りまでの記憶しか無い気がするーー。
「何も謝るこたぁない、だが……そうかそうか。 確かに今のお前さんは高校の時のお母さんにそっくりな顔をしておる。」
「母にーーですか?」
「あぁ、もし今も生きていたらそりゃぁ、お前さんの事を可愛がっていただろうよ……」
「そう……ですか」
母さんはぼくが小さい頃に亡くなってしまったーー。 まだ物心つく前だったこともあって一緒に過ごした記憶はあんまりなくて、唯一家族で撮った写真だけが母さんを鮮明に記憶できるものだったと思う。
「ーー母の話をよく聞かせてくれたんです。 今はあまり覚えていませんが、小さい頃のぼくは母の事を嬉しそうに話す父が好きだったようで、よくお話をせがんできたと言っていました」
「そうかそうか!確かにお前の親父は奥さん一筋だったからな」
先生はどこか納得したような様子で頷いていた。
もし機会があれば父さんと母さんの学校での生活とかも聞いてみたいな……。
「それにしても……ふむ」
ん、何だろう急にジッとぼくの顔を見てきて。
「お前さん」
「ーー今まで何人とケンカしてきたんだ?」
「え。」
急に何を言い出すんだこの人……?
「とぼけるなとぼけるな? 高校の頃《秋桜の殺戮龍》なんて呼ばれてた親父の血を継いでるお前さんがピュアって事もあるまいに」
ーー何その物騒なあだ名。 てか、え? 父さんて昔不良だったの!?
「なんだ、その様子だと知らなかったのか。 お前の親父さんの《一日学校血祭り体験》は結構有名なんだがなぁ」
聞いた事もないよそんなの!? それに、うわぁ……。 いいよいいよぼくが知らないと分かって説明したそうにウズウズするんじゃないよ!
「他校とケンカしてくる度に心配したお前の母さんに怒られてボコボコにされるまでが流れだったんだよ。 あれは今思えばウチの高校の名物みたいなもんだったなぁ〜いやぁ、あの頃は青春してた!」
最低だよ!! ケンカをする父さんも悪いけど教師なのに面白がってるあんたも充分最低だよ!!
「じ、実の息子に向けて話す両親の思い出じゃないですよそれ……」
「はっはっはっはっはっは!! すまんすまん! 親父に似てイジリがいがあるんでついな?」
「言い訳にもなってないよ!」
親の黒歴史をネタにされる息子の気持ちを考えて欲しい……。
「まああれだ。 お前さんの今の生活環境については親父の方から聞いとる、何か困ったことがあれば遠慮なく頼っとくれ」
「は、はい……」
「親父さんと一緒で今はお前も俺のーー生徒なんだからな」
「は、はぁ……」
もしかしてぼくが今一人で暮らしてる環境を心配してくれてたのかな。
ま、まあ最初は戸惑ったけど、初印象と比べて悪い人じゃないのかもしれない……途中の話は絶対要らなかったけど!
ともあれ、父さんと母さんの昔の話も聞けて良かったし、次の授業も頑張ろうーー!
「失礼しまーーぶふ!」
扉を開けて出ようとしたら正面にあった何かにぶつかってしまった
んぐぐ……息ができない。 何だろこれ、壁かな?
ぶつかったものの正体を確かめるために手を出してみる。
ーーむにゅ
ん?なんか柔らかいーーでも触れた事のある感触が……でもどこだったか覚えてない……。
考えてる間も手を離したり掴んだりを繰り返すーー。 するとそれはビクっと跳ねるように動いてる。
生き物? この体勢だと何が起こってるか全然分からないや、もう少し強く触ってみよう。
ーーむにゅにゅ!
「ーーひゃあっ!」
え? いまの女の子の声? しかもどこかで聞いたことがあるような……
ーーちょっと待って。 今のこの状況似たような事が最近あった気がする。 しかももっと具体的に言うと今日の午前中に……!
おおよそ考えた中で最悪のケースに怯えながら恐る恐る顔を上げる。
なんでぼくは忘れてしまっていたんだろう。
きっと職員室に入る前と想像していた事が違って、良いことがあったから浮き足だっていたのかもしれない。
そのせいで忘れていたんだと思う、そういえば今日のぼくはすこぶるーー
「あ……久々利さ」
「…………っっっ!!!」
運がわるかったんだーー。
◇
「なるほど二回も……」
「うう……」
「それは何というか……一回ならまだしも二回目となるともう事故とは言えないしな……」
放課後、学校が終わるのと同時に下校したぼくは先日起きた久々利さんとの事をしょうちゃんに相談している。
最初はニヤニヤしながら聞いていたしょうちゃんも、ぼくが同じ日に二回もやらかした話を聞いて若干同情の色を見せてる。
「これは難しい問題だな、空としては謝ったうえで先日の誤解を解いておきたい。 けど相手は話に応じてくれずそればかりか思いっきり避けられてると……」
「せめてちゃんと謝りたいんだけど……その」
「ああ、お前のことすげえ顔で睨んでるもんな」
そうなんです……何ていうか、話しかける以前に半径5m以内に入ると、それまで笑顔だったのがそれはもう……阿修羅のような顔つきで……。
「まあ現状どうにもならんし、話を聞いてくれるようになるまで待つしかないかもな」
「そう、だよね……」
うぅ、これからの学校生活を考えると気が重い……。
「ゲーセンでも行くか? 気を紛らわすってワケじゃないが久しぶりにパーっと遊んでーーげ」
ん? しょうちゃん急にしかめっ面なんかしてどうしたんだろ。
「空、俺今日お前ん家行きたいわ。 てか行くわ、決定。 よし今すぐ行こう、とっとと行こう」
「え、しょうちゃん急にどうしーー」
「ーーあたしから逃げようなんていい度胸してるじゃない。 ねえ、翔太?」
さっきまでそそくさと移動しようとしていたしょうちゃんの動きがビタっと止まる。
てか、あれ? 今の声ってーー
「藍里さん!?」
「そぉくん久しぶりぃ!!」
「わわわ!!」
びっくりしたぁ! きゅ、急に抱きつかれるとその、首筋から漂うローズ系の大人の香りが……てか藍里さん首! 首絞まってるから! い、息ができなーー
「この前ぶりだねぇ! 元気してた?? ってまた痩せたんじゃない? だめだよぉご飯ちゃんと食べないと!」
「藍里落ち着け、空が息してない」
「なによ翔太? お姉様と呼びなさいっていつも言ってるでしょ。 ってきゃぁ!? そぉくんが伸びてる!? しっかりしてそぉくん!」
「ーーは!?」
いま一瞬なにかの川を渡りかけたような……何の川かは思い出したくないけど……!
「良かったぁ……生き返ってくれて」
「はははは……。 ぼくも戻ってこれて良かったです……なのでそろそろ離してもらえるとーー」
「そうだねぇそぉくんは戻ってこれて偉いねえ! よしよし!」
あ、あのお姉さん。 頭を撫でてくれるのは大変嬉しいんですけどそろそろ話を聞いていただけると……。
「藍里、空が困ってるからいい加減離してやれ」
「ええ!? でも久しぶりに会ったんだしぃ!」
「まだ一月も経ってないだろ、それに平日にお前がここにいるって事は母さんーー社長からの用事だろ?いいのか油売ってて」
「う……!」
「俺は庇わないからな?」
「ーーはぁ、分かったわよ。 あのね、事情をかいつまんで話すと来月の特集で使うはずの別の事務所の子が撮影前に《飛んで》スケジュールに穴を開けちゃったらしいの。 で、あそこの編集長と仲が良いママがウチの事務所から代わりの人を出すって事に決めたらしいんだけどーー。」
「あー……なるほどな」
「先方としては是非また《くぅちゃん》にお願いしたい!って事らしくてさ」
そこまで話すと二人は揃ってぼくの方を見る。
「良いですよ」
「即決かよ!?」
「ほんとに!? ありがとうそぉくん!」
「いえいえ」
「ちょ、良いのか空?」
「うん、藍里さんにもお母さんにもいつもお世話になってるしぼくなんかで良ければ」
しょうちゃんの家族にはいつも助けられてるし、恩返しはしないとだよね。
「……ああは言ってるが契約上お前には断る権利があるんだからな?それにまだーー」
しょうちゃんは本当に心配したのかコソッと耳打ちしてくる。
「心配しないで?最近は本当に調子が良いからさ」
ーー《発作》も起きてないしね。
「……なら良いんだが」
「それじゃ向かいましょうか!えーと、場所はーー」
ーーそういえば父さんからメッセージがきてたな、帰り遅くなると思うし連絡だけは返しとかないと。