最低の出会い……?(1)
「おはよ〜!早坂くん、花枝くん!」
学校の門をくぐったところでクラスメイトの女子二人に挨拶される。
「おはよう伊藤さん、佐々木さん」
「……はよ」
しょうちゃんが挨拶を返すと女子達はキャー!と嬉しそうにしながら校舎の方に駆けて行く。
「しょうちゃんの人気は高校に入っても変わらずだね、まったく羨ましい事で」
「モテるって事が必ずしも良いとは限らないぞ空……」
その発言が既に贅沢な悩みだと思うんだけど……。
中学時代から早坂翔太という人間はモテる。 それはもうすっごくモテる!
イケメンな上に気配りができて性格も良い、更には180以上はある恵まれた体格で部活の助っ人を頼まれては大会で好成績を残していってる。だけどどの部活にも正式に所属しているわけじゃないから他校からライバル校の選手や噂を聞きつけた女子達が放課後押し寄せて校門前で出待ちが起きた事もあったんだっけーー。
それだけ充実してれば楽しいだろうなとぼくは思うけど当の本人はこうやって周りを見渡してはため息をついている。
「ほらしょうちゃん、あっちの方で女子が手を振ってきてるよ!振り返してあげなきゃ」
「おまえ、あれに笑顔で手なんか振って反応してみろ。 たちまち後をつけられるようになるかいつに間にか彼氏扱いだ」
「あはははは!そんな事あるわけないじゃん、しょうちゃんそういう冗談も言えるんだね?」
「はははは、そうだな。 普通冗談だと思うよな」
「俺もそうであって欲しいよ……」なんて言いながらしょうちゃんは死んだような顔で明後日の方向を向きながらぶつぶつと呟やいている。
◇
しょうちゃんをクラスまで引っ張って行くとぼくの席に座りながらうんうん唸っている先客に声をかける。
「ーーおはよう隆成くん」
「話しかけないでくれ空、俺は今英語の小テストの勉強で忙しい」
うん、それは見てれば分かるんだけどーー
「何でぼくの席でノートと教科書を広げる必要があるのかな?」
至極真っ当な質問をすると、隆成くんは僕の方を向いてやれやれと頭を振りながら返してくる。
「パワースポット……って知ってるか空?」
「パワースポット?」
「人間が地球の大地から気を、力を得ようという考えが生まれそれを摂取できる場として認められた地をパワースポットと言うんだ。だがな、俺は何もその手の有名な場所にだけ力が溢れているとは思わない。今俺たちが過ごしている何気ないこの空間にも気というものは溢れている、そうは思わないか?」
「それはつまりーー?」
「そう!この中で一番成績が良い空の席に座って気を貰えば!俺にもその学力が身につくはぶぁ!!」
「うわ、びっくりした!」
いきなり隆成くんの頭がすごい勢いで机に叩きつけられたんだけど!
ぼくが目の前の出来事に驚いていると隆成くんの隣に立っていた大柄の男子、
「すまんな空、俺が遅れて登校したばかりにこの馬鹿が迷惑をかけた」
秋屋 昇くんが申し訳なさそうに手を合わせていた。
「ーーてんめぇ、昇!いきなり随分な挨拶だなぁ?お前のせいでさっき覚えた単語が全部飛んじまったじゃねえか!」
隆成くんが強打して真っ赤になった鼻を抑えながら昇くんに抗議し始める。
「ふん、お前がまた訳の分からない理論で空に迷惑をかけてるからだろうが、それに一夜漬けでどうにかなる頭は持ち合わせていないだろう?」
「そんなのやってみなきゃ分かんないです〜馬鹿と天才は紙一重って言うしもしかしたら地頭はめちゃくちゃ良いかも知れねえだろが!」
「紙一重か。それなら自分が何の勉強をしているか今一度教科書を確認してみろ、それで分かる。お前は間違いなく」
そう言われた隆成くんが確認した表紙にはーー
「馬鹿の方だ」
《数学I》と書かれていた。
◇
「いやあ笑った笑った!てか今思い出すだけで……ぷくく」
「笑いすぎだろ翔太!」
朝の出来事から数時間が経ち今は体育の時間。 うちの学校は二クラス合同で人数が多いからか、ある程度競技を決めてローテーションで回す事になっているらしい。ちなみに今の時間男子はバスケット、女子はバレーをやっている。
さっきまでぼくたちの番だったので今は交代して休んでいるところだったんだけどーー
「だ、だってさ!yとかaxとかの文字式を見て英語と勘違いしちゃったんでしょ?ふはっ!いやどう考えても無理あるだろ!」
この通り、しょうちゃんは朝からツボに入ってはゲラゲラ笑ってる……。
「な、殴りてぇ……!」
「諦めろ隆成、どう考えても翔太じゃなくてお前が悪い……ぷっ」
「ああ!?お前も笑ってんじゃねえか!」
昇くんも今朝の事を思い出して笑っちゃってるよ、確かにあんなドヤ顔で意味不明な事してるの想像すると……ぷぷっ!
「空もか!?揃いも揃ってお前らぁぁぁぁ!!」
「うわ!ちょっ急に脇くすぐらないで!あははははっははは!」
「ちょ、やめっーーうははははははは!おま馬鹿、どこ触ってっ!てか秋屋!?俺と空置いてそそくさと逃げんな!」
ぼくとしょうちゃんが隆成くんにくすぐられているといつの間にか昇くんは端の方に避難していた、というか逃げるの早すぎない!?気配も無かったんだけど!
一通りくすぐられて、ぼくとしょうちゃんがぐったりしていると間に隆成くんが寝っ転がってくる。
「男なんて触ってもなんの得にもなんねえつうのな。 あーあ、どうせなら《くぅ》ちゃんの身体をお触りしてえよ」
「……!」
「どした急に?」
「馬鹿!お前見てねえのか今月の《7thteen》、くぅちゃんが表紙だったろうが」
「あー……そうだったか?」
「あーあこれだからモテ男はよぉ、良いか?この際だからもう一度説明してやる。彼女はな去年読者モデルのページの端っこに載るやいなや『この可愛いすぎる娘は誰だ!?』と話題になり、それいこう何度かの掲載を経て7thteenの専属モデルにまでなった天才なんだよ!それがくぅちゃんなんだよ!!」
「……そういえばそうだったな」
「お前の母ちゃんのところの所属だろうが、ちゃんと覚えとけよ」
「へいへーい……天才、ね」
ーー何でチラッとぼくの方を見るのかなしょうちゃん?
「……」
「どした空?黙りこくって」
「え!?べ、別に何でもないよ?え、隆成くんなに?」
「ーー?なに焦ってんだお前?」
ほんとに何でもないよ!……何でも。
「そういえば空には見せた事なかったな!」
「え?」
「くぅちゃんだよ、くぅちゃん!お前こういうの興味無さそうだけど見たら絶対ハマるから!」
「い、いやぼくはほんとそういうの興味ないからーー」
「遠慮すんなって!」
「いいって!ほんとに大丈夫だから!」
「ほら、このページの左側の子がくぅちゃん」
「ちょっと待って今どっから取り出したの!?」
体操着の中から出てきたように見えたんだけど!?
「おいうるさいぞお前たち!急に大騒ぎして、ほかの生徒に迷惑だぞ?」
ほら!昇くんも騒ぎを聞きつけて来ちゃったしーー。
「おう昇、ちょうど良いところに来たなぁ!実は空にくぅちゃんを見せた事なかったなって、布教するならこの機会だと思ってよ」
「なるほどそう言うことか……て! おい隆成、まさか貴様……!」
隆成くんが雑誌を見せるやいなや昇くんは顔を伏せてプルプルと震えだしたーー。 昇くんそうだよね!学校にこんな雑誌を持ち込むなんて校則違反だよね!一回ガツンと言ってやってよ!!
「貴様……」
「こんなくぅちゃん上級編を初心者に見せるなど!順番が違うだろうが馬鹿者が!!」
ーーーーは?
「そうか?このキャップにノースリーブの組み合わせとか俺的にかなりのどストライクなんだけどな」
「たわけ! 確かに良い!ノースリーブから見える細く健康的な腕などとても良い! が! それは普段ゆるふわワンピースやプリーツスカートを着こなす清楚なイメージのくぅちゃんが、ちょっと暗めのトーンでクールさを演出しているその《ギャップ》があってこそだろうがぁ!?」
おおよそ普段からは考えられない昇くんの姿がそこにはあったーー。 てかそっち側かよ!!いつものように隆成くんを諌める側だと思ったのにとんだ伏兵だよ!!
挙げ句の果てに「普段のくぅちゃんを見てる俺らファンと最初にこのページを見せられたルーキーとでは感じる破壊力のケタが違うではないか!惜しい!まったく口惜しい!」なんて力説し始めてるし!!
「キャー!!!綺花ちゃーん!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
なに!?今度は後ろから急に歓声が上がってるよ!
さっきまで熱論をくり広げてたみんなも「なんだなんだ」と顔を出してきてるしーー。
騒ぎが起きてる方に目を向けるとどうやらコートの中のとある女生徒に向けての歓声らしい、先程からトスされたボールをとんでもない力と跳躍力でスパイクして立て続けに点を決めていると近くの男子生徒が話していた。
「やっぱすげえな久々利の奴」
「なんだ隆成、知り合いか?」
「んーや、ただ噂はよく聞くけどな」
「噂とは何だ?」
「相変わらずお前はそっち方面からっきしなのな。いいか?」
そう言うと隆成くんはぼく達に聞かせるように語り出したーー
久々利綺花。 秋桜大学付属高校一年B組 成績優秀で運動神経も抜群、その容姿の良さから入学当初は告白ラッシュが起きるが全て撃沈。それを見た女子から妬みの視線を向けられてもいたが持ち前の明るさと面倒見の良さで瞬く間に学園中から好かれるアイドル的存在にーーというのが彼女のこれまでの様子らしい。
「ーー生徒会にも勧誘されてるらしいし、男女分け隔てなく接してくれるのもポイントが高いな」
「そうそう、実際俺らみたいなのにも優しくしてくれるし本当ええ娘やで」
「そうは思わないか菊地隆成くん!」
「なんだお前ら!?急に絡んでくんな!」
おそらく久々利さんのファンであろう男子が急に現れたと思ったら隆成くんに肩を組んで話しかけている。
その様子を見ていたしょうちゃんがぼくの方を見ると急にニコニコしだした。
「誰にでも優しい、ねえ……。 らしいぞ? どうなんだ、当の久々利さんに目の敵にされてる空さん?」
「ニヤニヤしながら話振らないでくれるかな?……ていうか何でそのこと知ってるの!?」
「結構話題になってるからなぁ、あの件は」
「う、嘘でしょ……?」
ほんとに……?ていうかしょうちゃんめ!他人事だと思って楽しそうにしてっ!!あの時ぼくがどんな気持ちでいたかーー
◇
「あの、よければ半分持ちましょうか?」
ぼくと久々利さんの出会いは教材を運んでいる久々利さんにぼくが声をかけたことから始まった。
「えっと……」
「あ、急にびっくりしますよね!大変そうに見えたので手伝えればって思ったんですけど……」
「そう、だったんだ。うん、それじゃ半分お願いしていい?」
「ーー!はい!」
久々利さんが持っている束から半分を貰って一緒に歩き出す。
「手伝ってくれてありがとう、私は久々利綺花って言います。よろしくね」
「C組の花枝空です。こちらこそよろしくお願いします!」
「……え!隣のクラスだったの?」
「はい、久々利さんはB組ですか?」
「敬語じゃなくても良いよ、そうそうB組。あ〜……まさか別のクラスの人に手伝わせちゃうなんて……」
「気にしないでくださ、じゃなくて良いよ。ぼくから声をかけたんだし」
「そう言ってくれると助かるわ、ありがとね?」
「いえいえ」
入学式の不機嫌そうな時と違って笑うとこんな感じなんだ、ちょっと躊躇ったけど声をかけて良かったな。
それにあの時は立て続けに告白されていたから、それで疲れていたのかもしれないしーー。
なんて事を思いながら談笑していると、角から走って来た女子生徒が気づかないまま久々利さん目掛けて突進しそうになるーー。
「ーー危ないっ!!」
「え?きゃあああ!!」
久々利さんを通路の端に寄せて危うく衝突は回避したけど、代わりに女子生徒がぼくの背中に突っ込む形になり、そのまま窓側の方へと体勢を崩してしまう。
「す、すいません!大丈夫ですか!?」
「いてて……ええ、大丈夫よ。そちらに怪我がなくてよか……!?」
いたたたた……とっさに手を出して支えられたから良かったけど、あのままだと頭打ってたかもーーん?
ーー何だろう、このふにふにした感触。
おおよそのぼくの人生の中で感じたことのないものだけど……
て!何で久々利さんの顔が目の前に!? え、しかもすごく真っ赤になっててーーそれに何でそんなに下を凝視してるんだろ?
ーーん、ていうかこの感触ってもしかしてーー!!
「ーーーーっっ!!!」
ぼくがそれを認識するのと、久々利さんの右手が振り上げられるのはほぼ同時だったと思う。