【天然危険物】作家は経験したことしか書けない説
黒崎 「こんにちは。黒崎かずやです」
チロン 「イマジナリー相棒のチロンなのです」
黒 「今回は『作家は経験したことしか書けない説』について語ってみようかと」
チ 「ほほー。性懲りもなく素敵な地雷フレーバーなのです。レッツ踏み踏み♪」
黒 「創作界隈には、何度となく論議が繰り返されている話題がいくつかある。〝作家は体験したことしか書けない〟という主張(以下、要体験説と呼称)も、そのひとつだな」
チ 「ちなみに御主人は、どういうスタンスなのです?」
黒 「要体験説には否定的。つーか、ひどく〝浅い〟理論だと思ってる。偏見と承知のうえで言うけど、要体験説を唱える人は小説を書いたことがないか、あるいは書こうとして挫折した人っぽい印象があるなぁ」
チ 「自分がくじけた腹癒せに物書きさんに難癖つけてる、と?」
黒 「いや、どっちかというと〝酸っぱいブドウ〟系。小説というもの自体を腐すことで、その世界に居場所を築けなかった自分を正当化してる感じ」
チ 「なるほど。ありがちな意識高い系闇墜ち腐れワナビですね。それはさておき、〝浅い〟ってのはどういう意味なのです?」
黒 「なにやら一理ありそうだけど、実は表面的な事象をなぞってるだけで、その奥の本質が見えてないってこと。
小説に限らず、およそ創作というものは、作者の知性と感性を切り売りする行為に他ならない。すべての創作物は、その作者の知性と感性の素となった体験的知識の埒内にある。
要するに、知らないモノは作れないってことだ」
チ 「むー。そんなの当たり前なのです」
黒 「まあ、聞けよ。たとえばフランス語を話せない作者に、フランス語が堪能という設定のキャラを操ることはできないわな。やったとしても薄っぺらい描写になる。そういう意味では、体験したことしか書けないというのは正しい」
チ 「ですよね。──あれ? でも御主人は要体験説に否定的なのでは?」
黒 「うん」
チ 「あうー。わけが分からないのです」
黒 「自分の知識が足りないなら、他人の知識で補えばいいだけのことだろ。前述の例の場合、フランス語ができる人の助言を得ればいいのさ」
チ 「うーん。正論みたいに聞こえるけど……それだと〝知らないものは書けない〟ことに変わりはない、とも思うのです」
黒 「ああ。それは認める。だけど他人の助力を得れば書けるのだから、結果として〝書けない〟わけではないだろ? 要体験説が〝浅い〟といったのは、そういうことさ」
チ 「きゅきゅー……なんか分かるような、分からないような……」
黒 「じゃあ、別の例を挙げよう。要体験説が正しいなら、人を殺した経験の無い作家に殺人犯の心情は書けないことになるよな?」
チ 「ですね」
黒 「でも、殺人事件の裁判を傍聴したり、殺人犯の手記を読んだり、犯罪心理学を勉強したりすれば、人殺しの心理をある程度は考察できるだろう。
あるいは人をナイフで刺したときの感触が知りたいなら、スペアリブ用の骨付き豚肉と牛脂等で人体にみたてた実験模型を作って刺してみればいい。
人殺しを実際に体験するのは決して許されないが、様々な方法で疑似体験することは可能だ」
チ 「なるほど。それなら分かるのです」
黒 「要体験説が〝浅い〟のは、そういう疑似体験をまったく考慮してないからなんだよ。たとえ体験的知識が無くとも、他人様から知識を拝借して想像力と感性を総動員すれば、それなりに〝リアル〟な描写ができるだろうさ。無論、相応の筆力があれば、だけど」
チ 「ふむふむ。──しかし、ボク様、ここでわりとクリティカルっぽい反論を思いついたのです」
黒 「ほう。言ってみ」
チ 「それなりにってことは、それなりでしかない。つまり疑似体験は実体験に及ばないのである! とか言ってみるのです」
黒 「お、意外と鋭いとこ突いてきたな」
チ 「ふっふふーん♪ もっと誉めれ。ついでに撫でれ。そして崇めれ」
黒 「誉めてやってもいいが、残念ながら満点には程遠いぞ」
チ 「なんですとー!? しっかりきっちり説明してもらいたいのです」
黒 「事実、疑似体験は実体験には及ばない。殺人犯の心情を真に〝リアル〟に描けるのは殺人犯だけだ。が、それは読者にも同じことが言える」
チ 「???」
黒 「つまりだ──要体験説を採った場合、小説に書かれた殺人犯の心理が〝リアル〟かどうかを判定できるのは、人を殺した経験のある読者だけってことになってしまうのさ」
チ 「あう……ですね」
黒 「作家が〝体験したことしか書けない〟のなら、読者もまた〝体験したことしか正しく読解できない〟と言える。その発想は、もはや物語というもの自体の存在価値の否定に他ならない。そうは思わないか?」
チ 「きゅきゅ~……ボク様、なにやら論破された模様」
黒 「結局のところ、要体験説は〝写実〟と〝現実味〟を一緒くたにしちゃってるんだよ。ドキュメンタリーならともかく、フィクションの小説が常に写実的である必要なんてないのに」
チ 「そうは言っても、最低限のリアリティーはあったほうがよくないですか?」
黒 「そりゃそうだが、問題はその〝リアリティー〟の定義だな」
チ 「リアリティーの定義?」
黒 「そう。これまた個人的意見だけど、フィクションにおけるリアリティーとは、あくまでも〝その作品の劇中世界において成立しうる事物であること〟であって、必ずしも現実世界と合致させる必要は無いのよ。
そのあたりを理解できない人が『中世欧州風の世界でトマトを食べるのはおかしい』とか『理論上、タイムパラドックスは存在しない』とか言い出す〝考証警察〟になっちゃうんだろうな」
チ 「おー。御主人、また別の地雷を踏んじゃったのです。考証マッポさんを敵に回すと激ヤバ厄介なのです」
黒 「いまどきマッポとか言う奴、いないと思うぞ……」
──終劇──
いかがでしたか?
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では、また──