1.そして彼は途方に暮れる
ワープという航法がある。
よく知られているとおり広大な宇宙空間を旅するために開発された航法だ。
空間を跳び越え、長い距離を短縮することができる。
最短なら地球から太陽までの距離である8光分程度、最長ならば隣の星系であるアルファケンタウリまでの4.3光年を超える5光年以上を軽々と跳び越える事ができる。
コストの問題さえ解決すれば、あと数年以内には更に距離が延びるだろう。
この戦闘艦のように金に糸目をつけずに新機軸を搭載したなら、わずか三回の跳躍で軽く200光年は跳んでしまうのだから。
200光年は遠い。
地球から見える星座と同じものは見える筈もないのは当然だ。
だが、地球から200光年以内にあるはずの恒星がひとつも見つからないということも無いはずだ。
急ぎ乗せ換えられたAIシステムによって、新型ワープ機構は予想を超えたはるか彼方に船体を運んでしまったのだろうか?
今、俺たちの船は名も知れぬ惑星の周回軌道上にいる。
眼下には青い海と緑豊かな大地が広がっており、植物以外の生命を育むにも充分な環境だと思われる。
地球からかなりの距離があるが、たぶん植民地になっているだろう。
逃亡者としては生存可能な惑星にたどり着いたことを幸運と思うべきだろうか。あるいは辺境とはいえ植民されている星の現地住民に発見され、当局に足取りを残すであろう不運を嘆くべきか悩むところだ。
とは言え、手配書が回ってくるまでまだしばらくかかるだろう。
電波は光の速さでしか進めない。だから宇宙では、かつての地球の大航海時代と同じように星間通信は船そのものの行き来に頼るしかないのだ。
いずれは超光速通信(FTLC)も実用化されるであろうが、それは未だ理論上の段階である。
ともかく現在の正確な位置や惑星の生態系の確認を済ませてから逃げ出しても遅くはあるまい。
位置確認は相棒に任せて俺は惑星に生物がいるか確かめるとしよう。
と、そこで相棒からのコールが入った。
この恒星系が所属する宙域に船がワープアウトして20時間も経っていない。
その僅かな時間で居住可能な惑星を持つ恒星系の発見から、その惑星の周回軌道上に衝突危険性のある微小天体の確認・除去、果ては200光年内外の恒星把握まで全て終わらせるとは、流石の次世代AI。
奴と知り合ってからの時間も結構長くなったが、相変わらずのぶっ飛んだ性能には恐れ入る。
「んぅ、あ~、今いいかな?」
その優秀なこいつが、こうも言いよどむのも珍しい。
つまり、あまりいい報告ではないということだが、聞かないというわけにもいかない。
因みに、喋り初めに「んぅ」とか「んっ」とか声がでることが多いが、これは言い淀んでいるわけではなく、こいつの癖だ。
AIに癖があるというのも何だが、これがこいつのこいつである所以だからしかたない。
「報告なら良いも悪いもないだろ。で、どうした?」
覚悟して訊き返したつもりだった。
だが、相棒の返事は俺が設定した「最悪」という大甘な予想を遥か天頂方向へとすっ飛ばしていく。
「んぅ。あのさぁ、半径200光年内にわれらが太陽系は存在しないんだよねぇ。探索範囲を1000光年に拡大しても、観測時間軸を前後10万年に広げても結果は同じ!
ん~っ、下手するとここが銀河系かどうかすら怪しいんじゃないかな?」
「はぁ!?」
思わず漏れ出した声が裏返る。
これは……、逃げ切った、と喜ぶべきなのだろうか……?