1章
この時期になると、人も街も妙に浮足立つものである。イルミネーションと鈴の音を聞きながら恋人と予定を立てる人もいれば、友達とパーティーをしようという人もいる。
そんな楽しそうなクリスマスムード一色の街中を、何が悲しくて一人でしょぼくれて歩かねばならないのか。瀬戸芳は窮屈なネクタイを少し緩める。大学4年の12月。就職の内定さえもらっていれば芳も学生生活最後のクリスマスを友人と盛り上がることができただろう。
数分前に来たメールには所謂お祈りメールと呼ばれるものの定型文が書かれていた。30社目を超えたあたりから数えるのも億劫になり数えていない。周りの友人は皆内定を貰っているというのに自分ときたら情けない。
友人たちからはクリスマスに一緒に飲みに行こうと誘われていたが、とてもそんな気分になれず断りのメールを入れた。
沈んだ気持ちを晴らそうと町中にある大きなクリスマスツリーを眺めてみる。
「まだクリスマスまで10日以上あるのに、みんなして浮かれやがって…」
思わず口をついて出た悪態の言葉にハッとして周りを見渡す。誰にも聞こえていないようだ。今の自分にクリスマスツリーは何の癒しにもなっていないことが分かったので、さっさと帰ることにした。
いつものコンビニによって夕食を買おう。今夜は一段と冷える。何か温かい飲み物も欲しい。
「あ、雪降ってる!」
知らない人の声に釣られて上を向くと、確かに白い綿毛のようなものがハラハラと舞っている。それは肌に触れると空気よりも冷たく、あぁ、雪だと思わせた。
地元にいた頃は雪なんて珍しくなかった。大学入学を機に東京で一人暮らしを始めて、冬なのに、こんなにも雪が降らないものなのかと驚いた。積もるのは一冬で数えられるほど。だから、雪を見ると懐かしい気持ちになる。今頃地元では大雪かもしれない。
クリスマスツリーを見るよりはいくらか気が紛れた気がする。
寒さのあまりコンビニまで待てず、自動販売機で缶コーヒーを買い、ベンチに座って飲む。
コーヒーが飲めるようになったのはいつからだったっけ。確か、大学受験の勉強をしているとき、眠気覚ましに飲んでいて、いつの間にか飲めるようになっていた気がする。最初は苦くてとても飲めたものではなっかたが、田舎を出て東京の大学に行くため、必死に夜もコーヒーを飲みながら勉強した。
そんなことをぼんやりと思い出しながらコーヒーを飲み干し、ベンチから立ち上がる。雪が強くなる前に帰ろう。この降り方はきっとこれから強く降るだろう。芳の勘がそう言っていた。