アンがぶち切れてしまいましたわ。3
聖女様の軽い挨拶にざわついていた会場も、流石に静まってきた。そして、再び、先輩騎士達から無言の圧が発せられた。気がつくと、しんと静まり返り、講堂は再び静寂に包まれた。
緊張感が最高潮に達した頃、一人の騎士が壇上に向かった歩いた。イエスタ・メクレンブルグ団長、私の叔父様だ。
200人以上の人間が集まっているというのに、物音一つしない、唯一、団長の歩く靴音だけが響いていた。
講堂は、更に静まり返った。
団長が発する存在感は尋常ではなかった。そして、彼を信頼する騎士達の態度がその存在感を更に高めている。気がつくと、中隊長以下全員が騎士の敬礼をとっていた。彼らの顔にあるものは絶対的な指導者への忠誠だった。
団長が得た忠誠は、力や勝利といったものだけでは無いのだろう。それはおそらく信頼、私は父から聞いた事がある。たった一人の名もない騎士の為、命をかけて魔物と戦い勝利した団長。絶対的な劣勢の中に励まし、共に力を合わせ困難を打破して来た騎士。それが私の叔父様イエスタ・メクレンブルグ、絶対的なタレント『剣聖』を持ち、それだけではなく、絶対的な人間性を兼ね備えた騎士の中の騎士。それが団長イエスタ・メクレンブルグなのだ。
それが絶対的な信頼という形で、全ての騎士の態度に現れていた。
中隊長でさえも一介の騎士も、団長と目が合うと、敬礼が最敬礼へと変わる。先ほど馬鹿犬(第三中隊長)が団長と目線が合い、最敬礼と、信頼の証だろうか? 笑みを湛え団長を見る。
さらなる静寂が会場全体に広がり、気がつくと、全ての人が団長の言葉を待っていた。
―――アクイレイア王国第一騎士団団長イエスタ・メクレンブルグ。
彼は、第一騎士団を完全に掌握していた。これが私の叔父様? 餌付けされている時には感じた事が無い敬意が溢れる。私の叔父様ってこんなにすごい人だったなんて
「(……結婚してくれないかな?)」
「(無理だから……)」
「(うるせぇ! アル!)」
失礼な奴だ。乙女の夢を壊すな。そうじゃなきゃ、お前がいい男になれよ! 見た目はいいんだから!
「皆さん、我が第一騎士団への入団、おめでとう。君達を仲間に加える事が出来て嬉しい」
檀上に上ったイェスタ団長は、優しい言葉で、口上を述べ始めた。優し気な言葉ではあるが、その声は凛として、気高い。誰しもが、彼の言葉を一言一句聞き逃すまいとしているかの様だ。
「(早く終わらないかな?)」
「(アル、殺すわよ?)」
「(やだな、冗談だよ)」
この圧倒的な圧にもアルは全く届っしない様だった。全くマイペースな奴だ。私でさえ緊張しているのに……
精悍に鍛えられた肉体と整った容姿、見事な長身。団長が羽織る青いマントは他の騎士よりも長く、膝まではある。そして白い騎士第一種礼装に包まれている。団長にだけ許される金のストライブの差し色、瑠璃色の裏地が鮮やかな青いマントをばさりと閃かせる。
差し色の金のストライブと同じく光り輝く勲章達は整った顔立ちを更に誇張するアクセサリーの様だ。銀の髪は、少し長めで肩まで届いており、襟足は青く染められている、そして、碧い瞳は宝石の様に輝いている。
「(ああ、結婚してぇー)」
「(だから無理って!)」
「(同意……)」
「(うるせぇ、アル! アン!)」
彼に魅入られたのは騎士だけではないだろう。整った顔立ち、輝く碧い瞳、銀のつややかな髪、すっと通った鼻筋、女性の様に赤い薄めの唇、整いすぎたこの騎士は既に芸術品なのかもしれない。だが、かれの存在意義はその姿形なのではない事は貴族の令嬢方にもわかっているのだろう。貴族の令嬢達にあるのは尊敬の眼差し……彼は完全な騎士であり、貴族でもあった。
「我ら第一騎士団、その全ての騎士は誠実であり、信頼しあおう、全ての民に忠節を誓おう。仲間を想い、家族を想い、祖国を想い、慢心しない自信、多大な訓練。王国騎士団の十戒を守り、最後の一騎までの血をこの国と国民に捧げよう。……我が騎士団の全ては、アクイレイア王国と共に!」
その声は、講堂に響き渡り、全ての騎士を打った。多分アル以外全員に……
騎士たちは高らかに叫ぶ。右手を胸にあて、団長への敬礼をし、騎士の口上を叫ぶ。
『我らの血の最期の一滴まで! 我らの全ては、アクイレイア王国と共に!』
以前は侯爵令嬢だったので、王侯貴族の演説を聞く機会も多かったが、これほど心が打たれたのは初めてだ。叔父様が唯の貴族ではない事は明白だ。
「(ああ、結婚してぇー)」
「(だから何回言わせるの!)」
「(二人共痴話喧嘩は後にしなさい!)」
「「(ええっ!)」」
アンに言われて、思わずアルと目が合う。頬が赤くなってしまった……
さて。会場中をいい感じに温めた団長の挨拶の後、不幸にも新入団騎士代表挨拶を仰せつかったのは、あの感じの悪い、アンと決闘する見習い騎士ロジャーだった。もちろん噛みまくりで、しどろもどろで、超笑えた。まぁ、無理もないかもしれないけどとも思った。
「笑うしかないわね。アン?」
「……いや、あれはクリスの叔父様が凄すぎるだけかも」
「まぁ、クリスの叔父さん中々やるね」
何なの? このアルからの上から目線は?
その後、進行役の第四騎士中隊隊長クルトがしてやったりの声で次の次第を告げた。
「続いて、新入団騎士同士の模範試合を行う。新入団騎士代表は第三中隊所属のアン・ソフィ・ヴァーサ、第四中隊所属ロジャー・ニーストローム及びヨラン・ヨンソン」
「………えええええええええええええええええ?」*6
新入団員は驚いた声を上げ、進行役の第四中隊隊長のクルトを見た。当然、例の二人がこちらを凄い勢いでガン見してくる。
「(悪くないわね。憎しみが籠った視線、心地がいいわ)」
「(ちょっと、クリスさん、他人事だと思ってるでしょ?)」
「(だって他人事じゃん?)」
「(そうだね。珍しく、クリスは関係ないね)」
「(ううう、そういえば珍しくそうね)」
アンが悔しそうに言う。けけけけけ、たまにはアンもやらかして、私がやらかしやすいから!
司会のクルトは、何度か咳をすると、タイミングを見て宣言した。
「実力を鑑み、第三中隊所属のアン・ソフィに対し、第四中隊所属の新入団の二人の騎士は2:1で対戦すものとする!」
「………えええええええええええええええええ?」*4
新入団の騎士は皆更に驚く、1:2という圧倒的な不利で対戦をさせる。それも実力を考え見て、それは正しい判断ではなかった。アンに太刀打ちできる新人騎士等一人もいない、全員まとめて戦っても勝てる筈が無い。私達第三中隊所属の新人以外では、というより、この騎士団でもトップクラスの実力を持っているのだ、アンは。その事を周知する事が目的だろう。騎士は実力が全てだ。貴族であるがなかろうが、騎士の中では皆同じ騎士なのだ。騎士の中で認められる為には剣と魔法を磨くしかないのだ。
司会のクルトは、更にタイミングを見て付け加えた。
「今回、第三中隊長より意見具申もあり、この新人模擬戦の後、第三中隊長フレデリクとアン・ソフィとの対戦を特別に催す」
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今度は誰も言葉を発しなかった。誰も声が出せなかったのだ。
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