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19/82

その頃、アウクスブルク帝国でも色々あったようです。2

 クリスティーナの国外追放と婚約破棄は皇帝にしぶしぶ了承された。皇太子カール達の政治工作は既に完了しており、皇帝も異を唱える事はできない状態だった。本来、貴重な聖女を国外に追放するなど、簡単に了承される事ではないのだ。それを可能としたのは、ひとえに皇太子をはじめとする、ベアトリスの信奉者の工作の賜物だった。また、幸い、ベアトリスは右大臣ケーニスマルクの娘であり、カールがベアトリスの婚約者となる事でまるく収まった。ケーニスマルクも又、我儘お嬢様のクリスティーナに辟易としており、可愛いベアトリスと皇太子が婚約する事を了承した。しかし、クリスティーナの裁判等寝耳に水であった。ましてや、国外追放はおろか極刑など彼にはとても信じられる事では無く、先手を打たれてしまっていた。クリスの父も決してクリスを完全に見放した訳ではなかったのだ。



 しかし、エドヴァルドからの報告は驚くべき内容だった。エドヴァルドはカールから下賜された、魔道具にてクリスティーナの動向を全て把握していた。


「正直、意外でした。牢から追放の地、ケルンまでの道中、鉄格子の入った馬車での護送に、さぞかし不満を漏らすだろうと思っておりましたが、クリスティーナ穣は不満一つ言わず、従っておりました」


 エドヴァルドは話に聞くクリスティーナ穣と自身の見てきたクリスティーナ穣の差異に戸惑いを覚えていた。エドヴァルドは聖女ベアトリスに奴隷だった頃、魂を救われ、道を外す事なく、健全な冒険者となり、今は皇太子カールの配下として働いている。本来、奴隷出身の彼がカールの配下となるなど、あり得ない話だが、ベアトリスの尽力で、それを可能とした。カールも又、ベアトリスの心に報いたく、快くエドヴァルドを迎え入れたのだ。


エドヴァルドにとって、恩人であるベアトリスやカールの為働く事に何の異存もない。だが......

「確かに、意外だ。あの女はほんの些細な事でも不満があると、不平不満を言う。自身が原因であっても、他のもっと不満を持つべき者がいてもそうだった」


「ああ、全くだ。それはその通りだ」


 カールの他、同意したのは、ベアトリスの信奉者、侯爵令息ガブリエル・フォルクング、魔法学園主席にして賢者のタレントを持つアドロフ・エリク、左大臣エリク家の嫡男でもある。


「クリスティーナ穣は二名の騎士により警護され護送されましたが、三人で仲良く談笑されておりました」


「クリスティーナが騎士風情と談笑? あり得ないな」


「ああ、騎士どころか、男爵程度だと汚わらしいとすら言った事もあるな」


「ああ、クリスティーナはそんな女だ」


 エドヴァルドは食傷気味だった。繰り返し行われるクリスティーナへの罵り、しかし、彼の見たクリスティーナ穣は全く別人としか思えなかったのだ。彼はクリスティーナ穣と直接話したことはない、見かけた事はあるが、近くに近づいた事すらないのだ。つまり、クリスティーナ穣の悪辣な姿を見た事がなかった。


「刑の見届け人男爵令息アルベルト・ベルナドッテ様は追放の刑執行の際、こう述べておられます」


「なんと言ったのだ? さぞかし選んだ言葉で、クリスティーナを罵倒したのだろうな?」


「ああ、当然だろう。彼はクリスティーナに恋していたが、酷い振られ方をしたと聞き及んでいる。それこそ、汚わらしいとさえ言ったそうだ」


「で、何と?」


カールがエドヴァルドに体を向ける。アルベルトの罵倒する言葉に興味があったのだろう。


「アルベルト様はこうおっしゃいました。


『クリス、僕は君を今も想っている。想うだけならいいだろう? だから一緒にいよう。この国で君を守らせてくれないか?』と」


「な!? 馬鹿な!」


「信じられない。アルベルト殿はどこまで人の良い」


「どうせ、すぐに呆れるだろう。クリスティーナに付き従って、気分よくなどできないだろう」


「その後、クリスティーナ穣は笑顔を浮かべて涙を流されていました」


 エドヴァルドはその時のクリスティーナ穣の笑みは周囲の者皆を魅了する程の愛らしい笑顔だった事を伝えなかった。騎士達と刑を見届けたアルベルトも魅了されただろう。他でもない、エドヴァルドは彼女の笑顔に魅了された。これは本当に話に聞くクリスティーナ穣なのだろうか? 彼の中で、疑問が数多く浮かんだ。だが、この事は主であるカールには話さないでおいた。彼のクリスティーナ穣への気持ちは誰よりも察する事ができたからだ。


「しかし、その後、こうおっしゃいまいた。


『・・・・嬉しい。私の罪はこれでもう消えましたよね?』


「......」


「いや、流石クリスティーナだな。厚顔無恥にも程がある」


「まさしくだ。罪を償う為の流刑ではなかったのか?」


「いや、あのクリスティーナらしい、やはりつけさせて良かった」


 エドヴァルドは最初この事は伏せようかと思った。しかし、彼の忠誠心がそれを阻害した。彼は既にクリスティーナ穣に同情的になっており、主の真意に従いクリスティーナ穣を斬り殺す事に抵抗を感じていた。今の彼女は、唯の市井の女性に過ぎない。それを殺してしまうのはあまりにも残酷な事に思えた。だから、彼は主達がクリスティーナ穣を許す事を期待した。


「その後、宿泊先のレストランでアルバイトを始められました。幼馴染のアルベルト様と仲睦まじく働かれておりました。宿は最初の日以外、馬小屋で泊まられておりました」


「クリスティーナが馬小屋で?」


「信じられない。あの気位の高い女がその様なところで?」


「まあ、あの女にも経済観念があったという事か......」


「これがクリスティーナが馬小屋で宿泊されている時の魔法写真です」


 エドヴァルドは隠し撮りしたクリスティーナ穣の寝顔を皆にみせた。ぐしゃぐしゃの髪、粗末な藁にシーツを引いただけのベッド。今のクリスティーナ穣のおかれた環境を知って欲しかった。今の境遇を知ってもらい、これ以上彼女を断罪する事を躊躇って欲しかった。


「ふっ、涎だらけの顔だな」


「この女は寝顔も又醜悪なのだな」


「まさしくだ。ベアトリスはさぞかし、素敵な寝顔なのだろう。間違っても涎など垂らさないだろう。大違いだ」


 エドヴァルドは自分の意図が外れてしまった事に憤りを感じた。彼にとって、この写真はお気に入りだったのだ。女性の寝顔など撮っていいものではないが、この写真はクリスティーナ穣の今の素顔なのだと思った。ぼさぼさの髪も、涎も愛らしく、そして、笑顔を浮かべた寝顔は天使の様に思えた。

「それで、あの女は何をしているのだ?」


「はい、カール様、クリスティーナ穣は冒険者となるべく、教習を受けております」


「冒険者だと?」


「まさか、自身の剣で、ベアトリス穣に復讐するつもりなのでは?」


「そもそもあの女に冒険者など務まるのか?」


「それは大丈夫なようです。クリスティーナ穣は魔法の天才のようです」


「なんだと!」


「それは危険ではないか!」


「そうだ、即刻斬り殺すべきだ」


「お待ちください。クリスティーナ穣はその後、知人の奴隷の女性エリスを助ける善行を行っておられます!」


「「「......なんだと!!!」」」


 三人は三人共驚愕の声を上げた。エドヴァルドは更に詳細を三人に話した。米問屋の娘が元番頭に奴隷に貶められ、両親を殺されてしまった事、奴隷となったエリスを救う為、クリスティーナ穣と幼馴染のアルベルトが元番頭を糾弾し、証拠を集め、エリスを解放した事。


「「「......」」」


 三人共声を失った。それ程信じられない事なんだろう。それにしてもとエドヴァルドは思った。この三人は何故これ程までにクリスティーナ穣を憎むのか? クリスティーナ穣は既に追放刑という重い罰を受けており、必要以上の罰を受けている。街の民は皇太子が聖女の一人を追放した事に憤りを感じている者も多い。聖女はアウクスブルク帝国にとってなくてはならない存在だ。一人より二人の方がいい。それを僅か5段の階段から聖女ベアトリスを突き落とし、怪我をさせたからと言って、追放してしまうなど、彼らの理解を超えた事なのだ。


「私にお願いがございます」


「な、なんだ。申してみろ」


「魔道具による監視では無く、クリスティーナ穣のお傍に行き、監視をさせてください」


「何故だ? 魔道具では監視しきれないのか?」


「いえ、私以外にクリスティーナ穣を監視、いえ、見守っている者がおります」


「ケーニスマルク家の関連か?」


「おそらくは、王国の騎士と思われる方々がクリスティーナ穣を見守っておりました。魔道具による監視は困難なものになるかと。気付かれますと、中々監視がやりずろうございます」


 カールはエドヴァルドの要望に許可を与えた。実際、これ以上王国の騎士に気づかれず監視するのは困難だ。いや、既に気付かれているかもしれない。


だが、エドヴァルドの本当の狙いはクリスティーナ穣を守ってあげたいという想いだった。彼は追放刑となっても健気に生き、贖罪を続けるクリスティーナ穣に心打たれた。先日の悪徳冒険者によるクリスティーナ穣襲撃はエドヴァルドの心を苛ませた。助ける事はできない。彼の任務はクリスティーナ穣を斬り捨てる事であり、助ける事ではない。だが、彼はクリスティーナ穣を見殺しにする事ができないだろう。ならば、一緒に行動すれば、問題ない筈。暴漢からクリスティーナ穣を自然に守る事ができる。クリスティーナ穣の生き方はこれから多くの敵を作るだろう。それを見て見ぬふりをする事は今のエドヴァルドにはできない相談だった。今の彼はベアトリス穣に心を溶かされて、善意ある者なのだ。


 一方、皇太子カールは一人密かにクリスを殺害する為に刺客を送る手配をした。彼は既にエドヴァルドを信用していなかった。

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