なんとなくの恋――七夕編――
※「なんとなくの恋」からの続き物。残念なイケメンのタケルさん視点です。
御礼小説なので、ちょい短めです!
声優とは、声と言葉のプロである。
どんな状況でも、どんなキャラでも、伝えるべき事柄と感情を声に乗せるのが仕事なのだ。
その点で、俺はプロの中でも優秀だと言われている。アニメや外画の吹き替えからテレビのナレーションまで幅広くこなしているし、評価も高い。
――――が、それはあくまでも仕事の話だ。
この仕事を始めてから苦節15年。
37にしてようやく売れっ子となったのに、俺は未だに嫁に向かって「好き」の一言が言えないヘタレを卒業出来ずにいた……。
【なんとなくの恋――七夕編――】
七夕の日、新宿第六スタジオの笹に短冊を吊すと、高確率で願いが叶うらしい。
根も葉もない噂だと思いつつ、深夜の収録を終えた俺は事前に用意していた短冊を人目につかないタイミングで吊した。
むろん、願い事とは未だに言えないあの一言に関する物である。
身バレしないよう名前は書いていないので、吊すときにこっそり手を合わせる。それから散々周囲を確認してから俺は家へと帰った。
――なのに。
「タケルさん、これはちょっと他力本願過ぎない?」
俺の帰りを待ってくれていた嫁のユリが、やけにニコニコしながらスマホを差し出してくる。
そこに写っていたのは、俺がこっそり書いた短冊だった。そして画面をスクロールさせると、拝んでいる俺の写真まで出てくる。
「な、なんでだ……!!!!」
「ミチル君のインスタにのってたよ」
「あいつ!!!!」
ユリが口にしたのは、俺とアニメで共演している若手声優のものだ。
俺が一発当てたソシャゲで共演して以来、奴と俺の演じるキャラがファンの間でカップリングにされることが多く、何かとセット売りされることも多い。
ユリはミチルのファンだし、ミチルも時々うちに来てはユリに良い顔をするので気にくわないのだが、来月からは俺たちがメインを務めるラジオも始まる予定なので無碍にもできない。
「つーか、お前ミチルのインスタまでフォローしてるのかよ」
「そりゃファンならするでしょ」
「……俺のは?」
「してないよ」
「おいっ!」
「だってしなくても、マネージャーさんが『格好いいところも見てやって下さい』って投稿する写真事前にくれるし」
なんだその気の使い方はとマネージャーを恨みがましく思うが、送られた写真は一応保存されているらしいのでよしとする。
「でもタケルさん、結構可愛いことするんだね」
そこでまた例の写真を見せられ、俺は辟易する。
「でもこれさ、目標が高すぎない?」
笑うユリの視線の先には、彼女にだけは見られたくなかった短冊が写っている。
その上謎のキラキラ加工までされ「タケルさんかーわーいーいー☆」というミチルのコメントまでついている。
「『今年こそは、嫁に好きって沢山言えますように』って書いてあるけど、沢山は高望みしすぎでしょ」
まだ一回も言えてないのにと言われ、俺は情けなさに震える。
「ゆ、夢はでっかい方が……いいだろ……」
「沢山言うの、夢なんだ」
「……俺の、人生を賭けた夢だ」
「いや、かけるほどのことじゃないでしょ。この頃のタケルさん、『好き』より恥ずかしいことも結構言ってるよ?」
「でも定番の台詞は、言いたいだろ」
「無理はよくないと思う」
「無理じゃねぇよ、短冊に書いたから言えるよ今年は!」
「じゃあ今、言ってみて?」
途端に身体がカッと熱くなり、顔から火が出そうになる。
自分でもおかしいと思っているが、いざ気持ちを伝えようと思うとダメなのだ。
照れるという表現では生やさしいほど緊張し、頭が沸騰し、なんだかクラクラしてしまう。
「タケルさん、人間には出来ることと出来ないことがあるんだよ」
「よ、嫁なのに……諦めるな!」
「嫁だから諦めたんだよ。っていうか、もっといっぱい幸せな言葉貰ってるから、満足って言うか」
そう言って甘やかしてくれるから、俺はつい自分に負けてしまう。
そのせいでユリを失いかけたくせに、結局俺はまだ大事な一言が言えない。
「ダメなのはわかってるんだ……。天の川に頼ってる時点で情けないのもわかってる」
「なら無理しなくて良いよ。それにたぶん何に頼っても無理だから諦めようよ」
「諦めるなよ。言われたいだろ好きって!!!!!!」
次の瞬間、ユリがあっと間抜けな顔をする。
そして俺も、間抜けな顔で固まる。
「凄いよタケルさん、天の川に願い届いたよ」
「……こ、こういう、言い方は想定してなかった……」
初めての言葉だったのに、無駄に良い声も持っているのに、こんな雑な言い方になるなんてと俺は頭を抱える。
「もっと、ちゃんと、言いたかったのに……」
「そうやって身構えるから、ダメなんじゃないかな?」
「でも、ちゃんと言いたいくらい……その……お前のことは……」
二度目の「好き」は出てこず、ユリが笑う。
「わかってるから、焦らなくて良いよ」
「焦るだろ」
「でもほら、一応もう夫婦だし」
「籍入れただけだろ。だからいつまた何があるか……」
「もう逃げないよ。まあ、不安になる日もないわけじゃないけど」
「あるのかよ!」
「だってタケルさん、超絶売れっ子だもん」
「やっぱり声優、辞めようかな」
思わずこぼすと、ユリが叱るように俺の額をつつく。
「辞めるのはダメだよ。それに不安なときのお守り、一個出来たし」
そう言って、ユリは俺の短冊の写真を見つめる。
「この写真とか、熱海のホテルの領収書とか、結婚指輪とか、最近はお守りがいっぱいあるから大丈夫なの」
「ホテルの領収書と指輪が同列って……」
「だってわざわざアップグレードしてくれたし、愛を感じるなって」
無邪気に笑うユリが可愛くて、俺は思わず彼女を抱き寄せる。
「それに、こういう風にされるのも安心するし」
「そうか」
「あとね、私は一般庶民なので、ささやかな物の方が安心するみたい」
だから領収書も大事だというユリに、俺はふと名案を思いつく。
「じゃあ、あの短冊……あとで引き取りに行くか。七夕終わったら、持ち帰るルールらしいし」
ミチルのインスタのせいで俺のだとバレてしまったし、残しておく訳にもいかない。
「すっごく欲しい!」
「じゃあ代わりに、お前も短冊になんか書けよ。それ、俺がお守りにするから」
「でも今年、書いてないよ」
「部屋に短冊のあまりあるぞ」
言うなりユリを担いで部屋に移動し、無理矢理短冊を書かせる。
「短冊とか久しぶり!」
そう言って笑うユリは可愛かったけれど、彼女が書いた願いに俺は思わずため息をついた。
「なんで『無病息災』なんだよ」
「うーん、なんとなく?」
「今の流れ的に、俺に対する可愛いお願い書くとこだろ」
「でも、タケルさんに何事もなく健康でありますようにってことだよ?」
最近は文春とかも怖いからと、言ってのけるユリに俺は呆れる。
「あ、じゃあ最後にハートマークかいとこうか」
「おいっ、ハートつけすぎて女児向けアニメの必殺技みたいになってるぞ」
「あ、私タケルさんに、女の子向けアニメに出て欲しいな!」
いうなり勝手にもう一つ、ユリは短冊を書く。
「はい、どうぞ」
言いたいこといっぱいあったのに、差し出してくるユリが可愛すぎてうっかり受け取ってしまう。
「叶うと良いね」
「まあ、お前が聞きたいって言うならオーディションとか頑張ってみるわ」
柄にないと思って受けてこなかったけれど、俺が出ることで毎週ユリが楽しみにしてくれるのなら悪くはない。
誰にも言っていないが、少しでもユリに喜んで貰いたくて受けた仕事は結構ある。俺は口下手で愛情深く見えないからこそ、こうしたささやかな努力を行ってきた。
「好き」と言えないせいで一度は拗れたが、俺はもうずっと前からユリのことが大切だった。
俺たちの出会いはアニメのようにキラキラしたものではなかったし、正直「なんとなく付き合ってみるか」くらいの気持ちだったときもある。
だけど「なんとなく」だったのは、ほんの僅かな間だ。
一緒に過ごすうちに、俺は一方的にユリに対して運命を感じていた。
彼女への重すぎる気持ちを持て余したあげく、口下手な性格が災いして影でこっそり好感度を上げる事しかできずにいたけれど……。
「なあユリ……」
――ずっと、お前が好きなんだがどうすればいい……。
そんな思いで唇を奪うと、ユリが幸せそうに笑う。
「今、肝心なところ言えなかったでしょ?」
「……ああ、言えなかった」
「でも何となくつたわったよ。タケルさんは、タケルさんのままでいいよ」
ユリの笑顔に情けなさと安堵を覚えながら、俺は謝罪の言葉と共にもう一度彼女の唇を奪った。
なんとなくの恋――七夕編――【END】




