マティアスとカレン①
「……そうか、クロフォード君は亡くなってしまったのか……まだ幼い君を残して……」
「……分かった。君のことは儂が引き取ろう。儂には君と同い年の孫がおるから、彼女と仲良くしてくれれば幸いだ」
10年前、冒険者だった俺の父親はモンスターとの戦いで命を落とした。
既に母親とも死別していて、天涯孤独になった俺を引き取ってくれたのはルークス爺さん……そう、カレンの祖父だ。
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「紹介しよう。先日、儂の家で引き取ることになった少年……マティアス・クロフォード君だ」
カレンとの出会いは、爺さんの家だった。
カレンはいいとこの娘だったが、エリート然とした両親とのそりが合わずに、度々爺さんの家に入り浸っていたらしい。
カレンの第一印象に関しては、確かにいいとこの娘には見えない、いかにもお転婆な雰囲気の女の子で……正直、親を喪って気が沈んでいた俺にとっては、苦手になりそうな相手だった。
「……どうも。マティアスと言います」
「……あ、どうも。カレン・ルークスです」
取り敢えず、爺さんがカレンに俺を紹介したので、俺もカレンに挨拶した。
それに対するカレンの返事は思ったよりちゃんとしたものであり、腐ってもいいとこの娘なんだと再確認した。
「ははっ、7歳の子供がそんなに堅苦しくしなくてもいいわ。ホレ、2人とももっと近寄ってみぃ」
初対面ということもあり他人行儀な俺達の距離を少しでも近づけようとして、爺さんは俺達の手を掴んで無理矢理握手をさせた。
それでもなお俺達の顔は固かったが、爺さんはニコニコとした笑いをこちらに向け続ける。
爺さんの笑顔からは「笑え」という無言の圧力がかけられているように感じ、それに気づいたカレンの方から俺に笑顔を向けてきた。
「……うむっ、それでいい! それじゃ早速、今日の稽古をはじめるとするかい!」
「待ってましたぁ! お爺ちゃん、今日は何する?
剣の素振りか、それとも他の基礎トレにする?」
「いや、今日は久しぶりに実戦形式で特訓をしようと思っとる。カレンは筋がいいからのぅ、早い内からどんどん実戦で経験を積むべきだ」
「おお、実戦! いいね、私もお爺ちゃん相手に腕試しが……」
「いや、相手は儂でない。……マティアスだ」
「……え?」
爺さんのまさかの判断を聞き、カレンは目を見開き、口をポカンと開けて無言になる。
しばらくたってから視線を爺さんから俺に向けると、俺を凝視しながら口を動かしはじめた。
「……何で? お爺ちゃんじゃないの?」
口にこそしないが、本当にこいつが練習相手になるのかと、カレンはそう言いたげな不満顔を爺さんに見せる。
爺さんが筋がいいと言っていたように、カレンはこのころから“天才”の片鱗を所々に見せていた。
その実力は7歳相応ではないものであり、そんなカレンにとって目の前の俺が本当に自分を満足させてくれるのか、疑問に思っていたんだろう。
「まあ、まずは1回やってみろ。目で見た情報のみに頼って物事を判断しては痛い目を見るぞ?」
爺さんはカレンと俺に練習用の木剣を投げ渡し、仕合をはじめるよう促した。
「……それじゃ、はじめようか」
先に剣を構えたのは、俺の方だった。
俺だって冒険者の息子なんだ。女の子に舐められっぱなしじゃ終われねぇよ。
「……いい顔じゃん。腰抜けじゃなさそうで安心したよ」
カレンもそんな俺のやる気に応えるつもりになったのか、真剣な顔をして剣を構えた。
「……いくよ」
「……来いっ」
その次の瞬間、カレンの木剣は俺の額をポンと叩いていた。
「……えっ?」
「……ま、実力はこんなもんだよね……」
僅か1秒での決着を確認すると、カレンは心底つまらなさそうに俺に背を向けた。
はっきり言うよ、カレンは強すぎたんだ。
1回仕合っただけでその力の差を嫌というほど感じさせられたよ。
……でも、それ以上に悔しかった。負けたことよりも、俺のことをあんなにつまらなそうな目で見てきたことが。
「もう1回だ!」
「……は?」
「もう1回来いっ! 今のははじめてで油断しただけだ、今度はせめて一発当ててやる!」
絶対諦めねぇ。勝てなくてもいいから、せめてそのツラに余裕と無関心以外の表情を浮かばせてやる!
……そう思ってたんだがな。
カレンのヤツは笑ったんだよ。立ち向かってくる俺を見て。
嘲笑の類いじゃない。本気の、楽しそうな笑い顔だ。
「……よし。それじゃ、嫌というほど思い知らせてあげるよ……私とあなたの力の差をっ!」
それから、日が暮れるまでの間カレンと俺の実戦稽古は続いた。
結局、俺は最後までカレンに負け続けることになったが、爺さんに止められるまでの間、決して諦めることなくカレンに立ち向かい続けた。
「……クソッ。結局、1度も勝てなかった……!」
力尽きて大の字になって寝転がる俺を、カレンは覗き込むように見下ろした。
「……よく戦ったね、あんた。私に勝てないとは考えなかったの?」
「……考えるに決まってるだろ。でも、それでも立ち向かわなきゃいけないんだよ。俺は」
「……ふーん。ま、あんたは今までの奴らとは違うってことはよく分かったよ」
カレンは手を差しのべ、俺はその手を掴んで立ち上がった。
「お爺ちゃんが紹介してきただけはあるね。あんたのこと気に入ったよ。……だからさ」
夕陽に照らされるこの時のカレンの姿は、いまでもよく覚えているよ。
「私の、はじめての友達になってよ」
生まれてはじめて、他人を綺麗だと思ったから。




