好きだから苦しいんだよ
「マティアス!」
彼の顔が見えた瞬間、カレンはその名を叫んだ。
「カレン! それにリーネとジェシーも戻ってきたか!」
「うんっ。……ところで、そっちの子は……」
マティアスに飛びつきたい気持ちを抑え、カレンは何とか冷静さを保って彼の隣にいる見慣れない少女について質問した。
「ああ、お前にも紹介しておきたかったんだよ。この子は……」
「わあっ、本物だぁ……凄い、感動してきた……」
マティアスは少女のことを紹介しようとしたが、今の彼女はそれどころではなさそうだった。
彼女の目はキラキラと輝いていたが、それは単なる憧れからの高揚というわけではなく、本当に目の中には光るものが溢れかけていた。
「……アンナ?」
「……えっ、もしかして泣いてるの?」
「す、すみません。カレンさんは、本当に私にとってはずっと憧れだった存在で……本当に私、あなたみたいな、強くて、カッコよくて、可愛らしい、そんな冒険者になりたくって……」
そこまで言うとアンナは必死に涙を拭い、カレンに笑顔を向けて自己紹介した。
「……ゴメンなさい。憧れの人に無様な姿は見せられませんよね。……私の名前は、アンナ・ルクロイと言います! 将来はカレンさんのような素晴らしい冒険者を目指し、マティアスさんの弟子として日々精進致します!」
「……アンナちゃんか。うん、よろしくね」
(憧れの人に無様な姿は見せられない、か。憧れの相手の性別が違っても、考えることは同じなのか)
少し前までの自分と同じようなことを言ったアンナに、カレンは親近感を抱くようになっていた。
2人の間にはにこやかな雰囲気が流れ、今のところはリーネ達が危惧していた面倒事は起きそうもない状況だった。
(……ふう。何だかんだで上手くやれそうだな)
(ま、アンナちゃんも悪い子ではないからね。ちょっと純粋過ぎてややこしいだけで。……純粋故にややこしいって、それリーダーも大概か)
(でも、まだマティアス要素が薄い。何か起こるとしたら、この後……)
「……ところでさ、さっきマティアスの弟子って言ってたよね?」
その時、唐突にカレンの口からマティアス関連のワードが出てくる。
マティアスに女の子の弟子が出来たという事実に対してカレンがどんな反応を見せるのか、リーネ達は2人の会話を固唾を飲みながら聞き入っていた。
「はいっ。私の方から頼み込んで、マティアスさんの弟子にさせて頂きました。強くなるためには少しでも強い方にご教授願おうと思って、カレン同様私の憧れであるマティアスさんに弟子入りさせて頂いた所存です」
「へえ、そうなんだ。……良かったじゃん、マティアス。慕われてるんだね」
「ああ、嬉しいもんだよ。……でもさ、何で俺を選んだんだ?」
「……何で、とは?」
その質問に目を丸くするアンナに、マティアスは質問の意味を説明する。
「……いや、君の話を聞いてる感じだと、俺よりもカレンに憧れてそうだからさ。同じ女の子だし、そっちの方がいいもんだとてっきり……」
そこまで言うと、マティアスは途中で言葉を切った。
この質問は、答え方によってはマティアスやカレンを貶めかねないものであり、アンナにとっては答えにくい質問だと思ったからだ。
しかし、アンナは微塵も答え辛さなど見せずに答えを返した。
「……憧れてるから、近すぎる存在になりたくないんです。さっきの私、カレンさんと会った瞬間泣いちゃったじゃないですか。……本当に憧れてる人と一緒にいるのって、結構辛いんですよ。一緒にいられる幸せよりも、この幸せを失うことの方が怖くなるから」
そのアンナの言葉は、マティアスよりもカレンに重く突き刺さった。
アンナがカレンに抱いている感情は、カレンがマティアスに抱いている感謝と酷似しているからだ。
(……そうだよ。本当に、好きで好きでたまらないからこそ……一緒にいるのが苦しくなって、逃げちゃうんだ)
「も、もちろん、マティアスさんのことも凄く尊敬してますよ。でも、やっぱりカレンさんは私達女子にとっては別格の、神様みたいな存在っていうか……」
「うん、分かってるよ。君のカレンへの想いはよくわか……カレン?」
カレンは、気がついたらアンナを後ろから抱き締めてきた。
突然の事態にアンナは顔を真っ赤にして動転しており、マティアスはそんなカレンの行動の意味を彼女に問うた。
「……カレン、どうしたんだ? 急に……」
「分かんない。分かんないけどさ、なんかこの子が愛おしく思えたんだよ。……私に、似てるからかも」
「……似てる? 私とカレンさんが?」
「うん。……はじめてなんだ。私と似た苦しみを知ってる人に会うのは……だからさ、迷惑じゃなかったらでいいんだけど……」
カレンは腕を放してアンナを解放した後、彼女の肩を持って向かい合う形をとった。
「アンナちゃん、よければ……私の友達になってくれないかな?」




