第1話:はじめてのドレス。
この小説は、BLおよび女装が含まれています。
「ちょっとそこのあなた。ここは関係者以外は立ち入り禁止なのよ」
受付の女性は、玄関に入って来た青年を呼びとめた。
「あ、すみません……。あのぅ、ここは、清純社の建物でしょうか」
「そうですよ。あなたはだれですか」
「モデル事務所から、ここにくるようにいわれたのですが」
「おかしいわね。今日は男性のモデルはよんでないわよ。あなた、なんという名前なの」
受付の女性は、今日ここに来る人のリストを見た。青年もいっしょにリストを見た。青年は、そこに自分の名前が書いてあったのを見つけたので、これですと受付の女性にいった。
「みなみおうじ。これがぼくの名前です」
「エッ。この人はみなみさくらこさんという女性では……」
「それがぼくの名前で、美波桜子です。さくらこでなくおうじとよみます」
「ごめんなさい。てっきり女性だと……。ちょっとお待ちください」
受付の女性はそういうと、誰かを呼びに行った。
「また、女性と間違えられたか……」
桜子はうんざりした。桜子は、この名前をつけた両親をうらんだ。この名前のせいで、桜子は小さいころからコンプレックスをいだいていた。ひな祭りにはひな人形の、正月にはふり袖のダイレクトメールが毎年とどいた。幼稚園から高校生のときまで、名前のせいでいつも女の子とまちがえられて、まわりから笑われていた。
それに、名は体を表すということわざがあるとおり、桜子の顔だちは優しくて女性的だった。その顔を見たいまの事務所にスカウトされて、モデルになったのだった。
5分ぐらい桜子はまっていると、受付の女性がやってきた。やはり断られるだろうと桜子は思った。
「ちょっと来てくれる」
受付の女性は、桜子にスタジオに案内した。
スタジオに着いた桜子は、モデル、カメラマン、メイクさんらたくさんの人たちがいた。そこにひとりの女性が桜子のほうにやってきた。そして桜子の顔や全体をまじまじと見た。とまどう桜子に、その女性は近くにいたカメラマンにたずねた。
「このこ、どうでしょ」
「うーん、別にいいですけど」
「それじゃ決まりね。そうそう、私、ここの清純社の編集部なの」
そういって、桜子に名刺を渡した。名刺には“ブーケ編集長”と書いてあった。
「私はブーケというブライダル雑誌の編集長でいまジューンブライド特集のひとつとして、夏のウェディングドレスのモデル撮影をしているの」
編集長は桜子にいった。しかし、編集長は困った顔をした。
「ほんとは、もうひとりモデルが来る予定だったの。でもそのモデル、盲腸になったの。ちょうどあなた、あなたの名前は……」
「美波桜子です」
「美波くん、おねがい、ウェディングドレスのモデルになって」
「ぼくの名前が女性みたいな名前だからといって、モデルは無理ですよ。それにサイズも違うでしょう」
「それは大丈夫。美波くんのプロフィールを見たら、サイズがぴったりだから。お願い」
「わかりました。そのかわり、ギャラあげてくださいね」
桜子は、編集長の熱意に動かされてモデルを引きうけた。金銭的にもおいしい仕事だし、それにウェディングドレスなんか、絶対似合わないだろうと思う桜子だった。
しかし、その軽い気持ちで受けたモデルの仕事が、のちの人生を大きく変わるとは、桜子は知るよしもなかった。
ここに出ている雑誌の名前は、某マンガ雑誌とは関係ありません。