7話 試験1日目 午後
前回:――世界最高のカレーはマッサマン。これ、世界基準の常識……なのかな?――
「それじゃ、俺はまだ仕事残ってるから、行くなあ」
食事が終わったら、ヴァンはそれだけ言って、階段を昇って行った。まだ試験官の仕事があるのかな。冒険者の仕事ってそんなに忙しいの?
「ユータは仕事あるの?ヴァンは、また2時間とか、拘束されるんだろうけど……」
辛い料理を食べて、汗をかいているユータは、シャツの襟で仰ぎながら涼んでいる。このシャツは、元の世界から来た時に着ていたものらしいけど、変な絵が書いてある。何の絵だろう?
「ああ、ぼくも書類整理の手伝いをしてるからさ……なんでダントンは、ぼくまで仕事させるんだよう。まだ進級試験受けてないのにさ……」
「んー、ダントンさんって、ユータの師匠の人なんでしょ?だったら、手伝ってもいいんじゃない?」
「結構あっさりと答えるんだね……それだったらアリスも手伝ってよ……」
それは……やっていいのかな。ワタシは、ギルドの事分からないから、あまり手伝えないような気がする。
「ユータ、そんな愚痴を言っている暇あったら、早く来てくれないか。どうやら今年は、本当に申請が多いらしいからな。そろそろ行かなければ、間に合わないぞ」
白い鎧を着ている人が近づいてきて、締まりのない格好のユータに話しかけて、腕を掴まれてそのままユータは、連れて行かれた……あの人が、ダントンさんかな?
今は、武器とかは持っていないみたいだけど、吟遊詩人の詩だと確か、白くて大きい聖剣を持っているんじゃなかったっけ。百振りはある聖剣の1つ。ヴァンも持ってたけど、話に聞く威厳の様な雰囲気は、無かったな……
それより、これからどうしよう。予定もなかったし、街の中でも見て回ろうかな?
「少々、宜しいでしょうか?貴女は、あの『銀狼』とお知り合いの様ですが、どの様な関係でしょうか?」
席を立とうとしたら、知らない男の人が近づいてきた。青いプレートメイルを装備している。後ろに女の子が2人居る。1人はワタシより年下みたいに見えるけど、もう1人は年上かな?男の人も少し年上みたいだけど。
「嗚呼、失礼。私はヴィンセントと申します。先ほど彼の奢りを受けて、礼を述べようと思ったのですが、今し方、行って仕舞われましたので」
深緑色の艶やかな髪を手で流し、切れ長の目をワタシに向けてくる。顔立ちは整っているし、落ち着きもあるみたい。でも、ちょっと気取っているのかな。嫌な感じはないけど。
「あ、アリスです。ずっと、彼とは友達でしたけど……あの料理は、ちょっと吃驚しちゃいましたよね。御免なさい。あんな高い料理を頼むなんて、思っていなくて……」
多分、厨房の方でも、作れる分しか作って無いんじゃないかな?
今も、近くのテーブルに来た新人さんが、グリーンカレーだけを食べてる。1人だったらあれ1つでも充分だよね。辛そうな顔をしてるけど、スプーンが止まらないみたい。
「ええ、あれ程に洗練された料理は、私もあまり口にした事は在りませんでしたから。まさか冒険者の食堂で食べる事に為るとは、思いも及びませんでしたよ。
あの様な調理法があったとは……つい年甲斐もなく、興奮して仕舞いました」
金額が高い事より、調理法や味の方で、吃驚したのかな?年甲斐、って言うほど、年取っている様には見えないけど。
「彼はパスタとかを作るのが好きで、色んな料理を知っているもので……」
「パスタァ?なにそれー。おいしーやつ?」
「ハル、邪魔しちゃダメでしょう。申し訳ありません。彼女は奔放な性格なもので……ワタクシはエイダ、彼女はハルと言います」
後ろの2人、同じような服を着ている。黒を基調としているピナフォア。昔、ワタシも似たような服着てたな……
「申し訳在りません。しかし、興味深いですね、彼は。噂に聴くだけは有ります。独特の感性でも、持っているのでしょうか?」
確かに、彼は独特と言うか、変。自分でも認めちゃって、ふざける時に言ってるし。
「前世の記憶って、彼は言っていますけど、独特なのは間違いないと思います。料理は狩りの一環とか、食べる事は基本で至高の娯楽とか、そんな事言っていますし」
ちょっとそれを思い出して、笑っちゃう。
「あー、もしかして彼氏のこと、思いだしてわらってるぅ?ひゅーひゅー」
ハル、と言われていた子が、何でか解らないけど、茶化してきた。
「うーん……彼は友達で、付き合っているとかじゃないんですよ?ワタシ、同い年の友達が村に居なくて、彼だけが仲良くしてくれていたんです」
「仲のいい友達ですか……しかし、彼はあまり交友関係が広くはないと、ワタクシは聞きましたが。大体の者に、当たり障りのない言葉を話すとか。
失礼ですが、どのような出会いで?」
そう言えば普段は、ワタシやユータに話す態度と、村の人に話す態度は、結構違ったような気がする。村長にはいがみ合うような関係だから、凄く口悪かったけど。
「ワタシの村の近くに彼が来て、狩りをしていたみたいなんです。だけど、ワタシが話かけたのが切っ掛けで、彼の獲物を、村の人が奪っちゃって……」
それでも、ワタシには怒っていなかったみたいだったのが、ちょっと不思議なんだけど。
「そんな出会いって言うのも、気まずくなりそうですね……喧嘩とかはしなかったんですか?」
「ワタシは無かったんですけど、村の人には本気で怒って、村にあった木を、一瞬で炭にして脅してましたね……」
流石に、これには驚くよね。有名になった話の殆どが、人を助ける為に行動しているのに、初めて村に来た時は、凄く怒って、悪い事をしているんだから……本当に悪いのは、村の人達だとワタシは思うけど。
「フム、木を一瞬で炭に?その頃から、魔術でも相当力が強かったと云う事なのか……其れ程の力が有れば、確かに竜を相手に、翻弄させるのも頷ける。
彼の詩にしても、最初の頃は確実に悪意を表現してはいたが、其れは此の国の者達の志向を考えればおかしくは無いとしても、純粋な義侠心では無いと云う事か?」
ヴィンセントさんは何かを考え始め、切れ長の目が少し鋭くなる。何を考えているんだろう。彼等も志願者なんだよね?もしかしてチーム組む人を探しているのかな?
「でもさー、ギンローってお肉すきっていうじゃん?お肉とったからすっごくおこったんじゃないのかな?」
実際にそうなんだよね。ほのぼのとした雰囲気の彼女は、見た感じの通り、あまり深く考えていないみたいだけど、的確に答えを出している。
「フム……然し、良く其の様な状態で、お互いに友で居ようと思えたものですね。彼も貴女も、寛容なのでしょう」
「そんな事ないですけど……」
それにしても、この人達はどんな人なんだろう。質問されてばかりで、しかもヴァンの事ばかり。ワタシやユータの事は、全然考えていないのかな。
「あの、あなた達は、どんな関係なんでしょう?見た感じ仲のいい友達って言うか、兄弟みたいな仲のように見えますけど」
「嗚呼、失礼。私達は、幼い頃からずっと一緒に育ちまして、家族として、生活を共にして居た者です。家柄の問題を片付けてから、予てより願っていた冒険者に成った次第です」
凄く、堅苦しい喋り方をしている人だな……貴族社会にはこういう人が多くて嫌だったって、お父さんがボヤいていた事あったな……
「貴女は何故、冒険者として生きる事を、選んだのですか?苛烈な仕事と言われるのは、ご存じでしょう?」
「それが彼との約束でしたから。その為に魔術を覚えて、知識を蓄えてきたものでして……まだ小さい彼が、独りで村を救ってくれたのに、憧れてもいるんです。ワタシもああなりたいなって……」
それだけ話して、思いだした。彼、この話あまり好きじゃなかったんだよね。
初めてできた詩になった話だけど、その詩が好きかどうかじゃなくて、詩になった事自体が嫌なんだって言ってたけど。あまり話さない方が良かったのかな?
「それは、『炎武』の事ですの?まさかあの話は、あなたの村の出来事……?」
エイダさんはその事に気付いて、顔が蒼くなっちゃった。一部では村が全滅したとか、ありもしない話をしている人が居るのは聞いていたけど。
「幸い、彼と彼の師匠達のお陰で、村の人に被害は無かったんです。村の人達が嫌がらせしていたのに、彼は全然気にもせず、助けようとしてくれて。まだ7歳なのに……」
「確かに勇敢でしょうけど……しかし、それになぜ憧れを?」
……何でだろう?
「うーん……考えた事、無かったです……強いって言うのもそうだけど……沢山の人を助ける為に、勇敢に立ち向かおうとする彼に、自然と惹かれたというか……」
うまく言葉にできない。どう言えばいいのかな?
「嗚呼、旨く言葉に出来ないのは分かります。此の様な勇を示す者への感慨は、時として言葉に出来ない事が、私にも有りますし。
然し魔術師ですか。他に何か出来る事は有るのでしょうか?」
「ワタシは魔術だけなんですよね……両親が研究者だから、動植物の事は詳しくはなったんですが」
それだけ言ったところで、ちょっと彼らは顔を見合わせた。何か変な事、言ったかな?
「成程、解りました。お時間を取らせてしまい申し訳在りません。我々はこれで失礼致します」
大仰な一礼をしてから、彼は2人の女性を連れて階段に向かう。何だったんだろう?
「ねえねえ……さっき『炎武』の村の娘って言ってたよね。戦っている時ってどんな感じだった?」
今度は別のテーブルから、妖精族かな?羽を持っている女の子が乗り出すようにして、話しかけてきた。
「あ、あたしメリタね。見ての通り妖精族。アリスちゃんでよかったよね。で、で、どんな感じだった?
あの詩さ、なんかボヤっとした感じで分かりづらいんだよね。どういう戦い方していたの?蹴ったら爆発ってマジ?ファイヤーボールを超連射するってどうやるのかな?キングを一撃ってどうやったの?火が噛みつくって意味が解らなかったんだけどさ……」
一気にしゃべっていた彼女は、後ろに来たエルフの子に引っ張られて、席に戻された。
「あの、ごめんね。この子、猪突猛進だから、気になる事があると一気に突っ込んで行っちゃうからさ……」
「あ、いえ。大丈夫です。
実際ずっと見ていた訳じゃ無いし、闘い方は、話でしか聞いていないんですけど……
火が噛みつくって表現のあれは、多分村の木を燃やしたのと同じで、彼のマナを流したモノが燃えるっていう、独特な魔術ですね。
相手のマナの通り道に、強制的に介入させるらしいです。彼は浸食って言ってますけど……」
そこまで話して、気づいた。ご飯を食べていた志願者の殆どが、こっちを見ている。
もしかして……?
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「で、そのまま俺達が帰って来るまで、ずっと質問攻めにあっていたのか。その上で俺が来た瞬間、目がこっちに向いておかしな雰囲気になった訳だ」
「うん……うーん、なんでこうなったんだろう?」
彼の師匠の部屋に移動して、夕食を彼が作っている間に、あったことを話した。ユータが来た時には、殆どの人があまり興味を持たなかったのに、ヴァンが来た瞬間には一気に押し寄せて行ったから、この部屋に避難してきた。
「ああ……これがあるから嫌なんだ。質問されても爆散したのは爆散したんだし、燃やしたものは燃やしたとしか言えないんだけど。
そんな細かいことを話せるものじゃないよ。奴らの数が300は居たんだから。そんな奴ら相手に独りで撹乱とか、よくやれたよ」
自分で言うかな?でも実際にそうだよね。あんな軍勢相手に怯えずにいるなんて、無理だと思う。
「うーん……なんであの話して欲しくないのか、ちょっと解った気がする。
ヴァンはあんな風に人に囲まれて、ちょっと怖いって思っていたんじゃない?」
「えええ、ぼくだったら嬉しいけどなー」
ユータは目立ちたがり屋だからそうだけど、ヴァンは違うんじゃない?静かに暮らしたい、なんて言ってるのに。
「とにかく、今日はもう下に降りない方がいいかもね。何しろ、今年の申請が500超えているって言うし、聞いてくる奴はまだいるだろ。落ち着くまで少し様子見した方がいい」
なんか悪い事しちゃったみたい。ヴァンは怒ってるかな?
「取り敢えず、お茶飲んで落ち着け。ワインを蒸留して作ったブランデーを入れた。って言っても、アルコールは火で飛ばしたけどね」
「は?そんなのあるのかよ?」
ユータはまた、良く分からない事に突っかかって、構ってもらおうとしているみたい。
「カフェロワイヤルの紅茶版、って感じのカクテルだ。実際にはこれは黒茶だけどね。世界最弱のカクテルさ」
出されたお茶は、凄く豊かで落ち着きのある香りがした。ワタシはこれ、好きかも知れない。
精霊のボヤキ
ふむ、ブランデーの出来、中々いいな。
――それ、何よ?――
うん、蒸留酒が無いから、ワインを蒸留して作ってもらった。今、狩人部門でちょっとしたブームなんだよね。
――無いもの作ったの?それ、売ればいいじゃない――
んじゃ、誰かが売ればいいさ。俺は酒屋じゃない、狩人だ。




