7話 成果
前回のあらすじ:なぜか逃亡生活、開始
ここまでは匂いを嗅いで足跡を探り、闇の中を抜けて人目を凌いだ。
追われ始めて約1か月の間、人間と会ったのはたった一度。騎士服とか甲冑鎧とか、あるいは魔法使いっぽいローブを着た人の一団が山狩りをしていたときのみ。
その時は全速力で逃げ切った。余り追ってくる気配もなく、闇の中で後ろを取ってそのまま走り去れば、その後は何もなかった。
正直、つまらないくらいだ。
――何言ってんの、アンタは?――
大精霊のボヤキには答えられない。なぜなら今は俺は神経を集中しているから。
この1か月の血のにじ……んではないけど、それくらいの努力の成果の結果が、今、
「――Bang――」
解き放たれた。
指を銃に見立て、その先から狙いを定めて見えないレベルで小さく纏め、対象付近の火属性活性マナを収束、指先のマナを射出し、対象に当たった瞬間、周囲のマナも纏めて爆発。
キジっぽい鳥の頭が吹き飛ぶ。
成功だ。魔力の弾丸が最小の挙動で撃てるようになった。
「イィーヤッハアアアア」
――珍しくテンション高いねぇ、そんなにうれしい?――
そりゃ、何も探そうとしなくても勝手に襲ってくる角ウサギやゴブリンとは違うもの。角ウサギはほぼ毎日、ゴブリンは週1回くらいで襲ってくるし、邪魔くさい。
それに比べ、普通の獲物は今日が初なんだ。真面目な狩りの初成功、勝利の実感、歓喜のヒトシオってところだ。
まして、1か月かけて練り込んだ狩り専用必殺技術、実戦初使用で初成功。この上ない至福といえる。やったことはといえば、脳みそ爆散だ。たったそれだけ。調整すれば気絶もいける。
「とにかく、これをシメ……る必要ないね。血抜きしてさばいて……」
「やっと見つけたゼェ……」
なんか割り込んできた。一気に気持ちも冷めた。声の方に振り向くと、4人組が歩いてくる。
見た感じで言えば、某有名RPGの勇者的な格好の男が、
「お前を、殺す!」
なんて言って走ってくる。何の漫画のセリフだ?すっごいモブいぞ。
それならそれで。努力の成果その2、発動。
「――点火――モード・フロスト」
俺の体を、氷が包み込む。腕に小手のような物ができ、胸当て、具足と続く。そして、背中側の頭からシッポまでの毛が凍りつき棘状になる。
氷属性主体の状態だ。
「おおおらああぁぁあ、ああぁぁ?」
勢いよく走って、ロングソードを大上段に構えて踏み込み、氷の足場に足を取られて転がる。
氷の魔術を利用して、出来上がった凍った地面。そこが、表面が溶けてスケートリンクみたいになってたらどうなるか……言う必要があるのだろうか?……こいつらにはありそうだ。
なにしろ、即席スケートリンクで、足を滑らせて昭和の漫画みたいに足をシャカシャカ動かしている。捕まるものも無ければ、そうなるのは分かるんだけど。おい、剣を振り上げずに杖にしろ。
「ちょっと、だいじょ、おおおぉぉぉぉおおお?」
同じく某有名RPGの僧侶的な格好の人が近づいて同じく滑り出す……よく見なさい、全く。結局2人そろって転ぶ。やれやれ。
「あれ、どうなってるの?」
「知るか、討ちとブフ!」
違うタイトルの有名RPG黒魔導士(顔は見えてる&眼鏡っ子)がつぶやくのを無視して、昔のアメリカ漫画のロビン〇ッドみたいな緑服の男が、弓をつがえたときに雪玉が当たる。
って、おーい。イフリータさんや、まだ発動してって言って無かったよね?
――えー?でも、良いじゃない。これ面白いかもぉ――
大精霊もお気に召したようで。なら良しとしよう。矢を撃とうとして来てたし。やめてほしい。
迎撃システム、スノーボール。もとい、普通の雪玉を空中に出して投げつける。というか、射出の方があってるのか?射撃間隔、秒間3発。ちょっとした速射砲だ。
「ちょっ、こんなもんで!」
「バリケード」
「ベッ!」
有名RPG……長いな、略称プラス偽物って事で、DQのNISEMONO、DQNでいいか。なんか違う気もするけど、DQNは叫んで、氷の壁にぶつかり、そのまま地面に顎から落ちる。
俺の足元から斜めに隙間なく伸びた氷の柱3本。それだけだが、壁には充分だ。むしろよくこんな事ができたもんだ。
「あんたたちぃ!!」
そんなお遊びをしているところへ、ハスキーヴォイスが響き渡る。
いや、相手は遊びじゃなく本気で俺を殺そうとしているつもりなんだろうけど。言っちゃなんだけど、そうは見えないくらい弱い。
ともあれ、声の主を見てみて、周りと共に俺も凍り付く。あいつは、推定ヤバい奴。纏う空気が違う。
「これはどぉいうことぉ?」
金髪ショート、いや、セミロングか?のエルフがいる。
山に入るにはオカシイと思える、いわゆるギャルファッション。Tシャツを結んでお腹を出し、ホットパンツにロングブーツ。耳にクリスタルのピアスだかイヤリングだかをしている。
……これが原宿なら、耳以外は確実に溶け込んでいて違和感ない。顔は超美形だ。鼻高いな。
この人、この間テントに入ってきたやつだ。
横には、以前も居たであろう、しかし俺は見ていない、プラチナブロンドでロングヘアーの、やはり、エルフがいる。
こちらは中世のドレスを鎧に仕立て上げましたって感じの格好で、露出は少ない。
ただ、鎧の下はボンキュッボンって言葉でも足りなく感じる体型だってのが判る。出すぎだろ。峰某さんも負けるレベルだろ。
腰に大きめの剣、ツーハンデット、だったか?を下げている。森で振るには大きくないか?
しかし、2人ともその見た目には似合わない、異様な雰囲気を感じさせる。
例えるまでもなく、この2人を見れば、歴戦の勇士も、地獄の獄卒であろうとも必ず逃げ出すほどの覇気を纏っている。片や魔力で、片や剣客として、ではあるが。
……なんでそれが判るのかは、聞かないでほしい。本能的なものだ、多分。
「いや、これは……」
DQNが言い訳を始めようとして、
「だまりなさい!!」
「ひいいいぃぃぃ!」
4人全員悲鳴を上げて黙った。チャンス、イフリータさん。
――はいよぉ――
「大体あんたたちはアヴゥ……」
「エリナ?」
雪玉ヒット。からの
「ランナウエイ!ヒャッハー!」
狩り捕った獲物を銜えて、4つ足で逃げる。お魚銜えた野良猫ってこんな気分?
「ちょっと!獣人プッ……」
何か言っていたみたいだけど、関係ない。
つまるところ、逃げの一手あるのみ。三十六計逃げるに如かずだっけ?君子、危うきに近寄らず?よく言ったもんだ。危険はつまり、近寄らなければいい。逃げればいい!その後は知ったこっちゃない!
「――――――――!」
なんか、後ろで凄い音が轟いた。落雷のような音。何かわからないけど、居なくて正解なのは確実だろう。多分。
―――――――――――――――
「…………っほんとに、あの子も、あんったたちもおぉ!」
雪玉を払ったアタシは、我慢の限界に達していた。
「いや、でも。あれは俺達じゃ……」
「いいわけするなあああぁぁぁぁ!!」
得意にしている雷撃魔法で、コイツらを戦闘不能にする。気絶はしていないが、まともに動けないはず。
「あ・ん・た・た・ちぃいいい!」
麻痺しているこの子達は、今何かできる状態じゃない。そのうちに言っておく。
「もう1回、謹慎だからね。1か月の謹慎」
パーティーの1人が不正行為にかかわった証拠が、既に挙がっている。その事から騎士団にも引いてもらう為に、全員を謹慎にして仕事できなくしていたというのに、この事態。到底許せない。
「エリナ、落ち着いてー?ね?」
パートナーのリサは穏やかな口調で言っては来るけど、この子もこいつらには怒りを感じている。アタシはその、代弁者でもある。
だって、半世紀以上一緒にいるんだから、気持ちはよく分かる。
「落ち着いていられる?『彼』の二の舞になるかもしれないんだから」
アタシ達2人にとって何より大きい言葉を口にする。それは彼女にとっても、何よりも深くて大事なところにある。
「分かるけど、それでも。代行、でしょ?私情は禁物」
たまに思う。なんでこの子じゃなくて、アタシがギルドマスター代行なんだろうって。それでも、やらなきゃいけない。請け負った責任なんだから。
「あの子の命、取るような真似したらただじゃおかないって言ったでしょぉ?どうなの、そこんとこぉ?」
麻痺したこの子達には、反論の余地がなさそう。
「ほらぁ、マヒといてやるから、言ってみな。あ゛あ゛ん?」
「ひいいいぃぃぃ!すみませんでしたぁぁぁ!」
……これで済むとは、思えない。あの獣人の子は、何を思ってるんだろう。
「エリナ、ひとまず落ち着いて。それから考えてみて」
リサがアタシに語り掛けてくる。
「なに……?」
「あの子、私達に警戒を強めてないかなー?このままだと、話も聞いてくれないかも……」
……?もしかして、さっきの落雷で怖がったっていう事?それは、考えていなかった。アタシにしては、考え足りてなかったかもしれない。
「ああああぁぁ!どうしよう、リサアァァ!」
アタシの不安は、夕暮れ前の森の中に木霊した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――ホントにさっきの雷撃はびっくりしたねぇ。あの威力はすごいわ――
逃げながら、そんな事を言うイフリータさん。大精霊からしても、ちょっと異常らしい。そんな奴、やっぱ居るんだ。
――正直に言えば、アンタも似たり寄ったりなんだけどね――
何をおっしゃいますやら。今まで確かに不思議としか言えない魔法の影響を自分の目で確認してはきましたよ、ハイ。
しかし、それでも異常という状況はなかったはず
――あんたが言ってた、石を溶かす温度。普通はなかなか出せない温度なんだけど?――
……?普通って言ってませんでした?言ってること違いますよ?
――原則を捻じ曲げるのが魔術。それは普通なの。
ただ、アンタは親和性が高すぎるから、普通のヒトの領域から外れているだけ。実際、ライターだってそうだったでしょ?――
確かに、改造ライターレベルだった。でも、さっきのあれと同じにしてはいけない気がする。というか、しないで欲しいですお願いします頼みます。あれは化け物。
頭の飛んだキジっぽい鳥を口にくわえたまま、走る俺は心底願った。俺は、あくまで普通でありたいのだと。