14話 事情
前回:――ガキの喧嘩再び、からの恋ばな?ちょっと、あんた代わりなさい!――
ソーリちゃんの悩みを聞いて、いろいろ思う所はあるんだけど、私たちにどうにかできる事でもない……あの子たちの問題は、あの子たちが解決するべきだし、エリナもアドバイスを送ってはいたけど、静観するつもりみたい。
それに……
「さあ、そろそろ寝る時間ですね。それではお休みなさ、ああああ」
部屋の角に行って丸まろうとした彼を、エリナが抱き上げる。
「もぉ、ヴァンくん。先お風呂でしょぉ。それに部屋の隅で寝ようとしないでぇ。ちゃんとベッドがあるじゃなぁい」
この一週間、彼はなぜか部屋の角の床で丸くなって寝ようとする。何度言っても聞かないんだよねー。ずっと固い地面で寝てたからなんていうけど、ベッドで寝た方がいいんじゃないかな?私たちには、この子を育てることが今大事なことになる。
彼のこういう所も、ちゃんと話して直してもらわなきゃ。
「じゃぁ、先いってるから準備お願いねぇ」
今、ふと思ったんだけど、先に行ってるなら部屋に2人が戻ってくる必要ってあったのかな?どうせなら準備していけばいいのに。最も言う前には、もう部屋の戸が閉まって、2人で騒ぎながら廊下を歩いていたのだけど。もう、置いて行かなくてもいいのに。
私は2人の分の着替えも持って、ため息をつきながら部屋を出た。
――――――――――――――――――――――――――――
「ヴァンくんさぁ、なんで床で寝ようとするのぉ?汚いと思わない、あんな所?第一、お風呂が嫌いって感じじゃないし、体綺麗にした後にはきれいなベッドで寝た方がいいでしょ」
エリナが湯船につかって、疑問を彼にぶつけている。
彼はというと、
「いや、いくらキングサイズのベッドと言っても、3人で寝るのはなかなか厳しいですよ。特に誰かさんのいびきとか、寝相とか。あと、のしかかってくるものが」
最後のは何かわからなかったけど、残りはエリナだ。確かに、彼女のいびきは酷い時は隣の部屋から怒鳴られることがあるくらい。
のしかかってくるのも、もしかして彼女の体とか足かな?
「乗ってくるのって、リサの胸とか?至福じゃない?」
「え、それは違うんじゃ……」
「至福だったらいいけど、窒息は勘弁です」
否定しようとしたら、遠回しに肯定した上で、拒絶された。凄い罪悪感……本当に切り落とした方がいいんじゃないかな、これ。ずっと邪魔だったし。でも痛そうだなー……?
「でもぉ、男心としては最高じゃなぁい?いい女に挟まれて寝るのは。ヴァンくんさえよければ、2人とも結婚してもいいんだよぉ?」
どんな冗談だろう、まだ子供なのに?
「遠慮したいです。狼は一匹を愛する者故、妻と妾を同時になど、有り得んことです。我が一族に置いてもその様な風習は御座いません」
「エリナー、私まで巻き込んでまとめて振られないでよねー。傷付くんだけどなー」
「ほらぁ、傷つくってさぁ。じゃぁ、ヴァンくん……」
「遠慮します」
エリナの冗談に、毅然とした態度を示してる。やっぱり、この国の風習みたいに、清貧な子の方がいいのかな?年とかじゃないなんて言っていたし、彼なりの考えもあるんだろうし。
「エリナまた振られたー。ホント空振るよねー」
長い髪を洗いながら、エリナを茶化す。
彼女は男性に気を持つことは少ないけど、気に入った人に近づくと必ず振られる。主に性格と魔力で。逆に近づく人はほぼいない。いても下心が丸見えな不躾な人だから、彼女に雷を落とされる。もちろん、文字通りの意味で。
また不貞腐れるんだろうなー、男運がないって。いつもは私がなだめるんだけど、ヴァンくんにやってもらおう……できなかったら、私がやるのかな?
「ところでさあ、2人ってどういう出会いしたの?なんかずっといるようなことを言ってたけど、どのくらいの付き合いなのさ?」
湯船から少ししょげたエリナが上がってきたところで、石鹸を泡立てながら聞いてきた。確かに、その事をまだ話していない気がする。私としては、あまり聞いてほしくないところもあるんだけど。
「あぁ、12歳くらいの頃かなぁ。あたし結構小さい時から周りからもてはやされててさぁ、その頃にはもう、天才だ神童だなんて言われててねぇ」
ヴァンくんに背中を洗われながら、思い出しながら話しているエリナ。ちょっと顔がにやけている。それはどっちでにやけてるのかなー?
「自慢キタコレ。小さい頃に持て囃されると捻くれる子が多いんですよ。逆をして捻くれたのが俺だけど。悪かったな畜生!」
「えぇ、どっちに転んでも捻くれるじゃなぁい」
いきなり脱線した。聞いといて、そんな風に茶化すかなー。
「でも、それは本当だよー。それまで仲良くなかった私でも、エリナの事はすっごくよく聞かされたしー。ちょっとした、憧れの的だったんだよー」
特に私にとっては。むしろ、妬みみたいなものもあったかもしれない。何故、自分には魔力が全くないのか?何故、エリナはこんな凄いのか?なんて考えて……
「逆に、リサはなかなか目立たなくてねぇ。魔力至上主義になってたその里では、あまりいい境遇じゃなかったんだよねぇ」
「っ、エリナ。それはあまり……」
「ああ、なるほど。それでエリナさんが『あんたたちぃ!魔力が何だってのよぉ!ゴルルルァ!』って叫んでひと騒動を……」
「ちょっと、ヴァンくん。人聞きの悪いこと言わない」
……実際に、3回くらい起こしてなかったっけ?
「で、『魔法がダメなら、剣よ!』とか、言ったんですかね?」
「あぁー、まぁ。それで一悶着あって、その里から離れる事にはなったんだけどさぁ。でもそれ、アタシ達は悪くないでしょぉ?
才能とか、あっても使い道なかったら持ち腐れなんだしぃ。才能なくても生まれてきただけで、ありがたみっていうかさぁ」
「その言葉、前世の親に言ってやりたい。今世での親は、過剰だったけど」
ふざけてるのか真面目なのか、2人とも考え込んでいる。
「はい、背中洗い終わったよお」
「んじゃ、前もお願い」
「いやです」
この2人は、本当にじゃれるのが好きなんだなー。お願いと嫌ですを、ずっと言い合ってる。洗ってあげても……なんか違うね、それは。
「それで、2人で近くの街で冒険者をすることに決めて行った街で、シングに出会ったんだよねー」
「シングって、前言ってたフェンリルの人?どんな人だったのさ。エリナさん、放して」
結局磁力でくっつけられて、足を洗わさせられている。変な格好で洗ってるのが面白い。手が無理やり磁力で動かされて、引きずられてる。身体を引き戻そうとして、足を滑らせるし。
「何でも豪快って感じの人だったかなぁ。挨拶も大げさだし、ギルドに来た時のヴァンくんみたいに。一族の流儀とかあるの?」
「あれは前世の渡世人、流れ者って言えばいいのかな?がやってた挨拶の真似。一族で何かあるってのは知らない。聞いたこと無いし、多分無いんじゃないかな。普通だったけど」
確かに彼の自己紹介も派手だった気がする。やっぱり種族的なものかもしれない。主に性格の面で、かな?
「アイツはでっかい剣持ってて、雷の精霊とかを顕現させて一緒に戦ってたんだよねぇ。あ、ヴァンくんは精霊を顕現したりしないの?」
そういえば、今まで見たことがない。どうしてだろう?
「あの……一度顕現してるんです。お2人の前で。森にいた縮れ毛の巨人女性、あれ、イフリータさん」
「え、あの人、巨人じゃなくて精霊だったのぉ?気が付かなかったぁ!」
森の洞窟で雨宿りしていた人の事かなー?修行に来ているだけかと思ったけど。
「あっさり信じて撤退していったのに、俺としても驚きなんだけどね。何しろ、その後ろで岩に見せかけて隠れていたから。エリナさんが『頭も使わないとぉ』って言ってるのに、どれだけ突っ込みたかったか」
確かにそんなこと言ってたかもしれない。あれは嫌だったなー。それより、そんなに近くにいたのに気づけなかったんだ。魔法の事なら大抵はエリナが気付くのに、珍しい。
「それはともかく、リサが本格的に剣術を教えてもらった人は、シングと、一緒にいたチームメンバーの異世界から来た放浪者でさぁ。それまでは普通にロングソードを扱うだけでも、ふらついててドキドキしてたんだよねぇ」
自分の都合の悪いところをかわすために、私の事を振ってきた。確かに、その2人に教えてもらったんだけど、
「その事で、拗ねてたのは誰だっけー。自分は天才なのにーとか言ってさ。シングの事も最初嫌ってたし」
仕返し。してもいいでしょー、これくらい。私の言葉で固まって、バツが悪そうにしてる。自業自得じゃない?
「あれは……あいつがデリカシーがないからでしょぉ」
「デリカシーって言葉、エリナさん理解できたんだ。それなら俺の体の拘束を解いてほしいんだけど」
確かに体を無理やり洗わせるこの行動は、デリカシーがない行動かもしれない。笑うのをこらえながら髪の泡を流して、湯船に浸かる。
ほどなくして、解放されたヴァンくんも入ってくる。毛が潰れて細くなった身体が、普段とは違って弱々しく見える。
「しかし、本当に2人はシングさんって人の話をする時、微妙に悲しそうな顔をするよね。ずいぶん昔の人だから、仕方ないだろうけど」
そうかな?どうしても思い出すと、胸が締め付けられるけど、表に出さないよう頑張ってたつもりなんだけどな。
だって、
「あの人、最期、自分で自分のお腹に刃突きつけたの。それも、人質になってる私たちの拘束を解くために、交換条件として。しかも、笑いながら死んだのよ?その約束を相手が守るって、絶対の自信持ちながら。
あんなの見てて、許せるわけないじゃない。それをさせた相手も、あいつも……」
あれは、見ていられなかった。目を背けたいのに、背けられなかった。……信じたく、なかった。
「……切腹かよ。豪気だな」
「それ以来、50年くらいずっとアタシ達はこの街に留まっているの。まぁ、たまに旅に出たりはしてるけどね。流石にずっといると、息するのも苦しくなるし……」
もう、そんなになるんだ。そろそろ、忘れた方がいいのかな?……忘れちゃいけない事のような気がするけど。忘れたくない事なんだけど。
「半世紀?とすると、少なく見積もっても2人って70年近くは生きてるのか。エルフ長生きってホントなんだ。そういう定番はちゃっかりしてるんだな、この世界」
なんかズレたこと言い始めた。気にしてるのかな?……気になったことを適当に言ってるだけのような気がする。
「まぁ、一応80歳だしねぇ?他の種族だったら、もう死んじゃってるはずじゃない?そんだけの間、この街で他の人と、にらめっこずっとしてきたんだから。その辺の小僧なんかと一緒にしちゃダメって事ぉ」
「その辺の小僧で申し訳ありませんでしたあ!畜生!精神年齢50じゃまだまだ子供か!子供だな、よく分かった!」
そういう事じゃない気がするんだけどなー。本当に変な子。
精神年齢が高くても身体が若くて、浴槽が深いから、足がつかなくて泳いでる彼を、引き寄せて抱きしめる。最近知らない間に募らせていた、切なさが消えていく。
「ちょ?リサさん、俺は……」
言いかけた彼は、私の顔を見て動きを止めた。うん、今はそのままでいて欲しい。
水を含んでしなびた体を抱き寄せ、少し、気持ちを整理する。私がこの子を、育てるんだから。もう、あの時のようにはさせない。彼は正義感が強くて、誰であっても助けようとする人。
だから……
「あぁ、ヴァンくんやっぱりリサの方がいいのぉ?ちょっとズルいぃ」
髪まで洗ってきたエリナが浴槽に浸かりながらふてくされた声を上げている。彼女からは、顔が見えていないみたい。
「いいんじゃなーい?彼の決める事だもの。それに、エリナはいっつもダッコしてるでしょぉ?たまには私にだってさせてよぉ」
「俺としてはダッコを拒否……」
「「却下します」」
「なんでじゃああああ!」
なんか、段々こんなやり取りが楽しくなってきている。これがずっと続けばいいのに。
――――――――――――――――――――――――――――
「ふぅ、風呂上がりの紅茶が一番落ち着く。できればコーヒー牛乳にでもしたいけど、それは我儘か」
お風呂上がりに早速お茶を入れている。眠れなくなったりとかしないのかな。それ、紅茶じゃなくて、黒茶なんだけどなー。
「そういえばさぁ、ヴァンくんは属性の事は知ってるの?魔法を使ってるんだからある程度は知ってるだろうけど」
「ああ、4大属性の事?それなら分かります」
「じゃぁ、4柱は?」
「え、何それ?……光と闇と時と空間?どういうこっちゃ、繋がりないぞ」
2人の会話に、精霊が割り込んだみたい。いろいろ教えてもらっていたんだろうけど、ところどころ端よっていたみたい。
「でぇ、焔属性っていうのは実は火と空間の混合属性なんだけどねぇ。そろそろ文字も少しづつ分かって来たでしょぉ?」
「え、うん。多少読めるようになったくらいだけど、それが何?」
何か企んでいるようなエリナと、たじろいでいるヴァンくん。多分、彼女の意図することは、あれなんだろうな。早い気もするけど。
「初級魔法と一緒に、空間魔術の一つ、空間収納覚えてみようか。ちょっと難しいけどねぇ」
その言葉と一緒に置かれたグリモワール、基本4属性と、空間収納の一冊。全て同じ大きさ。
そのページ分、全部覚えるつもりでいなきゃいけない。覚えるのに、普通何年もかけるくらいの面倒な物なのに。
「え、何この辞書。A2サイズで国語辞書みたいな分厚さ、中の字、ちっせえ……え、まさかこれ全部……」
「そう、これからの課題。計算と一緒に覚えるんだからねぇ。先に初級の火属性から行くけど、ヴァンくんには上級までは覚えてもらうつもりだから、がんばってねぇ」
放心して、叫ぶことも忘れたみたい。口が目一杯開ききったまま、放心してる。
あの一冊だけで、いったいいくらの金額になるのかも、彼には解らないんだろうなー。でも、それを覚えるなら、剣術の時間少し減らしてもいいんじゃない?ちょっと寂しい気もするけど。
精霊のボヤキ
そう言えば、顕現って一体なんなの?
――よく知らないけど、できるんだよねぇ。周りの土や樹木を使って、仮初めの身体作るの。形は色々。魚とか蜥蜴とか、ドラゴンもいたっけ?――
その中から敢えて巨人女性か……




