19話 媒介の破壊
前回:――黒幕の能力、判明したけど……なんか、ねぇ?――
「戦闘が始まって、少しの間は何もありませんでした。でも、突然エリナさんの目の前にバアルの奴が現れて、全員の意識が向いたその次の瞬間には、バアルを中心にドーム状に、時間停止空間が広がったんです。
僕は、ヴァンがいち早く気付いて上空に吹き飛ばされて無事でしたが……ヴァン自身は空間から逃れる前に、効果が発揮されてしまったので……」
「どんな状況よ、それ!中に居る奴、死んだの!?」
簡単に説明しながら彼女達に合わせて走るスコルに、どうにか全速力で走って追いつきながら質問を返すマリア。リリーも追いつこうと走るが、息を切らし始め、遅れ始めている。
「死んでいません。ただ時間が遅くなっただけ。つまり、ここだけ相対的な時間軸が……」
「待って、ごめん。難しい理論とか無理……死んでないなら……それと、速すぎ!」
話す事に、そして解決のために意識を裂いていたスコルは、彼女達のペースを全く考えていなかった事に気付き、漸く足を止める。2人は息を切らしながら漸く足を止められて安堵し、気持ちと体を落ち着かせようと深呼吸する。
「つまり……ただ動けない拘束の魔術……がこれ?」
色が反転したような妙な空間の中に、人も物も、魔術なども浮いて止まっている。
「そんなん、どないせいっちゅうんや?銀狼も、それを使った黒幕も……」
全員が停止されている状態で、解決が見えない2人は顔を曇らせ、困惑する。今の状況で放置されたとしても、戦争は終わっていない。彼らが拘束から解かれるのは遥か未来かもしれない。解除されなければ、一生会話なども望めない。
その時間停止の結界を使った本人を中心にしたと言うなら、誰が解除するのだろうか?
「バアル自身は対策していたのか、時間停止結界の中心から姿を消しています。ばあ様が教えたとは思えないけど、何か対策の仕方を知る切っ掛けがあったのでしょう」
「……それって!」
「対策の仕方を知っているのは、僕も一緒だと言う事です。ヴァンはその可能性を感じて、僕を吹き飛ばしたのでしょう。風の鎧があって爆風を受けても痛みなんてないから、空高く吹き飛ばしても問題ないって理由もあったでしょうけど」
対策の可能性と共に、自分を多少荒く使っていいと考えられたことに、苦笑いするスコル。実際にそれで、彼は雲海を眺めてきた後だ。流石に急激な気圧の変化には、魔術を使っても影響なかったとは言えないが、彼以外であれば無事では済まなかっただろう。
「それに時間停止とは言いましたが、これはいくつかの媒介を使う事でその範囲にある物の時間を、極限にまで遅くする方法。一度停止すれば中に入る事は、バアル本人でも無理でしょうし、中の物が動くのも不可能です。
ですが、それは媒介を使っているから……」
「媒介を見つけて壊すだけで、全部元通り……?」
全員を救う光明が見え、心に迫っていた恐怖を拭うきっかけを得た2人は、意を決したように見合い、頷く。これまで戦いで役に立つ事は無いと感じていたが、今この瞬間にやらねばならない事が出来たのだ。
「それで、どうすればいいの?」
スコルに眼を戻し、解決の方策を伺うマリア。
「それが、今のところマナの流れで、おかしなものが見当たらないんです。ばあ様の方法だったら、使いそうな物は大体分かるんですが……」
これまでの勢いを落としたスコルの目は、自身の胸にある5本のクリスタルへと移り、同時に指で弄び始める。
「……そのクリスタル?」
「ええ。首にかけている物でも、代役となるクリスタルでも……一族で相手をしきれなかった、神獣となった海龍を相手にした時も、クリスタル5個で時間を封じたそうです。それは百年も昔の話で、復活の時には、別の者達が……」
「ああ……その先は知っとる。あれ、封じられとったんやな……」
化け物と最強剣士の話が、まさか後日譚のようなものだとは思っていなかったマリアとリリー。どこまでこの一族は世界の裏で動いているのか、と邪推するが、頭を切り替える。
「とにかく、そのクリスタルの代用になるもんを見つければええんやな……?」
「それなら……」
止まった戦場で探し物という、どうにも妙な感覚のする状況だが、今の自分達には、出来る事はこれしかない。
「ただ代用できるものを探すだけならいいですけど……その余裕は、僕にはなさそうです」
だが、事態はそんなに単純ではなかったらしい。
そもそも、スコルが何故走っていたのか?
ただ探すだけであれば、その場で説明すればよいだけの事なのだが、それが出来なかったのだ。
「もう追いついて来た……」
スコルの呟きを聞いて、彼の視線の先を追う。彼はこれを気にして、足を止めていられず、彼女達を連れて駆け出したのだ。何も知らないままでは意味もなく、命を散らす事になりかねないからだ。
3人の後方から、3大魔獣などに数えられる、ケルベロスが群れで迫って来ている。その数は、およそ2百程。
「……ウソ?」
いくら強い武器を持っていたとしても、竜と同程度のチカラを持つ個体が、それほどにいるとなれば、有って無いようなもの。
戦慄しながらも、リリーは即座にゴーレムの核を起動させ、ケンタウロス型に造り上げる。その背に2人が乗った直後にひと回り大きくすれば、直後自分達がいた辺りにケルベロスの爪が付き立つ。
「ちょっ……これ聞いてない!」
「言う暇が無くて……すいません!」
慌てながら不服を訴えたマリアの頭上から、スコルの謝罪が降り注ぐ。敵を視認したスコルは、すぐ減上空へと移動した後、言葉と共に空気の塊や落雷が振るが、全くものともせず魔獣達はゴーレムを取り囲んだ。
「数匹なら何とか独りで相手にできたんですけど、流石にこの数は無理で……」
「だからって……何とかして!」
「引き付けますけど、その内に媒介になりそうな物を探してください!」
慌てるマリアに言い訳がてら、頼みたかった事をようやく伝えるスコル。解決策はあるのだが、ケルベロスを相手取りながらなど、到底無理だ。まして数が多過ぎて、勝てるかどうかも分からない。
そんな彼の身上を知らず、無茶振りされたマリア達は愕然としてスコルを見上げる。そうこうしている合間にも、ケルベロスの攻撃でゴーレムは崩れそうになる。何とか立ち上がらせるだけで精一杯で、探すなど到底無理だ。
「ちょっと……流石にそれは!」
「探索者なんですよね!?」
「ぐっ……」
自分達にできない、と言おうとして、自称とは言えシーカーを名乗っていたマリアは、彼の期待の理由を察して言葉を無くす。
最近は自身も忘れていたのだが、元々探索などを主とする技能を学んで、名乗っていたはずなのだ。普通の冒険者ではあまり必要とされない特殊技術だが、ダンジョンでは必要な技能となる。
大神の生活を覗いていた彼は、その事を知っている。それの技術などについても、あまり詳しくないとしても、知っていておかしくはない。だからこそ彼は、自分達に手伝って貰おうとしていたのだろう。何もできないなら、そのまま逃がしていた可能性が高い。
だが、ただでさえダンジョンへ行けない時期が長く、漸く行けたのも、たった一度しかなかった上に、その頃には覚えた技術のほぼ全てを、全く使う事も出来ずにいたマリアだ。
今この瞬間、突然やれと言われても出来る訳が無い。
かと言って、出来ないなどとも言える状況でもない。
逡巡している間にも、スコルは複数の攻撃を当てて、2人の周囲に居るケルベロスを引き離し、徐々に遠のいていく。ずっと空中に居る彼に対して、空中へ的確に攻撃できない魔剣に攻撃手段はないようで、当面はやられる要素もなさそうだ。もっともその数が多過ぎて、スコルが勝てる要素もあまり無いのだが。
「迷ってる暇はないか……どうやるんだっけ……」
「魔術やない方法やったな?あまりよく覚えとらんが、反響音やら、明かりでどうとか言うとらんかったか?」
暗がりの中である上に、瘴気が濃い中で探索する技術。ちょっとしたコツがあればできる物が多く、簡単な技ばかり選んで覚えていたマリア。それは逆に言えば、昼日中で、荒野の中で出来る技術ではない。
「それは無理……何か……ないの、何も!?」
リリーの思い出した内容を否定しつつ、自分の頭の中にある情報を引き出そうとして、困惑する。出来る技術どころか、覚えていたもので、今使えそうなものがない。
広い場所ではどうしても、魔術師の探知能力や、探索魔術の方が、遥かに扱いやすい状態なのだ。その為に一般的に必要とされない。
そうこうしている間にも、スコルの引き付けられなかったケルベロスが周囲を取り囲み、自分達をどうやって引き摺り落とそうとするかを考えている。その圧迫もあり、焦って考えがまとまらない。
「……今はとにかく、ナイフを投げて麻痺させて、暴風で距離を取るしかないかな……?」
「せやな。邪魔でこっちが移動するんも難しいんやったら、探すより目先をどうにかした方がええやろ。思い出せないんやったら、くまなく探すだけや」
苦い顔をして、マリアはミーシャのスローインダガーを掴み、狙いを定める。リリーも手持ちの麻痺用アーティファクトを取り出し、効果的なタイミングを見定めつつ、ゴーレムの方向を変えつつ、移動を始める。
2人は迫る凶悪な魔獣をどうにか足止めする為に、自分達の武器をどうにかして振りかざすが、流石に焦りの抜けない彼女達の攻撃は全く当たらない。手持ちの武器も多くなく、軽い牽制になるかどうか程度でしかないそれは、すぐに底をつきそうだ。
「……駄目や、全然当たらへん!……銀狼の師匠はんら、あんなん切り裂いとったんか?」
自分達と一騎当千となる者との、愕然とする戦力差を知り、リリーは力なく腕を下げる。仮に今の状態で媒介を見つけたとして、どうやって破壊すればいいか分からないからだ。
「まだ……まだもうちょっと粘れば……っ!?」
諦めが襲い掛かってきているマリアも、それでもどうにか、何かできないかと考えている時に、ちらりとおかしな物が見えた気がして、その場所に目を凝らす。
途中にある岩の1つが、僅かに青白く輝いていたのだ。
それは武器などに通す事で見える事がある、マナの光だ。
「あっち!あの岩が何か怪しいから、近づいて!」
マリアはリリーに指示を出し、そちらにゴーレムを近づかせる。リリーももう破れかぶれになり、言われるままに我武者羅にその方向へ移動させた。
その可笑しく見えた岩は、偽装されたマナクリスタルだ。マナタンクなどとも呼ばれるタイプの物で、恐らくこれが、媒介となっている物だろう。或いは、その為のエネルギー供給部か。
「何でもいい……壊せばいいんでしょ!」
近づく最中にもダガーを投げ、クリスタルに当たるが弾かれる。クロスボウを構え撃ち込むが、軽く傷はついても割れもしない。暴風を使って何か削れないかと刻印の魔術を放つも、びくともしない。
「……こんのお!」
ゴーレムがクリスタルのすぐそばまで来て、マリアは飛び込み、サーベルとナイフを突き立てようとする。
その彼女を狙い、2匹のケルベロスも後方から飛び掛かった。もしクリスタルを壊しても、この2匹からは逃げられないだろう。それに気付いたリリーだが、突然の事でかつ、あまりのタイミングの悪さで、何もできるでもなく手を伸ばす事しかできなかった。
マリアが突き立てたサーベルが、先に放った矢の作った傷に突き刺さる。それでも割れそうにないと思っていた為、彼女はそのまま刻印の魔術を利用し、内部から暴風を発生させ、その圧力でクリスタルを破壊した。
その彼女に、ケルベロスの牙が突き立てられそうになった、その時、
「精霊術式――ファフニール!」
暴風の竜が2匹上空より降り注ぎ、ケルベロスを咥えて離れて行った。
「……あ……」
砕けたクリスタルの破片を浴びながら、マリアは自分に何が迫っていたのかに気付き、目を見開いて震えだす。
だが当然、その視線の先には、先程まで追っていたケルベロスの残党がいる。完全に狙われやすい状態になった彼女は、見逃されるはずも無い。
眼を見開いて恐怖に満ちたマリアは、迫るケルベロスを眺めるだけだ。
そんな彼女を助けたいとリリーも何かを叫ぶが、その声は轟音に掻き消される。
掻き消されたのは、音だけではない。
太陽が飛び去り、襲い掛かっていたケルベロスの殆どをくちばしに加え、蒸発させる。
少し離れた場所に、落雷というには太すぎる閃光が降り注ぎ、炭へと変える。
瞬き程に速い白金の刃が見えては消え、気付いた時には漆黒の影が通り過ぎていた。
「……」
「悪い!後はこっちでどうにかするから、お前らは休んでくれ!ロイ、護衛頼む!」
陽の鳥の額の乗った大神が叫んで、すぐに飛び去るのを見て、今起きた事を理解できずにマリアは目を引っ繰り返した。そんな彼女に困惑するロイの心情と、遅れてきたユウタがリリーとどんな会話をしたのか、それは彼女の知る由もない。




