18話 止まる戦場
前回:――ユーシャ吹っ切れた……壊れたままでしょ?――
「襲撃人数は3千。それが、殆どユウタとロイで片付いたのか……あいつも何か、吹っ切れたのか?」
襲撃の一報を受けたものの、そちらへ向かおうとした頃には殆ど片付いており、唖然とする兵達。そんな者達を横目に、ダンテから報告を受けた大神は、戦況と自身の想定の乖離に、疑問を抱く。
途中襲撃を受けたものの、特に大きな問題も無く片付いた為、現状の確認程度に足を止めていた一団。そう時間かからず進軍再開するだろう。怪我人も目立たない。
「ダントンとロイが会話しているのは見た。多分、そこで何か得たんだろう。敵襲と聞いた瞬間、誰よりも先に駆け出して、一撃で多くを切り伏せていたからな。その一瞬後に、ロイが一振りで体を切り裂いた。
まさか、彼に後れを取る事になるとは思わなかったが……おかげで敵は予定から大きく変化した戦況で戦う事になって、混乱していたよ」
ダンテが苦笑いしながら、何故かハーティの頭を撫でつつ零す。報告をした瞬間には、彼の下に来て、共に戦おうとしていたらしい。そこには狼というより、犬がいるように見えた大神。彼もまた、妙な状況に苦笑いする。
「ともかく、問題が無さそうならこのまま進軍だ。バート、周囲の様子は?」
『偵察している限りには、特に問題なさそうや。ホンマにあれだけやったとは思わんけど、それらしい姿も、幻術やらの痕跡も無さそうやな』
偵察を入れているバートに通信すれば、予想に反して敵軍の姿を見ないと言われ、首を傾げる。
「多分、スフィアで軍を転移させているんでしょうねぇ。ナイン達もそのせいで気付かずにやられたんじゃないかなぁ?」
会話を聞いていたエリナは、最も可能性の高い敵の策を予想する。これ以外、敵が問答無用で軍団を転移させる方法がない。そもそも転移魔術自体が、個人はともかく、集団で移動させる事が出来ないのだ。それを可能にした物が敵の手中にあるなら、当然やってくるだろう。
「そうなると、どれだけ警戒しても足りないかもね。バートにやらせた戦術と同じ事、されかねないって事だしさ」
『せやな……それっぽいもんがあったら、土ん中にでも埋めときゃええんやろうか?』
「ああ。見つけたら頼む」
進軍の途中で起きた戦闘にも、その後の対応にも淀みなく対応する仲間に信頼を持ちつつ、大神は次の方針をバートに告げる。戦闘の出来ないと思われていた彼もまた、今や心強い存在だ。
それについては、ユウタも同じ事が言える。
「で、ユウタはどうした?」
「それなんだが……今はそっとしておいてやってくれ」
肝心の彼に一言入れようかと思い、彼の下へ移動しようとしたところで、ダンテに止められる。その理由が分からなかった大神は首を傾げるが、理由を別の者が語り始める。
「切り裂いた瞬間、ユウタの足元に血が大量に滴ってな。それで足が滑って、転んだんだ。怪我は無かったんだが……その後、皆が集結し始めただろう?血まみれのユウタを見て、慌てた者が1人居たんだ。それで……」
ダントンはロイと共に、大神のいる場所へと近づいて来た。妙にニヤニヤしている辺り、そういう事だろうと察する。
「ああ……だからリリーの姿が見えないのか?」
冒険者仲間が不安そうにして、移動していったのは僅かに見ていた。前線に出ないと言っていたユウタは、物資補給や援護の為に、右翼側に配置されていたのだが、その彼が血まみれになっているのを、誰かが見たのだろう。
今、彼らも事情を知って、ひと塊になっているのが、大神の目に映る。特に呆れ顔のマリアが目立つ。大きな身振りで、ユウタを馬鹿にした話でもしているようだ。他の者達の別の意味での呆れ顔が、それを感じ取らせる。
「まあ……何かあるだろうとは思っていたけどさ。ここで一気に近づくのか、あの2人?」
上手く行って欲しい気持ちもありながら、余計な事に現を抜かし、結果フラグ回収、となる事態を想像する。それはそれで、前線に立たせるべきではないだろう。
「さあな。とにかく、こっちは死者はゼロ。このまま進軍可能だ」
ダントンは本来の報告を彼らに告げ、片手を挙げて踵を返す。共に来たロイは、大神にただ頷くだけで、彼の後を追った。
「……ヴァンくん。ユウタの心情はどうなったのか、また後で確認するとして……次の襲撃はどうするの?今のところ対応できているけど……」
エリナは度重なる襲撃に、進路の変更を考えているらしい。負ける事は無いが、このままいけば兵が疲弊するのは免れないからだ。
「エリナさんの予想通り、スフィアで転移しているとは俺も思う。でも、その目的が今一分からない。もしかしたら、ただの嫌がらせ程度にしか思っていないのかもな。
進軍の方針は変えない。3部隊に分けたまま、厳戒態勢で進む。時間は掛かるけど、確実に進軍したいからね」
だが、変わらず続く荒野を眺めながら、大神は方針の変更をしない考えをエリナに告げる。
進路を変えたとして、兵の疲弊は変わらず続くだろう。スフィアがどこに仕込まれているのか分からない状況で、どちらに行っても出くわすなら、進路を無理に変えるまでも無いだろうという考えだ。
敵の襲撃が見えないなら、誰しも不安に思うだろう。だが、敵の兵力は、そう簡単に増やせる訳では無い。今までのように小分けして出していれば、そう時間かからず打ち止めになる。
何しろ、他にも戦場となっている場所があるのだ。余計な場所へ戦力を集中させて、結果敵軍が疲弊するなら、王国側の勝利が近づく事になる。それはそれで、相手も歓迎できないはずだ。
懸念する事としたら、神格となる者や、それに相応する者が、自分達の軍にしかいない事だ。大神とエリナ、次いで合流したロイくらいが、その領域にある。
バアルも神格。神と呼ぶに相応しく、大神のように生半可な攻撃では効かない事も予想される。勝てるだけのチカラを持つ人物は、3人だけなのだ。
勿論、それは人物として、なのだが、
「バートのゴーレムに施した改造の内容、サーシャには送ってあるんだ。あの人だったら、あれに更に手を加えて、改良したゴーレム兵装を数百くらい、戦場に追加投入するだろうさ」
武器になれば、また意味が変わる。バアルは恐らく、こちらにしかあの兵装は無いと考えているだろう。だが、数日もあれば彼女なら、あれ以上のスペックを実現できるだけの、腕と知識がある。
サーシャのゴーレム兵装は、これまで試験データはいくらでもあった。しかし、あくまで試験であって、実践データが皆無だったのだ。バートのゴーレムの構造もまた含められていなかった構想の為、その面も含めて彼女にデータを送りつけてある。
間に合うならば、彼女の伏兵にもその装備が届くだろう。
「……つまり、アタシ達が駄目でも、サーシャが纏めて一掃するって考えね……自分を捨て駒にするのって、誰も喜ばないんだけどねぇ?」
「最悪の場合の保険だよ。こっちはこっちで、勝つつもりで向かうさ」
大神は肩を竦めて、師に笑いかける。それは今までとは違い、どこか疲れたような笑いだった。
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彼らが魔国に進軍をして、いつの間にやら1か月が経とうとしている。その間にも襲撃が何度もあったが、どうにか死者を抑えながら、敵を撃退し続けた。
「……もう、いい加減戦争終わってくれないかな……?」
マリアの呟きは、戦場となっている村落での叫び声に掻き消され、誰にも届く事は無い。
またも襲撃を受けている村落に出くわし、大神達は率先してその地へと足を向けている。何故魔国の領土を、魔王軍が襲うのか、全く理解できない。
何かを狙っているのかと思っていたが、その割に何か問題がある訳でも無く、人を生贄にする魔術でも使うのかと予想してみれば、その為の手順には当てはまらないと言う。唯一呪いに関しては、可能性のある物もあるらしいが、既に妨害対策済みなのだそうだ。
徐々に敵の中心地となる、魔都ゼルファの近くまで来ているらしい。そこに在る城に、今魔王軍の殆どの兵士が集結中なのだそうだ。
そこへ辿り着くまで、あと一歩と言ったところ。その状態で、近くの村落を魔王軍が襲撃している。正気の沙汰とは言えない。
「しゃーなし、や。相手かて、殺されたくないやろ……?それやったら……」
「でも、終わってくれれば、アンタはアイツと、ずっと一緒に居られるじゃない?」
後方で支援する事も無く、幌馬車の中に入ってきたリリーを見て、マリアは膝を抱えながら、横目に訴える。
「……で?」
「……なにがや?」
「どこまで行ったのかよ。あいつ、なんだかんだ言って、結局前線に戻ったじゃない。それからは何かと言って、ずっと一緒でしょ?言い訳ばかりしてるけど、もうあれから1週間以上たってるんだし……」
口角を上げながら、聞きたい事を少し遠回しに聞いてみれば、マリアの想像通りなのか、リリーは一気に赤面して顔を覆い隠す。
「……そういうんは、全部終わってからにしようと思っとったんやけど……」
「今はそんな事言わなくていいでしょ?どうせあいつだから、下手糞なんだろうし」
何が、と言った訳でもないのだが、色々思い返して悶絶し始めたリリー。
「……そんな、上手いとかそういうんを求めとるんやなくてな……?」
「ちょっと待って……なんか、静かになった……?」
言い訳をしていたリリーの発言を止め、耳を澄ます。周囲からは、音が無くなっている。
戦闘が終わったのかと、2人が幌馬車の外へ出て辺りを見渡せば、その光景が目に入り、突然の事に驚く。
辺り一帯の時間が止まったように、物が宙に浮いているのだ。
「これ……何?まさか……」
「良かった、まだ動ける人が居た!」
呆然とする2人に向かって、駆けてくるオオカミ。
「ちょっと、ヴァン!これは……!」
「あの……違います。スコルです。鎧着てないですよね……?」
あまりに顔が似ている為にうっかり間違えたマリアと、苦笑いして訴えるスコル。戦場で唯一、彼だけはこのイレギュラーな状況を免れたらしい。
「とにかく、手伝ってください!多分、あなた達以外は全員、この時の結界に封じられたと思いますので!」
「手伝うって……これ、何か知っているの!?今まで、こんな魔術聞いた事ないし……エリナさんやヴァンなら……」
話半ばに進もうとするスコルに、困惑するマリアは制止を掛ける。リリーは、話は全く聞こえていないようだ。完全に上の空で、戦場の方を呆然と見つめている。そこには、剣を振り被ったままのユウタがいる。
「この結界は……多分例の黒幕がやった事です」
スコルは、バアルの今までの狙いをようやく理解し、そして2人に宣言する。
「この能力は……フェンリルの占術師、ティーズさんの神格魔術」
「それって……裏切ったってこと!?」
スコルの言葉に、最悪の想像をするマリアだが、スコルは首を振る。
「この戦場に、黒幕が来たんです。一瞬だけですが。彼がやったんです。
つまり、彼は能力をコピーできる。そういう事です」




