6話 戦況変化
前回:――ボス戦……はありませんでした――
ニーズヘッグとの戦いが終わり、人員が減った状態で改めて進み始めた一行。傭兵とレジスタンスそれぞれが被害を出しながら、しかし殆どの者がまだ前線から引く意思を見せないつもりで足を進めている。
「それで、ヴァンの方はどうだったんだ?」
特に連絡などを受けていなかったダンテは、一息ついた辺りで改めて戦場の状況を確認する。これまでは、殆ど自分達が足を進めている場所の情報ばかりだったのだ。
対してダンテに慣れない馬を宛がわれて、嫌がる大神は嫌がる馬を宥めながらその背から彼を見返した。
「中央は全滅だったよ。生き残ったのはロイとダントンの2人のみ。そこに居た騎士団も戦線崩壊した辺りで敗走した。
ロイとダントンは一度街の方まで戻って、少し休養してからもう一度前線に向かうかどうか考えるそうだ。特にダントンは怪我が結構酷かったからな。ロイは無傷だが、付き添いでついて行った。
騎士団が改めて兵士を集めて戻っては来たけど、その殆どが半ば脅されて無理矢理兵にされた農民でな……槍以外は持てそうになかったよ」
「農民を兵士に?それは無理じゃないかと思うんだよね」
「しゃしゃり出るな、姉」
大神の言葉にハーティは憤慨しながら水を差し、妹の腕を引かれる。しかし彼女は納得できそうにないらしく不貞腐れる。ダンテと兄は馬に乗るのに、自分達は歩きだからだ。
「ハーティの考える通り、かなり無理がある。だから俺の領に与えた焔の精霊結界を、前線に敷けるだけ敷いてきた。通れる場所はあまり残っていないはずだ。通れる場所が合っても調査せずに足を踏み出したりはしないだろうしな。
あとは、相手があの結界を解除してこないかが気がかりだよ」
「……解除が難しい結界じゃなかったか?」
今度はスコルが大神の言葉に切り返す。話に聞いていた限りでも、彼の師匠だとしても困難な条件の魔術だ。この話は以前聞いていたので、ダンテも頷く。
しかし、
「スコル……相手に神格がいるなら、どうなるか分かるよな?」
大神の言葉で、姉弟の眼の色が変わる。
「つまり……」
「バアルが、神の領域にある人物の可能性が高いって事だ」
「……それはつまり、お前と同じような異常な力を持っていると言う事でいいんだな?」
どのようなチカラは分からないものの、常軌を逸した者の逸話は結構有名になっている。その様な者を相手取れるのは、基本的に同じような常軌を逸した存在だ。特にそれが多いのが12英雄とエルフなのだから、彼らが矢面に立つ事になるのが妥当と言う事になる。
ダンテは苦い感情を押し殺しながら、勝てる可能性のある大神に眼を向ける。
「ああ、同じ奴がいると考えて間違いない。神格の力が何なのかは理解しがたいけど、間違いなくバアルがその神格だろう」
「何が理由か、聞いてもいいか?」
「根拠は、俺が幼い頃に見た最初期のスフィア、そして12英雄唯一の魔人で、魔王の側近だからだ」
ダンテの疑問に大神は即座に答えるが、その理由の意味が分からず、無言で首を傾げる。兄弟の方を見てみればやはり顔を見合わせるだけで、理解している様子ではない。
「分からなくても仕方ないさ。賢者と呼ばれる程のエリナさんですら、解析した時にも首を傾げていたし、理解のしようが無かったんだ。その後も長らく研究の対象にしていたけど、全く解らないままだったんだよ。
賢者と呼ばれるだけあってあの人は、様々な魔術の様式を理解しているから、解析すればまず分からない事はないんだよ。俺の使った精霊魔術も平然と解除したしね。
呪術や儀式魔法も深く理解しているから、分からない物は無いはずなんだ。神の術式以外はね」
森に潜み続けている間に増えたゴブリンを思い出し、溜め息交じりに語る大神。実際に彼自身もその術式をよく見て確認していた為覚えており、ある程度魔術を理解して覚えた辺りからその刻印についての研究も手伝い始めていた。
永く調査したところで、魔術の性質も全く理解できなかった刻印が、今の彼には理解できる。自身も神の力を入手しているのだから。
「あの刻印は通常の転移では不可能な距離を転移する事が出来るようにする為のものが殆どなんだ。あれがあれば、大陸間転移も容易になる。惑星の反対側にまで飛ぶのも可能だろうな。
転移魔術を行う時に気になる事って結構あるんだが、その間に有る物質やバイパスになるマナ、距離座標と高低差……色々理解していないと使えないはずなんだよ」
「転移はお前もエリナも使うんだったな……短距離なら魔術の得意では無い者でも使える事はあるが……阻害されている状況でもスフィアってのは使えるのか?」
「妨害魔術で転移阻害する方法は一般的だけど、多少穴があるんだ。エリナさんがリサさんに付与する短距離転移なんかも、その穴を狙って使えるようにしている。10m程度なら阻害されずに飛べるはずなんだ。
だが、この刻印は暗黒大陸から、転移阻害されているはずの帝都の中にまでバハムートを転移させた。あの大陸から王都までは、推定でも5千キロ程にはなるんだけどな」
異常とも言える距離を転移させ、狡賢いとも言える方法で通れるかどうかの場所に問答無用で無理を通す魔術がスフィアと呼ばれていた『蜃気楼』の機能だ。とは言っても、それは昨日の内のほんの一部なのだが。
それを聞いて、全員がそれぞれ思い悩み始める。今の時点で転移はさほど問題ではないが、その様な無理を容易に通せる相手なら、他にも何か仕掛けてもおかしくないだろう。
「転移だけならともかく……どのような魔術を使うのか分かっているのか……?」
スコルはまた別の問題を掲げる。特定の属性が得意となる精霊術師だ。他の魔術が使えない訳では無いが、力の強さや扱いやすさが全く違う。
「魔術に関しては、魔人の多くが混沌を得意としている。それでも得意とする分野も変わってくるし、呪術を得意とする者も、魔術に近い種族特性を持つ者も居る。ヴァンパイアとかが使う眷属化が分かりやすい例か。
卷族って言っても、同様の存在になる訳では無い。魔人に近い人間になるって感じだから、半魔って言い方のほうがいいかもな。性質はほぼ洗脳だ。ただし魔術なんかで解除する事は出来ない。
スフィアに見合う種族特性は見当たらないが、その神格の奴についてもハッキリと判明していないのが側近に居るから、その辺りが怪しいんだが……どんな特性か、魔術が得意なのかも分からないんだよな」
大神も腕を組んで悩まし気に目を伏せる。不安になる事ばかりを語る彼には全員が戸惑うが、誰もそれを口にしない。
「個人では分からないのか?」
ダンテは聞いた事があったが、姉弟は特に知らなかったらしい。険しい顔で頷くものの、最も知りたい情報が無かったことで、スコルが質問を返した。だが、大神は首を振る。
「百年近く睨み合っているサーシャですら、黒幕の情報をあまり持っていないらしい。詳しくは俺も聞いていなかったんだけど、そもそも顔をほんの少し出す事ですら、あいつは避けていたんだそうだ。だから素性が殆ど分からない」
「魔王の側近でも、最も素性が分からない存在だったな。名前が出る事はほぼなく、姿を見る者も少ないらしいな。存在すら疑われているって話は聞いた事がある」
大神の返す言葉に頷くダンテ。彼自身も聞いていた以上の話は、殆ど知らないらしい。
「姿も特徴も分からない奴を相手にするって事なのか……?僕達にどうにかできるのかな、それは……」
「……やるしか……ない」
聞けば聞くほど不快になり、顔を曇らせていく姉弟達。戦う相手の素性が見えず、得意な戦い方も分からない。対策の立てようがない。
これでは完全に劣勢だ。何しろ相手はこちらの戦い方を少なからず知っているのだから。有名になったのもあるが、何度も黒幕と戦っていた事も考えれば、探られていておかしくないのだから。相手はいくらでも対策を立ててくるだろう。
だが、
「今までバアルが取って来た策は、随分温い者ばかりだ。魔国が関わっていないと見せる為に手駒の一騎当千の人員を配置する事も無かったし、結果がえげつないトラップだったとしても有名で対策がいくらでもできる物ばかりだ。
恐らく奴は俺とエリナさんが前線に来たって事ばかり意識して、そちらに手駒を配置するだろうな。そこから魔都に続くまでの間にもいくらでも兵とトラップを配置するはずだ。
エリナさんは今までのあいつの傾向から、すでに侵略ルートを考えている。どうせ半端な強さの兵を複数転がすくらいだろうから、今迄ほどの強さを持つ奴はいないだろうな」
幾度もバアルの取って来た小賢しい作戦を相手にして来た者からすれば、考え方にどんな癖があるのかがなんとなくでも分かる。
「でも……なぜ、相手の領土にわざわざ侵入するんだ?そんな事をしたら、相手にわざわざ自分の存在を……」
「敢えて目立って行動しているんだ。こちらに注目させている間に前線を立て直し、王国軍側の増援や攪乱を待っている……ように見せかける為に」
大神と金色の雷鳴の取った策は、前線から一団だけが分散して相手の国内に侵入し、敵の目を向けさせる為に、今の行軍を行っている。
当然兵が無理矢理な進軍をするなら、有頂天になって攻撃する者も居るだろう。それは戦闘で各個撃破するしかない。
相手の数も相当にいる事が伺えるし、こちらも戦力がなるべく多く欲しい所だ。その為にレジスタンスに同行を願い、人数の多いグループはなるべく隠れて行動してきた。
そんな目立つ行動をするなら、怪しむ者も居るだろう。ならばどうするか、と考えれば自ずと上がるのが、王家からの増援だ。王家側の取れる手段としては、それが関の山である。
勿論、それが普通だ。
「サーシャ側が既に兵を編成してこちらに増援を送れるように手配している。それとなく気付かれないようにしながらね。共和国内の各州で傭兵団を新設して、行商人の護衛と称して移動したり、戦場に加担するように見せて魔国に侵入している最中だ。
俺達が南部で目を集め、こちら側に兵を集中。意識が薄まった辺りで、西部から一斉蜂起した傭兵が暴れつつ首都に近づけば、横腹を刺せるはずと考えているんだ」
共和国は、今回の戦争に全く関与していない。だからこそ、そちらから突然の派兵など、殆どの者が考えないだろう。
だが、大神や金色の雷鳴の後ろにいるのは、事実共和国を自在に操れるとも言われる錬金術師だ。
しかも長きに渡るバアルとの確執もある。その裏に何があるかは知らずとも、今回の事は見て見ぬ振りが出来ないのは、彼女も同じだ。それは大神も知るところ。
ようやく尻尾を掴ませるところまで来たのだ。これで逃がすような事はする訳には行かない。
「気になるのはバアルが逃げないかって辺りだが……今までの通りなら、確実に逃げるんだろうな。あからさまに本人がやっただろうと言う問題が起こったとしても、彼は文面で知らぬ存ぜぬの一点張り。そもそも顔を見せる事すらしない。そんな事を繰り返してきたらしい」
「今回も同じ……と予想しているのか?」
「サーシャとエリナさんはね」
矢面に立っても逃げ回る事の多いバアルは半世紀以上もの間、ほぼ姿を見せず間接的に政治や水面下での行動に終始していた。今回の戦争でも、或いは素知らぬ顔で逃げ出すだろう。
「だからどうにかして……」
「旦那、緊急事態や!」
バアルの逃げ道を無くす方法を考えていた大神の元に、突然バートからの連絡が入る。全員が同時に顔を引き締めてバートの渡していた小型ゴーレムを見つめるが、直後その異変を知る事になる。
「集合予定の村落が、魔国に襲撃されとる!先に到着しとった師匠はんらが応戦中みたいや!」
バートの言葉の最中に、爆音や落雷のような音が、遠くから聞こえた。
「全軍、戦闘準備!集合予定地に向けて突撃開始!行くぞー!」
ダンテはすぐに剣を抜き、兵全員に届くように腹に力を籠め、叫んだ。




