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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
ラグナロク・フィナーレ
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3話 崩壊する戦線

前回:――贅沢な悩み呟くユウシャ――

「そう……ユウタは当面駄目かもねぇ……」

 ヴィンセントからの報告を受けたエリナは考え込む。前線駐留地となっているテントで、騎士側の高官達が彼女に様々な訴えを行っていた最中だ。

 今も騎士側はどうにか楽に戦場を切り抜けて、自分の得になるかばかりを考えている。しかし、相手は死に物狂いの者が多く、致命傷を受けたなら自棄になって自爆魔術などを使う者も少なくない程だ。


「今の状況で彼を最前線に置くのは不安があるかなぁ。アリスが言っていた、ユウタの不思議なチカラ……あの辺りがあるのかもねぇ。纏めて人を殺す力なんて、絶対あの子だったら喜ばないでしょぉ?」

「それは……失念していたかもしれません。そんな彼に、殺す必要性を説いたのは……」

「間違いでしょうねぇ。そもそも必要のない殺し合いで、ねじ曲げて正しくしているのが戦争なんだし。

 どうせ遠からず彼も前線から引くだろうと思っていたから、あの2人と同じ場所に行かせるようにして」

 会議の場とは言え、不要な訴えが多かった貴族の相手に飽きていたエリナは、ヴィンセントに必要な指示だけを出して手で払い、下がるように指示する。多少なり辛辣な態度だが、これで折れるくらいなら戦闘など話にもならない。


「それでは……失礼します」

 仲間を想っていたつもりでありながら、失言した事に気付いたヴィンセントは唇を噛みながらエリナに一礼し、テントを離れる。


「雷鳴!手下の心配もいいが、これからの戦場の話を……!」

「だから、そっちの手伝いは要らないって言ってるでしょぉ?兵力も無駄に増やすなら、それだけ移動に時間がかかる。こっちは元々少数精鋭なの。アンタらの雑兵を貰っても、戦力が強くなる訳じゃないって言ってるでしょぉ?

 従軍商人も今は要らない。仲間に従軍商人を連れた一団が居るの。無駄に人を増やして目立ってもしょうがないし、今まで通りの人数でやらせてもらうから」

 またも王城で出てきた、支援擬きの進言だ。先程もそうだったが、彼らは支援と言って、要らない者を寄越すことが多い。金額も明らかにボッタくりで、通常の倍以上の価格だ。

 以前エリナ達が関わったハルス国との戦争の時でも、ほぼ同様の行いをする者が居た。最もその頃はまだ大陸全土で戦場が多かったために、戦争のやり方が分かっている者がはねのけたりすることも多かったのだが。今の貴族には、その頃に生きていた戦士や指揮を取っていた者が少ない。


「しかし……」

「もうこれ以上話題が無いなら、会議は終わり。それでいい?」

 何とか食い下がろうとする騎士が居る中、机を叩いて立ち上がる。その手から雷が漏れ、周囲の者達が驚いて仰け反る。その反応を予想していたリサ以外は。


 そしてエリナがテントを出ようと振り返ったところで、入り口の年の若い兵が敬礼して発言した。

「少々お待ちください。会議中に入った一報があります。話を進めるのに、邪魔してはならないかと報告を控えていたのですが……」

「そう、それじゃ報告して」

 一体何があったのかは分からないが、無駄に兵を増やしたり、戦場に必要のない道具を売りつける事よりも重要でないなら、報告の必要は無いだろう。大方自分の上司に発言し、抑え込まれたのだろう。


「前線中央駐留基地、壊滅したそうです。そこにいた騎士団は逃走、残された兵で生きていたのは、冒険者の2名だけと……」

「「「なっ……!」」」

「おっ……お前何故それを報告しない!」

 内容を聞いて会議場は騒然とし、報告していた兵の上司らしい者が顔を蒼くしてその者を叩いている。内容を聞くまでもなく自分達の欲の為に走っていた結果だろう。通常の生活でも偶にあるが、見るべきことが間違っている人物にありがちなミスだ。


「会議中に割り入って報告が無かったの?さっき耳打ちされているの、見た気がするけど?」

 その上司らしき人物を睨み、責任転嫁しようとしている人物としてのレッテルを張る。それだけでも充分余計な事はしにくくもなるだろう。それだけが必要な訳では無いが。

「アンタも、これは急な要件なんだから、上司に問いかけたりしないで大声で、他の奴らの発言を遮っていいからね」

「はっ……申し訳ありません……その……報告の続きがありますが」

「話して」

 報告していた内容は途中だったらしい。エリナは残りは想像の範疇だったから聞く必要など無いのだが、ここにいる『お子様』には聴かせた方がいいだろうという考えだ。


「増援として参加した銀狼及び配下となった数名が、先の報告の存命者に追加されます。その冒険者2名と銀狼の一団で、どうにかその時の敵は殲滅。以後その地は彼らが一時駐留し、王家からの増援が到着次第、離脱するつもりだそうです。

 それに並んで、王家より各騎士団に、そちらにも兵を割り振るよう、指示が出ています」

「戦線で持っていた最悪のパターンの1つねぇ。全滅した状態なら、いくら彼らでも敵の軍勢を完全に抑え込めないだろうし。逐次各個撃破しても常勝とは限らないしねぇ」

 報告が想定の範囲内である事を確認して、すぐに騎士達に睨みを効かせ、矛を向ける。今の今まで、金儲けや名誉の為に必要な手順や戦争の最悪の予想から逃げようとしていたのだから、このような想定をしておらず、その為の準備も行っていなかったのではないだろうか。

 実際に、騎士の全員が顔色を悪くして、机の書類などを睨みつけている。


「こっちに兵を回している暇がある?戦線の維持は頼まれたけど、アンタ達の協力が無いなら中央突破されて国が亡ぶ切っ掛けになるだろうねぇ。

 国の役に立つって言うなら、尚更戦線中央に兵を回してくれない?アタシの後ろに数千、数万なんていても、役に立たないんだからさぁ」

 会議の名を借りた、下らない恩着せ合戦を切り上げて、エリナはテントを離れる。ここにこれ以上いれば、また下らない理由で恩を着せようとしてくる事は明白だ。


「エリナ、そろそろ行くつもり?」

 テントを同様に退出してきたリサは、エリナの表情を読み、分かり切った質問をあえてしてきた。

「ええ。いつまでもヴァンくんにあっちを任せっぱなしにも出来ないでしょぉ?落ち合う場所は、あそこから少し北上した辺りの村なんだしねぇ。

 だから、幌馬車に……」

「うん、やって貰ってる」

 旅支度をお願いしようとしたところで、リサは前もって用意を始めていた事を示す為、言葉と共に幌馬車の脇を指さす。

 凡その想定ではそろそろ出発だからとリサは予想し、戦場に向かわなくなったマリアとリリーに荷物を整理し、必要な物を補充させていた。その荷物は流石に女性2人では辛いだろうが、ゴーレムをうまく利用して積み込んでいるらしい。


「ありがと。あの子達にも言っておかないとねぇ」

「昔のエリナだったら、そんなに素直に感謝できなかったよねー」

「……えぇ……今思い出す事ぉ?」

 素直な感謝を言えば、冗談で返してきたリサ。凡そ負担が多い場だったからこそ、気を紛らわしてくれようと思ったのだろう。そんな彼女に苦笑いを返し、別の事が気になるエリナ。


「ユウタは手伝ってないみたいだけどぉ……今はここに居ないのかなぁ?」

「多分……どこかに走って行っちゃったって言うけど……」

 以前旅の途中で飛び出して走り出した彼を思い出し、僅かに心配になる。流石に彼も今は戦えるだけの力もあるし、危険なら逃げるだろう。しかし、戦場からの逃走まで考えていた場合には、2人にもどうにもできない。


 だが、

「エリナさん、リサさん、何やってるんだよう……?」

 掛けられた言葉に気付いて振り返れば、暗い顔で近づいてくるユウタが居た。既に周囲は闇に包まれ、所々に灯した焚き火だけで見ていたから、離れた所に居た彼には気づかなかったのだろう。人も多いから、マナの感触だけで人を判断する事は不可能だ。


「アンタこそ、逃走兵になったのかと思ったんだけどぉ?」

「しないよ……できるなら、もう戦いたくないけどさ……」

 話に聞いていた通り戦争に対して不満があるらしく、俯いては気のない様子のユウタだが、それでも逃げ出そうとは考えていないらしい。だが、ある意味脱走兵よりも扱いが難しい状態だ。絶望して足を止めた者は、自ら戦場で生き抜こうなどとは考えて行動しない。思考を止めているからだ。


「アンタは当面後ろに居なさい。今の状態じゃ生き残れないからねぇ」

「っ……!」

 エリナの言葉に何か反論しようと口を開くものの、何も言い出せないまま口を閉ざす。恐らく自覚はあるのだろう。しかし向かうべき道を、彼は見失っているのだと分かる。


「これから移動するから、準備しなさい。ヴァンくんの方の前線が崩壊して、ほぼ生存者がいないんですって」

「……え?ちょっと待って……」

 これを教えればどう反応するのかは分かっていた。それでも、隠したところで知るのは時間の問題なのだ。

「それって……」

「ノーザンハルスの冒険者も行っている戦場ね。数人は生き残ったみたいだけど、ここから先の戦場に進める人物がどれだけいるのかは分からないかなぁ」

 ユウタが気にしているのは、ダントンだろう。そうそう死ぬ事は無いとは思うが、生きている補償など全く無い。むしろ死んでしまっていて当然なのだから。戦争はそんなものだ。

「ダントンが生きているかが気になるなら、尚更早く準備しなさい。向かうのは合流場所だけど、彼らはその結末を知っているだろうしねぇ」

「何だよそれ……なんか、エリナさんは心配じゃないみたいじゃないか……?仲間じゃないよかよう……?」

 ユウタに冷めたような目を向けるエリナ。そのどこか辛らつに見える態度に、丸で命など全く見えていないかのようにも見えたのだろう。感情的になってその先が何も無いのを知っているからこそ、この態度だと、ユウタには分るべくもない。

 エリナはそんな悩むユウタに言葉を掛けず、気にも留めないかのように幌馬車へ向かって足を進める。真っ直ぐ遠くを見つめるエリナには、まるで悩みが無いかのようにユウタには見えた。


「ユータくん、エリナは心配していないんじゃないからね……心配することが多いから、これだけじゃ戸惑っていられないんだよ」

 足を止めたユウタにリサは視線を向け、毅然とした態度でエリナの気持ちを代弁する。いつもなら微笑んで、相手の心情を考えるところだが、今はそんな甘い事を言っていられない。

「これだけってなんだよ!……みんなの事……」

「心配している。でも他にも、不安になる事があったの。エリナが戦場で一度、本気で怒って叫んだの、覚えてる?」

 ダントンがどうでもいいと、リサにも遠回しに言われたような気になったユウタは、返す言葉が分からず口を閉ざす。その時は蟻地獄に飲み込まれる瞬間で、焦って周囲を気にしていられなかった。


「あの戦場に、ほんの一瞬だけ『黒幕』がいたの。半世紀の間、ほとんど姿を現さなかった彼が……私達とヴァンくんの仇敵で、戦争の原因がね」

 微笑む事が多いリサの今の表情に、ユウタは背筋を凍らせた。


 そして、その彼女が踵を返し歩み出すのを見て、足が震えて崩れ、自分が恐怖した相手の感情が何か、理解しようと頭を働かせ始めた。


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