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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
金刃銀雷
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運命の輪

前回:――絶望の後に光る曙。墓標の無い墓。輝き灯す思い出。その先は……――

「そうか……彼も……残念だ」

「なんか、残念って割には随分さっぱりした顔じゃない。本当に悲しんでるのぉ?」

 全ての報告を終え、サーシャは顔を覆っている。だが、言葉の割にあまり悲しそうな顔をしていない。


 追っ手を振り切ったエリナ達は、ヒョウスケが用意した逃走用の竜車によって研究所まで戻ってきた。すぐにシングの心配をしていたジェーンが駆け寄ってきて、彼の事を聞いて来たが、顛末を知って泣き崩れた。彼女をリサに任せ、ジェーンに首飾りだけ渡してエリナはここに居る。


 執務室で書類整理をしていた彼女は、話を聞き、深く溜め息を吐き、こちらの顔を見た。


 とてもでは無いが、今までとは同じではいられない。この先へ進むには、彼女の手を借りた方が良いだろう。


 奪われた仲間の命を理由として、どうこうする訳では無い。ただこれ以上の横暴を許す訳には行かないのだ。彼と同じ境遇の者を、これ以上作り出す訳には行かない。特に、彼の子供達を、仲間達を、そんな道に踏み入れさせる訳に行かない。


 そんなエリナの気持ちを知ってか知らずか、

「悲しいさ。彼にも実験を手伝って貰いたいと思っていたけど、それ以上に子供達が可哀想な末路を辿る事になったんだ。その光景を見るのは、私としても辛いんだよ」

 研究の為が半分、と言った感じがあるサーシャの言葉に、違和感を感じるエリナ。しかし、彼女は敵ではないのは確かなのだ。でなければ助けようなどとは思わないはずだ。


「アタシ達のやりたい事、手伝うって言ったでしょ?それに嘘はないのよね」

「勿論。契約紋とかを使ってもいい。ほら、商人がやる嘘つき用の。やるかい?」

「いいわ……でも、やりたい事が出来たの。それを手伝って」

「良いけど、こっちも先に聞いて欲しい事がある。今回の君達に関係する事だ。それを先に話させてもらいたい。多分、君のやりたい事はこの道中に含まれるはずだから」

 サーシャの軽い態度に違和感を感じながら要求を出そうとしていれば、彼女もやはり何か目論見があったらしい。


 そもそもが、その目論見の為に自分達を呼んだのだろう。天才を自称し、それに見合うチカラを有し、努力し研鑽してきた魔術師のエリナ。エリナの懐刀として剣を握り、一端の剣士となったリサ。そこにいたはずのシング。この力を得たい理由が、そこに在ったはずだ。


「過去70年ほど、戦争や内戦が多く続いているのは知っているね。これは恐らく、ある人物が関わって、意図的に起こしている戦争なんだ。

 理由は何かは分からないし、目的も不明だ。でも、全てに共通している事柄がある。ハルス国が狙われたのも、戦争で負けている国にも、そしてこの共和国にも関係がある事だ」

「それは?」

 一見関係のない事柄だが、自分達が戦争に巻き込まれそうになった理由なのだろう。エリナは首を傾げつつも、先を促す。


「獣人が狙われている。敗戦国、及び内戦問題を起こす州などは、原因が全て獣人がらみだ。しかも、誰かが嗾けて、わざと問題を起こさせている」

「それは……」

 エリナの目的にも通じる。それに気付いたエリナと見つめながら、サーシャは立ち上がり、語りながら、エリナに歩み寄りながら、語る。


「シングのように苦しむ者を無くしたい。不要な不幸を見たくない。それは私も同じだ。錬金術は魔術師を敵対視する者が産んだのだが、それも根本は力無いモノを助ける為の力だからなんだ。暴力的な魔術と違ってね。


 でも、絶対的な、圧倒的なチカラが欲しい理由も存在する。無暗にそんな力を振り回すお子ちゃまが居れば、最悪同じ力を行使してでも止めなきゃいけないからね。


 だから、君達が欲しい。それが、私の本音だ。理解できるね?」


「戦争を止めるには、事前に工作してでも平和に済ませるか、暴力で鎮圧するかって事ね?」

「危ない言い方だけど、そうなる。でも、誰だって平和が一番だって思うじゃないか?私だってそうだ。

 しかし、黒幕は違う。獣人だったら、その人物は問答無用で殺したがる。

 私はそれを止めたいんだ。人種が理由じゃない。どんな命でも公平だと思うからね」


 顔を見合わせ、真剣に語る2人。ここからは、決して油断できない事を互いに理解して歩み寄り、無言で手を取る。


 エリナにはもう、ここから引き下がる道はない。戻るつもりも、彼女達にはない。


「黒幕らしい奴は、ここ数年全く姿を現していない。だけど、君達だったら、きっと奴まで辿り着ける気がするんだ」

「その黒幕は?」

 険しい眼を互いに向け、その存在を伝えようとするサーシャと、大事な仲間を殺した人物を心に刻もうとするエリナ。

「12英雄は知っているね?その1つの一族」

 その次の言葉に、エリナは握る手のチカラが強まった。だが、サーシャはそれを受けても表情を変えなかった。


「バアル。赤い眼の魔人の、神の一族だよ」


 それは、自分を捕まえた魔人だった。


――――――――――――――――――――――――


 それからハルス国に敵対視されたエリナ達は、王国に渡り手を貸す事となった。一介の冒険者でも非常に高い実力を手にし、階級を上げた彼女達が加わった戦場は、あまりにも一方的な終焉を迎える事となる。


 たった2人のエルフにより、数万の兵が魔術で薙ぎ伏せられ、近づいた者は切り伏せられた。2人だけならば森の中に潜伏するのはあまりに用意。奇襲をかけ、数万の兵を殲滅し、離脱を繰り返した。戦争の流儀など知った事じゃない。

 自分達は騎士ではなく、冒険者だ。ルール無用。作戦も好き勝手。外聞など気にしない。並人はエルフを脅威として見るから、文句を言う者も少ない。愚痴る者も精神的、肉体的弱者だ。取るに足らない存在ばかりだった。


 リサが手にした剣は、精霊の魔術とエリナの放った魔術を受けた影響か、刃の色を銀色から鈍い金色に代えていた。それによりエリナとリサは、金と白金のエルフと呼ばれるようになる。


 そして、戦争が終わった。自分達が捕まっていたノーザンハルスは、王家の手により再建され、流通の要となる予定だ。その冒険者ギルドには、サーシャの息子であるオリバー・シュタインがマスターとして就任、それについてくる形で、エリナ達もやって来た。


 まだ街も建造中の建物が多く、住人も少ない。何に関してもこれからと言った感じだ。


 そんな街に、彼女は現れた。

「……ジェーン……久しぶりじゃない。どうしたの?」


 ギルドのエントランスに現れた彼女は、何かを決心した様にエリナに一礼した。

「エリナさんには、どうしても持っていて欲しいものがあります。どうか、『彼』を宜しくお願いします」


 彼女の手にするのは、クリスタルの耳飾り。それをエリナに差し出し、目元を潤ませた。


 そのクリスタルは欠けているものの、間違いなくシングの首飾りについていた、爪の形のクリスタルだ。


「……それはあの子達にこそ必要なんじゃ……?」

「ロックとパンクには、同じクリスタルを利用して腕輪を造りました。私には、彼が残した腕輪と指輪があります。

 エリナさんが、彼の形見の腕輪を肌身離さずに使っていると聞いて、これを渡さずにはいられないと思いまして……腕輪とクリスタル。それが……」


 彼女の手から耳飾りを受け取り、言葉を噛み締める。全てを言えなくなった彼女の気持ちを、無下には出来ないだろう。その言葉の意味を、エリナも深く理解しているのだから。

 あの日から片時も、彼の命を奪われた事件を忘れていないのだ。それがエリナの背負う十字架なのだから。


「じゃぁ……久しぶりに会ったんだしぃ、一緒に飲んで騒いじゃおうかぁ!」

「え……エリナさん、お酒は好かないのでは……?」

 辛気臭い話を切り上げて、エリナはジェーンの肩を抱き、笑って地下に作られた酒場へと進む。驚くジェーンは、エリナの変化にまだ気付いていなかったのだろう。


 あれから、彼女も悩み、変わる事にしたのだ。


「昔のアタシはかたっ苦しかったでしょぉ?だからぁ、シングを見習う事にしたわけぇ。アイツ、酒飲むの好きだったしねぇ。みんなで飲んで、みんなで騒いで、みんなで笑う。やる奴はバカだって思ってたアタシが馬鹿だったわ。やってみると、結構楽しいじゃなぁい!」


 気持ちを隠していた牢屋の中の自分を見ていたシングの気持ちは、今のエリナにはよく分かる。失態で捕まった上で、拗ねて小さくなっていた自分は、助けてもらう時ですら直になれずにいた。それがいかに愚かだったのかと考えたのだ。

 一歩進めば、どれだけでも可能性が広がると言うのに、その可能性を自分から閉ざしていたのが自分だと気付いた。広い世界を見たいと言っていた自分が、何よりも小さな存在だった。


 彼のように、明るく笑いながら一歩を踏み出そう。そう思ったのだ。


 そのせいで多少酒焼けして咽喉がしゃがれたが、気にしていない。むしろ個性として、これはこれでいいのだ。


「……ヤケ酒ですか?」

 だが、ジェーンは勘違いしたのか、苦笑いしている。彼女はあまり酒に強く無いのだ。


「ジュースでもいいんだけどねぇ。どうせなら、美味しいワインが入ったらしいからぁ、ゆっくり楽しもうよぉ!飲みすぎて潰れても、アタシの部屋で寝ればいいじゃなぁい!ガハハハハ!」

 エリナの陽気な声が酒場に響き、そこにいる冒険者達が盃を上げる。それを見てジェーンは、彼女の中にシングを感じ取ったらしい。


「では、一杯だけ」

「そうねぇ、いっぱい飲んじゃおうかぁ!」


 何か擦れ違っている、と少し離れたところで思っているリサを無視して、彼女達は席に着いた。


――――――――――――――――――――――――


 この数年後、ジェーンは病気によって亡くなる。彼女の息子達はサーシャの元を去り、自分達の仕事を探していると言う。当時の冒険者も殆どがギルドを去り、仲の悪いルイ達が残った。

 代わりに強者がやって来た。農村で育った奇跡の剣士・ロイと、イグドレッドの小国から流れ着いた聖騎士ダントン。サーシャの手引きでやって来たエヴァと『散岳の鉄槌』ゲイル。それ以外にも様々。

 そうなったのもサーシャとオリバーの行動によってだ。彼らの手により、大陸に4つだけとなった国は未だ拮抗した状態で、内戦や戦争を起こす素振りを見せない。順調にいけば、もう少しの間、平和を享受できそうだ。


 エリナの目的も、最初こそ上手くいかなかったが、最近実を結び始めた。獣人奴隷を無理矢理造ろうとする者達を犯罪者として捕らえられるようになり、環境が僅かにでも変わり始めたところだ。もう少し上手く舵を切れれば、ほぼ差別をなくせるはずだ。それにも時間は掛かるだろうが、これからが正念場。止まれる雰囲気も、止まる気持ちも無い。


 しかし、時折黒幕の痕跡らしい事件は起きる。水面下で動き回る為、尻尾を掴みづらく、ようやく見つけても、それは大抵通り過ぎ去った後だ。




 そんな中で、ある情報が彼女に舞い込む。


「人狼が現れた……?まさか……」

「恐らく懸念通り、差別用語の方だろう。しかし、周囲の安心を得る為には、それを確認して大々的に公表する必要がある。分かるね?」


 オリバーに諭され、怒りを抑えるエリナは、留飲を下げながら考える。シングのように突如命を狙われる獣人は少なくなかった。どれだけ悔し涙を我慢し続けたか。


「分かりました。調査して、必要なら処理します」

「ウム、頼むよ、エリナ君」

 ギルドのエントランスにて、名乗りを挙げたがっていたルイを睨みつつ一礼し、踵を返す。


――そしてこの日、2人は出会う事となる。

「エリナ……この騒ぎって……」 

 不安そうなリサはエリナに続き、街の大門脇の通用口を通る。


――それは偶然か、必然か。

「大方差別用語って、マスターも言ってたでしょぉ?違法奴隷が捕まるようになったばかりだけど、バカは消えないってことぉ」

 呆れてエリナは、空を見上げる。星は今日は、雲に隠れぎみだ。


――或いは、運命や宿命と呼ぶべきものか。

「あれぇ……何かなぁ?」

 ほんの僅かに、火が灯っているように見える。崖の上の、森の中だ。誰かがいる……不自然な場所、時間に。


――それは誰にも分からない。

「ちょっと行ってみようかぁ。獣人か、冒険者の誰かか……スラム民かもねぇ」

「え……エリナー、待ってー!」

 2人は進む。この先に何があるかなど、微塵も知らず。


――そして、運命の歯車は噛み合い、もう一度周り出す。


――世界を変える 運命が動き出す 向かうべき未来へと向かって


――ガラガラ ガラガラ 音を立て 運命の歯車は回る


――金が銀を見つめ 彼がわらいかけることで


――世界を変える 運命の歯車が回る


――ガラガラ ガラガラ 回る


――これは 3人の物語


――光を望む物語



金刃銀雷 (了)



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