20話 姉妹と紳士と筋肉と
前回:――空飛ぶ童女と悪堕ち妖精――
――エイダ達が勝利した頃
地下における戦闘で、暴れる大神の姉と妹。側近の4人の内2人はさほど強くはなく、まるでお茶汲みの為だけに居るかのような、無能な存在だった。と言うよりは、実際のところ世話係だったのだから、戦えなくてもしょうがない。剣を交えたなら、ユウタやマリアでも容易に切伏せただろう。
だが、残りの2人は容易い存在ではなかった。
「ほらほら、ドンドン!」
ハーティが氷の槍を、剣山のようの辺り一帯に展開するも、その人物は簡単に切り捨て、自身への影響を全く与えないようにしている。
氷の剣山を切り裂いた剣士は、執事服を纏う白髪の老齢の男性。護身用のレイピアを扱うらしいが、その斬撃はレイピアのそれとは一線を画している。刺突用の剣だと言うのに、そこまでの斬撃を放つ彼は、違う武器ならばとんでもない力を発揮しただろう。生憎そのような武器を用意していない瞬間に襲われた為に、彼はこれを利用するしかないのだが。
もう1人は、
「ズェラアア!」
「……チッ」
ハーティのハルバードを拳で殴って、体ごと薙ぎ飛ばす。素手なのだが、それがまるで鋼鉄のように固い。筋骨隆々の上体と太すぎる足。キレッキレの黒い身体。一本も毛がないツルツルの頭。
「……変態が……」
ビルダー体型の彼は、ルナには変態に見えたらしい。戦う時に服を筋肉の膨張だけで破っていたのだから、彼女の気持ちも分からなくはない。何しろ今は、Tバックのパンイチだ。通常のボディビルダーと違う点は、腕が4本と言う事くらいか。
「軟な体に不釣り合いな武器より、鋼より強靭なこの肉体の方が素晴らしいじゃないか!」
「誰もそんな話していませんよ、ガイル。それと制服を破ったとして、また魔王に叱られますよ」
「今は緊急時、小さなことは気にするでない!見よ、この僧帽筋!」
鍛え過ぎたと呼べる程の肉体を見せつける為、バックダブル・バイセップスを行う、ガイルと呼ばれた筋肉だるま。実はこう見えて、彼も魔術を扱える。下位の魔術師だが、身体能力を上げる事に執着しがちだ。
ただ、ユウタが相手取った暴走甲冑などと違うのは、大神と同じく格闘に魔術を付与する魔術拳士と言う事だ。勿論これはモノマネではない。ただ鍛えるのが好きなだけで、ついでに使えそうな魔術を選んだ結果、そうなっただけだ。
「筋肉が素晴らしいのは分かったので、集中して頂けますか?彼女達を下して、王達を助けに行かねば……」
レイピアを上段へ構え直し、腰を落とす。まるで今にも突進しそうに見えるが、重心は後ろに乗っており、攻撃が来たところで反撃するつもりなのが伺える。横にいる筋肉だるまと違い、真面目に戦いを学んできた者のようだ。
「ジャック、真面目なのはいいが、我らが魔王がそう容易くやられるとも思えん。皇帝も同じだろう。多少腰が引ける事はあるが、天下無双のお方なのだ。犬が少々ちょっかいを出したとて、彼らに負ける要素など無い。
勿論ー!この我らもー!まーけーるーはーずー……ない!」
自身が仕える者の強さを信じ、更に自分達の価値を確信しているガイルは、フロントダブル・バイセップス、ラットスプレッド、サイドチェスト、トライセップス、アブドミナル・アンド・サイ、モストマスキュラーと、ポージングする。なぜか最後に、後光が照らされるよう光の魔法が掛かった。攻撃などではなさそうだが、意味があるのかは不明だ。
そんな彼が何をしているのか全く理解できない姉妹は、引き気味だ。
「姉……後退、要求……」
「無理無理無理無理!あんなの相手にしたら何されるか分からないじゃない。全く予想付かないよ、滅茶苦茶にされちゃうよ。金エルフさんみたいに滅茶苦茶だよ、きっと」
「……ルナも……死ぬ……」
本気でガイルに近づいて欲しくないらしい姉妹は、とにかく我武者羅に魔術を放ち続ける。しかし、自身の体に硬い結界を纏わせているガイルには、効きそうにない。
何しろガイルは、普通の結界を纏っているのではない。表皮に膜状の結界として、マナで作り上げた鋼鉄を纏っているのだ。他に反射の魔術などの効果もあり、体にどれだけ中っても傷1つつかない。
そんなガイルばかりを意識していられる状況でもない。魔術師では無くとも、常軌を逸した剣士がハーティに刃を突き立てる。防御型の姿勢とは言え、突進力は異常。纏う燕尾服にも、恐らく身体に関する刻印が為されているのだろう。
「ホッハッ!」
「随分気の抜けた声を!」
両手のハンドアックスで彼の剣先を払うも、細かく素早い剣士の動きに追いつききれず、狭い室内を後退し続けるハーティ。
そしてなぜか筋肉だるまに追われるルナ。追いかけるガイルはどこか楽しそうな顔をして、偶にポージング。その後突撃して殴りつける。この繰り返しだ。
「なぜ諦めぬ!なぜ捕まらぬ!この筋肉美に溺れよ!」
「……いみわからない……」
攻撃の度に筋肉を見せつけられ、ルナは流石にもう辟易している。しかし、自身の放つ岩の魔術がどうにも効かず、舌打ちを何度もしている。穏やかなルナにしては、これは珍しい。
彼らに精霊魔術を使えない訳では無い。今も2人の精霊は詠唱して、
「精霊術式――フィヨルム――!」
「精霊術式――ニザヴェリル――」
2人に魔術を使わせる。当人が詠唱せずとも、精霊の力で魔術を使えるアドバンテージがある為、
「特殊精霊術式――祈りの椅子――」
「特殊精霊術式――猫の爪――」
すぐに次の術式を放つまでのラグを埋められる。
同時に放たれた魔術は、それぞれに向かって放たれ、同時にその効果を発揮する。ジャックには氷の針の筵。ガイルには岩の3本の爪が襲い掛かる。
だが、
「ムーン!我が鋼の体に、傷は無し!」
ポージングだけで岩を防ぎ、力んで微笑んでいるような顔の筋肉だるま。筋力を鍛え過ぎた上に魔術効果が上乗せされ、肌も鋼鉄になった上に反射効果もある為、言葉通り傷がつかず、オイルも塗っていないのに艶を放っている。
「あなたの行動には、とてもではないですが呆れます。マナを相応に込めた剣でようやく切れるかどうかの魔術を、よくもまあ……」
斬撃でどうにか針の筵を切り抜けたジャックは、険しい顔を仲間である彼に向けるが、意識はハーティに向いたままだ。
「全然効かないよ、どうしよう、どうする?」
「……さあ?」
互いの精霊も戸惑い、辟易しているらしい。流石にこのまま同じ手段ではどうにもならない事は明白だ。
「なら、あまりやらないけど……?」
「……やろう……アレ」
あまりに強すぎる2人に、次の作戦を展開する。今のところ見ている限りでは、彼らはこれ以上の策があるようには見えない。切り札を隠している可能性もあるが、それでも攻略できないなら、確実に時間を稼いだ方がいいだろう。
2人の勝利条件は、彼らを倒すか、兄弟が皇帝と魔王を下すまで堪えるかの、いずれかだ。
なら、無理して倒すまでもない。できるなら魔王に一矢報いたいが、それはあの2人がやってくれる。あの葬式での光景を見れば尚更、大神に譲ってやるべきと思える。
何しろ一族を殺した者の1人は、先程ちらりと見た黒い長髪の男なのだ。王と言うなら、全てを指揮する立ち位置にある。考えたのが参謀だったとして、許可したのは彼に他ならない。
その上で彼はもう1人、大事な人を奪われたのだから……最も奪われたくなかっただろう人を。それを想えば、我慢ならない。考えた者も許可した者も、ズタズタに切り裂きたいだろう。
自分達より強いあの2人が、魔王に負けるとも思わない。その為に、自分達も出来る事をやらねばならないだろう。
「じゃーいっちゃおうか!カモン、バルディ!」
「……リエル、おいで」
精霊魔術もどうにもならず、2人の攻撃で間に合わないなら、数を増やしてしまえばいい。
2人の呼びかけに応え、双方の精霊が姿を現す。ハーティの精霊の顕現は蛇、ルナはフクロウだ。イフリータのようにヒト型ばかりではなく、様々な姿がある。余談だが、ヒュプノはノミだ。
「そのような方法で、我々をどうにかできるとでも?我が筋肉に、蛇の毒もフクロウの爪も、傷つかせはさせぬ!」
「えー……それしか脳が無いなら、顕現なんて手段とんないでしょー?」
「ぬ!?」
またもポージングして後ろを向いたガイルに、蛇のバルディが絡みつく。そのまま腕や足を拘束するつもりなのだ。
それに気づいたジャックが刃をバルディに向ける。だが、
「……させない。相手、交代」
ルナのハルバードがそれを阻む。そもそもルナの武器は狭い場所で振るうには向かないし、小まめに振れるレイピアに分がある。だからこそ、筋肉だるまと嫌でも勝負していたのだが、これで条件が変わった。
ジャックが目を丸くしていると、彼の目の前に白い影が覆いかぶさる。驚きつつも一歩引き、顔に飛び掛かったフクロウを切り裂くジャック。
しかし、真っ二つになったはずのフクロウは砂になって繫がり、瞬く間に元通りになる。
「……土の魔術師が、なぜフクロウの精霊を?」
「「……さあ……?」」
ジャックの最もな質問に、同時に首を傾げる宿主と精霊。そもそも精霊がどんな姿を取るのかは、個体によって変わる。なぜ生まれるのかも、なぜ顕現して形を得られるのかも、精霊達も分からない。できるからやる。ただそれだけだ。
それに、それを言ってしまえば巨人女性になるイフリータはなぜ火なのか、それも分からない。ヒトと火は、特に関係性も何も無いのだから。知性故に火を扱える、と言う事以外は。
「ムーン!中々強靭じゃないか!それとひんやりする、気持ちヒー!」
「ちょっとナニコレ、何なのかな、この皮膚!」
バルディが絡みついているガイルに、ハーティが斧で斬りかかるが、その皮膚があまりに硬すぎて全く傷がつかず、焦っている。当のガイルは、どうにかポージングしたまま動き回り、拘束から離れようとしている。ルナと同じくバルディもまた体が水に変わる為、引きちぎろうとも意味はないのだが。
だが、バルディは拘束されてもむしろ、冷たくて快楽しか感じないらしい。あくまでも縛られて嬉しい訳では無いようだが。腕も4本ある為に、拘束されきっていない。
「あっ……もうちょっと上に来て、そう、そこそこ……気持ちヒー!」
「「うわー……」」
「こんな時間稼ぎをしたところで、あなた達のような弱者が舞おうと皇帝相手に……む?」
ジャックは自身の上司達が揺るがないと言おうとしたらしいが、その瞬間に隣の部屋から悲鳴が上がる。その部屋には、4人しかいない。
「今のは……!」
「……族長は一族最強……食いしん坊はそれ以上……ルナ達2人でも、どっちか1人にも勝てない……一緒にするな……フェンリルの族長と、神を」
驚くジャックに振り被り、強烈な一撃をお見舞いする。レイピアに纏わせたマナが濃い為か、その一撃でも切り裂けなかったが、リエルが直後顔にまた覆いかぶさる。
「くっ!砂の塊……カハッ……!」
眼を覆われたジャックの股間に、ルナの蹴りがヒットする。男性ではないから、ルナはその痛みはよく分からないが、よく効く事くらいはもちろん知っている。
急所に入った非道の一手によって沈むジャック。
「じゃあ……サヨナラ……」
蒼い顔をして悶絶する執事を、断首しようとしたところ、
「ハギャッ!」
ハーティがルナの足元に飛ばされてくる。やられたと言う訳では無いようだが、彼女の精霊を振り切られ、弾き飛ばされたらしい。ふら付きながらも姉は立ち上がって埃を払う。怪我もなさそうだ。
「おおのおれええ!よくも魔王をー!」
「……勘違い」
叫び声を聞いた限り、どう考えても魔王らしき人物の重低音ではなく、裏返ったデブ男の声だった。兄弟でもない事は確実。それはルナとハーティには分っていたのだが、筋肉だるまは聞き違えたらしい。
「こうなれば、秘技!炎天覇王鋼殻拳!」
何やら中二めいた発言が聞こえた、と大神の声が聞こえた姉妹。同時に目の前の分かりやすい変化に、いい加減にしろと言いたくなった。
炎の上位術式を自身の体に纏わせ、まるで炎の巨人のように変貌したその男は、自分の命を捨ててでも、こちらの命を奪おうとしているらしい。
どこかで聞いた事がある魔術だ。
「我が術式はこの世界における最上の術式!これを超えるものがあると言うなら行ってみよ!そして死ね!」
絶対の自信があるらしい筋肉だるまだが、どう考えても被っている。
「「精霊術式・特型・点火……ヴァンの技は上位互換」」
「……」
その術式の効果や性質を知っているが為に、はっきりと言う。それには彼も呆然とするが、分かっていてやっているのだろうか?
「そ……そんなの……モノマネだろうがー!」
「「ウソは聞こえるから……」」
逆切れして突進してくる炎の筋肉だるまを見て、溜め息をついた2人。真後ろで様子を伺っているらしい紳士を警戒しながら、精霊を自分達の手元に戻す。
「じゃあ……奥の手、行っちゃおう!」
「御意、姉」
筋肉だるまの突進を左右に避け、2人揃って後ろに回り込んだ。
これは練習中だった、スコルと大神に勝てる可能性のある、2人の秘策。
「「特殊精霊術式――響魂――」」
精霊のボヤキ:
――だぶ……?――
ダブルバイセップス。腕の筋肉とかを目立たせるやつな。
――……なんでやるの?――
筋肉をどれだけ育てたかを見せる為。
――意味……――
ストップ。それ以上は言ってやるな。ただ太いだけじゃ意味が無いなんて、言うものじゃない。
――……言ってんじゃん――




