2話 戦力比較
前回:――暴れん坊な将軍が呼んでるそうです――
大神は領を仲間達に任せ前線に赴いている間、仲間達が闘いの技術を学び、研ぎ澄ますなどとは全く考えていなかった。
新しい領ではやるべき仕事は多く、手配するべき物資も多い。しかし、獣人に関わろうとする商人も少ないのではないかと考えていた。その上で戦争などと言う厄介事まで抱えたのだ。普通の者であれば、到底不可能な条件となる。財力も兵力も皆無なのだから、当然だろう。大神が持っていた資産を全て投じたとて、雀の涙だったのだから。
そして、以前の彼らの戦力を充分評価してはいたのだが、それはあくまで一冒険者としてであって、非常に強い戦力として考えていなかった。彼らは一騎当千などと呼ばれるには、あまりに遠かった。
「ところで、焔の仲間というのは、あれほど強い面子が多かったのですか?こちらは正確にそちらの兵力を把握できていなかったのですが?」
だから、ナインにこんな事を聞かれても少し困るのも、仕方のない事だ。一応、大神も彼らから全部聞いているのだが。
傭兵団の行動を監視する意味も込めて散歩がてら、大神とナインは塔の周りを歩いていたのだが、聞かれるのも当然だろう。相手も戦力を考慮して、作戦を立てなければならないのだから。
「まず、俺の姉弟は全員精霊術師だ。あともう1人、蒼い鎧を着た緑の髪、ヴィンセント・ハートフィールドが精霊術師になって間もない。精霊がいるだけで充分な戦力になるから、悪く見る事は出来ないよな。月狼騎士団の団長も火の精霊を宿しているから、合計6人いる事になる。
冒険者仲間の魔術師は、ある程度エルフ術式を教えてある。俺も知らなかったが、1人は知らずに独流術式……エルフで一人前として見られる魔術を完成させている。蝶の津波なんて、一発当たりじゃ大したことないが、あれを受ければ弱い結界は掻き消されるな。もう1人も相応のチカラを出す。
残りはほとんど接近戦だけど、実力が上がり始めたくらいで、極端に目立つ戦力なのは、トンファを持ったハルくらいか。打撃格闘メインで……」
大体の仲間の説明をしている間に、当人を見つけて指さす。
「アサシンと真面にやり合えるくらい機敏だ」
その先を見れば、クロヒョウと激しい乱打戦を繰り返している少女がいる。もう少し磨けば、彼女もまた一騎当千となり得るだろう。もしかしたら、ゼロともいい具合に勝負できるのかもしれない。勝てはしないだろうが。
逆に言えば、あの技量を相手に勝てるのは、レジスタンスではゼロ以外にほとんど居ないのは事実だ。自分は間違いなく勝てない。ナンバーツーとナンバーワンが、辛くも勝利するくらいか。
「そのアサシンも、相当ですね……」
「でも戦闘職じゃないからな……?本業は、名前の通りなんだし」
「そりゃまあ……」
暗殺技術のついでの戦力なのだ。殺すだけなら、毒でも矢でも、或いは冤罪に嵌めて処刑だっていいのだ。恐らく彼は、その様な手段も何かしら持ち合わせているのだろう。
「他は幻術専門でやっているヴァンパイアと、ゴーレムマスター。両方とも当人の戦力はいまいちだ。他の方に期待していたから、どっちでもいい所だけどな。
冒険者側の残りは、錬金術師が1人と剣士2人。剣士って言うか、シーカーなんだけど……需要、ないんだよな……」
「……ダンジョン攻略にいるって奴ですか……」
トラップや索敵を専門とするはずだが、戦力になるとは思えない。しかも、獣人や魔術師が多く居る状況で、ダンジョン攻略でもなんでもないなら、他を頑張った方がいいのではないだろうか?
ダンジョンなら、マナや瘴気が濃すぎて、通常の探知が出来なくなる事も多い。そんな中で危険を測る為の技量を持つ者のはずだ。戦闘が出来ない事は無いだろうが、専門職でもない。
「だから、普通の剣士として成長させている最中だ。まだ全くと言っていいほど、強みが無いんだけどな……。
その代わり、並行して使わせているクロスボウでの攻撃が安定している。アーティファクトとしての効果を持たせるように錬金術師が考えて調整しているから、この間の戦闘ではクロスボウメインで行動したらしい」
「全員が化け物って訳じゃないか……まあ、そりゃ当然ですね」
突然塔の近くに転移してきて、恐ろしい程に暴れ回っていた戦士達が居たのだから、全員が化け物のように強いのかと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。数名程飛びぬけていて、後は一般兵と同じか、それ以下のようだ。
「でもそれなら、期待できる戦力は……」
「俺の師匠と精霊術師5人、魔術師2人、アサシンと格闘家、ゴーレムが攻めるのに確実な手段を持っているって事になる。他は……」
考えながら、大神は足を止める。その他の1人を見つけ、彼はどうするのか悩んでしまったのだ。
「攻略する時にも、あいつは人を斬らなかったらしいし……」
ユウタはいつも通り素振りをしている。剣筋が良くなったものの、やはりどこか頼りない。
彼はそもそも人を斬るどころか、剣では人と戦おうとすらしないのだ。冒険者としてはそれは正解だが、戦争でそれは失格だ。最もそれは、ハルにも言える事なのだが。
「戦争に関わる装備とは言い難いでしょうね。警棒で戦う彼は、さっきの格闘家の子より弱いのもあるし、バックラーと警棒、革鎧じゃあ……」
ナインからしても、彼は不安要素になるらしい。最もそれは、マリアについても同じ事だ。だが、そもそもマリアとリリーは戦場の真ん中に入れないつもりだ。その辺りはバートやクリフトンと同じ事。
「まあ、俺も武器や防具を作れるし、あいつらを含め、全員の装備を考え直すさ。それで、そっちはどんな戦力なんだ?総数1500とは分かっているけど」
大神はナインに対し、自分の戦力を話したのだからと、対価を要求している。
ナインからすれば、(記憶を覗いたのに、聞く必要があるのか?)と考えるところだが、彼は実際には、ナインが話したい内容という条件で記憶を覗いただけだ。
人間が記憶する内容は、ある程度関連付けされている。エルフ術式で読める記憶は、その関連を魔術によって記憶に干渉して思い出させ、短期的な記憶領域に断片的に書き写す方法だ。一見関係なさそうな事でも、何か共通する事があると思い出す事がある。そんな脳の反応を利用して読み出すのが、記憶抽出の特徴の1つだ。
昔エリナが彼の親の情報を覗いた時も、親以外はほぼ読み取れていない。逆に言えば、関係ないとされる事は全く抽出に上がらない。親の愚痴を言っている記憶があったとしても、エリナも読み取れないだろう。
ナインが言おうとした事は、自分の組織とその目的、そして協力関係を結びたいという内容。その内、協力関係はナインが考えていた思考であって、記憶ではない。だから、読み取ったのは組織の構造がほとんどだったのだ。
勿論そのような記憶が分かるなら、誰でも、何を望むのかくらい予想できる。
「一騎当千と呼べるのはゼロのみ。他は普通から相当な手練れと、ばらつきは多いですよ。末席は雑魚もいい所です」
自信を謙遜する形で大神に肩を竦めて語る。実際、他のナンバーズに比べれば、槍がちょっと得意なくらいの自分は、何ができるという程でもないと考えている。
「1500いて、10人に選ばれるんだ。戦力か知性、どちらかが確実に高いのは確実じゃないか。まあ、潜入していた事を考えれば、脳筋ではない事は確実だろうけど」
「それはナンバーツーですね。身体硬化魔術と強化魔術で、裸で剣士と殴り合いますから。筋肉が固すぎて、剣にマナを通してあっても斬れないんです」
「……それ、ニンゲンか?」
「ドワーフです、一応」
超合金ロボットか何かだと思えそうな人物に、大神も流石に苦笑いする。剣にマナを通せば、大抵岩でも斬れるのだ。ユウタに渡した剣は、自然とマナを吸収できるように作ってあったこともあって、常時その効果を発揮できる仕組みなのだが。
しかし、そのナンバーツーと同じような戦い方をする者は、極僅かにいる。そして大抵が、硬さを自負しすぎて切り裂かれる運命を辿る。同じく僅かにいる、異常な強さの剣士によって。実際にナンバーツーになっている理由も、残る2人の斬撃によって倒れるのだから。
「ナンバーワンは?ハルといい勝負できるんだろう?」
「ゼロと同じく、高速の剣技を扱う魔法剣士です。魔術を付与した剣で、強い衝撃や火炎、石礫投擲をできる斬撃が得意ですかね。奥の手もあると思うんですけど」
「相当な手練れなのは間違いないな。確かに、ハルでも厳しい相手になる」
悩む大神だが、そんな彼を見てナインは、(絶対コイツの方が上だから、ゼロと喧嘩させちゃいけない)と考える。明確な強さが分かる訳じゃないが、巨大化しなくてもそれくらいは強い事を感じ取っている。
「ナンバースリーは純粋な魔術師。極端な力はないですが、狡猾です。別名ヘビ」
「ああ……イメージ付きそうなあだ名だな……」
「ええ、イメージ通りでいいですよ。得意なのは、呪術とか、トラップ魔方陣とか、遅効性魔術って言う、陰湿な女ですから」
ナインの物言いに、それはそれでちょっと勘弁してくれ、と言った表情の大神。遅効性魔術は、かかった事に気付いても中々解除できない。呪術は間違えば悲惨な目に遭うこともあるし、トラップは気付きにくい方法も多い。
「後は際立った戦力じゃないですが……弱者はあまりいないのが個人的な意見です。本格的に弱者なのは、自分だけですよ」
「なるほど……見た限りナインもそこそこやるタイプに見えるし、戦えるだけの面子は、一応いるんだな。後は作戦と決行するタイミングだけか……」
凡そナインができる事は、ここまでだ。この先は、ゼロとの会話次第となる。作戦次第では、彼らの命も危ぶまれるだろう。できるなら安全な作戦であってほしいが、早々上手くも行かないのが現実だ。
「とにかく俺達は出来る事をするだけだ。終戦できるなら、協力はするよ。ただ、その後俺達と事を構えようって言うなら……」
「それは無いです。ゼロに限って、意味無く争う考えは持ちませんから」
語る2人の視線が合い、探るような目で互いを見る。今は戦争の状況だからこそ、同じ敵を倒す為に手を取るという考えでいい。だが、互いにその後を気にしない訳にもいかない。できるなら、協力した相手を殺したくはない。仲間でないとしてもだ。
「旦那さま、従軍商人が来ました。旦那さまに届け物があるそうです」
クリフトンが視線を交わし、腹を探り合う2人に声をかける。ただ言われた事を言っただけだから、彼には分からないだろう。しかし、その贈り物というのは物体ではない。
「分かった。ナイン、お望みの物が、早速届いたようだな」
「ええ。思ったより早くて良かったです」
贈り物とは、ナインの手下の連絡の事だ。家族なり親戚なりから受けると言うことで、潜入中に使っていた連絡方法の1つなのだ。
従軍商人の元へ向かった大神達は、ナインに手を振る商人へと近づき、箱を受け取る。
「これ……何です?」
ナインが箱を開けて覗き込み、クリフトンは理解できずに首を傾げる。中には何も入っていないのだ。
「刻印が内部に入っている箱だ。特定の場所にマナを通さないと中身を確認できないようになっている。中身と言っても、物体じゃない。マナで浮かび上がる暗号や、地図なんだ」
魔術師などが使う暗号の一種だ。相当に強い術師でないと、簡単には見抜けない。見抜いても、解読するのに時間がかかるだろう。
だが、最初からそうだと知っているなら、魔法が下手な奴でも簡単にできる解除法にもなっている。ほんの僅かに、数カ所マナを通すだけだ。指先に火をつけるくらいのマナで足りるのだから、巧妙な割に使いやすく、知る者には分かりやすい物となっている。
「……王都から南東にある、湿地帯の廃屋で待つそうです。待ち合わせの期日は、1週間。移動を含めても、少し余裕がありますね」
情報を大神に伝え、安堵するナインだが、
「いや、ギリギリだ」
大神はすぐに否定する。その理由が分からず首を傾げると、
「分からないか?この塔にいるのは、王立騎士団ではなく、俺の傭兵団なんだ。こいつらをここに放り出していく訳にもいかないし、ここを無人にする訳にもいかない」
大神は周囲を指し示し、理由を語る。
兵を置いて行ってもいいだろう、とクリフトンとナインは一瞬考えるが、すぐにその理由が理解できた。
「互いに信頼関係を結べていない状態で、安易に単身向かう訳にもいかないですね」
「同時に軍を連れていれば、会って信頼関係を結び、そのまま進軍する事も適う。だから……」
「そう。3日待って、王国兵が来てから出発する事になる」
信頼できない状態と、会ったその後の行動。双方を考えれば、時間を無駄にここで潰す事になるのだ。
「まあ、出発までは時間があるんだ。それまではゆっくりしようか」
「そうですね、そうさせてもらいます……」
彼らの事情であるとしても、これでまた弄られる理由が出来たと凹むナイン。だが、その後の言葉に背筋を凍らせる事となった。
「じゃあ、残っている捕虜の拷問と『食事』なるべく早く終わらせないといけないですね。バートさんにまた手伝ってもらおうかな……針の筵とか、結構いい感じだったし……」
(本当に彼らを敵に回さなくて良かった)とナインは心で呟いた。
精霊のボヤキ
――手の内明かしてどうするの……?――
明かさなきゃ、相手も信用しないだろ。全部明かす訳じゃないし、月狼の事は話してない。
――簡単に調べられるでしょ。充分人数居るから、エルフもいるだろうし――
エルフと言っても、記憶抽出の術式が使えるのは、案外少ないけどね。
――……確かに白金は……――




