10話 戦場の四重奏(狂乱)
前回:――敵陣の真ん中に火山作りました――
領から出陣して、早1か月が経とうという頃。
「もう……もう無理でフ……ご勘弁願えま゛ぜんか……?」
「……お前には何もしていないんだがなあ……?」
限界を迎えたクリスティーナの訴えを聞き、首を傾げる大神。いつも通り戦場を暴れた後、いつも通り夕食を食べているだけなのだが。しかも、彼にしては随分質素に、肉を塩で焼いているだけだ。これがやっぱり一番、と大神は思っているのだが。
「そうではなく……ウプッ」
「うん、意味分からん。何がそうじゃないんだ?ムグ……」
何をするでもなく、蒼い顔をして嘔吐いている女騎士に呆れ、食事を再開する大神。その周りには、いつも通り彼と食事を共にしているバートとアーロン。クリフトンは、既に血を呑み終え、テントの外で涼んでいる。
とても戦争の最中と思えない光景に、クリスティーナは困惑し続けていた。それももう限界なのだ。
「なぜ、平然としていられるのです!そもそも、今日だって戦場で……」
「ああ、ニンゲン食ったな。だから何?」
ありえない事を、平然と当たり前と言った顔で返してくる。その口で噛み砕かれている肉は、今はイノシシだが、昼は人間だったのだ。
「同じ事、もう3度やっとるやないか?ええ加減慣れたらええんちゃうか?」
バートは呆れ、そして溜め息をつく。確かに言わんとする事は分かるのだが、もう食った後なら、どうしようもない。嫌ならそうなる前に止めるか、自分がここを去る以外、方法など無いのだ。
そして恐らく間違いなく、彼女が彼を止められる理由など、微塵も有していない。口にするだけ無駄だと、いい加減分かっていい頃なのだ。
「慣れる訳ありません……せめて、全員を食い殺すのだけはやめて頂きたい!」
「ああ、じゃあそうしようか?そろそろ相手もおかしいと思い始める頃だろうし、バート達の仕事も少ないから、本格始動する頃合いだろ?」
叶わない願い、と思っていながら口にしたのか、クリスティーナの提案に乗る大神に、彼女は驚きを隠せないらしい。最も、彼はやはり食い殺す前提で居るのは、変わりないようだが。
そしてバートの偵察以外、表だった行動の無かった3人の、本当の作戦が彼の口から出てくる。
「遅すぎるくらいだ……我は、初日よりそのつもり」
「まあ、ワイしかやる事無かったんやしな……そろそろ敵さんも、こっちの動きを不審がるっちゅうのも、遅すぎる気がするんやけどな」
「だが情報が相手には無さ過ぎるんだろうよ。こっちは全滅させている。人1人生き残らせない。
伝令兵が隠れていない限り……と言いたいが、実はその伝令兵は隠れていて、俺はそいつらも殆ど食っているから、戦況なんかが向こうにほぼ伝わっていないんだ。何が起きたのか、あっちも分からず困惑しているだろうよ」
仕事が無かった事に不満を漏らしたが、相手の動きについては否定されてしまったバート。少し苦い思いをするが、今まで相手が、調子よく馬鹿にしては食われる光景を繰り返した事を思い、納得する。
「まあ、完食しないとして、次はどうやろう……うん、良いこと考えた」
ほんの少し悩んだフリをして、すぐに方法を決定した。もしかしたら、本当はもう考えてあったのではなかろうか?
「じゃあ……次の戦場では……?」
「うん、半分だけに抑えることにするよ。残りは生かしてやる」
半分食うと言われ、結局淡い希望が踏みにじられたクリスティーナの目はひっくり返った。
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「ぎゃああああ!やめ……やめてくれえーーー!」
側近を目の前で食され、拡声魔法で周囲に絶叫を伝える敵将。その声に驚き、その姿に恐れ、風前の灯火となっている自分の存在に気付いた者は、塵尻に逃げ出した。逃げ出さない猛者を騙る者も、瞬く間に肉塊にされ、転がる強者の破片を見て、戦慄し、刃を振るおうとして、存在が消える。
今までの戦場は、殆どが綺麗に『処理』されていたが、今回はわざと荒く、『食いカス』が残るように暴れているらしい。魔術や鏃も飛んでくるが、大神は微塵も気にしていない。
深い森に響く絶叫を他所に、バート達は準備する。これより初めて、まともな作戦を行う。……もっとも、これをまともな作戦と言うなら、の話だが。
「さて、これからようやく仕事なんですよね。頼みますよ、バートさん」
「任しとき……言うても駆け回って幻覚やらを見せるだけやろ」
「……我は適度に追い、手負いにするだけ……容易」
「ですね。戦争って、こんなもんでしょうか?奴隷の方が、ずっと苛酷ですよ」
「そら、嗤えるわ。死ぬかもしれへん状態を万年過ごす奴隷からしたら、戦場なんて前の仕事とそう変わらんしな。
知っとるか?結婚する直前に戦場に来たらあかんのや。悲劇の定番やで。仲間を殺されるのも、悲劇なんやと」
「え?常識じゃないですか、仲間が殺されるのなんて。奴隷で結婚とか、早々出来ないですしね。何人わたくしに血を分けてくれた仲間が死んだと思います?5百人はいますよ。殺したのは、独りの貴族ですけど」
「……フェンリル殿も相当でしたが……あなた達も、異常ですね……?」
バート達の、戦場における初作戦直前の有り様に、クリスティーナは何とも言えない目を向ける。異常者と言わずとして、何と言えばいいのか?
しかし、
「ええ、大体の獣人奴隷は、わたくし共と同じでしょうよ。貴族にそうなるよう、『教育』していただいたのですから」
「せやな。出来るんなら、その貴族全員に感謝の例を込めて、ワイのゴーレムを『プレゼント』してやりたいくらいや。ほな、行くで?」
「……理解しろ。彼らをこんなにしたのは、貴様らだ」
虐殺の後の手伝いとして、大神の後を追い、生き残った者を追いかけ始めたバートのゴーレムとそれに乗るクリフトン。彼らの嫌味を素直に取って、険しい目を向けるアーロン。
そんな彼らの目を受け、大神だけでなく恐ろしい人物がいる事にようやく気付き、クリスティーナは戦慄する。何よりも、彼らにそうさせたのが自分達であるとまで、宣言されたのだ。厳密には、自分と同じ貴族、という意味なのだが。それでも彼らには、同じ事なのだろう。
「3人とも……貴族に恨みが……?」
「ああ?恨みやらは知らんわ……少なくとも、クロヒョウは無いやろ。奴さん捕まってから、そげな非道な扱いを長く受け取らんのやし。そもそも、犯罪奴隷で捕まりよった暗殺者なんぞ、解放すなっちゅう話やんな、ハハ」
自分の言葉で、一瞬ほっとした顔を見せた後、凍り付いた女騎士を見て、気を良くしたバート。改めて自分の仕事に戻り、周囲に散った敵兵を追いかける。正確には、ゴーレムに追い駆けさせるのだが。
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結婚したばかりのところで始まった戦争。栄誉を立てる事よりも、生き残る事を願うラインは、今自分が置かれている状況に焦っている。
生い茂る森を駆け抜け、仲間が1人、また1人と落とされていく中、何とか生きている事を確認し、息を挙げながら、先の光景を思い出す。
宣誓をした領主が、愚かなオオカミ、と叫んだ瞬間、相手が巨大化した。直後、相手が「神に逆らう事、万死に値する」と叫び、消え、現れた時には、領主の側近のドワーフを食っていた。
それに驚き、いち早く逃げ出したラインだが、その後も悲惨な光景は続いていた。僅かに後ろを確認し、逃げなかった仲間が武器を捨て、走り出したところまでは確認したのだ。恐らく、もう闘いは終わっている。
……と、思いたかった。
戦いには……戦争には、作法がある。
戦闘が終わる時は、生き残った敵兵を捕虜とする宣言が行われ、勝鬨が挙げられるのだ。
まだ、勝鬨は挙がっていない……挙がるはずも無い。
「いいやあっはああああ!待てや、肉どもおおお!」
大神が、体を小さくしたと言え、自分達を追いかけてくるのだ。
「や、止めてく……あああ゛あ゛あ゛!」
一瞬黒い影が現れたと思えば、同じ方へ走っていた兵の1人が、足を切り取られ、その足を大神が咥える。直後に肉と骨が千切れる音が、わざとらしく森に響く。音響魔法がまだ残っているのだろう。
戦慄……なんて言葉で足りるのか、ラインは疑問に思うも、そんな考えは直ぐに消える。ただ走る事に集中しているのだ。
しかし、振り切ろうとして振り切れない想いが、彼のココロを蝕み始める。
狼に……肉食の獣に襲われるのは、こんな気持ちなのか……?
自分は……彼らにとっては、ただの――
「マテ、エモノドモー!」
いつの間にか、体の数を増やしたオオカミが、自分を追っている。僅かに噂に聞いた幻術。それは実態を持たないから、木の幹などを通り抜けたりする。攻撃など出来ない……はずだった。
だから、この先に何かが居るのだと、警戒したのだが、意味がなかった。
その幻覚が、同時に複数の木の幹を斬り、へし折って倒してきたのだ。それも、自分の行く手を阻むように。
幻覚で出来た姿ではない。実物なのだ。自分に向かってくるオオカミは全て、実体を持っている。
「はっ……あああ!だったすけ……で!」
何とか倒れた木をかわして、走り抜けながら叫ぶ。そして、その先に光が射しているのが見えた。
森の端まで来たのだ。だからどうと言う訳では無いが、何とか走り抜ければ、生き残れるかも知れない。そう信じたい。戦場から逃げ帰った恥知らずと呼ばれて良い。
こんな化け物、2度とごめんだ。
弱者の心の叫びが聞こえたのか、大神は突如として、姿を消す。それに気づかないまま、ラインは森から飛び出し、街道をひた走っていく。
――そんな彼が、軍に報告する事で、ようやく大神が戦場で、いかに軍を殲滅していたのかを、皇帝はようやく知る事となる。しかし、なかなか彼の報告は信じられる事がなかった。
そして、ラインはその翌日、戦場から逃走したとして、絞首刑に掛けられる事となる――
そんな未来を知らず、この時彼はささやかな願望を持つ。敵うはずのない願望を。
「そうだ……田舎に戻って、農家でも……その方が……」
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「……楽しいですね、戦争」
一頻遊んだ後の子供、といった感じの笑顔のクリフトン。彼の幻術で、数名は痙攣を起こし、絶叫し、今も死に物狂いで藻掻きながら暴れながら、拘束されている兵を見て呟いた言葉だ。一応、正式な捕虜となる者達だ。その精神状態は反抗的というより、精神疾患と言った方がいいレベルの恐慌状態だが。
「戦争は遊びとちゃうで?それにこれは、戦争やない。虐殺と蹂躙や」
「そうですか……?でも、散々わたくし共もやられた事ですし、この程度、普通にやる事なのでしょう?」
「クリフ、普通ちゃうで。今は特別や……貴族にも、下手にやったらあかん事になるから……今だけは……」
バートとクリフトンが恐ろしい会話を、楽しそうに交わしているのを眺めて、嗤う大神とため息を吐くアーロン。そして、また失神、失禁しているクリスティーナ。自分もやられると思って、想像だけでそうなったのだろう。
「あかん、ふざけすぎたやろか?ちょっとした冗談やったんやけど」
女騎士をからかうつもりでいたのだが、やり過ぎた事に気付く。しかし、
「え、冗談なんですか、今の?」
思いの外、真面目に話していたらしいクリフトンは、驚きの顔をバートに向けている。流石に、バートは良識があるのだが、彼には常識を知るタイミングすらなかったらしい事を、全く考えていなかった。
「まあ、いいんじゃないか?戦争が終わったら、今度は普通の貴族が俺に喧嘩売ってくるだろうから、そういう奴には……」
「またあれ、やるんですか?楽しそうですね!」
「否、策を変える必要がある。手の内を知られるだろうからな」
大神とクロヒョウの発言に、それぞれ明るい顔を見せるクリフトンを見て、バートは将来に不安を感じる。口調の割に、彼は中身がかなり子供じみているようだ。
「ほんで、あれでええんやろうか?ワイら、誰も殺しとらんのやけど?」
バート達が行った作戦の内容。逃走兵を怖がらせる。その為に、バートのゴーレムに幻術をかけ、追跡するという物。幻術を掛けるのは、大神とクリフトン。アーロンは逃げる兵の数名を斬りつけ、たまに捕縛した。
たったこれだけだ。誰を殺すという内容ではない。仮に殺すのだとしても、バートは道具経由だ。怖がる必要もない。アーロンは生業で、懸念する事もない。しかし、クリフトンは……
「確かに……でもこれ程面白いなら、なぜ作戦を実行しなかったんでしょう?」
もしうっかり、この性格を知らずにやらせていれば、後々大きな問題を孕んだかも知れない。
「そんなに深い意味はないよ。元々俺だけで充分な状況だったんだ。今からは、必要とされるけどな。今回はテスト段階と言ったところだ。
次は、全く別の作戦を用意するつもりだ。心しておけよ?」
策を考える大神は、こちらに嗤いかけている。信頼しているのか、それとも怪しんでいるのか、判別付きづらい。
しかし間違いなく彼は、自分達をただの駒として使うつもりはないらしい。大抵の貴族は、獣人奴隷だと分かれば、最も命の危険が高い場所へ送るというのに。彼も獣人であるとしても、元奴隷の自分達を、死ぬ為の道具として使わないつもりなのだろう。危険な状況は、なるべく遠ざけるつもりのようだ。
ここは戦場であるというのにも拘らず、だ。
「さて、いい加減やるか……勝鬨だ!」
一声挙げた後に、勝鬨の声を上げる大神。
――バート達は知らない。彼は一度、死に瀕したまま勝鬨を挙げた事があると。その経験から、死を覚悟した者の勝鬨の無意味さを実感している事を。
そして、この勝鬨は、欺瞞だと考えている事を。
精霊のボヤキ:
――こんな方法、王はなんて言うかなぁ?――
俺が誰も生きて返さなかったって聞いて、頭抱えるだろうな。
――なんでよ?勝ってるんだし――
貴族にできるはずがないと叫ぶ奴が出て、そのまま訳の分からない我儘を叫ぶ連中がこっちの前線に向かおうとするだろうからね。報告が本当なら、自分は楽して勝ち馬に乗れるかも知れないからさ。
――あるかな……?――
いや……実際に、遠目に俺の後付けて来てる雑魚軍隊がいるだろ?




