5話 集う仲間(隠す心)
前回:――ユーシャの同類は戦わないそうです――
「カイケツビョウ……なにそれ知らない……」
「フム……ヴァンも凡そ予想していたのだが、水筒のような物に入ったお茶には、保存料として含まれていたと……」
大神に割り振られた、比較的大きな民家。街の中心にほど近い場所だ。その民家に滞在し、会議している最中だ。
昨晩の大神との話を、仲間に話すヴィンセント。彼の予想通り、ユウタには理解が及ばない部分であったらしいのだが、
「ペットボトルの事か……?いみがわか……あ、でもじいちゃん、市販のお茶とかジュースは、実は百%じゃなくて99%だとか、言ってたっけ……?」
それでもやはり、よく分からない事で納得しているらしい。やはり、彼らにしか通じない部分があるようだ。それでも、ユウタは納得したくない顔つきだが。
「うーん……じゃあ、考えてみてもいい……かな?」
動植物に対して、チームの中で絶対存在ともなっているアリスは、大神の考えを否定しきれないらしく、反対していた考えを改める姿勢を見せる。
「うむ。彼曰く、自身が森の中で生き永らえた理由の1つなのだそうだ。栄養価などもそうだろうが、獲物が無い時にはあれを口にしていたのやも知れない」
「確かに……食用として可能な物である事は事実。ユータさんの言った通り生で食べた処、固すぎる上に、口当たりもボソボソしていて、とてもおいしいとは思いませんでしたが……」
「グッ……」
同じ世界に住んでいた人間であるはずなのに、こうも知識が違うとなると、当てにでき無くなる。そう遠回しに言われ、ユウタは凹む。
「ねー、ギンローだったら、焼いたのかもー?」
ハルは、特に考えずに発言した。だが、実は彼女はかなり早い段階で、彼はそうしたのではないかと予感していたのだ。そして、それが正解だったりもする。
熟していないバナナは緑色。ユウタはそれでも「生で!」と叫んだが、大神は初めから南米などでよくやるからと、焼いて食べていたのだ。流通に無い種のあるバナナである為、焼いて柔らかくして後、種を取り除いてからだが。
……もちろん、ハルは考え無しに、なんとなくそうじゃないかと思って、発言しただけなのだが。
「……そういえば、何か……バナナを焼いて食べる国とか……?」
「「「あるんだ……?」」」
この世界に無い、バナナの食用方法。ヴァンかユータにしか分かるまい、と思っていた彼らにしてみれば、今気にする事の多い大神よりも、ユウタの方が都合がいいのだが……悩む。この先、同じように彼に任せても良いのかと。
そもそも、なぜ彼らがこの地で、このような行動を行っているか。
大元を質せば、もちろん大神が領主となった事が原因である。
そして彼が、戦争に向かうと宣言した事もだ。
領主となるなら、知識が必要となる。自身は好む訳では無いが、自分ならば役に立つ、とヴィンセントは補助に立候補した。大神もそのつもりで話しており、最も難しい初期の経営を進める事となった。だが、その直後戦争の話となり、彼が向かう事を仲間全員で止めようとしたのだが、当人は話を聞かなかったのだ。
それならば、と自分達も戦場に向かう旨を伝えたところ、領地を守る力も必要となり、またその地の経営を直接指示する者も必要と言われた。否定も出来ず、にべもなく決まった割り振りには、全員納得できずも受け入れる他なかった。
彼のすぐ近くで、護衛程度ならいざ知らず、領の経営を考えられる人物が、他に存在しない。
当たり前と言えば当たり前だろう。ただの冒険者程度ではどうにもならない。ヒトを操るのも、並の冒険者風情に分かるはずも無い。
経営について知っている王女などにしても、西の都・ノーザンハルスも下層街は崩壊。旧エインズワース領だけでなく、クルーゼン領も人の住める状態とは言えない土地。そして全て、戦争が起きるだろう場所のすぐ近く。安全など、存在しない。
そんな場所で、領経営に立候補できる者など多くない。
まして、獣人。関わるだけでも、厄介事が舞い込む事が多い相手。大神と関りがあったであろう貴族とて、戦場において力を振るう事ができるとも限らない。
そんな中で、唯一といっていい、彼と関わる元貴族の冒険者。ヴィンセント・ハートフィールド。
兄と手を組んでいたとはいえ、領経営の為の算段を3年間ずっと行っていた。学校などでも、少なからず治政を学ぶ事となる。自負がある通り、直接戦闘するにも、指揮を振るにも、相応のチカラがある。
一体、他に誰が適任と言えようか?そう大神に問われ、彼らは返す言葉を持たなかったのだ。
結果、軌道に乗るまでこの地に滞在し、領経営の代行を行う事となったのだ。
「ねえねえねえねえ!見て見て見て見て!スッゴイでかいトリ捕まえた!ほらほら、ボク凄いでしょ!」
「……ルナも、いた……ブー」
それは、姉弟に対しても同じだった。突如ドアを開け放ち、中に入れられないガルーダを指して踏ん反り返っている。
大神曰く「理由は簡単だ。狩りの一族なら飯を狩って来い」……以上。
まるで、近場のスーパーに醤油を買いに行くが如く、気楽に獲物を獲れと言ったのだ。それが本当に簡単にできてしまうあたり、やはり大神の姉弟なのだが。
実際に今も、獲って来たガルーダを引き摺って、
「いやいやいや、独りじゃ辛いかも知れないけどさ、スコルとルナが居たら、こんな雑魚に負けるわけないじゃない?これは姉弟の勝利。姉弟の勝利は、ボクの勝利。ボクの勝利は、ルナの勝利。それでいいじゃん。ほらほら、ふてくされないで羽を毟って……?」
「……どうした、ヴァンの群れ?」
独りだけでずっとはしゃいでいた姉を差し置き、ヴィンセント達の様子に気付くルナ。
「いや……流石に、ヴァンが独りで倒すのに、少なからず苦戦した相手を、容易く落とすとは思わなかったものでね……」
王女護衛の折、彼らも見ていた。大神と上空で戦い、大地に叩きつけられた存在が、容易く彼女達の手により落とされたのだ。話では、2人は大神より弱いはずなのだが。
「えー……そりゃさ、1人だったら追いつけなかったり逃げられちゃったりするだろうけど、息合わせて動いて追い込んでいけば簡単に捕まえられるよ?一族みんなだったら、一瞬だからね?そのみんなは……」
「いなくても、ルナと姉で充分……そういうこと」
珍しく沈み込みそうになるハーティに、ルナは意識を変えさせる為に口を挟む。ルナは、ある程度心の整理をつけたのだが、姉は思っていた以上に引き摺っているようだ。
「だよねだよね!だからさ、お肉の事はボク達に任せればいいだけなんだから、みんなは他を頑張ってよ!それで、今何を話してたのかなかなかな?バー……何て読むの?」
恐ろしく単純で切り替えが早く、勉強の出来ないハーティ。みんなを引っ張っていくつもりになっているらしいが、引っ掻きまわした上で、足を引っ張ることもある。
全員が囲んでいたテーブルにある計画書の1つを取り、覗き込むも理解が及ぶ以前に文字が読めず、首を傾げる。尚、文字が分からないのはルナ1人だけだ。
「バナナ……?知らない」
姉の代わりになるよう頑張ったルナは、それでも知らない単語に、首を傾げた。
「……ヴァンが、森で食べていたって言う、木の実なんだけど……?」
「ああ、アレね!ほら、前にあの街に行った時に、帰ろうとして取り過ぎて時間かけちゃったあの実ね!あれバナナって言うの?そういえば、ヴァンが何か木の実を食べてた事あったっけ?肉じゃ無くてびっくりしたよね!」
「……知っているんだ……?」
名前を知らないながら、食べていた事も、ある場所も知っていると言う。それには、説明しようとしたアリスも、何と言えばわからなくなって苦笑いを溢す。
「成程……ならば、御姉弟にもお手伝い頂いて、この実を結ぶ樹木を、こちらの領に移す算段を手伝って頂こうか。差し木するべきか、株分けできるのかは分からぬ。故に数種類ほど試験的に試してみる他無い。
もし株分けなど出来るのであるなら、将来に大きな影響を与える事にもなる。全滅を防ぐ為にも、数カ所に植える事としよう」
「うん……病気とかで全滅しても、しょうがないし……」
「なになになに?この実をみんなで取りに行くの?持ちきれるかな、デカいでしょ、これ?あ、でも氷でそりを作ったりしたら簡単かな?」
「……聞け、姉。……実じゃなくて、木」
「木?ならルナが地面ごとボコってやっちゃった方が早いのかな?そしたら取り放題?やるじゃん、ヴァンの群れ!」
「……ウム、その為に手伝いを願いたいのだが……」
この2人の能力は高いのだが、如何せん会話が脱線しがちで、どうにも先へ進まない。この事に毎度、頭を抱える事となっている。
こんな感じになった時には、
「……ハーティ、ルナ。ガルーダを放置してあるけど、捌かなくていいのか?」
弟がいると、大体纏まる。穏やかながら行動的な彼も、長として選ばれるだけの風格は、多少なり持っているのだ。
ちょうど外から戻って来たらしく、手荷物を持ってドアを開けたところだ。
「あっ、忘れてた!早くしないと色々ダメになっちゃうじゃん!ルナ、早くやらないと!」
「……ハァ」
「いやいや、ルナだって忘れてたでしょ、絶対忘れてムギュ……」
騒いで妹に拘束された姉が連行され、外へ行く姿を見て、全員が溜め息をつく。特にスコルは気が重そうだ。
「姉が本当に申し訳ない……」
「いや、あれくらいは……こちらも同じように、騒がしくする事も多いのでね」
「……全員、本当にヴァンの姉弟かよ……?」
謝罪しあう2人を見て、呟いたユウタの言葉を聞き、全員苦笑いを隠せない。1人は皮肉屋、1人は饒舌、1人は無口、もう1人は……
「それで……バナナの木の植え替えですか?ヴァンが小さい頃に食べていた、緑の棒状の木の実……」
「ああ、彼は幼少期に生き延びた理由の1つと言うのだが……」
「間違いないでしょう。一族でも、多少なり木の実などをソースにして口にしますが、そこには必要な栄養があると思いますし。
これがソースに使えるかは知らないですが、彼は焼いて直接口にしていました」
説明する前に、こちらの会話の内容に、独りで勝手に追いつく。明朗快活、そう言うに相応しい性格。少し前は暴走していたが、落ち着いてみれば随分しっかりしている。
「木を移動させるなら、ルナ1人でも充分でしょう。護衛の意味合いも含めて、ハーティも同行する事になりますが。あの2人なら、そう容易く負ける状況に追い込まれるとは思いません」
「ああ、株分けができるなら、その事も考えたいのだが……」
ヴィンセントとスコル、この2人に任せるだけで、大体問題なく話が進む。後はその話に合わせて、意見を言えば良いだけなのだから、周りからしても楽なのだ。勿論、話に関わらない訳では無いのだが。
「……なら、明日はそのように行動しましょう。ヴァンの張った結界の範囲の調査も終わりましたし、ぼくも狩りだけでなく、他の事に手を回せると思います」
「……狩りのついでに調査って……」
あくまでも姉弟が請け負ったのは狩りだけなのだが、自然と自分から仕事を請け負い、色々と手を出そうとしている。責任感が強いのもあるのだろうが、心的な理由が大きいのだ。だからと言って、取り上げる訳にもいかない。
大神もそうだが、何も無かったら恐らく、彼もまた戦場へ向かおうとするだろう。
それを、大神も良しとしない。彼らはそれを理解している。
「ほらほらほら!ケンカしなくていいから……!」
外で騒いでいる姉の声が聞こえ、もう一度苦笑いを溢す面々。
もし平時であったなら、多少なり笑い声が上がったはずの光景だ。だが、今はそうではない。全員、心に重く圧し掛かっている問題がある。今は目を逸らしている状態なのだが。
彼は、当面自分達にここを任せるつもりなのだ。もしかしたら、戦争が終わるまで。
「……これでいいのかな……?」
「……わからない……けど……」
ユウタとマリアは、呟く。最も戦いたがらない2人だが、同時に戦いの無い今の状況で、何もできていない自分達が歯がゆいのだ。
自然とヴィンセントの補助を行うエイダとハルはもちろん、動植物に対する知識のあるアリスと、便利な道具を作れるリリーもまた、役割が振られている。だが、2人はこれと言った役割が、何も無い。
それに、別の事で思う所もある。
「……絶対、みんなも眼を背けてるよね……?」
「ムカつくけど、アンタに賛成。みんな……」
思っている事は同じ。だが、目を向けないようにしている。逃げているのだ。
「……このままじゃ、ダメな気がする」
戦場にいつ変わるか分からない、と言われていたこの地で、さながら平時の光景を作る彼らを見つめ、ユウタは決心する。
「……エリナさんを呼ぼう」
大神に、ギルドでの仕事が終わるまでこちらに来れないよう、ギルドに缶詰めになっている師の存在を、ここへ呼ぶ。
一見意味がある様に思えない彼の発言に、
「……アンタが馬鹿なのは知ってたけどさ……それ、意味あんの?」
マリアは全く理解を示せていない。
だが、エリナ・トンプソンと言う人物を知るなら、その意味は理解できて当然なのだ。ただ豪放磊落なだけではない。
彼女は充分に頭も回るし、計画性も高い。大神の周囲でヴィンセント同様政治に関しての知識を持っているし、彼らの悩みの多くも片手間で取り除く事も出来る。大抵は自身の成長の為として、全く手を付けない事も多いのだが、その時にも的確なアドバイスはする。
「……呼ぶのはいいけど……多分アンタ、1週間書類整理を手伝わされるでしょ……?」
「……書類の山脈とか、意味の分からない事言ってたっけ……」
忘れていた事に頭を抱えるユウタ。どれだけできる事があるとしても、ギルドの重鎮である事は変わらないので、仕事は山積みだ。これまで放置していた分も含めて。
「え、ちょっと待って待って!これでも足りないの!?ルナ、早く次!行かないと……寝ちゃダメだって、ほら!」
何やら外でも騒がしくなって、頭を抱えているらしい。問題は、まだまだ山積みのようだ。
精霊のボヤキ:
――姉弟に狩りさせるって……――
適材適所だろ?その内スコルが領経営覚えそうだしな。
――自分がやらなくていいようにじゃないでしょぉねぇ?――
……な、何の事でしょう?
――……やっぱり――




