10ワ ココロノザンガイ
前回:――過去編終了。墓地が無いそうです。まぁ、かなり死んだ後だしねぇ――
ミーシャの着替えを終わらせて、外にいる男連中に声をかけ、中に招き入れる。
既に死に装束だけでなく、棺に入っている彼女を見て、全員が落胆している様子の中、たったひとり、さっきの様子と違っていつも通りの表情の者が、自然に近づく。
でも、アタシはさせたくない。
「ミーシャをどこへ連れていくつもり?言っとくけど、おかしな場所だったら……」
「ただじゃすまないし、許さないだろうな。お前でなくともそうだ。スコル達はともかく、残りは全員、黙っていられないさ」
棺との間に割り入ったのに、表情を変えない。なぜ……?
「ヴァン……どこへ連れて行こうと言うのだね……?」
全く見えないコイツの意図に、ヴィンセントさんも疑問を持ったらしい。彼の言葉に、コイツはまた嗤って、
「さっき言ったはずだ。おうちに帰すって」
訳の分からない事を言った。
――――――――――――――――――――
「ヴァンくん、お待たせ」
棺を運んで外へ向かってみれば、打ち合わせてもいないのに、幌馬車を引いたアーサーと、その背に立つ金髪のエルフが近づいて来た。着替えさせる時にはいなかったから、幌馬車の準備をしていたらしい。
「王女は?」
「勿論、騎士団の、いっちばん真面なグループに引き渡してきたに決まってるじゃなぁい。それで、どこへ連れて行くの?」
嗤うオオカミとニヤけるエルフ、噂に聞いていたその関係を初めて見たのが、死者を墓石まで連れて行く時だとは思わなかった。それまで、遠くで、僅かに見える事があっただけで、近くで見た事が無かった。
しかも、話した内容は全くふざけた物じゃない。それが余計に、苛立つ。舐めてるの?
ホントにイラつく。こんな時にまで、ふざけるの……?
「『おうち』に連れて行く。ミーシャには、うってつけだろう」
アタシに邪魔されて、棺を触れないコイツは、まだ訳の分からない言葉を続けている。どこへ連れて行くのか、はっきりしないままだ。
「本当に、納得できる場所なんでしょうね……?」
「安心しろ。間違いなく納得できる場所だ」
棺を幌馬車に乗せて睨みつけても、まだアタシらは何も聞かされていないのに、決めつけて答える。
「アーサー、行って欲しい場所がある。頼めるな」
黄色い鳥に話かけて進み始めた。何処へ向かうのか、最後まで見定めてからにしようと話し合いで決まったけど、自分の中では絶対に納得できない。
できるなら、こんな奴の行きたい場所に、向かわせたくない。それでも、行くしかないのかな……?
外はいつの間にか、陽が傾き始めていた。
幌馬車が進み始めてすぐ、
「とおちゃんを返せ!人狼の癖に!」
突然叫び声が上がって、オオカミの頭に石が当たる。血が流れても、コイツは気になんてしていない。
いつの間にか、かなりの人が幌馬車の近くに来ていた。下層街に居たらしい人達が街道からこちらに向かって、憎悪に満ちた視線を送っている。
多分、コイツが帰ってきたのを聞いて駆け付けた、逆恨みをしているヒステリー達だ。アタシはなぜか、ミーシャじゃなくてコイツに向かってくれて、うれしく思っている。
「ドラゴンを操って、魔物を使役する化け物が!」
「化け物は街に居るな!2度と入ってくるな!」
ミーシャが居なくなって、僅かも違わない罵倒を受けて、それでも大して表情を変えずに石を投げつけられている。
流石に、これはアタシも言いすぎだって事は分かっている。でも、見ていて気分が良くなる。これがミーシャだったら、激怒していたところだろうけど。
もっとやれ、そんな風に思う中に、居たたまれない、不愉快な気持ちがある。何でか分からないけど……
罵倒を受けたまま、幌馬車の向かった先は……
「街の外だけど、こっちでいいわけぇ……?ヴァンくん、どこに……」
途中まで言って、何かに気付いたエルフは、アイツの顔を見てから眼を瞑った。その場所を知っているのかもしれない。
向かう先は、スラムだった。そんな場所で、何を納得しろって言うのか。
薄汚い家屋、荒れた道、死人のような顔の住人。こんな汚い場所で、誰が。
「この先に、誰も来ない場所がある。少なくとも、魔物は必ず死ぬ場所だ」
「それは……まさか……」
「先の話を聞いた限りでは……それ以外ありえないでしょう」
一際汚い、崩壊した家屋の脇を通る間に、ヴィンセントさんもエイダも、もう気付いているような話し方をしている。
「2人はどこ行くのか分かるのかよう……全然わかんなかったけど……」
頭を抱えているユータ以外、分からない奴っているのか……スラムに入ってから、何となく予想がついているけど、本当に……?
「ここだ」
目的の土地に着いて、アイツが全員に聞こえるように呟いた。いつもと違って、どこか優しげな声だ。キモチワルイ。
止まった場所は、廃寺院。
忘れ去られ、誰が向かう事も無くなった、昔の無くなった国の施設。
住む者が居なくなった場所に、コイツは連れてきたって事になる。
しかも、ここのすぐ側には、アンデッドの巣窟があったはずだ。1年前に、大きな問題が起きた場所だ。それを知らない訳じゃないだろうに。
「ここ……」
その場所を見て、金の雷鳴は目を見開いた。何がそんなに驚く理由なんだろう?
「ああ……少し前まで気にもしなかったけど、結界はまだ生きている。ミストドラゴンは、その効果を利用して倒したんだよ。
あの日まで俺も忘れていたし、効果が切れていてもおかしくないと考えていたんだけどね」
師の反応に、その理由を説明している。そんな言葉は欲しくない。欲しいのは……
「ぎゃあああー……!」
突然、廃寺院の近くで、叫び声が上がった。
後をコッソリ付けていたらしいスラム住人のような、汚らしい格好の爺さんだ。腕だけが燃えている。足元には、半分燃えた杖も転がっている。
その後ろに、数人街の中から追いかけてきたらしい奴らが、背を向けて、走って逃げているのが見えた。しつこく嫌がらせしたかったらしい。
「ああ、気にするな。あれは昔からスラムにいる、程度の低いコソ泥だ。獣人嫌いでな……毎度あいつは俺に喧嘩を売ってくる。因みに、スラムに住み始めたのは5年くらい前からだ」
「待って……どういう事?何が言いたいの……?」
理解できない。結界がどうとか、燃えた汚いジジイとか、崩れたスラムの寺院とか……?
「簡単な事だよ。ここに墓を建てる。寺院なんだ、文句はないだろ。
ここには俺が11年前に掛けた、攻勢結界『炎魔』が残っている。敵対する者は燃やし尽くす。黒蛇やアンデッドと同じだ。汚物は焼毒だよ。
何より、スラムに居た2年……ミーシャはここに居た。
仮初とは言え、ここがあいつの『おうち』である事は、間違いないんだ」
言っている意味は理解できなくはない。
でも、それはここじゃないし、コイツのやらなきゃいけない事じゃ……
でも、何かフに落ちた気がする。
……やりたかった事なんだ。アタシらと同じように。
大事だと思う人の為に、本当にやりたかった事。
コイツはムカつくけど、ようやくちょっと、理解できた気がする。
本当にムカつくけど、アタシが考えていた事と、似た事を考えているんだ。やり方は、全然違うけど。
「本当に帰したかった場所じゃないが……せめて馴染みのある場所で、誰にも邪魔をされない場所で、眠らせてやりたい。
ほら、孤児院の近くとか、並人の眠る墓地じゃ、この結界を掛けたら色々問題あるし……」
「仮に掛けずに通常の墓地に向かえば、そこで何をされるのか分からない……か。考えすぎとも言えるが……」
「いえ、むしろ有り得るかと……理性とは何なのか、疑うような行動を、時として人は取るのですから……」
幌馬車から降りて、独りで歩き始めた大神は、彼らにとっての懐かしい場所へ向かって、僅かにほほ笑んだ。嫌味の無い笑顔なんて、珍しい。
それに、ヴィンセントさん達が続き、辺りを見回す。
大したものなんて、何も無い。崩れた寺院、崩れた壁、壁際にある焚き火と薪、それと足元に咲いている、少しの花。壁の外には、ほんの数本木が生えていて、少し離れた場所に小川が流れている。
その周囲は、ろくな家屋も無い。一方は草原、一方は森、一方は、壁。それ以外、何があると言う訳でもない。墓石も見当たらない。
こんな場所で、近づけば焼かれるなら、確かに安心できるのは分かる。敵が隠れられる場所も、多くないのだから。
だから、ここに住んでいたのか……?
「ああ……だからこそ、ここなんだ。
それは今、ここに住んでいる奴についても、同じだろうからな」
アイツの向けた視線の先に、誰かがいた。右腕と右足が毛に覆われて、鼻の色は黒くなっている。
「獣人のハーフ……?」
「ああ。あの程度でも、意味も無く差別されて、襲撃を受ける。ここならそんな事を気にすることも無いし、魔物も燃え尽きる。住んでいて当然だろうな」
視線に気づいて、建物のドアで体を隠したその子は、怯えているように見える。
「悪い、ここに葬りたい人がいる。あまり邪魔はしないからさ」
アイツの言葉に子供は頷いて、そのまま中に入って行った。あまり気にする性格じゃないみたいだ。
「ヴァン、あの子に少し迷惑をかけるかも知れないが、少し中を見てもいいだろうか?仲間の住んでいた建物……興味があるのだ」
ヴィンセントさんは、精霊術師としての興味なのか、廃寺院の中に向かって歩き始めた。みんなも自然とその後に続く。見たい訳じゃないけど、今の状態じゃ行かない訳にもいかない。
いつの間にか棺の中からミーシャの遺体を、白金の大剣が抱き上げ、連れて来ていたから。
「……なんだよ、何しに……?」
「ああ……ちょっと仲間が、昔ここに住んでいてな……少しだけ中を見るだけだ。これかじっていたら終わるから、勘弁してくれ」
中に入ったみんなを見て、子供は怪しんで睨みつけてきたけど、その子に干し肉の入った袋を渡して黙らせようとしている。
「申し訳ない。すぐに終わるから……」
「ちょっとだけだぞ……ここは俺の家なんだからな……」
結局食べ物に釣られた子供は、干し肉をかじりながら答えた。痩せこけていて、今にも倒れそうなほどの体つきをしている。だから食べ物で簡単に釣られたんだろうけど……やっぱりいい気がしない。
「君は、なぜここに住んでいるのだね……?あまり見た目も良くないし、アンデッドが発生する事がある地下墓地のすぐ傍なのだが……?」
「ゾンビだろ?全部燃えるんだよ。それで灰になっちゃうんだ。最初は怖かったけど、今は別に何ともないぜ?
俺を追っかけてくる奴も、大体敷地内に入ったら、火傷して帰ってくんだ。さっきだって財布くすねたジジイがマジ切れして追っかけてきたけど、めっちゃ火傷して帰ったし」
さっきいたジジイの事かもしれない。この子供、そんな事をして生きているの……?
「くすねるのはいいけど、スラムの闇市で買い物するなよ?あれはボッタくりだから」
「えっ!ボッタくりかよ……どーりでウサンくせえ感じ……嘘じゃねえよな?」
思春期に入りたてくらいのその子供は、流石にスラムにいる時間が長かったからなのか、疑いながら納得している。
「ああ、俺は精霊術師……嘘を吐けない体質だと思えばいい。嘘つきまくってたら、弱くなる呪いみたいなもんだ。それより、2階行っても良いか?」
「ああ、寝泊まりしてんのは地下だから……マジか、嘘つくと弱くなるのか……気を付けた方がいいのかな……?」
その子供は騙されているのか、本当なのか悩んで、その場で足を止めた。そのままそこに残るつもりみたいだ。
「ここが……?」
「ミーシャの寝泊まりしていた場所で、結界の張られた場所だ。床板が腐っているだろうから、足を踏み外すなよ?」
1階の広間奥から、階段を上って2階の1室へ来た時の、2人の会話以外、誰も言葉を発しないまま。ここまで誰も喋ろうとしないでいた。
広間の上の一角の小さな小部屋に、埃っぽいベッドと汚らしいカーペット、窓際に置かれている壊れかけたサイドテーブル。たったこれだけの家具が置かれた部屋があった。他にあるのは、暖炉くらいだ。
部屋の中央には、異様な結界の魔方陣が描かれて、光っている。
他には、何も無い。本当に、何も。
「これだけの術式を、10年以上……流石、精霊って感じねぇ……」
「……うん、この場所で……」
大神の師の2人が発した言葉で、全員が彼女を見る。白金の大剣の腕に眠る彼女は、小さい頃はずっと、ここで生活していたんだ。
「ねー……ここにある皮って、何……?」
ハルが気付いた、サイドテーブルにあった、山のようなゴミ……大量の皮は、
「あれ、ヴァンが話していた……」
「ああ……干し肉を包んで居た革だ。まだ残っていたんだな」
もう、何も言える事が無いのかも知れない。嘘だと思いたかったし、否定したかった。けど、話していた内容をそのまま目で見せつけられて、何を言えばいいのだろう?
本当は来たくなかった。
でも、来なかったら絶対コイツはこう言う。「お前はなぜ逃げているのか?」って。
逃げている訳じゃない……はずなんだけど、じゃあ、なんで見たくなかったんだろう?それは、自分でも分からない。
「……これって……?」
階下に降りて来て、ベンチに置かれている物を見て、みんながまた言葉を失った。もし、自分だったら……そんな風に考えているのかも知れない。
「……まだ、残っていたんだな」
「あー。なんか、そのゴミずっとあるんだけど、にーちゃんのか?」
「……ああ、まあそんなとこだ」
子供が呆れた顔で見上げて来て、苦笑いしている。
コイツとミーシャには、ゴミなんかじゃないんだろう。
だって、それはミーシャの気持ち、ミーシャのココロその物なんだから。
「ずっと、持って帰らなかった……忘れていて、ごめん」
呟いた視線の先の物は、何も答えない。
ただのバスケットの中に、かびて干からび、朽ちた革。
そして、その上には、16枚の花弁の、残骸が残っていた。
作者のボヤキ
どうでもいい設定:霧の龍を倒す時に主人公がちらっと使った『バーストフィスト』。周囲の火のマナを収束させて威力を上げる、インフェルノ強化用魔術。イフリータの使う吸収効果を攻撃に付与して、そのまま爆発させる、というもの。攻撃型半永久機関です。




