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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
まいごのこねこ
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7ワ 人狼と呼ばれて

前回:――出会ってすぐ廃墟へ連れ込む……?変態か!――

「人狼」と呼ばれた。


 それがどうにも引っかかって、陽が傾いてもミーシャの元には帰れないでいた。

 もし仮に危険があるなら、彼女の命も同時に晒してしまう。馬鹿な奴ならそんな事無いだろうなんて言うだろうが、実際にその危険は付きまとうことになる。


 弱点を作りたくない、という気持ちも無い訳じゃない。それだけしか考えられないのなら、サル以下の脳みそだがな。

 「断腸の思い」もっと正確に言えば、「断腸母の思い」って言葉が前世にあった。物知り顔で政治家なんかが仲間を切り捨てたりするときに使ってたりするんだが、全く意味が違う。

 自分の腹を切り裂かれ、腸を引きずってでも我が子を取り返そうとする母猿の行動からきた言葉だ。

 俺の気持ちはまさしくその気持ちに近い。俺が切り刻まれても、あの子が生きるなら、それで満足できただろう。それを見て、だれがどう思うか、なんて知ったこっちゃない。


 その夜、森で隠れ潜み、廃寺院の見える崖の上で火を焚いていた。もしかしたら、杞憂かもしれないけれども、確認する必要があった。


 大精霊が言う限りには、『炎魔』の術式に少し細工をして、獣人に敵対心を持つ者も、攻撃対象にしていたらしい。

 子猫には、夜はあそこに居るよう言っておいたから、言葉を守っていれば安全だ。


 そして、廃寺院で焚火が灯るのが見えた。火が灯ってる事から、約束通りあの子はそこにいるだろうと推測できて、安心したよ。


 俺が崖の上で火を焚いていたのは、狙いがあったからだ。それは……


――――――――――――――――――――


 アタシ達が仕事を終えてギルドに帰ると、騒ぎが起きていた。


 スラムで人狼が現れたらしい。そんな情報を受けたなんて聞かされたわ。

 でも、聞いてて何か違和感がある。襲われた者が複数いて、死者もいた。でも、怪我人が人狼になっていない。誰1人として。


 人狼ってね、人を襲って食う訳じゃないの。仲間を増やすのも目的。ヴァンパイアの卷族と一緒で、爪や牙で人を傷つけて同じ人狼にしようとするの。対策はない訳じゃない。でも、この国の人は、獣人迫害の理由に『人狼』を使う。


 それでアタシ達はスラムに調査に出たの。


『なぜ……』


 簡単よ。昔若い頃、あたし達フェンリルの一族の人と仲間だったことがあるんだけど。その人、アタシ達の前で死んだの。正確には人質解放の条件として、お腹を切り開いて自殺したんだけどね。その辺は、話した事あったでしょぉ?


『……』


 それで悲しい思いもしたくないし、させたくない。そんな気持ちでスラムに行ったんだけど、人狼はおろか、ゴブリンやアンデットの1匹すらいやしない。

 普段から冒険者や騎士団が見回ってるんだもの。居れば退治されて当然。


 だけど、崖の上に明かりが見えたの。まだ、門が閉まったわけじゃないのに、野営しようとしている人がいる。街の見える場所で。

 不思議に思ってアタシはリサに伝えて、その場所に行くことにしたの。


「ホントに見えたのー?月とかじゃなくて焚火が?」

「まぁちがいないってぇ!ほら、あそこ」

「あー、ホント。テントもある、なんで?」


 テントに近づくアタシ達の会話、彼は結構緊張して聞いてたみたい。

 そして、


「オッ邪魔っしまーぁす!」

「ちょっ、エリナ!」


 テントの中に入った私の前にいたのは、小さな子供の獣人。

 手にナイフを持って、ニヤリと笑って、ロープを切ったの。


「ちょ、ウェ……アダァ!」

 突然テントが崩れて、腐った木の枝が落ちてきて、頭に当たったの。痛かった訳じゃないけど、条件反射で叫んでた。


「何、このいたずら……エリナ、ダイジョーブ?」

「大丈夫……あの子は?」

「すっごい勢いで走って行っちゃった」

「うぅん。あの子、アタシ達に本気で攻撃しようとしたわけじゃなさそうだよねぇ?」

「うん……あれ、火は?消えてるんだけど……」

 確かに辺りがいきなり暗くなった。付いてたはずの焚き火が消えただけじゃなく、薪の熱も無くなっている。


「全然熱くない。幻覚?」

「いや、魔法の気配は全くない……幻術ならカスミくらいでもマナが残るもの。火を吸い取ったか、水で消したのか……」

「吸い取るって、火を?……できるのぉ?」

「……上位や大精霊とかならできると思う」

「…………それって」


 アタシ達にはそれで充分だった。精霊を連れた、白、或いは銀色の、犬型獣人。


――――――――――――――――――――


「フェンリルだぁ?そんな訳ねえだろ!ありゃ人狼に決まってるんだ!大体見たことあんのかよ!そんな奴!」

 ギルドに帰って報告してみれば、ギルドにいた奴らは大体みんな、そんな反応。


「ここ50年、この街近辺で人狼は出ていない。つまりアンタ達は人狼すら見たこと無いわけよね?アタシ達は別大陸で戦ってもいるけど。

 アタシ達はフェンリルとは仲間だった事もあるの。リサが使ってる竜殺しだって、元はと言えばそいつの物なんだからさぁ」

「だからと言って、そうだと決まったわけじゃ……」


「人狼は黒か茶色。それ以外の種類は確認されてない。毛が生えるのも夜のみ。道具も使わないし、魔術も使わない。力任せなの。でなきゃ仲間増えないからね。ヴァンパイアみたいに幻覚とか使う訳でもないし、ヒトとしての知性もない。

 まして、『獲物』を前にして逃げたりはしない。アタシが会ったどの人狼も、仲間がどれだけ返り討ちにされてもバカみたいに突っ込んで来たんだから」

 どれだけ言っても聞きもしない。特に同じマスター代行の位置にいたルイなんかは、それからも邪魔ばかりしてきた。


「君たちが見たのは本当に獣人なのかね?どちらにせよ、被害者は出ているんだ。それだったら……」

「最近スラムで違法奴隷を捕まえる奴が出てきてるらしいじゃない。そういう奴だったら、やり返されても文句言えないんじゃないのぉ?

 どっちにしろ、スラムで殺しなんて日常なんだから、今更でしょぉ。文句があるのなら、そういう奴らもとっつかまえてきなさいよ、ア・ン・タ・が!」

「…………」

 アタシに言い返されてもルイは睨むだけ。普段は切れ者で頼もしいくらいなのに、獣人がらみになるとなぜかすごくバカっぽくなる。


「とにかく、人狼はいない!これ以降人狼の話が出たらアタシ達が直接調査させてもらいます!ギルドマスター、よろしいですね!」

「ウム、認めよう」

 そんなひと悶着があっても、事態は変わらなかった。


 その後アタシ達がずっとあの森の中で獣人の子供を探し続けていても、あの子を狙ってる冒険者には出くわすし、ルイが勝手に許可して人狼退治のクエストが張られるしで、2年間対応に追われた。


――――――――――――――――――――


 俺の狙い通り、襲われたところから離れていても、見つけやすい焚火に釣られて来たヒトがいた訳だ。それが師匠になるとは思わなかったけど。


 焚き火をした理由?簡単だ。


 相手が思考するだろうことは、すぐ思いつくだけで、2つ。


 1つ目はそこに標的がいる、という考え方。罠を張ってるのか、あるいは馬鹿なのか。どちらにせよ、確認するだろう。可能なら仕留めに来る。


 2つ目はそこに間抜けにも知らずに野営している第三者がいる場合。門が閉まったから締め出されたとか、実は夜に用事があるからとか、そんなこと言って危険を考えていない第三者。

 狙った獲物じゃなくても、そんな奴が危険区域に居るなら、助けようとするヒトはいない訳もないだろう。


 そこまで考えれば、焚火をする事で、相手はこちらに意識が向く。後は、俺が事を起こす前後の話から、相手の狙いが判れば上出来。

 野盗の類と考えられる可能性もあるが、低いと俺は考えていた。何しろ夜とはいえ街のすぐ傍。スラムもある。なのにスラムから離れた、森の中なんだ。不自然じゃないか?

 アジトが近い場合、足がついたら目も当てられない。戦力も多い街だ。襲われる事が無い訳じゃないが、あまり大っぴらに動かないはずだと考えた。


 人狼狙いなら、明確な攻撃。第三者なら救助。そのどちらかだと踏んだ。

 その時俺は人狼がどんなものかを知らないでいたとはいえ、確認しないではいられなかったんだ。ニンゲンが、俺の敵か否か。


 そして廃寺院の位置は、俺の崖の近く。その行く先に、崖上の火。焚き火にに目がいけば、廃寺院の子猫には目が行きにくいと思ったんだ。

 アンデットがいるって条件も重なれば、そもそもヒトはそこに近づかないだろう。戦闘できる奴でも、アンデットがいなければ素通りする。結界には隠蔽もかけてあったから、相当な術師でなければ分からない。


 人狼として狙われる事になって、独り森で生活を始めたが、それで子猫を気にしないなんて訳にもいかない。安否の確認もしたいし、何かしてあげたい。食い扶持の心配もある。


 暫定的な巣穴に戻った俺は、スラムに行く前に作っていた物を仕上げた。

 数日前に作った、角ウサギの干し肉と、なめし革。出来はあまりよくはなかったけれど、干し肉を食べやすく切って革に包み、ゴミ捨て場から拾ったバッグにいれてスラムの廃寺院に戻った。

 廃寺院のベンチに、ゴミ捨て場にあった藤の篭を置いて、干し肉をくるんだ革を入れて、また森に帰って……。


 それから毎日毎日、狩りをしては干し肉を作り、毛皮をなめし、ある程度纏めて持っていった。2年間、ずっと。角ウサギが主だったけど、野鳥やイノシシなんかも、少しづつ狩った。


 ある時には、ゴミ捨て場で鍋なんかを拾ってきて、ちょっとした料理を作った。

 木を削って、器やスプーンを作り、角煮を作った。壁に穴を掘ってオーブン焼きにした。

 ゴブリンの死体から剥いできた鎧なんかも、しっかり洗って、焼いてを繰り返してから、燻製機に作り替えた。いろいろやった。

 それらも、冒険者に見つかれば、大抵壊されたけどね。


 肉を持って行っては藤の篭に入れていた俺は、代わりに入っていた物をもらって帰った。オレンジや黄色の、16枚の花弁の、おしべとかは不思議なくらい青い空色をした、小さな花。


 ミーシャの耳につけてる髪留めと同じ花。



 彼女の匂いしかしない廃寺院の中で、運悪く出会う事が無いながらも、運良く生き残れている事が確認できる、唯一の物。一年の間に、そういう事を何度となく繰り返した。週一回くらいの周期だったんだけどね。


 苦労が無い訳じゃないのは分かっていた。


 俺の持って行っている食料だけでも、充分な量じゃないだろう。申し訳程度だが、ゴブリンや、ゴブリンが襲った行商人の持っていた銀貨や銅貨は、全部ミーシャに渡していた。金貨は、逆にスラムじゃ危険を伴うと思って、渡さなかったけどな。

 もし渡していたら、スラム住人にうっかり見せて、必要以上に付け狙われる可能性があると思ったんだ。

 スラムの闇市では、下らない程に値段を吊り上げていたから、まともな商売になんて、なっていなかったがな。本人は、行商人から『買った』と言っていた。


 それ以外にもある。怖がりな子があんな場所にずっと1人でいて、耐えられる訳がない。だから対策を取ろうとしていた。

 獣人の子供に何人かコンタクトを取っていたけど、叶わなかった。独りじゃなければ、未だ耐えられるだろうと思って、一緒に住むようにお願いしたんだけどね……。


 でも、1年たったある日、可能性がある子供を見つけたんだよ。子猫と一緒に生活してくれる子。

 ……リンだ。


作者のボヤキ:

どうでもいい裏設定:人狼の毛、正確には触手。寄生虫の魔物という設定です。紫外線が変異できなくなる原因。昭和の狼男のイメージに付き物の月とかは関係ない。

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