2話 野に発つ
前回のあらすじ:5歳の誕生日に大精霊イフリータがやってきた。――ペットじゃないよ?――
「ヴァン。そろそろ起きて」
「んー……まだ早いよ、ハーティ」
いつも通り起こされた、つもりだった。
フェンリルは放浪する一族なので、テントで生活してる。どこぞの放牧民のようなテントだ。
が、起こされた場所はテントの中じゃなく、草原だった。後ろに森がある。見知らぬ光景だ。起こしたのも姉弟じゃない。
俺の格好はいつも履いてるハーフパンツと昨日貰った首飾り。身体の作りから靴は履かないのでいつも通り。
「ん?なんで?」
「よく聞いて、ヴァン。」
俺の疑問に対して、起こした母と、昨日遅く帰ってきた父が、俺に向かって涙を浮かべて見ている。普段と違う状況。
明るく陽気ないつもの姿と違う両親の様子。銀色の世界が一変、緑色に染まっている。
これは……
「群れの決まりで、口減らしであなたを捨てることになったの。判らないと思うけど……」
「あぁ、口減らしね。了解。それ以上は言わなくてもわかるよ」
「え?」
俺の言葉にハッとする父と母。随分唐突だけど、騒いだところで決定も変わらないだろう。
普通、子供にこんなこと言って理解できないし、理解させても受け入れない。子供には親が必要だ、普通なら。そう、普通なら。
しかし、
「何分、当方転生者故、多少の知識と語彙と理解を持ち合わせております為、何が言いたいのか大体察することができる次第でございます。
一族の命を守る為に、幾ばくかの命を捨てる。心苦しいこと極まりないですが、これもまた運命」
あえて、堅苦しい言い方にしてみた。普通の子供がこんな臭すぎる言い方はしない。ついでに言えば、こんなしゃべり方する奴、俺は絶対信用しない。
その言葉に母は俯き、父は顔を背ける。
「転生……」
「ばぁさまが言っていたのは本当だったのか……」
あれ、納得しちゃった。
ばぁさまっていつも引き籠っていて、なんやら胡散臭い占いしてる、占いおばばの事?あの人、狼ってよりブルドッグに見えるんだけど……何を言ってたの?
とりあえず、逆らったところで群れに家族が居れなくなったりしても困る。ここは受けるしかないだろう。
大丈夫。俺には大精霊がついている。転生者でもあるし、オオカミスペックも備わっているんだから。
「そうか……何か言いたいこととか、ないか?」
顔を背けていた父が要望を聞いてくる。
この状況、捨てはするんだろうが、命をどうこうするわけじゃあないのだろう。すると、サバイバルになる。それなら簡単だ。欲しいものがある。
「ナイフ、ちょうらい」
あ、噛んだ。というか、ちょっと俺も泣きかけてるのか?いや、違うだろう。多分。今頬を伝ったのは汗だ。一族は汗かかないけど、汗なんだ。目が汗をかいているんだ。
「ナイフ?これでいいか」
「うん」
いつも父が使うナイフ。ぶっちゃけ、一族の習慣なのか、世界的にそうなのかは知らないが、フォークを使わず、ナイフとスプーンで食事をする。このナイフはその食事に使っているナイフだ。あと、使わない場合は手づかみだ。野性的だとは思うが、魅力は感じない。
パチリと音を出してそのナイフ、折り畳みナイフを開いて、すぐ閉じる。できればサバイバルナイフの方がいいが、歯も十分にでかいし我儘いっていられない。
現実主義者としては、無人島サバイバルで一つだけ持っていくものを挙げるなら、ナイフにする。というか、それ以外を選ぶとか有り得ない。ナンセンスすぎる。
音楽プレイヤーとか、スマホとか、ゲーム機とか、そんな子供だましはいらない。
ナイフと水と火、これがあればサバイバルできる。水は水源がなければどうにもならないが、火はナイフで木を削り、削りかすを強く擦ればつく。つまり、水源があることと、ナイフ、あるいはナイフのように使える何かがあれば、なんとかやっていける。
リアルに無人島なら、水源が一番ネックになるだろう。次点で、ナイフに使える石などがない可能性だ。それはあまりないかもしれないが。絶対ないとは言えない。
今、俺が捨てられるのは森や草原のある暖かい気候の場所。火については、大精霊がいる。問題にする方がおかしい。水はもちろん、食うにも困らない可能性が高い。問題視するなら、魔物や動物、時には人間も敵になるだろう。あとは、毒だ。そのあたりは賭けになる。安全に食べられるものを見つけ、それで生き繋いでいくしかない。
親には、いやにやる気になっているように見えるかもしれないが、そうじゃない。やるしかないのだ。面倒臭いが、キャンプなんかの知識は多少ある。狩りのやり方も教えられたんだ、狼の一族に。
だから、死ぬ気はないから、出来る事をやるしかないんだ。
「ヴァン、ごめんね。……本当はこんなことしたくないんだけど」
「ヴァン……すまない。本当にすまない!」
そう言って、抱きしめてくる。もしかしたらもう2度と感じることのできない温もりを、やさしさを、愛情をしっかりと心と身体に刻み込む。俺も2人を抱きしめる。1つだけ言わせてもらえば……
「あいつらにも、よろしく、言っといてくれ」
姉弟達に、何も挨拶できず別れることが心残りか。
一頻り親の温もりを確かめた後、安心させるため、自分から親を引き離し、
「その内、有名になるかもしれないから。俺の名前、聞き漏らすんじゃないぞ!」
カッコつけでそう宣言し、親指を立てながら森へと向かう。
森の中なら生き物の数は多い。それだけ危険も多いかもしれないが、得られるものも多い。
これからここで生きていくのだ。
「ヴァン……」
「がんばれよ、ヴァン!」
――父と母の言葉を背に受けて、彼は野に発つ。これがこの物語の始まりの時――
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高台に移動して、父と母の姿を見送る。あまり見ることはなかったが、四足歩行をしている。獣形態、とでも言おうか。
傍目には大型のオオカミに見える。その姿を見えなくなるまで見送った。
「さて、すぐに水源を見つけられたし幸先良好。すぐそばに洞窟もあるなんてお誂え向き……もはやご都合主義」
幸運というか、できすぎた感じがする。水のにおいをたどっていたらここに着いた。少し甘いにおいもする。
いや、それよりもどうして洞窟があるのかが気になる。そういうものはなにがしかの生物が掘るか、或いは科学的な要素などを含んだ、外的要因があるはずなのではないか?
見た目は普通の岩でできた崖というか、壁というか。
――これ、塩でできてない?――
俺の疑問とは別の角度から、精霊が疑問をぶつけてくる。岩の壁の事を言っているようだ。
しかし、それが答えになる、と思う。即ち、
「岩塩とかがあって、そこに地下水が流れ込み、塩が溶け出した。そういうことなのかな?」
――じゃない?掘ってみれば岩塩みつかるかもよ――
「それは試す価値あるかもね。塩は貴重だ」
犬に塩は厳禁、のはずだが、今まで食べた料理は普通に塩が使われていた。体に毒……どころか必要らしい。その辺は人間基準なのか。
よくわからないが、岩塩まで見つかるとかどんだけ出来てるんだよ。むしろ、狙ってここに捨てただろ、あの一族。
でもそれは、別の問題もある。どこに穴があり落ちるかわからない。気をつけねば。
「何はともあれ、腹に何か入れなきゃ始まらないかな」
――でも、何食べるの?――
大精霊は不安らしい。転生者とはいえ、子供の体でどこまでできるのか。まぁ、実際のところ5歳。人間基準にしても7歳くらいか?そんな身体じゃ、できることなんてたかが知れてる。
だが、策はある。ここに来る途中、確認済みだ。
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そうして、俺は木の根元で穴を掘り、
「お、みーつけたあ」
掘り当てる。
それはとても貴重な有難い自然の恵み。……どこからか白い目で見られてる気がするが、気にしたら負けだ。
――げぇ……――
白い目線、大精霊様からか。まぁ、言うことは分かる。みなまで言うな。今は非常事態。細かいことを気にしていられるほど、安心してはいられない状況だ。
「アグ……ムグ、ニチュ」
大人の手に乗ってもはみ出るだろうってくらいでかい「それ」はとてもじゃないけれど、口が前に伸びたオオカミの口でも入りきらない。
それでもなんとか噛みきり、飲み込む。
「……虫もやはり、悪くはない」
俺の食べたもの、カブトムシっぽい幼虫。いや、黒い部分はあまりないから、蚕とかの方が近いのか?
――うそでしょ?――
ドン引く大精霊に対し、経験者は語る。日本にも虫を食べる文化はあるんだし。
「前世でも食してみたことはある。イナゴはあまり得意じゃなかったが、蜂の子は好みだった。少しだけ甘く、プチプチした触感が……」
――ウェ……――
精霊って食べ物に執着あるの?そもそも何を食べてるんだろ?
――魔法を生み出すマナ。あんた自身とあんたの食べたものが持つマナよ――
「あ、じゃぁなるべくおいしいもの食べないと、気持ち悪くなるんだ。……ちょい待ち。食べ物の中に、俺入ってるの?」
――まぁ、そういうものだから。実際は不活性マナを食べて活性化させるのであって、あんたらに不利益はないはずなんだけど――
「マナが何なのか、まだよくわかってないんだけどね。つまり、植物の葉緑体が光合成して、酸素出すのと同じ感じなわけだ」
――そうなの?――
逆に聞き返された。簡単に小学校レベルの理科の授業をする。へーとかほーとか言って聴いてるだけの大精霊様。
そろそろ、精霊らしく恩恵をいただきたいところなんだが。
「そういや、俺の才能とかなんとか言ってたけど、それって何?」
――ああ、あんたは火の属性でもちょいレアな属性持ってるから。それに火属性に対する親和性も高いの――
「わーい、昭和な主人公的に、火属性なんだー」
――何、その棒読み――
とりあえず、少ししたら魔法の方を教えてもら……あ、またみつけた。特大芋虫。カブトムシの幼虫とか、ジャングルの住人においては貴重なたんぱく源。
ホントに食いたいわけじゃない。けど、喰わねば、死あるのみ。故に、食う。
存外、少しメープルシロップっぽい味がする。肉質はもっちり。美味いとまでは言わないが、悪くもない。食えなくはない。あとは、勇気があるかどうかのみ。
前世で虫料理を食った者としては、むしろかなりうまい方だと断言したい。だが、食用Gほどうまいものはなかっ……どんな食レポだ。自分で言ってて萎えてきた。
そんなことをやってる間にも、敵となるものはやってくる。カサカサと静かに進んできたそれを横目で確認する。
蛇だ。ニシキっぽい蛇。鎌首をもたげて、噛みつこうとしてるその姿が見えた次の瞬間、“カリッ”という音がした。
気が付いたら、噛みついてた。……おいおい、何やってんの俺?