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21話 問題の応酬

前回:――色々あって、話は繋がる――

 夕闇に暮れる草原。丘陵地帯な上に、林が点在するが故に、周囲を見渡しにくくなっている。2つの月が貌を覗かせ、光景を見守るように輝いている。間もなく、もう1つの月も現れるだろう。


 しかし、そんな中でもその馬車は目立っていた為、方向が違うのだとしても関係なく領兵が向かい、攻撃的な視線を向ける対象となるのは間違いない。馬が引くはずの幌馬車を、黄色い鳥が引いているのだ。


 だからとって、軽率に攻撃する理由には成りにくい。だが、相手は黒幕の息がかかった兵。何を理由に、意味の無い攻撃を受けるかも分からない。


 そうでなくとも、オオカミからしたら見過ごせる理由など無かった。そもそもがいろいろ問題があるのだ。


「エリナさん!何やってんの、こんなところで!」

「あれぇ?……ヴァンくん、領都にいるんじゃないのぉ?」

 問題その1.師匠、エリナ・トンプソン。彼の師匠だが、オオカミはいつ帰ってきたのか知らない。

 一体どんな問題を起こすかも分からない破壊神である。安心できない大きな理由だ。


「ヴァンくん、心配したんだよ!何してたのかな?」

 問題その2.ミーシャ。自身に好意を示しているのは知っていたが、あえて近づかないように突き離していた相手。

 そして、ジンクスの対象の筆頭。今、ここに居られると困る相手。誰もその辺りに理解を示さないが。


「ヴァン、今の状況は……?」

「そんなのいいだろ、ヴィンセント!帝国って何かヤバいって言うじゃないかいろいろと危険な事をして侵略しまくって」

「「以下略」」

 問題その3.チームメンバー。全員弱い訳では無い。しかし、勇み足が過ぎるヴィンセントやビビりながらも前線へ向かうユータ、性格や状況によって流される者達。

 確実に今回は、エリナ・トンプソンに言い包められたのだろう。状況判断も状況理解も、恐らくしていない。


「ヴァン……これは……?」

「いやいやいやいや、ヤバいってヤバいでしょヤバくないヤバいよね?」

「……落ち着け、姉」

 問題その4.姉弟。そもそも助けに来た相手であり、止める為に奔走した問題の起点。戦力が上等な代わりに、止めるのに苦労した。

 復讐に向かうの行動は止めたものの、暴走の可能性、まだ僅かに有り。


「ヴァンさん、今は……」

 問題その5.王女、エメラルダ・リ・ヴェルリ・ブルラント。

 彼女自身に問題があるのは違いないが、この場合は後方より迫る奴ら、つまり別の問題を引き連れている事の方が重要。


 問題その6.帝国リッジウェイ領兵士。現在、自分達の命を狙い、王女を奪還しようと奮起している。オオカミの予定からしたら、到達の予測より少し早い。


 全体的に、オオカミが悩むに値する相手だ。勿論、この状況においての話だが。纏めてかかって来られては困る状況。

 何しろ、自分達全員が、相手にとっては殺すに値する存在になっているのだから。そこには意味の有無など、存在もしない。


 勿論彼は忘れていない。ある意味、一番の大問題。

 その7.ヴァン・カ・フェンリル。恐らく黒幕に意図的に狙われていながら、表面上には何も無いように誤魔化されて、命を狙われたり、社会的な状況で抹殺にかかられたりしていた。全てが失敗に終わっているのだが。


「御託はいい!説明は全部後だ!追われている、逃げるぞ!」

 今はもう、悩む時間すら勿体ない。『時は金也』などと言う格言を、思い出し、同時に嘲笑う。


 金で買えないモノは無いと言うなら、買ってみればいい。『時』は時でも、過ぎ去った『過去』などは買うのは無理だし、有って欲しい『未来』も全てが金で片付く訳じゃない。あったかもしれない『並行時間』などと言う幻想じみた『今』も、無理だ。

 そして、他に買えないモノはある。例えば、金に興味ない暗殺者だ。今回の相手は、その暗殺者と同じだ。自分を食おうとする肉食動物と同じなのだ。動物自体やエサを買えても、食欲を抑えるなど、金自体では無理だ。

 餌を与えようにも、相手が喜ぶエサが『自分が死ぬ事』なら、尚更。

 自分達を殺す事を望んでいる奴に、いくら金をばらまいても、見向きもされない。そもそも相手からすれば、金が欲しければ殺して奪えばいい。日本では無理でも、この世界では可能だ。


 それが、今の自分達の現実なのだ。時と金は、イコールではない。

 まして、自慢ではないが彼は、無駄と思うほど金が余っている。それで今この瞬間の安全を買えるなら、違う『今』や『未来』を買えるなら、すぐにでも買っている。


 所詮、地位も権力も金も、人の世であって始めて意味を持つ。

 法も何も意味のないこの瞬間には、ゴミクズでしかないのだ。


「ヴァンくん……追われてるってぇ……」

「エリナさん、御話は後程」

「王女さまー?……それってー、ヴァンくんが独りで……」

「いやいやいやいやいやいや、ボクたちの事無視しないで欲しいかな。そもそも……」


 会って早々、何をするでもなく口喧しくなり始めたが、

「いいから!さっさと行くぞ、アーサー!引き返せ!」

 姉弟と王女を無理やり幌馬車に投げ入れて、愛鳥に呼び掛ける。

 久しい主人の声に、疑問符を浮かべながらも従い、踵を返し、最速で走り始めた黄色い鳥は、背に移動して来た主人の重みを僅かに感じ、羽毛を逆立てる。

 同時、来た道を引き返して、極力揺らさず速度を上げて走り出す。


「ちょっとぉ……心配して来たのに……!」

 未だ御者台に仁王立ちしながら、弟子の様子に疑問を持ち、周囲を見渡して、その答えに思い至ったエリナ。

 そこに追加とばかりに、弟子から最低限の説明が飛んでくる。


「王女を救出、『匿っていた』領兵に奪還命令が下りて、『略奪者』の俺達を狙って進軍している!それだけ言えば、状況は分かるよね、エリナさんなんだからさあ!」


 オオカミは彼女を、信頼も、尊敬もしている。だが、状況的にのんびりしていられない為に、少し怒りを伴っている。

 迎えに来るなら、国境付近で良かったのだ。そうでないなら、来ない方が全体的に良かったはずだ。


「……成程ねぇ……馬に魔術を使って、長距離を高速で走れるようにしているって事は……普通の山狩りみたいな感覚とは違って、一級クラス犯罪者の逃亡を防ぐために派兵しているような状況って事かぁ。

 どこに行ったのか、分からなきゃそんな事をする事は無いけど……」

「成程、王女を連れているなら、国内を逃げ回る事は無い。王国に逃げる前提で考えるだろう。北部にはガルーダなどの生息している山脈があるのだったか……通常なら、その道を通って共和国へなど、向かうはずも無い」

 エリナの簡単な推察に、ヴィンセントが頷き、相槌を入れる。


「そういう事!そんな状況で、のこのこアーサーに馬車を挽かせていてどうするのさ!」


「黒幕はヴァンくんを狙いがちなのは知っていたけど……あいつだって証拠は?」

「王女のハイヒールとスフィアが一緒に転がっていて、別人だって確証持てるかなあ?!」

「ヴァンくーん、焦りすぎだよー」

「焦るよ、リサさん!最悪だよ、この状況は!」


 珍しく毛を逆立て、苛立ち、焦る彼に師の2人は訝しみ、しかし理解する。

 自分達以外、全員あの領兵に襲われれば、命の保証はない。せいぜいが、彼の姉弟くらいは生き残れる可能性があるくらいだ。当然、戦闘ではなく逃げる前提でだ。数が違いすぎる。


 自分達が強いのと同様、相手にも優秀な兵がいないとは考えづらい。居ない方がおかしいのだ。一騎当千と呼べる兵は多くはないが、たまにいる。そうなれば、領主は引き抜きに掛かるのが常識だ。話すまでもない。


「そうね、焦るのも当然の状況だもの。リサの事だってわかってるでしょ、ヴァンくん。あなたの状態を見れば、落ち着かせようとする事くらい」

「そうだけど、そんな事言ってなくていいから、逃げるんだ!

 エリナさんが勝てない相手じゃない、むしろ勝ったら問題なんだ!さっさと逃げるに限る状況なんだよ!36計逃げるにしかず!」

――久しぶりに使ったね、それ――

 ふと、合いの手を入れた精霊に苛立ちを少し覚えながら、手早く結界の魔術を馬車と愛鳥に掛ける。すぐにできる結界であれば、並人がよく使う混合結界。3種類を混ぜて使うだけでなく、簡易的に使える為に効果よりは効率で選んだ。


「……じゃぁ、適当に行ってくるから、あとよろしくね、ヴァンくん」

「は……エリナさん?」

「エリナ?……しょうがない……」

「ちょ……リサさん?……待って、2人とも……!」


 3人は長く共に居た。心を共にした。故に、何を考えているのかは分かるし、何を言いたいのかも解る。交わす言葉が少なくとも、判るのだ。


 2人は、オオカミが全員に戦って欲しくないし、危険に晒されたくないと考えていると理解している。だからこそ、生き残れる自分達がしんがりとなって、危険を退けようと考える。


 オオカミからしたら、それもまた懸念事項だが、彼女達からしてみれば些細な事だ。後にやってくる問題の対処法はある。逆に言えば、2人が問題を作る方が、オオカミの懸念事項だったのだが。


 両者の思惑は、ぴったり合っているようで擦れ違っている。理解しているようで、理解しきれていない。


 だからこそ、馬車から飛び降り、兵に向かって走って行く師匠に対して、弟子は叫ぶが、その思いは伝わらない。どこか通じ合いながらも通じず、交じり合いながらも平行線なのだ、彼らは。


「ああ、畜生!もう……あの2人を止めるのは本当に至難の業だ……!」


 あの2人の心配をしても無駄骨である事を知っているオオカミは、叫びながらも撤退の姿勢を変えない。

 あの2人を知っているなら、当然だ。むしろ、自分達が逃げるのより先に国内に移動する事は明白なのだから。それを見越して、2人は飛び降りたのだ。


「ヴァン……代行殿達は……!」

「気にするな、今は俺達が逃げる方が優先だ!王女を返す事を意識しろ!」

 戸惑っているヴィンセントに、叫びかける。今、自分達が一番しなければいけない事を。生き残る為に、逃げる事を。


 夕日が徐々に沈み、闇が覆い始めた草原で、直走る鳥が引く馬車は、周囲を騎馬に乗る兵士に徐々に追い込まれ始めていた。


 徐々に国境が近づき、夕日が見えなくなり、闇が覆い始める。そんな中で、遠くで雷鳴が轟き、剣がぶつかる音が聞こえ始める。師の2人が戦い始めたのだろう。

 悲鳴と怒号が混じった声は、幌馬車が進む度に遠くなり、聞こえなくなる。

 後ろを気にしながら、オオカミは手綱を操り、前を見据える。仲間達も、王女と後方を気にしているが、今は何ができるでもなく、彼に全てを任せてしまっている。


「ヴァン、あともう少しで国境だ!」

「解っている!頑張れ、アーサー!」


 酷く軋み始めた幌馬車を挽きながら、黄色い鳥が走る草原には、既に多くの兵が近づき始めている。アーサーの足が遅いのではない。


 馬に掛かった魔術の倍率が高く、より速く走れるようにされた上に、馬の命を削って速度を更に上げる魔術を使っている。恐らく、殆どの馬は1月の間に命を落とすだろう。そのような残酷な魔術を使っている。

 そこまでして自分達を殺したり、王女にやらしい事をしたりしたいらしい領主に、その気が知れないオオカミは、歯噛みする。


 怒りを伴いながらも逃げる彼らの地から、陽の光が去り、月が雲間へ隠れていく。


 そして、闇が覆ったその時、遠くの山間から何かが飛来し、結界を突き破って大地を抉った。


 それは、宛ら闇夜を切り裂く閃光。


「「「わあああーーー!?」」」

 全員が絶叫し、驚き、衝撃に振り回された。


 幌馬車が、その砲弾によって抉られた大地に車輪を取られ、横転したのだ。それにつられて、アーサーも大地に引き倒され、体に土を付ける。その背に乗っていたオオカミについても同じだ。


「アグッ……ああ……クッソ、アーサー、大丈夫か!?」

「グアアアー(なんとかあーー)?」

 久しぶりに聞いた愛鳥の言葉に安堵し、全員と幌馬車の状況を確認する。車輪は壊れていない様子だ。


「王女以外全員出て手伝え!すぐに立て直して走り出す!早くしろ!」

 オオカミは急いで叫ぶと、ふら付きながらも仲間が外へ出てくる。

 奇跡的に誰も、大した怪我をしていないようだ。特に、殆どの者が地面に臥せっている中で、平然と立っている者が、1人。


「……ルナに、任せて……すぐに、起こせる……」

 土の魔術は、重力も扱う。故に、彼女がとっさに仲間の激突を避けるよう保護したのだろう。

 それは、風の精霊術師たる弟についても同じだ。着地で後頭部を打ったのか、眩暈を起こしているようだが、ふら付きながらも幌馬車から出てくる。


「行くぞ、せーの!」

 抉れた大地を、妹が魔術によって補修しつつ、オオカミが氷のバリケードを利用し、幌を押して馬車を引き起こす。

 出てきた仲間もそれぞれ馬車の各部を掴み、引き起こそうと力を込めた。そのかいもあって、瞬く間に幌馬車は起き上がる。


 少し邪魔が入ったが、これくらいなら問題はない。何が飛来したのかは気になるが、気にしていられる状態でもない。それが例え汎用的な物とは言え、充分すぎる程に硬い結界を、容易く突き破ったのだとしてもだ。


 その結界はと言うと、瞬く間に修復されていた。いつの間にか自分達を取り囲み、馬から降りて剣や槍を振るう兵士の攻撃を拒み、侵入させずにいる。

 健在である事は明白だ。なぜ一瞬破られたのかは分からないが、完全破壊には至らなかったらしい。


「よし、行くぞ!撤退だ!」

 それに安堵して、改めて走ろうとしたその時、


「ヴァンくん、危ない!」

 恋しい相手の声が聞こえ、一瞬闇を切り裂く光が、自分達の方へ向かって放たれたのが見え、


 衝撃波を伴ったそれが突き抜ける時には、自分が押し飛ばされたのに気づき、


 凶弾が、彼女の胸を貫いたのを、見た。


 衝撃が、全員を襲う中、眼を離す事が出来なかったオオカミは、戦慄し、


「……ミーシャああああ!」


 そして、絶望した。


――彼には、ジンクスがある。それは、幸せを手に入れようとした時に、不幸が起きる、呪い。


 誰にでも起こりうる、しかししつこく付きまとわれる事は早々無い、ちょっとした不幸の連続。

 普通で、当たり前の、絶望。


 皮肉な事だが、これは因果応報。彼の行ってきた事で起きた、必然とも言える状況。


「VVOOVVOOVVOOOOOOooooooooo……!」

 後に聞こえた咆哮。

 それは希望を名に冠するはずの彼の、絶望の咆哮。




 そして、悪に対する、大神の死刑宣告。


精霊のボヤキ

――何でアンタ、プリズムシェルしないの?――

 実はあれ、欠点がある。周囲のマナを高圧縮する関係で、結界の重ねがけが不可能なんだ。

 あと、使ったとしたらアーサーか幌馬車の一部が結界からはみ出る。そこから、決壊することもある。儀式化させればべつだけど。

――ギャグはいいから、使いなさい――

 ギャグじゃないし、無理なんだって!

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