13話 裏の事情
前回:――師匠は事件よりも弟子の方が心配です――
冒険者ギルドのエントランスは、異常に忙しそうにしていて、内勤も含めて縦横無尽に行き来している状態になっていた。知っている人も知らない人も関係なく、持っていた物を渡したり走って届けたり箱を開いてひっくり返したり、せわしない。
壁側にずらりと紙の束が置かれて、掲示板が見えなくなってる。
そんな中にエリナさんが入れば、
「あ、エリナさん!」
「代行!待ってましたよ……」
「はー……やっと帰ってきたんですか……」
いろんな声が上がる。みんな喜んで……
「どれだけ書類が溜まってると思ってるんですか!山どころか、山脈ですよ!?ヴァンに分かる所だけやらせても、彼じゃ分からない物でこれだけ出来たんですから!」
「今街がどれ程の環境か解りますよね……?シンドいどころじゃないんです。手伝ってください!」
「ほとんど説明もないままいなくなって……心配したんですよ?貴女が居なかったから、どれだけ滅茶苦茶な状態になったか……解ってるんですか!」
いなかった。一斉に押しかけて、不満とか問題とか、色々押し付けようとしてる。元々エリナさんの仕事だろうけど。
「あ……あぁ、ごめんねぇ!ちょーっと色々大事な事があったからさぁ……先にマスターの所にぃ……」
「心配には及ばないよ、エリナ君。私もここで色々しなければいけない事があったからねぇ……話しだったら、手伝いながらここで話してくれるかね?」
言い訳して逃げようとしたエリナさんの脇から、書類に埋もれた頭が覗いて返事してる。
マスター、ただでだえ小さいから、文字通り書類の山が出来ている中に居たら、そりゃ全く姿が見えなくなるよな。
気づいてなかったらしいエリナさんも、冷や汗をかいてる。
「あ……マ、マスター。お久しぶりです。でぇ、ちょっとお話がぁ……」
「銀狼の事だったら、一身上の都合と聞いているよ。だが、探そうとする必要も無いんじゃないかねぇ……君のようにいつまで経っても帰ってこないってことも無いだろうし、ねぇ?」
話そうとしていた事を、いきなりできないように釘を刺された。長い付き合いだから、考えも透けて見えてたのか?しかも開口一番って、相当だろ……。
「あ、いえ、ヴァンくんじゃなく……」
「王女の調査と称して、彼の事も探すつもりなのは分かるのだが、彼も一端の戦士であり冒険者だ。いつまでも君の保護を必要とする訳では無かろう?」
「あ……えぇと……」
多分、マスターはマジでキレてる。エリナさんにばかりじゃないだろうけど、忙しすぎるし、事件が色々あったし、他にも何かありそうだ。
「君達が戦闘の後に酒を飲んで騒いだのは知っているが、先にやる事があったんじゃないのかね?大方エリナ君がリサ君を引きずり回していたのだろう?彼女の苦労も、少しは……」
書類を高速で処理しながら、マスターは説教を始めた。
エリナさん、そんな事をしてたのか?もう襲撃から時間結構経ったけど、1日何をやってたんだよ?
――――――――――――――――――――
「フム……君達は、本当にそう考えているのかね?」
なぜかぼくにマスターが質問してきた。今まで、エリナさんが事情を話してたはずなんだけど。それに、エリナさんたちとぼく以外、誰もここに来てないから、聞かれても答えられる事って、あまり無い。
「チームで話した限りじゃ、そういう事になっただけで……証拠がある訳でもないけど……」
「ほう……それで彼を追えば犯人に行きつけると、本気でそう思っているのかね、エリナ君?」
絶対に信じてないような顔つきをして、マスターがエリナさんに視線を移す。ちょっと睨むような感じだ。やっぱり、キレてる。
「えぇ……そして本格的に動き始めたと思います。ここからが正念場。どう動くのかによって、状況の好悪は変わります。
犯人となる人物が、戦争や内戦を狙っているのだとしたら、確実にこの辺りで行動に移すはずです」
周りで、エリナさんの声に驚いて息を呑む声が上がった。戦争とかを考えてなかった奴が多いのかも知れない。
ぼくだって、そんな事になるなんて考えていないけど、不自然な野盗とか事件は戦争の前によくあるなんて言う。あんまり関係ないんじゃないか?
「……それが、彼の一身上の都合にどう関わるのか、ちょっと理解できないねぇ。説明したまえ」
「はい。彼の交友関係にある貴族などが攻撃されていますし、その身内や交友関係にあった者は遣る瀬無い立場でしょう。交友関係にあるが為に、周囲から攻撃されかねない。そうなったら、逆恨みなども起きやすくなります。
小さなことでも反目する者が増えていくなら、行き着く先の1つは一斉蜂起です。そこまでいかなくても、ストレスが増えすぎて爆発寸前にまで膨れていいでしょう。
それを煽るなり刺激するなり、工作もするつもりで準備しているかもしれません。
この様な状況で、彼の姿が確認された地域辺りで反獣人派の貴族が殺されれば、反目的な者達は彼の犯行とこじつけるでしょう。ここは確証がありませんが、可能性の高い事です。
そして、それを狙っているらしい者を、サーシャの手の者が確認しています。
また、王女が居なくなった事についても、今は多くの情報が伏せられていますが、周知の事実となれば状況が一変すると思います。彼が街に居なくなった途端に事件が起きたと、槍玉にあげられるはずです。
街の被害を受けた者も、悪者を作らなければ納得しないでしょうから、風当たりは更に悪くなるはず。
こうなってくれば、獣人嫌い筆頭の公爵や伯爵などが台頭、彼を締め出しにかかり、穏健派と抗争しかねない状態になるはずです。そこに後一押し掛かれば、内戦になりうるでしょう。
入手した情報では、穏健派の方に内戦を望む、ハルス国の生き残りの息がかかった者が居たようです。この情報は過激派も入手したようですし、火蓋が切られるのも時間の問題のはず。全ての準備を調えて、待っているようです。
恐らく黒幕の狙いは、彼が存在する事で内戦が起きると見せたいのでしょう。後は、彼がどこに居るのかを確認できれば、それで終わり。
サーシャが得た情報を纏めて状況を考えれば、これで充分切っ掛けに出来るはずです」
「……彼女からその様な情報を……成程ねぇ。それなら、尚更もっと早く、情報をくれた方が良かったのだが……」
一体どこからそんな話になったんだよ?ヴァンの関係している人が狙われたのって、攻撃される理由にならないんじゃないか?
「しかし、事実その声は上がり始めているようだ。少なくとも、彼が居なくなった途端にこの襲撃の被害。含みのある発言も、聞いている者は少なくはない。君の予想も、外れてはいないだろう。
何しろ、今回の件で家族を殺したのは、銀狼だと騒ぐ声が、思いの外多いのだ」
「ええー!何だよう、それええええ!」
意味が分からなくてつい叫んじゃったけど、マスターもエリナさんも予想していたみたいだ。全然驚いてない。
「フフフ……叫ぶのも分からなくはない。しかし、それが人の心情という物だ。時に、助けた者が悪となる。辛抱ならない事だとしても、耐えねばならない。理不尽だねぇ……フフフ」
マスターは何がおかしいのか、笑ってばかりいる。納得しろなんて、絶対無理なのに。
「そもそもエリナさんも、なんでそんな大事なこと隠してたんだよう!一体何やってたんだよ、1年間も!」
「それは今は関係ないでしょぉ?サーシャの所で、色々あったのぉ」
「騒いでどうにかなるのかね、ユータ・イガラッシィ」
エリナさんの行動も意味わかんなくて叫んだら、マスターにまた名前間違われた。ステータスで間違った名前が表記されてるから、ずっとこう呼ばれてる。イミワカンネエ。
「人の不安を煽り、苦しめ、槍玉にあげて生贄にする。たまにある冤罪などの、その手順を追ったと言う事かね」
「はい。まだ断片的でしかないですが、繋ぎ合わせればその様になります。こじつけと言うには、符合する箇所も、表裏で関係する人物も、共通しすぎているんです。
そして、今回の生贄は、ヴァンくんでしょう」
生贄とか、どこから来たんだ?意味が分からないけど、何の関係があるんだよ?そしたら……
「そしたら、ヴァンのこと本当にすぐにでも探さなきゃ!生贄だか何だか知らないけどあいつが殺されなきゃいけない理由が意味わからないし戦争なんて関係するのかも意味わからないけどこのままだとたくさん人が殺されるし滅茶苦茶にされるじゃないか!」
「そう、ヴァンくんの生贄が上手く行かなくても、戦争になるように考えているはずだろうから、止める為にも探さなきゃいけないの。
今のこの事態、どう言うことか理解ができた?」
わからないけど、分かったと思う。エリナさんはなんかよく分からないけど、きっとこうなる事を分かってて街を離れていたんだ。最悪じゃないか。
「生贄やらの話はともかく、黒幕は内戦や戦争を狙っている。それは恐らく、この大陸の覇権を握る為の行動なのだろうねぇ。スフィアも、その黒幕の手による物だろう。
そして、黒幕の狙いを、知ってか知らずか、阻んだからこそ、幾度と無く命を狙ったのだろうねぇ。
スフィアの事例の異様な翼竜やサイクロプス、一時街に異常に増えた獣人を対象とした違法奴隷、王女の暗殺の件ももしかしたら、黒幕の手による策謀かもしれないのだから……」
「え……王女暗殺って……」
「手紙があったでしょぉ?その手紙に、魔術の痕跡があったって、昨日も聞いたじゃない。
送ったのは黒幕で、操られて進んだ先があの事件。多分、ほとんど整えた状態にしてから手紙を送ったんでしょうねぇ。
情報漏洩したってなればぁ、護衛の仕方を考えるでしょぉ?そしたら、操られてるミッチェルか王女が発案したって事で、ヴァンくんに依頼が行くよう仕向けたのよぉ。
あの子だったら、ヴァンくんが護衛ってだけで有頂天になったでしょうしねぇ」
意味わからなくて混乱したぼくに、エリナさんが説明してくれた……有頂天になった王女、狙い通りじゃないか……?
あれ、全部黒幕のてのひらで踊らされてたのかよ?ヴァンじゃないけど……サルじゃないか、ぼく達全員。
「じゃあ……」
「黒幕からすれば、あそこで王女が死んでくれた方が、有難かっただろうねぇ。
王女暗殺にこの街が混乱して、その隙に乗じて今回と同じ襲撃でもすれば、あとは槍玉を据えるだけで勝手に瓦解する事も有り得るだろうから。そうでなくとも、国の一角を落とした事になる。
人は、脆いものだねぇ……」
「その場合にも、獣人の彼の手落ちとする事も出来たでしょうね。どこまで混乱を狙い通りにできるかは知らないけど、反獣人派からしたら極刑物と感じた事でしょう。
ヴァンくんはこれまで、スフィアを破壊し続けた。なら、黒幕からすれば殺したいリストの上位に名前が上がるでしょうから」
「そして、今度は彼が姿を消した。もしかしたら、それも相手の計略かもねぇ。今回の事件の黒幕と仕立て上げるのが、狙いなのかもしれない。離れている間に隠れ潜んで近づき、攻撃を仕掛けた、などと言ってね。
黒幕は誰にも気付かせもせず配下を増やし、更には大陸を渡って魔物を連れて来て、今回の襲撃を行使した。
彼がいないからこそ人が死んだというなら、否定できない者も多いだろう。もしかしたら、彼が殺したのだと勝手に言い出す者も居るかも知れないと考えたんだね。
そこへ、彼の姿を確認した場所で反獣人派貴族の暗殺を狙う。先程のエリナ君の話に戻ってくる訳だねぇ。有り得ない事でも無いだろう」
「…………え?」
ちょっとよくわからなかったけど、
「ヴァンがスフィアを壊したから逆恨みして、あいつを殺そうとしたけどあいつもエリナさんも化け物だから殺せなくて、じゃあ悪者にしようって考えて、王女を暗殺しようとして、街を襲撃して、次は貴族の暗殺……って事?」
「1か所イラっとしたけど、そういう事ね。サーシャの方で、その動きは確認したの。後は彼の場所を探るだけなんだけど……」
「まだそういった事例は、見つかっていない。全く別の暗殺であれば、幾らでも出てきているがねぇ。
お蔭で、獣人に対して、好意的、反目的、どちらにしても一触即発の雰囲気を醸し出しているそうだが」
それでさっきの、内戦とか何とかって話が出てくるのか?なんだよ、それ?
もしかしたら、本当に、本当の戦争が目の前まで迫っていたって言うのか?そんな感じ、全然分からなかったけど……?
「ヴァンくんは多分、警戒して『陽炎』を利用しているはず。
幻術だったら、あの子は得意技なんだし、誰にも知られずに移動できる。相手の数少ない誤算でしょうね。あまり知られていないんだし、しょうがないけど。
でも、アタシ達はそれをよく理解している。だから、探せるのはアタシ達だけ。
言い方を変えると、戦争を止められるかもしれないのも、アタシ達だけなの」
なんか、いきなり……責任が重くなってないか?白目。
精霊のボヤキ
――なんか色々きな臭くなってきてないか?――
よく分からないけど、悪い事を考えてる人が居るって事?
――証拠がある訳じゃないけど……意味無く街を襲撃する理由が、よく分からないんだよ――
魔物って、そういう物じゃないの?
――凶暴になったって言っても、動物だよ?意味無くヒトを襲うとか、訳の分からない事をする動物なんて、存在するわけないじゃないか――
ふみゅ……?
――魔物がヒトを襲うんじゃなくて、ヒトが余計な事をするから、魔物は襲ってくるんだ。大半はね――
そうなのかな……?テリトリーとかって事?じゃあ……?
――今回は、ヒトが狙って襲撃させたんだろ?――




