11話 襲撃翌日
前回:――化け物を軽く払う化け物と爆発した城――
下層街からは、未だに狼煙が上がり、戦闘の音が聞こえる。しかし、先程までの劣勢の環境ではない。殲滅までもう間近である事は、間違いないのだ。
だが、
「闘いに勝って、戦争に負けた、かぁ……」
エリナは呟き、舌打ちをする。
戦場となっていた下層街から、できる限り早く移動したものの、上層街の中心まではかなり距離がある。
到着する頃には夕日も沈み、暗がりの中を多くの兵士や獣人の遺体が転がるのを眺めている。今し方残っていた魔物を薙ぎ払ったが、既に時遅し。
ノーザンハルスの中心、多くの防壁に囲まれ、防壁の掛けられた結界や大型バリスタによって阻まれている王女の居城は、街のシンボルであり全ての中心である。
しかし、その地は下層街と同じく、多くの者の命が奪われ、施設も破壊されている。
「……ハァ、こんな事になるなんてねぇ。一年前……いえ、昨日までは、ほんの少しも考えなかったんだけどねぇ……
ミッチェル……あんたもそう思うでしょぉ?」
城の庭に居た女中に語り掛ける。その者は、声を返す事は2度と無いが。何しろ、首と胴体が、マナの爆発により引きちぎられているのだ。
幼い頃より彼女を見守り、並人としては随分歳を取るまで付き添った彼女の行った、一連の件は、弟子の手紙によって状況を知っていた。彼女の首輪の存在の事も、当然。
奴隷の首輪は、対象から離れれば爆発を起こす。それは土地か人に限られるが、人の場合にはある条件が加わる。その者が存命する場合に限るのだ。
対象が死亡すれば、その首輪に掛けられた呪いは消え去る。
「あんたは首が爆発で落とされた……本当に最期まで守ろうとしたのねぇ」
生まれたばかりの王女を、妹のように見ていたはずの彼女だ。その頃には、真っ直ぐな目で「命に代えても守る」と語っていたのだが。
人気のなくなった城の中を、エリナは歩く。そこに居るのは、ただ独り。
「でぇ……ロイは何も見なかったわけぇ?」
世界最強剣士もまた、その場にいた。その割に酷い状況になっているあたり、凡その見当は付く。
「フム……」
声だけ掛けられ俯いた黒衣の剣士は、元より語る事が少ない。だが、それでも話す時は話す。単語の場合が多いが。
周囲の状況を確認している為に、彼と目を合わせて語り合う時間がもったいない。そもそもがあまり期待できないのだ。会話の件もあるが、彼は運も悪い。
「そう、それじゃ……」
「黒い竜……」
見ていないのだろうと思っていたエリナは、驚いて振り向く。一歩間に合わなくとも、ロイは見ていたのだ。巨大な黒い竜と、この事件の黒幕らしき人物達の姿を。瞬きしたら、消えていたのだが。
会話をすると時間がかかる為、彼の記憶を覗いたエリナ。ほぼ見えていないながらも、わずかに姿を現した黒幕らしき存在に、思考を巡らせつつ、その場所へと移動する。
痕跡らしい痕跡は、ほぼ存在していない。
たった一つ残されている、球体以外は。
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昨日、ぼくたちは結局、何もできなかったのかも知れない。今はそんな感情を持ってしまっている。
下層街に住んでいた人達は、中層街の宿や集会場、避難所に集まっている。
その土地に住んでいたって言う人数とはとても思えないくらいに数が少ないはずなのに、それでもどこも一杯になったみたいだ。
一晩明けても、絶望に包まれたままの人達が多かった。むしろひどくなったかもしれない。今日は街の様子を見るって話で決まって、その中で全員が見てきた光景だ。
「孤児院や教会も、逃げてきた人で一杯だって。家族全員殺された子供もいるだろうから、当分の間あそこはベッドも足りないでしょうね」
朝になって屋敷に帰って来たマリアは、暗い顔をしている。
ずっと孤児院の事を気にしていたのは間違いないし、口に出さないだけで、皆その事を知っていた。
「ギルドの方でも、テントや毛布を一般に貸し出しているようですし、商業側でも食材を支給しているそうですが、絶対数が足りないとか。
この様な状況を想定していなかった為、国側の判断をどうにかして得たいようですが、王女の安否が不明ですので……その事は、未だ公表されていませんが……」
「アンピふめーって……どーしたのかなー?」
街全体の状況を探ってきたエイダとハルは、時間が経っても解決するか分からない状況に困惑している。ぼくたちがどうにかできる訳じゃないけど、
「フム……この状況であれば、我々の屋敷を一般の者にも貸し与える事は必要かもしれないな。幸いこの屋敷の食材はある程度確保されている。直ぐには底をつきもしないだろう」
「……でも、ずっとじゃないよね……?村の方に手紙を送って……分けて貰えるかな?」
なんでみんな何かしようとしているんだろう?ボランティア団体かよ、この屋敷は?
「なあ……ヴァンの事だってあるのに、そんな事をしてる時間ってあるのかよ?」
「ユータ、そうは言っても、皆辛いのだ。安易に我々のみの都合で動く訳にも行くまい。
生き残った行商人達に食材などを運んで貰わなければ、この街は立ち行かなくなる。そうなれば、この街は滅亡に近づくであろう」
なんか、占いみたいな事を言われた。被災した後みたいな状態だけど、どうにか全滅した訳じゃないんだし、確か街の中で食糧が作られてるってヴァンが……?
「……そうか、畜産区とかも下層街なんだっけ?そしたら……」
「全滅していたそうです。郊外で放牧している状況と同じですね。家畜が食い散らかされて、骨しか残っていなかったとか。馬も、騎竜も、フォーゲルもです。
行商の馬車馬も、殆どが食い殺されていたそうですから、生き残った商人が仕事を再開するのも、殆どの方が当面先になるでしょう。それよりも先に、自殺を止めないとなりません」
馬車の積み荷と馬は全財産だって言う行商人だ。破産して自殺したくなる心境って感じなんだろうな、きっと。
今のこの街は運ぶものも運べないし、食料も作れない。外から運ばれてくる荷物も、ある程度減るのかも知れない。
そのある程度がどんな違いになるか……ヴァンがいないだけで、肉が高騰したんだっけ?それ以外も、滅茶苦茶になるって事じゃないか……?
「あいつが居たら、こんなにならなかっただろ、絶対……何やってるんだよ、あいつ!いつもロイはタイミング悪いって言ってたくせに、今回は自分が悪いじゃないかよう!」
「そんな事を言っても、仕様の無いことだろう。とにかく、この街が元通りになるよう、尽力する必要はあるのだ」
八つ当たりなのは分かるけど、あいつが居たら絶対こんなトラブルは直ぐに片付いたはずだ。
「同じ様な事を、ギルドで叫んで居た者達もいましたね。皮肉にも、それを叫んでいた者の殆どが、先日まで彼が霧の龍を連れてきた、などと叫んでいた者のようでしたが」
「顔覚えてたの……?ちょっと見ただけじゃない……」
「ええ、こちらに直接的、間接的に関わらず、攻撃する可能性は御座いましたので。分かる限り、覚えさせていただきました。そちらの方々の団体なども、多少なり調べは付いております」
ミーシャを横目に、エイダは何か余計な事をしていたみたいだ。やる必要が分からない。
「……ヴァンが居たら、エリナさん達は早くここに到着しようって思わなかったかもしれない。それに……」
「ウチらは別行動を取って、命が無かったかもしれへんっちゅうことやな……アンデッドの時とか、そうやったし」
少し前にもあった大きな事件でも、あいつは別行動してたんだっけ?今一瞬忘れてたけど。
「因果な物だな……それが現実に成り得たのだが、彼が居ない結果、我々は命が助かったのやも知れないのだから」
「そんなの……ある訳ないじゃないか……」
無いって思いたい。あったかもしれなくても、そんなの、イヤダ。
「とにかく、今は生き残った事を喜ぼう。そして、我々のすべき事を探すまでだ。屋敷は必要な者に部屋を貸すとしよう。勿論、獣人に対して抵抗の無いものに限られるだろうが……」
「その辺りが大きな影響を与えるでしょう。ヴァンさんの事もありますし、容易に答えを出せない方が多いかと」
結局、この屋敷に誰かを住まわせるつもりみたいだ。少し詰めれば、結構な人数が住めるのは間違いないけど。
「後は……」
ヴィンセントがその後を続けようとしたら、ドアがノックされた。誰かが来たみたいだ。ハルがすぐに反応してドアを開けると……
「ハァイ!ユータ、アリス、昨日ぶりぃ!」
「え……えええー!」
「……エリナさん?」
玄関にエルフが2人立ってた。
「代行殿、これは……何か御用が……?」
「あぁ……手紙にあった通り、堅苦しぃ話し方ねぇ。あぁんまり畏まらなくていぃんだけどねぇ。あぁ、中入っていぃかなぁ?今日は日差しが強くて暑いよねぇ……」
相変わらずのエリナさんは、胸元の服を叩いて仰ぎながら、中に入ってきた……許可をもらうためじゃないなら、なんで聞いたんだよ?
「エリナー!もー……ごめんねー、自由な人だからさー。ほら、エリナ……」
リサさんも相変わらず、振り回されがちみたいだ。後から入ってきて、勝手にソファに座ったエリナさんの腕を引いてる。解っているのか知らないけど、エリナさんがいるのはヴァンがよく座ってる場所だ。
「エリナさん、なんでここに……」
「何よ、ユータ?来ちゃいけないのぉ?ええぇ、ユータにいじめられたぁ!」
そんな話はしてないのに、勝手に大袈裟な反応をし始めた。何でだよ?
「エリナ!」
「もぅ……ちょぉっとした冗談じゃないのぉ……来た用件でしょぉ?ヴァンくんがこっちで生活してるって聞いたからさぁ、どうせならこっちにちょぉっとお世話になろうかなぁって思ったのぉ」
のらりくらりと話しながら、ソファに深く座って背もたれに寄りかかって、思いっきり伸びをしているエリナさんの言葉に、全員驚いて硬直している。
「え……何で……?」
「ほらぁ……今、街が大変でしょぉ?それでさぁ、アタシ達の部屋も広いからって貸し出す事になったんだよねぇ……宿もどこ行っても一杯だろうしさぁ、じゃぁ、ヴァンくんの部屋でって事になったのぉ」
アリスが返した言葉に理由を話すけど、つまり2人の部屋が誰かに使われる事になったから、ここに来た……ってことにして、ヴァンを弄り倒そうと思ったのか?ありそうだ。
「でも、ヴァンくんは今居ないんだよ……私達も、探そうかどうか迷ってたところで……」
ミーシャが発言して、内容と彼女の存在にみんな同時に気付いた。今日はエリナさんの方からここに来ることを全く考えてなかったから、意識してなかったけど、止めないと、色々
「ああぁ!3色毛色のネコちゃんって、この子ぉ?ちょっと、近くで顔見せてぇ!」
……エリナさんの方が早かった。今、絶対瞬間移動して抱きついた。残像でエリナさんが2人に見えたし。
「フギャア!?今はまだ話の最中……」
「いぃじゃなぁい!そんな話、ちょっとくらい後にしてさぁ!」
「エリナー、止めてあげてってばー!さっき言ったじゃない、いきなり抱き着いたりしたら……」
「ムゥリイィ!……はぁ……こんなサラサラな毛並み、手放しちゃったら損じゃなぁい……なのに、ヴァンくんったら……なぁにやってるのかなぁ……?」
抱きついて頬ずりして、あちこち撫でまわしてるエリナさんに、逃げたくても逃げられないミーシャは震えてる。感電してないよな?
「……エリナさん、ユータの想像の上を行ったね……」
「せやな……流石銀狼の師匠やわ……」
「それを言うなら、王女の師匠でしょ……?」
もうついて行けない事を察したのか、みんな呆れて眺めるだけになっている。それに気づいたミーシャは、
「ふみゃあー!……影移動出来にゃい!?放して欲しいんだよ、助けてー!」
助けを求めてきたけど、何もできないまま揉みくちゃにされた。
精霊のボヤキ
――な、なにいー……精霊の力が、抑制された、だとぉ!?――
助けてー!
――あ、あれ?これどうやって助ければ……アクエリアさん!――
――…………――
――無視ですか!え、ちょっと待って……――
ムリ……ニャフッ……!
――……ミーシャあー!――
――撫でられてるだけじゃない……?――




