9話 戦局混迷
前回:――来たの師匠じゃなくて魔物軍ですよ!ユーシャ様、助け……無理ですよね、知ってました――
「ユータ、遅れて済まない!被害状況は!?」
街に溢れ始めた魔物を倒す為に、急いで走って来たらしい。ダントンが本気で戦う時に使う兜を付けていないから、焦っていたのが分かる。
「ぼくたちは誰も……でも……」
聞かれるまでもなく、老若男女関係なく肉塊になって転がっているのが、あちこちに見える。死んだ奴より、生き残った奴の方が少ないんじゃないか?
「ああ……分かった。お前達に何もなくて良かった。行くぞ!」
意味がすぐに分かって、走り出したダントン。連れて来ていた冒険者の所へ走って行って、アンデッドを中心に一気に切り裂いていく。
今までぼくが見ていた剣技より、ずっとキレがいい。周りの人達も彼につられて、どんどん敵を攻めようと、足を、剣先を前へ進めていく。
それでも、死んでいった人達の体が転がっているせいで、戦いを始めた冒険者も動きづらそうにしている。
だからって足や魔術でその体を薙ぎ払うのは忍びないのか、誰かがやるのを待っているのか、それともできないのか、誰もどかそうとしない。
「ヴィンセント……死んだ人の体……」
「ああ、戦場に置き去りにされたまま、踏み躙られるのは忍びない!任せたまえ!」
ぼくとは違う事を思ったらしいヴィンセントが、水を操って足元にある遺体と血を、洗い流してく。ぼくは、踏んだり、血で滑って、倒れた所を狙われたらヤバいと思ったんだけど。
足元にあった遺体は、街の隅へ水の流れ移動した。その流れに合わせて、スフィアも押し流されたみたいだ。魔物の発生はまだ続いてるけど、その分奥の方へ移動している。
「敵の発生位置が移動した!広場にいる敵を殲滅、近くの組と協力し小隊を形成!魚鱗陣形を作り各方面へ進軍せよ!」
ダントンが戦況を理解して、指示を出し始めた。遅れてやってきた騎士は、指示される前から並んで攻撃している。
「……魚鱗陣形って……?」
聞いた事ない。でも、ヴィンセントは、直ぐに反応した。
「戦術における基本の陣形の組み方だ。ヴァンの話では、同じ陣形が八陣としてあったそうだが……三角の陣形、と言えば解りやすいか。そちらのチーム、手助けを頼む!
ユータ、申し訳ないが先頭を頼む。他にも盾を持つ者は前面へ!攻撃は無くて良い!盾で守るだけで充分な成果だ!後方中央に魔術師を配置する!中間層に、槍、弓兵!兵同士の距離は動けなくならない程度に詰めよ!
よし、行こう!無理に走らず、一丸となって前進するのだ!」
すぐ近くにいた冒険者の2グループをまとめ、あっという間にぼくの後ろに並んだ。ピラミッドみたいな並び方をしたのか?ぼくが先頭って……なんだよ、なんなんだよ、それ!
「チクショー!やってやらああー!いっくぞーー!」
「「「ああああ!」」」
なんかもう、我武者羅になって攻撃するしかないって思って前に進んだら、全員一緒に移動して来た。目の前に、サイクロプスっぽいヤツが居るけど……
「アクアランス!」
アリスが得意の魔術で、目玉を射抜いた。その後すぐに矢が飛んで、サイクロプスはよろめいた。
その脇から、犬っぽい何かに乗ったゴブリンが走って来たけど、矢が飛んだあと、槍や突剣が伸びて突き刺さる。
何匹か逃がしたけど、振り返って見れば、イヌ乗りゴブリンがぼく達の真後ろから攻撃しようとしたら、直ぐ近くの別の隊にやられたみたいだ。その中に一瞬、月狼の鎧が見えた。
「こ……これが…………?」
「何やってる!俺達が進まないと何もならないだろ!これは遊びじゃない、戦争なんだ!」
一瞬恐くなったけど、一緒に盾を構えてる奴が叫んだ。
そう、これは戦争なんだ……なんで、戦争なんかになってるんだよ?いつからだよ!やりたくねえ……!
徐々に進んで行きながら、ヴィンセントがスフィアとか遺体を押し流して、雑魚もデカいのも関係なく大量にいる魔物を押し返していく。
たまに見たことがあるアーティファクトが投げ込まれて、魔物の動きを止めているから、リリーもいつの間にか加わっていたのかも知れない。
そこにアリスが広範囲を攻撃する魔術を打って、殲滅しきれなかった魔物がぼくたちの所に来る。そこに矢が飛んで、槍が突き出される。数も減って、傷も多くなっているから、何とかすぐに倒せているけど、ぼくはずっと盾を持ったままだ。
少しづつ確実に進んで行くと、あちこちに生き残っている人達が隠れていたり、走り回って逃げていたりする。
その人達を助けていくのは、ヴィンセント達の仕事みたいだ。ぼくたち前面にいる人員は、残っている人の為に壁になり続ける方がいいらしい。
「ナンで……何でだヨ、オヤジ……!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。その方向を見ると、ツナギを着た女の人が、足元に倒れている首のない死体に何か言っている……どこかで見た事があるような気が……?
「そこのあなた、早くこちらへ!」
同じ隊の人がその人を助けようと腕を引くけど、離れたがらない。こういう人は結構多い……分からなくはないか、家族だったらって思うと……最悪だ。
周りを見回せば、家に蔦とかが絡んでいるのが分かる。いつの間にか、ガルベージのオヤジさんのところまで来ていたのか?
あのオッサン、大丈夫だろうな……って思っていたら、前から、まだぞろぞろ進んでくる魔物が居る。
一匹は……さっきちょっと見えた、火竜だ。
「あれはマズい!退くぞ!」
ヴィンセントじゃない誰かが言った声に、全員が後ろに下がり始めた。
動こうとしない女の人は、連れて行こうとした人と、手伝いに影移動したらしいミーシャが無理やり引き摺って、連れてきたみたいだ。
「火竜には構うな!今連れている救助対象を優先して撤退だ!そちらのチームは救助者を、我々があの魔物を抑えにかかる!」
ヴィンセントが、とんでもない事を言い出した。ぼくたちじゃ、どうしたって勝てない相手だって分かってるのか?
一緒に行動していた組も頷いて、そのまま後ろに下がって行った。残ったのは、ヴィンセント、ハル、アリス、リリー、ぼく、ミーシャの6人だ。火竜を倒すどころか、抑えるのも難しいんじゃないか?
「流石に、この状況は……それに、スフィアを止めないといつまで経っても……」
「うん……魔物が消えないよね……でも、どうにかしないと!」
勝つどころか、絶対逃げる事も出来ない気がする。そんな中で、なんで……?
「任せ給え。水があるならば、出来る事は多岐に渡る。それが水の精霊術師なのだ!」
叫んだヴィンセントは、左腕を上げて周囲にあった水を操ったらしい。
雑魚魔物は押し流して、火竜には濁流をぶつけつつ、霧のような物を纏わせている。
一瞬ブレスっぽいものが見えたけど、ほとんど広がらないまま消えた。
聞いた限りじゃ、あのブレスは数千度になるって言う。ヴァンは、4千度まで行くって言った事がある。それを消すのって、無理があると思ったんだけど……
「マナを撹乱させる霧だ。あの竜がブレスを吹けば吹くほど、周りを蠢く濁流が力を増す。放っておけば、勢いが弱くなっていくのだがね。あれだけで、多少なり動きを抑えられよう」
火竜が地面から離れようとしていないからできるような方法だと思う。これなら少しは抑えられるかもしれない……けど、ずっとじゃない。
「せやけど、周りの魔物は全部倒せとる訳やないんや!それにまだ増えとる!すぐに戻る方がええで!」
話している間にも、通りの向こうからぞろぞろと近づいてくる魔物が増えるのが分かる。その間も攻撃を返しているけど、全然終わりが見えなくて精神的にきつい。
押し寄せる魔物の数が、もう何百になったのか分からないし、アリスやヴィンセントが放った魔術でどれだけ倒したのかも、押し返したのかも分からない。
「ねー!コッチ大変!」
珍しく慌てたハルの声が聞こえるけど、眼を離せないままのぼく達は何が起きたのか、分からない。
「なんだよ、こっちもヤバいんだよ!」
反射的に叫んだら、直ぐに答えが帰ってきた。
「退路が塞がれて、囲まれたんだよ!押し流しても、どうにもならないくらいにいる!」
屋根の上に上ったミーシャが、街を眺めて報告したみたいだ。
そのミーシャがちょっと目に入ると、ハルピュイアが後ろから迫ってきていて、攻撃されそうになったところでギリギリ逃げたところが見えた。
「……退路が……?しかし、未だ火竜が……」
流石のヴィンセントも、狼狽えて顔を青くしている。それこそ、もう覚悟した方がいいのかも知れない。
敵を押し退けて一歩退いたら、全員が集まっている場所の周囲が、魔物ばかりになっていた事にようやくぼくも気づく。
「極光の護盾……」
アリスがヴァンに教わった甲羅結界を使った。彼女の作った結界は、ぼくたち全員を包むように展開されたけど、もう完全に敵に囲まれて逃げられない。
究極の障壁なんて言い方していたけど、どんな究極でも、守っている人のチカラが切れたら意味がない。
「どうすればいいのか、分からないよ……」
いつの間にかいたミーシャも結界の中で焦って呟く……独りで影移動で逃げられたんじゃないのか?なんで戻って来たんだよ……?逃げたいのはぼくもだけど。
「確か、これは通過不可となる結界だったな……こちらからの物理的な攻撃は、意味がないと」
「うん……遠隔発生魔術なら、どうにかなるけど……媒介魔術も使えないし、射出型の魔術も通らないんだよね……」
「……王女様の時は、知らなくて攻撃しちゃったからなー……アレ、意味がないって分かって恥ずかしかったんだよ」
「何をのんきに話してるんだよう!どうやって突破すればいいのか考えてくれってえー!」
全員焦りがない訳じゃないだろうけど、ゆったりと話している。そんな時間はないのに。
ヴィンセントとアリスぐらいしか今は応戦できないって事だし、その2人も魔術を結構使ったからマナが枯渇しかけてるのかも知れない。
その間にも、大量に居る魔物の群れが結界の周りに集まって、割ろうと暴れている。その魔物の後ろで、ヴィンセントの技を破った火竜が暇を持て余しているようにこっちを眺めて、上空でハルピュイアとワイバーンが円を描いて飛んでいる。
「申し訳ない……手立てはもう……」
ヴィンセントの声で、全員が項垂れる。
「嫌にゃんだよ……死ぬわけにはいかないよ、だって」
「どうにもならんやないか!何を言うても、この群れをどうにかせな……」
「もー、やめてー!」
最悪の状況に、仲のいいはずの2人も喧嘩し始めた。ぼくたちの事を見捨てられなくて戻ったミーシャも、道具頼りのリリーも、絶望気味だ。
その脇で、結界を維持する事に集中してるアリスと、濁流でどうにか押し流そうとするヴィンセント。
でも、その頑張りも意味無いように感じる。
魔物の数が多過ぎて、押し流し切れないし、ただの濁流だから倒せない。竜のカタチの攻撃にするのは、結構な集中力とマナの消費をするらしい。集中が切れると全部が水の泡になるって言うから、少し楽な濁流を使うとか言っていた。
でも、これで倒せないなら、今使っても意味がない気がする。
「……もう、無理だよ……」
ぼくは自分の置かれた状況に、体が震えだすのを止められない。
ぼく達も強くなって、雑魚一匹くらいは、何ともなくなった。
でも、数百、数千になると意味が全然違う。協力して戦っても、多すぎて勝てる気がしない。
サイクロプスだって、1匹倒すのに1チーム欲しい相手だ。少なくとも、ぼく独りじゃな勝てる訳がない。
火竜とかは、もう話になるはずがない。普通の奴らで戦えるのは、準備して攻撃する準備ができた、大隊なんて言う数百人レベルの兵隊。
「ヴァンが……それかエリナさんがここにいたら……あ?」
居たら勝てる人の名前を呟いて、今更だけど、思い出した。今日、自分達が何をしようとしていたのかを。
同時に、聞こえてきた。酒焼けしたような声が。
「サンダーストーム!」
激しい明滅が、ぼくたちの周りを包む。
周囲を取り囲んでいた魔物の軍勢、何匹かは知らないけど、数千くらいになると思う群れが、その落雷の直撃を受けて、一撃で炭になる。更に落雷を受けて、灰に、塵に、芥に……
キイタコト アッタケド ヤリスギダ マジデ シロメ
ヤリスギなカミナリ、やっときた。
その落雷が治まった後、声の方に顔を向けようとして、背筋が凍る。
まだスフィアが光っていて、そこからぞろぞろと魔物が溢れてくるんだから、当たり前だろ。
安心したと思った直後に、絶望がまだ近づいてくるんだから……
「何故……あの存在が?魔国の極一部にしか、居ない筈だ……」
ヴィンセントは、その中でも最悪中の最悪を見つけて漏らした。
その視線の先には、首が3つどころか、8つに分かれた犬がいる。体は、20mくらいはあると思うけど。
「8個ならいいんじゃないか?年取るごとに首と魔力、増えるんだよな?」
「……うん……最高は、48個首があったって……でも、身体的な強さは、10個がピーク……」
ケルベロスのそんな特徴、どうでもいい。どうせ、ぼくには勝てない。
うん、ぼくには。
「ハッ!」
一声の掛け声と一緒に、上空から白金の刃が降ってきて、首8個をまとめて切り落とした。
聞いた話じゃ、ケルベロスの首はまとめて一度に落とさないと再生するとか。泡立って生える訳じゃないらしいけど。
切り落とされた首が転がって、胴が倒れる頃には、その刃を持ってる人は街を縦横無尽に走って、血に濡れた巨大な剣を振り始めていた。
何が起きたか分からなそうな顔の魔物が、真っ2つになったまま宙を舞っている。
「あんた達、大丈夫ぅ?……ユータァ、なぁにやってんのよぉ」
なんかのんびりした雰囲気で、周囲に雷を適当に打ち込みながら、いい加減なやり方で、魔物の群れを消滅させているエリナさんが、道の向こう側から歩いてくる。
「……た、助かったあー!やっぱりぼく達で火竜とか、倒せるわけないよう……」
思った事を口に出したら、足の力が一気に抜ける。何とか我慢したけど、一瞬漏れそうだった。
「えぇっ!?何ぃ?あんた……」
状況は話さなくても分かってるだろうけど、何かに混乱してるエリナさんは、ぼくたちの反応に驚いてるみたいだ。
ヴィンセントも震える手でぼくの肩を掴んでるし、アリスも崩れて、結界が揺れてる。残り3人は、抱き合ってる。さっきまで喧嘩してたのに。
「ビビりの癖に、いっちょ前に戦線に出てきたのぉ?随分度胸ついたのねぇ……一番に逃げ出すと思ってたわぁ」
「何かと思ったら、そんな事かよう!状況考えて喋れよう!」
この人は、本当にぼくを何だと思ってるんだろう?
精霊のボヤキ
フギャー!カミナリコワいー!
――いや、あの魔術もう終わって……――
誰かが抱き着いてるんだよ!怖いんだよ!
――いや、仲間……――
暗い怖いカミナリ嫌いフギャー!
――おーい、落ち着けー……――




