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3話 逆鱗

前回:――古代竜(エンシェントドラゴン)、それはカッコつけのニンゲンです――

「そうか、弔いに……それは悪い事をした」

 謝罪する姿勢を見せているハネカザリだが、直前まで散々オオカミを煽り、攻撃的な姿勢を彼らは表していた。激昂した彼と会話するのが難しいのは分かるが、最初から意味無く敵対していたのは確かに、古龍種(エンシェントドラゴン)の方だ。


 結果、戦闘になる寸前で、オオカミが彼ら全員を、氷漬けにしたのだ。流石に彼らも弱くはないので、いつもの氷像では簡単に破られる為に、呪術を併用して作った特別性だ。


 拘束した状態で話してみれば、理解した雰囲気を醸し出すが、

「あ゛?見りゃ判んだろ!そこに並んでんのは何だよ、ヴォイ!!」

 火に油を注ぐ結果しか見えない。


 遺体を整理していて邪魔をした形になるのだ。彼からしたら分からない方がおかしい。形が変わっているとは言え、そうと分からない状態でもないのだから。オオカミ自身の後ろに並んでいる遺体を見て、相手は何も加味せず勝手に攻撃だの侵入だのと騒いでいれば、真面な神経を持っているように見えなくて当然だ。

 相手はと言うと、里の傍の山が蒸発し、異変を感じて見に来てみれば一族の1人が襲われていたのだ。だから、そこまで見えていないのはおかしくはないとも言える。実際に見えてないと言う事も無いのだが。


「しかし……」

「テメエラのテリトリーってのは分かってんだよ!そこに一族が滞在してんのに、全滅してんのはどういう意味か分かるよなあ!


 テメエラ、何殺してくれてんだ、ゴルアア!」


――……言いがかり……――

(うん、知ってる)


 言い訳をしようとするハネカザリに言いがかりを返したオオカミに呆れると、あっさりとした心の声が聞こえる。怒りに満ちているのも事実だが、精神は思いの外落ち着いているようだ。探りを入れる為にやっているのだろうか?と、思案する精霊。


「待て!我々が殺した訳では……」

「テリトリーに入ったら襲うんだろうが、お前らは!そこにテント張っているって事は……!」

「彼らは断りを入れに来た!だから……」

「だから、見殺しにした……いや、加担したのかああ!?」

「ち、違う!」

 中身が落ち着いているとは到底思えない怒りを、ハネカザリにぶつけている。彼の言わんとする事も判るのだが、途中が飛んでいるし結論が極端だ。


「じゃあ、何で侵入した襲撃者に襲い掛からねえんだ!フェンリルと組んで撃退できたかもしれないだろうがあ!」

「それは確かにそうだが……しかし、我々が悪い訳では」

「この殺人鬼どもがああ!見殺しにして、悪くねえなんて開き直ってんじゃねえええ!」


 流石に反論が上手くできず、相手も追い込まれている。そもそもこの樹海全体が彼らの縄張りであり、その地に滞在はおろか、入る事すら断りを入れる必要があるというのが、彼らの風習である。

 これは、この国に住むなら大体の者は知っている話だ。その地で滞在する者が襲撃されるなら、つまり彼らの地に侵入したのだから、彼らは風習通りなら襲撃者に攻撃しないのはおかしいと言う事になる。

 そもそも、一部説明をすっ飛ばしているオオカミの話に食い下がる辺りで、一族が襲撃されている事を知っていると、自分達で証明してしまっている。当人は、気付いていないようだが。

 どちらもこれまでフェンリルの一族が襲撃されたと言う言葉を、全く使っていない。その筈なのに、「見殺しにした」「加担した」と言う言葉に、「知らない」ではなく、「違う」と言っている。嘘は無いが、彼らも知っていたと言う事だ。


「テメエラもフェンリルを襲撃するのに加担したんだな!してねえ訳ねえよな!したって言え、ゴルアア!」

 とはいえ、これは言い過ぎで、やり過ぎだ。その上で、氷漬けになっている彼らに対し、拳を振り続けている。このままでは埒が明かないだろう。


「ほら……そこまでにしときなさいってぇ」

「なっ!……どこから?!」

「アン?イフリータ、なんで出てきてんだよ」

 あまり顕現したくはないのだが、そうも言っていられない。その為に、幼女の姿で彼の後ろに現れて肩に手を置き、動きを止める。


 それに、やりたい事もある。オオカミの記憶にあった、ケーサツの取り調べの方法だ。彼を抑え、話を聞こうと精霊は考える。

 きつい性格と穏やかな性格、それぞれいたら取り調べしやすいとかなんとか、くらいにしか、精霊には記憶にはないが。やってみたい、彼女の顕現の理由は、実はそれだけ。


「あんたが暴走するからでしょぉ?落ち着かなきゃ、聴ける話も聴けないじゃないのぉ?」

「人殺しが何話してもしょうがねえだろうがあ!」

「待てと言っている!我々は殺してなど……!」

 何とか諭そうとするものの、完全に逆上しているオオカミの言葉に僅かにでも潔白を示そうとするハネカザリ。それが彼を逆撫でしている事に、いい加減気付いてもいいのだが、全く理解している様子もない。

「ならなんで死んでんだああ!テメエラが見殺しにしたか、加担したかのどちらかだろうが!

 そうじゃなきゃ、テメエラの一族がコロがってねえのは何故だ!テメエラのテリトリーで俺の一族が死んだまま放置されているのは、ナンなんだよ、ゴラア!」

「……」

「黙ってんじゃねええ!」

 蹴り上げようとした足を受け止め、視線をハネカザリに移す。相手は目を合わせようとしないが。


「話して貰えないかなぁ?全部聞けば、彼も落ち着くんだけど?」

 それでも、ハネカザリは黙ったままだ。このままでは何も聞けないかもしれない。


「ああ、黙ったままならいい。わざわざ人質を自分で用意してくれたんだ。1人づつ腹をさばいて……」

 オオカミは辛抱ならなくなったようだ。サーベルを引き抜き、他の鱗塗れの者へ近寄る。その者達は、驚愕に目を見開き、絶望を受け入れず放心し震えている。


「待て!分かった、話すから……」

「なら最初から言えええ!」

 突然話す気になったハネカザリに対し、彼のストレートが叫びと共に打ち込まれた。動きが早すぎて、今度はイフリータも止められなかった。


 同時に『ミシリ』と、軋むような音が、空間に響いた。何の音かは分からないが、オオカミが音を出したようである。しかし当人の体には、特に何か影響があったようでは無い。骨が軋んだ音ともどこか違う。そもそも身体ではなく、存在から聞こえたような、そんなおかしな音だ。

 当人は全くそんな様子は無いが。


「ほら……脅すだけならともかく、このままじゃ話せなくなっちゃうでしょ……ぼろ雑巾みたいにしてもしょうがないじゃない」

 彼を羽交い絞めにして抑えつつ、軽い牽制を打つ。

 実際に12人を魔術で抑え込み、尋問しているこの状況だ。先程武器を持っていた姿勢から考えても、こいつらが全員相手になったところでオオカミの相手にはならないだろう。彼らは従来の身体機能ばかりに頼っているような構えだった。技能は特に無さそうに感じた。力任せな戦い方なのだろう。

 素人張りの攻撃方法でしかないなら、優れているとは言えない。素人でも強い者は強いが、それは型に嵌った戦い方をする事が無いが故だ。流派も何も無いオオカミもまた、型に嵌る戦い方をしない為、ほぼ同じ条件となる。


 実力で明確に差がついている。それを理解しているのかいないのか、彼の一族は……

「お前、俺達を殺す気か!同じ事、自分がされたらどう思うのか……!」

 訳分からない事を口走って、またオオカミの逆鱗を逆なでしている。先の勘違いしていたバカセガレだ。その声にオオカミは精霊の腕を振り切るが、攻撃する気は無いらしい。……今は。


「そのまま返すよ、ヴォイ!」

「そのまま返すって、馬鹿かよ、おま……」

 馬鹿にする姿勢を取ったが、オオカミの行動を見て止まった。


「馬鹿はテメエだろ!

 知ってるか?こいつは俺の弟だ。オ・ト・ウ・ト・だ!意味、分かるか?ほら、内臓だぞ?俺の弟の、内臓。Do You Understand!?」


 激昂している彼は、さっき腕にしていた弟の体を掴み、自身の弟の死に顔を眼前に近づけた後、内臓を相手の顔につける。当然セガレは、

「ちょ……やめろ、きたねヴェッ……」

 分かりやすく嫌がる。家族が纏めて惨殺された後に、家族が虐められたらどう思うかなんて言われたところで、何を理解しろというのか。


 まして、彼らは弔うでも、共闘するでもなく、放置し続けたのだ。一族の肉をついばむ鳥に激情を表した彼が、今更それを言われて、どう思うとかはない。その遺体を前にして、石ころのように無視していれば、激昂するのは理解できないはずも無いのだから。

 だがなぜか、彼らはそうまでして何かから目を逸らそうとしている。


 更に怒りを煽る態度を示した相手に、拳を打ち据えるオオカミ。

「キタねえって何だ、ゴルアア!それならテメエの臓物、今から腹捌いて出して食わせてやろうか!あ゛あ゛あ゛?!」


「待て、君の感情は分かった!全て話すから許してくれ!お前ももうやめなさい!」

「……分かるでしょぉ?家族があんなになって、落ち着いてなんていられないんだって……下手な事言ったら、本当にアンタたちが蒸発するからねぇ……」

 凶暴な状態のオオカミに、ハネカザリも遅ればせながら理解に至る。それで全てが丸く収まるならいいが、さっきのセガレの発言もあるので、釘を刺しておく。


「だから……そんなきたねえもん……バガッ」

「テメエの腹にも詰まってんだろうが、ヴォケエ!」

 ハネカザリの気持ちはセガレには全く理解されていないらしく、そのまま顎を蹴り上げられ、舌を噛んだらしく悶絶し始めた。


「でぇ……いい加減話して欲しいんだけど……ヴァン、やり過ぎないでねぇ」

 呆れつつもオオカミを放っておき、セガレの相手をさせつつ、自分は情報入手を優先する。彼が狙っている訳では無いとしても、必要な事だ。


「それなんだが……我々も襲撃が突然で、何ができるでも無かったのだ。そのまま、どうなったかは分からぬが、近づく事を禁じた。一族全員にだ。なぜかは分かるだろう?

 以降、今日に至るまでここに近づいた者は居ない筈だ。襲撃者の姿も知らぬし、手も貸していない。恐らくだが、生き残りが居たとして、誰も彼の一族の行方を知らないだろう。

 これで知っている事が全部なんだ。許してはくれぬか?」


 ハネカザリの証言に、呆れる精霊。ここまでの茶番は、一体何だったのか?これでは何も情報が無いのと変わらない。それにこの程度で、分かれと言われても分かるはずも無い。


「あ?だから俺の一族が死んでも関係ないし、放置するってのか?こいつは精霊で、俺は精霊術師だ。テメエが知らなくても、全員が知らねえとは限らねえ。全員、尋問するぞ」

「なっ……話が違う!」

「あ?約束すらしてねえんだけど、どうして話が通った事になってんだ?」

 話を聞いていたらしいオオカミは、ボロボロにされているセガレを放り出してハネカザリに詰め寄り、他の一族に目を向ける。


 ここまで成り行きを見守っていた者達は、自分に狂人の眼が向かっている為に、全員揃って首を振る。見ていないって事で、良いのかも知れない。

 それなら、彼を止める理由に……


誰も知る訳ねーだろ(俺は知ってるけどよ)。教えて貰えなくて残念だったな!」

 ならなかった。


 サーベルを引き抜いた彼に代わり、セガレの腹に拳を叩きつける。今は幼女の状態だから、彼の呪術付き氷像結界ごと殴っても、大したことない。

 ほんのちょっと、すい臓を破壊してあげるだけだ。死にはしない、まだ。どうせ、オオカミもカイフク出来る。どっちの意味になるかは、知らないが。


「ゴメンねぇ……アタシもちょっとカチンと来ちゃったからさぁ……嘘は駄目でしょ、嘘は」

 嘘は許さない精霊である。誰であっても、それは変わらない。


 嘘だけでなく悪感情を持てば持つほど、人は瘴気に塗れる。それが進めば、魔物化するとこもあるだろう。

 当人達は気付いていないが、基本的に魔物になる人間は、悪感情ばかり持っているものだ。それ以外にも、瘴気を発する理由はあるのだが。


 なお、この辺りの事は、オオカミはおろか、精霊自身も知らない事だ。自覚もない。どういう訳か、特定の調理をすると魔物の持つマナでも美味しくなる為、精霊もそうとは思っていないし、想像すらしていないのだが。


「だっ!……だから、知らねえ(教えねえ)って……ゲェ!」

 ほんのちょっと力を入れて、肝臓辺りを殴っただけだが、

「潰れたカエルのような声が聞こえる。潰れたのは肝臓のはずなんだけど……胃も逝った?ゴメンネェ」

 氷の臓が割れて吹き飛び、血反吐を吐きながら地面を転がるセガレに、誠意のない謝罪を返す。ここまでのやり取りに、いい加減辟易していたのだ。あまりにも知的な会話からほど遠い。ついでに氷が割れた事で多少呪いがセガレに掛かったが、致命傷になる事はないから問題では無いだろう。


「なっ……何だ、あの巨大幼女は!一体……」

「だから精霊だっての。嘘は見抜ける。それで嘘を吐いたんだから……あいつ、死んだな」

 精霊の出現の時から、異様な大きさの幼女と認識していた彼らも、いい加減精霊をも警戒し始める。

 最初から怖れを持っていたのだが、拳1つ軽く当てるだけで、内臓を容易に破壊できるとなれば、冗談では済まされない。暴れる様子もなかったから目を逸らしていたのだが、この2人が相手となると彼らも万全だとしても辛くなるだろう。


「な……何なのだ、お前達は、一体……?」

「ヴァン・カ・フェンリル、焔の銀狼、12英雄だの13神族だの、色々自己紹介できるけど……」

「そんな大仰な自己紹介いらないでしょぉ……自分達だって、名乗ってないんだから。滞在するフェンリルの一族の1人に対して、自分達の掟を破って()()()としてきたんだしねぇ」

「待て!そんな事は……」

「「じゃあ、なんでこうなってんだ、お゛お゛?」」


 コンプレックスに触れられて、オオカミと一緒にハネカザリを脅しにかかる精霊。

 まして、オオカミが弄る場合は、愛情や尊敬のような念を持っていた為、大きいと言われてもどこか悪くは感じなかったのだが、彼らは巨大である事に恐怖や嫌悪を抱いている。

 この辺りは、精霊の逆鱗だ。


――――――――――――――――――――


「申し訳なかった……我々の掟すら破っておきながら、君の事を疑っていた……こちらも一族を守る事に精一杯だったのだ……セガレに案内もさせるし、弔いも手伝わせていただく……だから……」

「要らねえ。もう、記憶を抽出した。破裂した内臓も、縫合は済んでるから問題はねえはずだ」

 一族の戦士全員がぼろ雑巾のようにされて、ようやく誠意らしい態度を現したハネカザリに、オオカミは切り捨てるように言い放つ。


 あの後、散々言う必要の無い言葉を言い続け、激昂した自分達に油を注ぎ続けたのだ。その罰なのか、切り落としたバカセガレの脚は、縫合はおろか治療する気も見せない。

 もっとも、他の鱗塗れ共に煽られて暴れた精霊が文句を言う立場にはいないのだが。


 まして、

「てめえら、これ以上やっドヴェ!」

「ああ、古龍種(エンシェントドラゴン)は、国民として認められていないんだったよなあ?だから、殺しても殺人にならないんだよなあ。それで一族がキレて攻撃してくるって言うけど……」

 セガレは未だに納得できず、結果オオカミにまた蹴り上げられた上に、残っていた脚も斬り落とされた。更に炎の竜が現れて他の者を睨むから、誰も反撃のしようが無くなっている。


 この樹海は国内のはずなのだが、ここだけは手を付けられない場所として存在している。その原因は、法を無視して行動する彼ら古龍種(エンシェントドラゴン)自身なのだ。

 何かある度に王国側と揉め、半ば無理矢理に自治区としての権利を手に入れた。そして断り無く入る侵入者には、必然以上に攻撃する。そんな経緯で、スラム紛いの地となっている。住む者は、彼らだけだが。

 王家も安易に殺戮をしたい訳でないらしく、あえて手を出さなければ、彼らも行動に移さない。睨み合いが続くにしても、お互いに距離を保てば、何も無いのだ。言い換えれば、この領域に王国の法は届かない。

 つまり、所謂無法地帯だ。どんな事をしても、罰せられない。


「待ってくれ!頼むから……」

「ハイハイ、何度も繰り返さない。そもそも、セガレやアンタの発言が元でしょぉ?こっちの狙いも何も、一族の遺体が転がっているのに、あんたらに関係ない事くらい分からないのかなぁ?」

 最初から見える場所にあったのだ。途中、セガレがオオカミの弟の遺骸を押し付けられている様を見て、ようやくその存在に気付いたかのようにしていたのだが。


「普通、あれだけ遺体があれば気付くでしょぉ?襲撃にも気付いていたんだし……」

 窘めるようにハネカザリに説教してみれば、様子が変わる。


「しかし……あの者の持つ雰囲気が、我々の足を止めたのだ!儂には覚えがある、間違いない!


 あれは、神の力を覚醒した、神の一族だ!」


 精霊は彼の反応に、違和感を得る。自身が見たことがある訳では無いが、聖霊王が語る上での知識なら、その存在が現れる事は稀。

 しかし、一度現れれば世界が引っくり返る程の影響を与えるという。


 文字通り、世界の法則を、容易に書き換えるのだそうだ。それが、神たる所以。それを行えるのが、13神族。1つの血筋は途絶えたのだが。


「だから何だってんだ?悪いが、この地に墓石を置かせてもらうぞ。拒否するなら……」

 その一族の彼からしたら、あまりにどうでもいい事らしい。普段から狩りさえできればいいと謳う彼だ。らしいと言えばらしい。もう少し、興味を持っていいとも思うが。


「わかっ……分かり申した。そちらのしたいようにしていただいて構わない……だから……」

「じゃあ、ごちゃごちゃ言うのもやめて、さっさと帰ってくれねえか?邪魔なんだよ」

「否、弔いを……」

 存在が邪魔に思うらしい彼らを、オオカミは拒絶するが、退き下がれないハネカザリ。それでも、未だ彼の怒りは収まっていない。治める気も無いのだろう。


「見殺しにしたって、どういう事か分かるか?手を組んでいなくても、協力していた事に変わりはしないんだよ。

 テメエラ、最強の一族を自称しているらしいじゃねえか。それが脅威に対してはすごすご退き下がって、独りに対して多数で襲撃する奴らの言う事か?

 そう言うのが、卑怯な弱者と呼ばれるべき存在なんだよ!」

「……」


 自身のした事を理由にプライドを踏みにじられ、否定したくともできずに顔を歪めるハネカザリ。

 オオカミからすれば、見殺しは殺人への加担でしかない。そのつもりが無いなら、弔いくらいしても良いと言う事だ。全てが終わってからでも、状況を確認して、弔っていれば、もっと穏便に済まされていたはずなのだ。

 それをせず、戦いもしないが故に、卑怯者と呼ばれている。


 そんなハネカザリが呆然と見る前で、オオカミは一族の遺体を揃え、

「母さん……」

 小さく呟いて、腕輪を引き抜くオオカミ。その形見を収納し、立ち上がる。その腕輪は、意味があるという話は聞いた事がある。今はあまり構っていられる事では無いが。


 そして、手を合わせて呟き始める。それは、祈りではない。詠唱だ。


「我は望む それは鎮魂の棺 我が声に伴い 精霊は詠え」


 この詠唱に、精霊は違和感を覚える。彼のよくやる詠唱でもなければ、精霊の知る鎮魂の詠唱でもない。彼の狙いは分かるが……


「火が見守る棺は久遠の静寂に包まれる 之を犯す者は永劫の炎に包まれる これに祈る者は永遠の至福に包まれる 時が経てどもそれは変わらぬ」


 詠唱を続けるオオカミに、ひび割れの音と共にまた違和感が走る。漏れ出すマナの性質が、精霊の知る物と違う。

 また、そのマナを感じ取ったらしいハネカザリ達が、震えだす。何を理由としているのかは知らないが。


「この詠唱を終えると同時に世界の理を組み替え、未来永劫守り続けよ……」

 術式の種別や術式名を結びとするのが、詠唱の法則。しかし、結びを作らずに彼の詠唱は発現した。


「これは……?」

 イフリータは驚愕する。精霊の手を借りずに、大規模な術式が行使され始めたのだ。


 通常なら魔術の形式が成り立っていないはずだが、それが通ってしまっている。


 隕石の分解物から引き抜かれた石が形を変え、石櫃となって彼の親族を覆い、地中より抜き出された石材が、四角い台座と成る。

 その台座の上に、柵と石碑、盃が同じ素材で作られる。材質は、恐らく大理石。この辺りには無いはずの石材だ。

 そして、盃に焔が灯る。燃える物も無く、穏やかにマナを燃やす火は、異様な圧力を周囲に与える。


 何かに恐怖している鱗塗れ、もとい古龍種(エンシェントドラゴン)を他所に、精霊は顕現を解除し、彼の額に戻る。幾ばくかの疑問を持ちながら。

――……あんた、今の詠唱……どうやったの?――

(あん?やりたいと思ったら、何となく頭に浮かんだんだよ。分からないけど、マナを練る事も計算する必要もない感じだった……よく考えれば、意味が分からねえな)

 疑問は彼も気づいたが、今は細かい事を考える時間はない。


「おい、テメエの見た、北西側の獣人3人、確かにフェンリルなんだよな?」

 疑問は記憶の隅に置くとして、今はすべき事に集中する。セガレには、未だに彼は怒りを持っているらしく、足を斬り落とされたそのセガレを睨み、凄む。


「ああ!?なんでてめ」

「やめろ!答えるんだ、あの方に!でなければ……」

 急に態度が豹変したハネカザリに一喝され、苦虫を噛むセガレは頷き、渋々といった体で従う。


「……ああ、4日前の夜に、なんか泣きながら走ってったよ。内2人は、テメエみたいなアホに生える毛があった。それがどうした」

「おい!倅が申し訳在りません……どうか、命ばかりは……」

 偶然か、彼の自虐とも取れる精霊の住処の『アホ毛』を口走るセガレに、慌てて不自然が極まったハネカザリ。しかし、必要な事を全て終えたオオカミはようやく満足を覚えたらしい。


「意味わかんねえし、どうでもいい。元々、そっちが攻撃の姿勢を見せなきゃ、こっちだって攻撃しようとは思わなかったんだ。懲りたってんなら、侵入したからって誰にでも槍を向けるな。

 そもそも、テメエラは最初からニンゲンじゃねえんだ。ニンゲンがニンゲンたる所以ってのは、『社会に生きてこそ』なんだ。国の持つ社会から逃げて引き籠っているなら、野生動物や飼い犬みたいな状態なんだよ。

 ……まあ、テメエラは元々古龍なんて名乗ってんだ。知性ある動物たるニンゲンに昇華出来てねえって、自覚あったんだろ?

 何より、アホ毛があったってのは、重要な情報だ。ありがとよ」


 背を向けて、オオカミは一族と別れる。邪魔が入った為に落ち着いた別れができず、苛立ってはいるが、しかし足を止めていられない。ここへ来る時と同じだ。


――無駄な時間食ったねぇ……――

「ああ、だが必要な事が解った。独りであいつらの痕跡を探していたら、いつまで経っても見つからなかったかもしれないしな。ある意味幸運だ」

 様々な感情が彼の中に渦巻きながら、再度森の中を駆けだした姿を見て、再度精霊は違和感を感じる。空間、否、彼の存在自体に、ひびが入ったように感じたのだ。


――……――

 今は彼に伝えはしないが、全てが終わった時に確認しよう。精霊はそう考え、違和感を放置する事とした。


精霊のボヤキ

――しかしホント、アタシの事なんだと思ってるのやら!――

 巨体であるのは間違いないじゃないか。

――だから、デカいのが嫌なんだって!……ああ……小さくなれたら……――

 俺はデカいの羨ましいよ。力学的エネルギーなんかも、絶対的に強くなる。そこに技術が乗れば……

――そういう話じゃないんだけど……?――

 顕現イフリータさんの筋肉も羨ましい……

――こら……――

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