8話 カリナ・エインズワース
前回:――百キロの荷物を持ち帰る幼女……あたしの仲間だった!?――
家に帰ってきて、久しぶりの家族との食事。
やっぱりお母さんの料理は、おいしくない。本人も分かっているみたいだけど、料理が得意じゃないんだよね。ヴァンに何度か、料理の仕方を習っていたけど、それでも彼には全く敵わない。
何て言うか……異次元?勝ち負けの問題じゃないし、なんか、愛嬌のある所だから、キライじゃないんだけど。
何より、懐かしく感じる。
「へー……じゃあ、その猫の獣人と付き合うように画策してるんだ」
「うん……そうなんだけど……なんでかな、いつもかわされちゃうんだよね。2人っきりで何かをしたのって、王女様の護衛をした時の、料理の時くらいで……」
「護衛!?王女の護衛をしたのか!凄いな、アリス!」
お父さんは、全然違うところで反応した。話したいのは、そこじゃないんだけど。
「うん……ヴァンに仕事が割り振られて……なぜか、ワタシ達も一緒に……」
「それで、王女様とお近づきになれたのか?凄いな、それは」
「そうね……でも、アリスの性格じゃ、殆ど話しできなかったんじゃない?出しゃばる性格でも無いんだし」
「……」
2人は、まだ気づいていないと思ってるみたい。でも、帰ってきた、一番の理由が、これなんだから……聞かなきゃ、って思うんだけど……聞いていいのかな?
「どうした、アリス。急に黙って」
「え……あの……えっと……」
「何か言いたい事があるなら、はっきり言っていいのよ。ほら、言ってやりなさい。
お父さんクサいって」
「ちょっと待って、それは今言う事じゃないだろ?くっついてる訳でも無いんだし……」
「でもあなた、最近加齢臭酷いの気づいてる?離れてても少し漂ってくるのよ?」
「え、ええー?」
言いづらくて、言葉を濁していたら、2人はじゃれ合い始めた。やっぱり、仲が良い。幸せなんだろうな……。
少し前の、アンデッドが湧いてきた時は、放っておいたらここまで魔物が来ていたかもしれないって話があった。だから今は、何も無くてほっとしている。
ヴァンの魔術の影響も、この村の近くまで届いていて、森の中に不自然に、ファイアウィードが咲いていたから不思議だったって、2人も首を傾げていたみたい。
理由を話したけど、やっぱり不思議なのは変わらなかったらしい。
「でも、半年もしない内に随分な経験をしたんだな……人生の間で、そんなに短い期間に色々あるっていう事も、そうそうないだろうな」
「そうね……でも、若い内に経験をしておくのって、すごく大事でしょ?私達だってそうだったじゃない」
言うなら、ここかな……言った方が、いいよね?……言わない方が、いいのかな?
「あー……貴族として、学園に行ってた頃とか……騎士を目指している訳でも無いのに、剣の修練とか、面倒臭かっただけなんだけどなー……怖い思いをすると、真面目にやっておけばよかったって、思った事あるよ」
予想外に、珍しく自分から貴族時代の事を話に上げてきた。やっぱり、話すならここ……
「真面目にやっていなかった自分が悪いんでしょ?自業自得」
「あちゃー……騎士以上に、母さんは厳しいな……」
「あの……」
言って、いいのかな?今まで言わないでいたのって、触れないで欲しいからとか、そんな気持ちがあったからじゃ?ワタシの事を想ったとか……それなのに聞いて、嫌な思いをさせたら……?
「何?さっきから……鳴き方を忘れた鳥みたいになっちゃって」
「ハハハ……鳥が鳴き方を忘れちゃ、世話ないな。鳴き方、お父さんが教えてやろうか?」
「そんな事したら、本気で泣きだすでしょ?やめてください」
「その……2人は……どんな学園生活していたの?」
結局、どう聞こうか、聞いていいのか、迷っちゃって、これしか聞けなかった。
「あー……昔の事、話した事無かったっけ?」
「学園生活、話したくないもんね。だって、お父さん虐められてたんでしょ?」
「え?」
予想とは違った話になった。それはそれで、聞いていいのか戸惑う。
「いや、イジメられていたんじゃあなくてさ、イジられる事で笑いをとってたんだよ。そうしたら、まあ、なんだ……」
「許嫁から離れて、可愛い子と結婚できるって思ってたんでしょ?残念でした。あれを見て笑ってるのは男子だけで、女子はドン引きだったんだから」
お母さんも、充分綺麗だと思うんだけど。むしろ、いい出会いだったんじゃないかな?
「でも、実際に男子には絶大な人気だったんだからな!あの学年で、セドリックと言えば爆笑と言われるくらい……」
「裸になって、背中叩かれたり、踊り出したりしてたんでしょ?変人、変態、変質者って、女子の間で嫌悪の対象だったんだから」
「キビシー……」
……お母さん、そんな人と駆け落ちしたの?それはそれで、予想外だったんだけど。
「ほら、裸踊りって聞いて、アリスも絶句しちゃったじゃない」
お母さん、そうだけど、そうじゃない。
「いや、そんな人と結婚したお母さんにじゃないか?」
お父さん、そうなんだけど、聞きたいのはそこじゃない。
「えっと……」
「裸踊りするお父さんでしょ。今からは想像つかないじゃない」
「お母さんだって、負けず劣らずでしょ。一緒になったんだから」
そうだけど、聞きたい事って、そこじゃなくて、一緒になった理由であって……でも、これも、一緒になった理由?……あれ?
……どうしよう?何を聞けばいいのか、余計分からなくなってきた。
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結局あの後、聞きたい事は聞けないまま、話は流れちゃった。
学友や、先生の話を少しして、王都がどんな場所か、その人達が、今はどうしているのか。一通り話した後に、ワタシの生活の話に戻っちゃった。
この家にはお風呂が無いから、濡らした布で体を拭く。明日川に行って、水浴びした方が良いのかもしれない。
「アリス……ちょっといい?」
「うん……何?」
この家は小さい。だから、ヴィンセントさんの屋敷みたいに、何個も部屋がある訳じゃない。と言うよりも、部屋は1つで、一角に間仕切りを置いて、部屋のようにしているだけ。
だから、声はよく聞こえるし、覗こうとしたらすぐに覗ける。家族だけだから、気にする事は何も無いけど。
「さっき、アリスが鳴けない鳥になった理由、もしかしたらって思ったんだけど……聞いちゃった?」
「……うん。詩になっているって、聞いた」
全部は言わなくてもいいのかな?……少なくとも、少し前のアンデッド発生の事で、実家の方が酷い事になったみたいだけど……そう言えば、お父さんの実家なのかな?どっちだろう?
「あっちゃー……聞いちゃったか……そっかー……あの子には、口止めしていたんだけど……」
「……あの子って、ヴァン?」
「他に知っていそうな人って、居ると思う?」
確かに居そうにない……ユータは、話して貰えそうにない。けど、ヴァンは知らない風だったし、嘘を吐いてそうにも思えない。先入観で、ごまかされたのかな?
「あー……でも、狩りをした後、肉の解体中だっけ?興奮していて、あまり聞いてなかったかもね。あの子、肉好きだから……」
……有り得る。というか、それ以外無さそう。狩りの時は、他のどんな事であっても、興味を無くすから。
「色々あったからさ……始めはね、さっき言った通り、お父さんって、ちょっと……うん、チョーっとだけ、気持ち悪いって思ってたんだよね」
やっぱり、そういう評価だったんだ。お父さんって、たまに頼りになると思うけど。
普段はこれと言って目立たないというか、地味と言うか……その地味なところ、ワタシは似ちゃったみたい。
「でも……森で遭難した時にさ……足挫いた私を担いでくれてね……体力ないくせに、フラフラになりながらだよ?
情けないなーって思いながら……でもなんか、その一生懸命な姿に、ちょっとキュンってしちゃったんだよね……」
この辺りは、ちょっと解らない。情けないとしても、凄く頑張ってるなら、やっぱり頼れるって思えると思うけど……ユータはこの辺見習った方が良いのかな?すぐ音を上げるから。
「いつもふざけてばっかりの癖に、追い込まれた時にはなんか、カッコよく見えちゃって……そしたら、その後ずっと彼の事しか見えなくなっちゃってね。
どうしてだろう……気づいたら、2人で一緒に国外逃亡してた。きっと、違う国に行けば幸せになれるんだって……根拠なんて、何も無いのに」
……色々飛んじゃった気がする。聞きたいところ、その間にもあったんだけど。
「それで、違う国に行った時に、匿ってくれたエルフさんが居たんだけどね……その人が今の仕事を紹介してくれたの。植物と動物に造詣が深いなら、調査員として仕事しないか、ってさ」
ここは、ヴァンの予想と同じ。もしかしたら、本当は覚えていたんじゃないかな?
「それで、アリスが産まれてっから、なんか故郷に帰った方が、なんとなくいいんじゃないかって、2人とも、どちらともなく切り出してね……生まれて間もないアリスを連れて、戻って来たの」
戻ってきた理由、何となくなんだ……深い理由とか、無いんだ……?ワタシを家族に見せたかったとか、そんな理由だと思ってた。意外。
「それで、戻ってくる時にも、国外逃亡の手引きしてくれたエルフさんの仲間のお爺さんが一緒に来てくれてね……ついでに、アリスの名前を、そのお爺さんが付けてくれたんだよ」
ついでなんだ……ちゃんと考えたんじゃないんだ……それはそれで、ショック……
「エルフさん達の手助けもあって、家族と会っても嫌な雰囲気にならなくてね……貴族には戻れなくなったけど、許してくれたんだ……たまに、アリスに会いに来てたんだよ、私の家族」
「え?」
それは、初めて聞いた。誰も会っていないって話だったと思うけど。
「お忍びでね。旅人に扮して、毎回姿を変えて来てたんだよ。その為に、専属の魔術師を雇ったらしいんだよね……やり過ぎでしょ?
いくら、エインズワース領の跡取りにできるかもしれないからって、本人は村娘の積りで育ってたんだし」
「その……エインズワースって……」
よくよくどっちの家か、聞いた事が無かったけど、どっちの実家なんだろう?
「ああ、お母さんの実家だよ。ほら……侯爵だとか何だか大仰な爵位を名乗ってる、偉そうな奴らの1つ。
父さん……おじいちゃんは、絶対に許すもんかって、怒鳴ったんだけどね。残りのみんなは、アリスの事、凄く大事そうに抱いてたんだよ。
因みに、お父さんの実家の方も、お忍びで会いに来てたよ。会うって言うより、馬車から遠目に見るって感じだったけどね。
お家柄問題に関わらないように、みんな私達を追い出す事にしたんだけどね。本当は、一緒に居たかったみたい。お父さん以外はね」
ちょっと、ここも聞いていた話と違う。皆が陰で大泣きしたって話だけど……見てないからなのかな?
「だから……機会があったら、会ってみてもいいのかもね。冒険者の今なら、後継者になんて、選ばれる事は無いし」
……ずっとつっかえていた、胸の痛みがあった。自分じゃ解消できない、分かりにくい感情……でも、この言葉で確信を持てた。
「あの……お母さん、ごめんなさい」
「なんでアリスが謝るの?むしろ隠してたお母さん達が……」
違う、そうじゃない。西の都では、もう有名になっている。お母さん達が知らないのは、ここが流通の少ない農村だから。
エリナさん達も、今は滞在していない。
ヴァンも、最近ここに立ち寄ってないって言っていた。
吟遊詩人だって、殆ど立ち寄らない。
だから、あの事を知らない。
「違う、違うの……」
涙が溢れて止まらない。どうして、会った事のない人の為に泣けるだろう?
心のどこかで、きっと違う人なんじゃないかって、そう願っていた。侯爵家のエインズワースっていう人達は、他にいなかったのに。
「アリス……?どうしたの、いきなり泣いて……」
なけない鳥になっていたのは、事実だった。別の人だと、信じていた……
……違う……信じたかった。だから……あの時も……事件の後も、よく分からないままだった。泣いていいのかも、泣くべきかも分からなかった。
「もう……あえないの……」
震えて泣くワタシを、お母さんは後ろから抱きしめてくれた。それでも、胸を締め付ける痛みは、消えない。
「会えないって、誰に?怖がらなくても、お爺ちゃんだって……」
「違う……怖いんじゃなくて……
居ないの……みんな……いなくなっちゃったの……」
アンデッドパニック事件。その被害の総数、推定4万人。
内、貴族の血筋、分家含め、74名。
クルーゼン家の生き残り、1名。お家再興の可能性は絶望的。
エインズワース家、0名。事実上、御取り潰し。
詳しく話した方がいいのか、話してはいけないのか。何も分からない。
両家の葬儀は、国の手により既に終わっていて、お別れの言葉も、もう届かないかもしれない。
「いないって……どういうこと?アリス……?」
抱いていてくれたお母さんの手が、少し震え、冷たくなり始めた。
精霊のボヤキ
――なんで幼女の親って、料理下手なの?――
料理下手って、俺はいないと思うんだ。
――なんでよ?――
塩加減や調味料の取り違えって、下手じゃなくてうっかりだろ?味見すれば分かるんだし。その手の問題以外、下手になる要素、無いと思う。つまり……
――抜けた性格……――




