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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
500年式典パレード
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3話 家族の団欒

前回:――貴族は言う、野党を狩ろう……ヤメテタベナイデオネガイ――

 帰省した夜の食事の時間まで、母様の姿は無かった。その事に違和感を感じなかったかと言われれば、嘘になる。

 自然を愛し、街を愛し、人を愛する彼女が、散歩をして話し込む事はよくある。しかし、だからと言っていつまでも屋敷にいないと言う事は無かった。


「母様、一体どうなされたのです!?」

 だからこそ、晩餐の折に現れた、車いすに乗る彼女の姿には驚かされた。

 屋敷に届く頼りには、特に何事も無いと書かれていたのだが……


「気にするほどじゃ御座いません。ただちょっと、散歩(死霊事件)の時に足を挫いて(商人に襲われて)しまったのです」


 彼女は心配させまいと嘘を吐く癖があるのは知っていたが、何があったのかを問い質そうなどとした事など一度として無かった。

 故に今までは、何があったのかを知る事ができなくて歯痒かった経験は、幾度もある。今や、問い質したり、探ったりする必要すらなくなったのだが。


「……アンデッドパニックと呼ばれるあの事件で、何があったのです?今や私は精霊術師。嘘は罷り通りません」

「まぁ……」

 父や兄だけでなく、従者達からも、話が通っていなかったのだろうか?しかし、それは問題ではない。


「貴方が精霊術師……これは喜ばしい。先だっての功績にしても、誇らしかったというのに……」

 それでも彼女は、決して話したい訳ではない様子。歯痒くて声を荒げそうになったが、父が手で制する。


「何、アンデッドが現れたと聞いて、慌てふためいた商人が走り出す時にぶつかり、運悪く骨折してしまったというだけだ。

 医師による診断でも、命にも体にも、別状は無いという。彼女の事を責める程でも無いだろう」

「御免なさいね。誰かが悪いという言い方は、申し訳無くて、どうにもできないですから……」


 穏やかにも過ぎる彼女の性格は、ただ損するばかりだ。

 これで子爵領の娘として生きてきたのだから、尚更若い頃には苦しかったに違いない。今やその損は、父の手によって、目に見えない利益へと変わっているのだが。

 彼女は領民に愛されすぎている。そうなる様に、父が謀をしたのだそうだ。父はどこかしら無愛想だからこそ、彼女の存在は大きく、領民に対する顔となっている。

 優しい顔と領民の為の策、この2つが相まって、暮らしやすい領と呼ばれるに至るのだ。勿論、その2人の間に愛がある故、意味があるのだが。


「しかし……」

「責める訳にも行くまい。何しろ、その商人にとっての生家が、魔物の集団に襲われていたというのだ。

 それを宥めようとした結果、縺れて怪我をした。だが、相手も陳謝して来たし、蒸し返すほどではない」


 多少なり思うところがあるのか、険しい顔の父だが、責める気は無いらしい。勿論、事が治まっているのであれば、私も怒りに任せて不遜な行動をしようなど考えない。納得もしきれないが、やむを得まい。


「……事が治まっているのであれば、これ以上は何も言いませんが……そんな事より、御身体は……?」

「今はもう、痛みもなく回復も順調。そろそろ歩けるだろうと思うのですが、私がそう言っても父さんやヒューゴは、安静の1点張りで未だに車いすなのです」


 心配する心を他所に、彼女は複雑そうな笑みを返す。父と兄の心は、彼女にとっては、嬉しくも厄介な存在なのであろう。散歩が好きだからこそ、歩けないのは負担なのやも知れない。


「それで、2人は聞いたそうですけど……あなたが経験した冒険譚、私にもお聞かせ願えますか?中々に波乱に満ちた生活だったとは聞きましたが」

 父を責める様に横目で見る彼女は、仲間外れにされた事に拗ねているのだろうか?それには父も、視線を受けていない兄も目を逸らす。


「そうですね……それは食事をしながら、話すとしましょうか」

「ええ。貴方達が帰ってきたと聞いて、リリアも随分と料理に精を出したそうですよ。

 少し奮発して、生の海鮮や魔牛などを仕入れたそうです」


 1年も前であれば、貴族とてそう易々と食すことのできない食材に、心躍る事もあっただろう。

 しかし、今やそれも事情が変わっている。偽る訳にも行かないが、余計な事を言うのは控えよう。

――なんで?毎日食べてたじゃない――

 仮に一般人であれば、肉を食べるという行為は、それだけでかなり生活を圧迫する程の贅沢なのだ。

 一般に流通する肉は、然程多くはない。その多くは無い品物を、貴族が買い占めてしまいかねないのだ。


 ノーザンハルスでは、ヴァン殿が狩りで多くの肉を得て、更に食物連鎖の頂点たるガルーダさえ狙い、食してしまうのだから、流通に乗る肉は多かった。

 更なる後押しとして、王家の作った養鶏場などの影響が大きく存在する。故に、一般家庭にも手の届きやすい状態になったのだ。


 しかし、普通は肉など食せる機会は、多くはない。小麦で作った料理や、野菜の方がはるかに多いのだ。通常の家庭ならば、食卓に肉が乗るなど、祝い事でもない限り、あまりできはしない。


 ギルドの屋台で、魔牛を格安で売るとヴァン殿が言っていたが、パンを売る値段より安く、最高級品を売るのだから、馬鹿げていると言われそうだ。自身で得た獲物だからこそ、損する事は無いのだが。


 なんやかんやで、彼の存在が意外な程に大きいのだ。

――まー……肉ばっかりだったしね、彼の料理――


「生の海鮮ですか……内陸だというのに、珍しいですね。良く手に入りましたね」

――そこを攻めるんだ――

 彼は肉ばかりで、魚にはあまり目を向けなかったのでね。やり易いのだ。


「そうなんです。冷凍アーティファクトが増えて、流通しやすくなったそうですよ。

 それでも、貝などは早々生で流通させる事ができないのだそうですけどね……海の街で食べた、ペスカトーレでしたか?あれも良かったですね。独創的でありながら体に沁みる味わいでした。

 機会があるなら、また味わいたいですね」

「ああ……材料があるなら、作れたのですが……」

 思いに耽る母の言葉に、つい相槌を打って、自分の失態に気付いた。貴族は料理はしないのだ。


「お前……作り方が分かるのか?冒険者というのは、その様な事もするのか?」

「え……ええ。簡単なものですが、銀狼によって、仕事に赴いた際に遭難し、食料が無い状況になっても生き残る為に、様々な知識と技術を欲するものでして。

 最低限の材料と、少しの岩塩さえあれば、充分な調理をするだけの方法を覚えてきました」


 下手に貴族のままであれば、ここで料理するなど言語道断、と言われる所だ。幸い、私は今や貴族とは扱われないのだが。

 それを理解して、2人も責めようなどとは考えなかったらしい。

 1年前であれば、確実に責められていただろうが。


「成程、貴族のままでいてもらっては困るなどと言う、ギルドの考えは、この様な事を由来としているのか」

 多少私が思ったこととは、着眼点がズレていると思うのだが、納得しているらしい父は、何か感慨深そうな顔をして頷いている。


「あらあら……本当にもう、貴族らしくない生活に慣れてしまったのですね。それでは、今度あなたの作る料理も堪能させてもらっても宜しいですか?」

「ええ……機会があるなら、いずれ」

 食事の皿が運ばれている様を見ながら、母は私に何かを含みつつも、期待したような視線を送る。少し気恥しいのだが、それも良いだろう。


「それで、あの街に着いてから、どんな経験をしたのかから、話して貰えますか?食事にも、話にも、期待が膨らんで、私、もう辛抱なりません」

 胸に手を当てて喜色に満ちた笑みを浮かべる母に、安堵する。やはり彼女には、この笑みがよく似合う。


「ええ……ですが、始めから中々壮絶でしたよ。残酷な事件が起きたのですから」

 首を傾げる母と違い、既に知っている父と兄は、少し顔を蒼くする。

 それから話し始めた内容に、母もまた驚き、笑い、時として涙を流した。


――――――――――――――――――――


「……成程。屍竜(アンデッドドラゴン)までが相手となったのですか」

「ええ。相手取ったのは私ではありませんでしたが、戦った仲間のお陰で、退ける事に成功しました。

 銀狼に教えられた技術を元に、それぞれの持つ力を合わせた結果です」

――あれ、偶然じゃなかった?一歩間違えば、大参事かも知れないって言われたでしょ――

 そうだとしても、結果は良い方へ向かったのだ。悪い方へ考えるべきではない。


「軍勢を物ともしない化け物を、よくぞ少数で退けるに至った。これもまた、誇るべき功績じゃないか」

「ヒューゴ、言う事は分かりますが、罷り間違えば彼の命が無かったのです。功績よりも、命の方が大事でしょう」

 食事を終え、口を拭く母は兄をたしなめる。誇らしげな顔をしていた兄も、ばつが悪そうだ。決して彼に悪気があった訳でも無いのだが。


「しかし、功績もそうだが、命を救う行為も行っていたのだ。尊い行為だろう」

「それは……確かにそうです。善い行いをしましたね。できるなら、危険な行いをしては欲しくないのですが……」

 父は母に反論するものの、やはり腑に落ちない様子だ。彼女は冒険者になる事を、最も嫌っていた。騎士は嫌悪感を表さなかったのだが。


「騎士になっていたとして、危険がある事は変わらなかったでしょう。何より、功績はどちらであっても、立てられたのです」

「そうですね……騎士の方が誇らしいと考えていましたが……下らない拘りに囚われた騎士も少なくはありません。彼らに邪魔され、市勢に下った、かの聖騎士の様な者も居りますし、必ず上手く行った保証も無いでしょうね。

 ……ところで、先程小耳に挟んだのですが、貴方がこの領に巣食う盗賊の討伐に名乗り出たと言うのは、真でしょうか?あまり感心しないのですが……」


 やはり、彼女とは冒険者の辺りでまだ、しこりが残るようである。だからと言って、舌戦を繰り広げようなどとは、考えていないのだろう。

 それでも、これより行う事には、事と次第に因っては許さない心算りなのだろう。強い眼差しを向けて来た。


「それについては、ご安心下さい。私自身が危険に晒される可能性は、先ず無いかと思います。

 代わりに、多くの人手を必要とするのですが、その方々についても、必ずしも危険がある訳でも無いのです。


 既に策は立ててあります。その策についても、誰かが被害を被る可能性は無く、狩りにアンデッドがいた場合には、誰かが戦うまでもなく排除をすることができる方法です」


「その策について、詳しく教えて貰えますか?本当に危険が無いのなら、私もこれ以上は言いませんが……」

 強い眼差しに、私は彼女を納得させるべき言葉を紡ぐ。そして、私の答えに、詳細を彼女は望んだ。


 故に私は語る。己が謀る、その作戦の全貌を。


「……そんな事が可能なのですか?何より、そんな方法で、必ず野盗を……」

「捕まえられるでしょう。我々は今や、精霊の魔術とエルフの魔術を知り、あまり一般的でもない儀式魔術をも扱えるようになりました。

 1年で知った全ての技術を以ってすれば、必ずや成功するのです」

「とてもそんな風には思えないが……しかし成程、この方法であれば、野盗を炙り出せるのか……」


 予想外だったのだろう、私の語る方法で、家族は納得したようだ。

 既に策の為に、ハルに領軍の元に赴いてもらい、準備を始めている。

 何分、兵の中には彼女の父に体術を教えられた者も多く居る。顔を知る為に、話も通りやすいはずだ。策謀の内容を聞けば、それだけで我々を信じる者も多いはずである。

 彼女の父が長年積み上げてきた信頼が、何よりもの後ろ楯なのだ。


「作戦は明後日の宵明けに始める心算です。策略通りに進めば、誰一人怪我する事無く、野盗を一網打尽にできるかも知れません」

「1年の間に、随分な成長をしたものだ。まるで、獲物を前にした()()のようだ」


 兄は3大魔獣を例えに出し、私に畏敬の念を訴える。勿論、嫌味ではない。純粋に誇らしい感情なのだろう。


 しかし、それは当然なのだ。彼と共に居て、私にも多少なり、その癖が移ったのだろう。


「ええ。明後日の日の出と共に、始まるのですよ。狩りがね」

 私は()を真似て、肩を竦めて、嗤った。


精霊のボヤキ

――なんで魚は好きじゃないの?――

 嫌いじゃないよ?ただ、肉は至宝だから。

――野菜は?――

 肉を引き立てる、いい存在だよね。

――麦は?――

 糖質は効率良く体動かすのにいい。以上。

――考えてること、イマイチ分からない――

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