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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
500年式典パレード
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10章 プロローグ

前回:――空飛ぶペンギンに嫌われた――

 青い空。白い雲。

 石レンガの街に、ごった返す人々。

 いつもなら人通りが疎らな道だったとしても、今はかなりの数で溢れかえっている。今、俺の目の前は異常と言えるくらいの人数が横切っている。匂いに釣られて目を向ける奴も、多数。

 今は無き銀座のホコ天やら、旅行で行った8月の京都、ハロウィンの渋谷のような人通りだ。街道がすし詰め状態で、そこにずらり、所狭しと、屋台が並んでいる。


 その屋台の1つが、俺に割り振られた場所。大通りから程近い場所柄、ヒトがよく通る。どこぞの田舎なんかにある大きな寺社仏閣の祭りとか、年始の参道も、こんな感じだよな。

 よくやるもんだ、ニンゲンは。


「ほら、そこのあんた!魔牛テールの煮込み、食わなきゃ損するよお!ほっぺどころか体全身が溶けて、スライムに転生するくらいうんまいから!」

――いや、何に生まれ変わってんのよ。掛け声考えなさいって――

「ああ?魔牛って、べらぼうに高い……銅貨50で一杯?小鉢で出すとか……」

「この特大どんぶり見て、それを言うか?俺の手作りだ。その辺のスープ皿なんかの3杯分はあるぞ?」

「おいおい……赤字じゃねえのかよ、これ」

 と思うだろうけど、実は原材料費ゼロ。


 今回は全力出して、20匹の魔牛を狩り獲ってきたのだ。

 あとはその辺に生えてるハーブと、拾ってきた岩塩、投網で獲った魚から作った魚醤、狩りの途中で掘ってきた食べられる根菜。当然毒無し。

 入手に時間はかかったが、その分旨味が多いどころの話じゃない。ウマいところしかない。利益率100%。代わりに疲労感半端ない。バンザイ。


「気にすんねぇ!そんな心構えじゃ、この祭りを楽しめねぇぜ、旦那?」

――アンタ、いつからそんな口調になったの?――

 てやんでぃ、イフリータ嬢!べらぼう言ってんじゃねぇ!幻術でわざわざ化かしてんだから、気にすんねぇ!

――ハイハイ……――


「ぅっ……これは……」

 銀貨を握り締めている子供が見ている前で、買うかどうか迷う俺の客。決めるなら決めろ。漢なら即決以外の選択はない。迷うようなナヨナヨした女々しい事はするものじゃない。


「おじさーん、マギュー串ちょーだい!」

「あいよ!25ベルな!まいどありい!」


 横から割りいった子供が、シレっと銀貨を渡してくる。もう随分魔牛串は売れている。食べやすいんだから、しょうがない。

 おつりと一緒に、串を手渡してやる。ちょっと大きい串だ。子供には多すぎたか?

――そもそも、なんで商売してるのよ、狩人?――

 そりゃ、食うまでが狩りですし。なら、売る過程も狩りだ。

――絶対違う!――


 精霊さんの叫びはともかく、俺が商売をしているのは単純な理由だ。街一斉にお祭り雰囲気を出している今日この日に、店を出せば儲かると言うだけの事だ。

 それが、今回ギルドから与えられた仕事。


 ブルラント王国において、これと言った休日は存在しない。年間を通して、ほんの少しの祝日があり、その日だけが休みになる。

 常識の操り人形である日本人と違って、週末だからと言って休まない。だから、週末は銀行が開いていないなどの、サービス精神ゴミカスなシステムは存在しない。休みたい時に休みを入れる、シフト制がこの世界の常識。

 因みに、週休の話を師匠にしたら、「非効率的で意味がない社会システム」とすら言われたくらいだ。だが、俺はそうは思わない。


 ヒトが休む時、休日。

 それこそが、本当の商売人の働く日。

 休日に働きたがらない奴は、死ぬまで商売の基礎のキを理解できない。

 儲ける事が商売の目的。そして財布の緩む祭りがあるなら、店を出さない奴は商売人ではない。1番儲かる日なのだから。


 まして、今日から1週間は、怒涛の金貨(ゴールド)ラッシュ。一世一代の商戦だ。


 何しろ、この国が成立してから500周年という、建国記念式典があるのだから。


――まぁ……式典があるのって王都のはずだけど、これだけ人が居ればねぇ――

 バカめ、王女のおわす街であれば、祭り騒ぎにならないはずがない!当の王女は、王城の方に行っちゃうけど。オーノー、ザンネン。

――棒読みで嘘は言わなくていいから――


「くっ!何だ、これは!今まで食った肉料理と、全然違うじゃねぇか!」

「おいおい、そんな客引きみてえな事言って騒いでねぇで、どいてくんねぇ。後がつっかえんだよ、畜生が!」

――口調……――


 幻覚でオオカミだと気付いていない小市民は、俺の渡した極上テール煮込みに声を震ふる足を震わせ、ちょっとだけちびらせている。

 そいつの反応のせいか、一気に人垣ができてしまった。肉のストック、足りるだろうか?


「おい、こっちにもくれ!」

「こっちもだ!2杯!」

「ねー、マギューっておいしー?」

「高いから、普段は食べられないからね……ここは安いから、ちょっとづつ皆で分けようね」

「「わーっ!」」


――なんか騒がしいね……こういうの、キライじゃなかった?――

 商売ならウェルカム。プライベートは勘弁してね。ともあれ、御涙頂戴的な発言もあるが、それで差別とかはしない。商売に上も下もない。正規の値段を頂く。


「おっと、坊主のスープにちょっと余計なもんが入っちまった……まあ、いいか。持ってけ泥棒!」

「ドロボーじゃないやい!」

 ほんのちょっと肉が余計に入ったくらい、気にするもんじゃない。正規の分量?俺の目分量だ。今は忙しいんだ。狙った訳じゃない。

――言い訳はいいって。分かったから――


 瞬く間に用意していた、肉の串と煮込みが無くなっていく。安めの串と人気のモツ煮、タンやテールのシチュー。バゲット付きだから、よく売れる。

 昼飯前だが、朝飯を食わない奴らもいるのだ。贅沢でお安いブランチってなら、買わなきゃ損だ。


 匂いと人だかりのせいで、更にヒトが並ぼうとする。やはり、今日は年に一度の祝日だから、財布の紐がユルユルなんだろう。そのままヒトが掃ける事なく、肉が掃けてしまった。やはり、肉は至宝と言う事だ。

――それにしても、ギルドもよくやるよね……普段こんな事しないのに――


「はい!今日は終わり!悪いねぇ、また明日くっから!」

「「「えええーーー!!」」」


 高級肉をこんな激安価格で売っていいなんて、ギルドも思い切った判断をしたものだ。

 まあこんな価格、俺以外にできるとしたら、同じように魔牛狩りしている一団くらいだろうけど。因みに、そいつらは街の反対側で売っている。距離がかなり離れているから、利益を食い合う事はまず無い。素晴らしい。


 屋台から肉が消えたのを見て、客になるかも知れなかったヒト達がぞろぞろと離れていく。ああ、やっぱりもうちょっと狩り獲って準備しておくべきだったか。

 屋敷にはストックがあるが、この調子じゃ後3日で消え去る。まだ昼前だが、牛5頭分は売った。売れすぎじゃねえ?もっと準備すべきだったか。


――それに対して、反対側の屋台は客来ないねぇ――

 ギルドの仲間の、2つの屋台が俺の向かいにはあるが、彼らは儲けを考えているとは思えない。1人はエヴァさんだが、いわゆるポーションが並んでいる。

――アレ、ユーシャが勘違いしまくってた奴だよね?――

 そりゃ、ゲームの影響で水薬を飲んだら傷が消えたり、無くなった腕が生えたり、毒と名前がつくものは一本で何でも消えたりするなんて、現実を無視した妄想中毒が当たり前になってたんですし。

 下手したら、原料が草1種だ。どこの誰が、薬剤師レベルの仕事を、草1本で行えると思えるのやら?不可能に決まっている。と言うより、それなら抽出しないで、草をもしゃもしゃすれば充分じゃねえか。


 実際には、複数の薬草を混ぜたり、乾燥させたり、何かに浸したり、蒸留したりする。治す対象も、毒1つとっても、ありえないほど種類がある。

――ユーシャはあんたが有り得ないって叫んでたんだっけ?――

 だが、ヘビとハチで例えた途端に悶絶したんだよな。


 ハチ毒はいわゆるアナフィラキシーショックなど。大雑把に言えば、小麦アレルギーや花粉症と同じ。花粉症以外は、死ぬ可能性もある。常識だ。もしハチ毒を治せる毒消しがあるなら、食品アレルギーも花粉症も無くなる。バンザイ。

 対して、ヘビ毒は神経毒など。治すのは草じゃなくて、ヘビの血から作られる血清。場合によっては、ヘビに噛まれまくって自分の血を血清にするという方法もあるくらいだ。どこの暗殺者だって話だが、ヘビマニアにいるらしい。ウソくさい。

 更には、致死毒などもある。そうなってくれば、分かりやすい。

 ヒ素にもトリカブトにも、ヘビ毒や蜂毒、世界最強のボツリヌス菌の毒にまで聞く草汁なんて、ある訳がない。ゲームがそれをあるように見せていたのは、システム上の問題だからだ。所詮ゲーム。お遊び。なぜかユウタは理解できてなかったが。

 更に言えば、ボツリヌス毒は、熱を加えれば消えるらしい。それに毒消し薬?笑える。


 エヴァさんが売っているのは、大衆向けとは言え、ゲームじみた『毒消し薬っぽい何か』じゃなく、『だいたいこんな毒に効く薬』だ。それでも100種類はあるのだが。

――毒抜きなんて、変な方法とは違うけどね――

 師匠がやっていたのは、生命希還を利用した、体に異常を与える物質を分離し、小さい結晶にして体外に排出させる方法。

 指先とかに毒を集中させて、そこに針を刺したら、青とか緑とか白とかの血が出てくるってだけの事だ。

 だから、毒抜き。解毒じゃない。気を緩めればまた毒に侵される。ただ、どの毒にも効果ある。手遅れじゃなければ。


 余談はいいとして、エヴァさんの屋台の売れ行きは芳しくはない様子。ユウタ愛用の軟膏だけは、結構掃けているけど。

――隣の方が問題でしょ――


 エヴァさんの隣には、ロイがいる。剣以外は才能がない彼は、何をするのかと思えば、剣舞と書かれた板を置いて突っ立っている。

 たまに模造刀を振って踊っているが、誰も見ていない。何しろ、動きが気持ち悪いのだ。時代が時代なら、お笑い芸人として売り出せたのかもしれないが。

 2人が俺に軽く手を振るので、軽く手を上げて返し、屋台を畳む。


「……」

 畳んでいる最中、ちょっと汚らしい服を着た子供がこちらを、指を咥えてみている。何だろうか、と問うのは野暮だろう。


「何だ、肉買いに来たのか?」

 聞いてみれば、無言でうなずく子供。凡そ、スラムの子供がコッソリ壁を越えてきたのだろう。


「悪いな。売り切れちまったから、これしかねぇ」

 商品として出す気の無かったガルーダの干し肉を出して、その子の手に握らせる。突然の事に驚き、狼狽えているが、そんなのは知ったこっちゃない。


「そりゃ、俺のおやつだ。おめえにくれてやるよ。数日は悪くならねぇから、ゆっくり噛んで楽しみな」

 呆然とする子供を放っておき、屋台の片づけを改めて再開する。その内、その子供も居なくなった。


――もう帰るの?誰もいないのに――

 誰もじゃないだろ。あいつらは行く当てがなくて、屋敷に籠っているはずだ。何しろ、幻術が使えない獣人だからね。


 今、屋敷には誰もいない。奴隷獣人と1人以外は。


 マリアとリリーが、長期休暇の間に孤児院に戻ると言い出したのが発端だ。

 どうやら、ミーシャがいた事で融資を断っていた貴族が、なんやかんやで再度融資する気になったらしく、この式典の折に訪れるらしい。その歓待の為に、手を借りたいと言われたそうだ。


 流石の守銭奴も、自分以外の子供が生きる場所を守りたいらしい。尚、彼女は気付かれていないと思っているようだが、彼女が守銭奴になった理由の1つは、家を持つため、1つは、孤児院を守るためだそうだ。

 勿論、俺達がこの事を知っているのは、内緒だが。


 2人が居ないならと、ヴィンセントが故郷に帰省すると言い出した。あいつが帰るなら、連れの2人も当然一緒だ。彼らは昨日出発した。

 これで既に、5人が居なくなる。そうなると、ほとんどの仕事が受けられない、あるいは受けにくい状態になる。


 それならと、アリスも帰省する事にした。ヴィンセント達よりも近場である為に、出発は今日の夕方だそうだ。


 そして、意外な事にユウタにも用事がある。頼んだのはダントンだ。式典パレードの前日祭として行われる催しに出るのだそうだ。出るのはダントンで、ユウタは手伝いだが。あいつが手伝いで、大丈夫だろうか?


 行く当てのないのは、俺とミーシャの2人のみ。

 細かい事を言えば、俺には一族がいるが、無理して会おうとするまでもない。以前と違って、どこに居るのかは分かっているし、連絡手段もある。

 更に、俺にはギルドから仕事が割り振られた。ギルドが得た屋台の権利を預かったのだ。儲けは3割がギルド、残りは俺の懐だ。逆でもいいのだが。むしろ、無くても問題ないのだが。


「まあ、何であれ祭りなんだ。楽しまないとな」

 青い空を見上げて、小さく呟いた。少し前にあったアンデッドの大量発生の話はどこへやら。今、この街は明るい話題に満ち溢れている。


――2人っきりって事は、チャンスじゃない?今なら……――

「チャンスとかいらないから。俺は今の状態でも、充分幸せなんだ。多分ね」

 解体した屋台を収納しながら、精霊の目論見を蹴る。普通って、ものすごい幸せなんだ。チョットあり得ない金額を稼いでいる事と、必要以上の戦力を手に入れてしまった事以外は、俺は普通なんだ。

――普通なら、ここで手を伸ばして……――

「そしてジンクスに引っかかるんですね、分かります」

――……ハァ――


 まあ、それでも祭りなんだ。ちょっと羽を伸ばして、遊びに行くくらいはいいだろう。


 そんな事を考えていたら、胸のクリスタルが光った。家族からの連絡だ。

 最近、週1くらいの間隔で連絡が来る。仕事中だったら出られないが、今はいいだろう。

 近くの公園に移動し、クリスタルを握る。このクリスタルが、媒介になって通信できるらしい。


『ニイヤー!ボク元気ー!』

 通信を取ってみれば、突然ドアップで弟の顔が見え、健康状態の報告を受けた。

 携帯映像電話、便利だ。スマホとは何だったのか?便利クリスタル、万歳。これ、仕組みが分からないのが残念だ。


「そこは普通、相手に元気か聞いてから、僕元気って言うものだぞ?全く……」

『えー!なんでー!?』

『ニータ?ニータ?』

「ハイハイ、何でしょうか?」

――なんで子供に好かれる事多いのかなぁ?まぁ、いいけどねぇ――


 穏やかな光が包む中、俺は家族との連絡を楽しむ。

 今、王国中でそうやって楽しんでいるヒトが溢れかえっているのだ。誰だって、こうやって幸せを噛みしめていたい。できない奴もいるが、そういう奴にも救いはあっていい。


 どうせ、ヒトはいつかは死ぬのだ。決まりきった不幸は、不幸と呼ぶべきなのか否か、俺には判断がつかない。

 だが、少なくともその日までは、できる限り人生を楽しみたいものだ。


 式典による祝日ならぬ祝週、今日はその初日。数日後には、本番の式典に合わせたパレードが行われる。

 家族にも、その様子を見せたいものだ。


 見れなくても、どんな物かを話せるように、目に焼き付けておこう。弟たちの声を聴きながら、そう心に誓った。


 雲のない晴れた空は、どこまでも透き通っていて、光り輝いていた。


精霊のボヤキ

――ところで、なんで屋台を出す権利、ギルドが持ってんの?――

 そりゃ、出先にしかない品で、普通に売れない物とかもあるからね。例えば、天然ダンジョンの奥底にある華を使った栞とか。薬効も特性もない草でも、見た目綺麗なら、売れなくはない。ギルドが買い取ることは、まず無いけど。

――珍品狙い……売れるの?――

 微妙。

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