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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
精霊と日常の小曲
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19話 海底の戦場

前回:――ダイバースーツ着て海底でタコと戦闘、開始――

 結界が割れて海水に満たされる直前、俺は小さく言葉を発して体に氷を纏う。

 点火状態であれば、対抗できる方法なら幾らかはある。問題があるとしたら、海中では通常の詠唱が出来ない事か。

――そこはあたしらに任せなさいって――

 精霊術師万歳。殊更、ヴィンセントは強いだろう。


 吸盤付きの足が近づくが、その動きは突き刺さった雷撃付きの矢のせいで、緩慢としている上に、おかしな形で痙攣を起こしている。

 水中をほんの少し動くだけで、刻印の影響を受けて体の中を雷撃が走っているせいだろう。


 足の間を泳いで抜ければ、泳ぎがあまり得意でないせいかアリスとミーシャが出遅れて、捕まっているのが見えた。聖剣を抜いて伸ばし、足に突き刺す。

――んで、どうするんでぇ?――

 団扇みたいに広がれ。できるだろ。

――ああ、それでちょん切るのか。ハサミじゃねぇのか?――

 いいからやれ。

――アイアイ――


 俺の指示通り、剣の幅が異様に広がり団扇のような形になった辺りで、足が半分切れ、力が入らなくなったらしい。

 それでも吸盤の力は健在で、アリスは捕まったままなのだが、ミーシャを救出に来たマリアの剣が吸盤に刺さり、そのまま身を切り裂いた。

 特に指示出していなかったが、俺はともかくマリアも帯刀していて助かった形になる。


 直後、足を斬られたオクタンは痛みから身を捻り、脚を別の場所へと伸ばした。伸ばした脚は1本。それ以外は地面に張り付けている。

 その足は、ヴィンセントの方へと向いているのだが……


 直後、氷の刃が6本現れ、その足を斬った。


 切り落とすには至らないものの、痛手は与えられたらしい。一部は凍り付いているあたり、俺のアイスエッジを真似た作りのようだ。

――ほとんど同じだねぇ。細かいところはちょっと違うけど……やるじゃん、中位精霊――

 基本単一属性だから、得意じゃない氷の属性な訳だしな。

 ここまでは応戦は出来ている。誰も犠牲にはなっていない。最低でも、この状態で戦線離脱できることが理想だ。勝つ必要まではない。


 腕輪にもハンドサインにも、それらしい物は無いが、全員がオクタンの行動を意識しながら距離を離そうと行動している。

 その中を、いつぞやのスコルよろしく、体に渦を纏って海中を飛ぶように突き進むヴィンセント。なるほど、色々参考にした上で、先ずはモノマネと言う訳だ。成長するなら、モノマネは良い手段だ。


 オクタンはと言うと、取ろうとする獲物に逃げられた上に、痛手を与えられたのを、受け入れられないようだ。こちらの動きを注視しながら、どう食って掛かるか様子を窺っているらしい。そんな簡単に、隙を作る訳には行かないだろう。

 クロスボウの矢を、隙を見て装填していたらしいリリーが、動きを止めたオクタン目がけて攻撃を仕掛けた。その近くで、ハルとエイダが武器を構え、警戒している。反撃が来た場合に備えての事だろう。


 ヴィンセントに気を取られていたらしいオクタンは、それでも矢の存在に気付き足で払おうとした。

 それが間違いだったらしい。矢を弾いた足が、突然縛り付けられたように動きを止めた。

 オクタンは驚いて、初めて後退しようとしたらしいが、見えない糸にからめとられたように足が縛り上げられて、歪んでいる。

 束縛呪術だろう。呪術は普通、時間を使う物だから儀式魔術の応用だろうか?条件的には、儀式呪術と呼んだ方がいい物だ。大方エイダが仕込みを加えたのだろう。


 逃げられないオクタンの後ろ側から、ユウタが矢を放ち、決定的な痛手を与えに行った。それで倒せるなら苦労はしないのだが、当たる前からユウタはガッツポーズをしているのが見えた。


 好調だったのは、ここまでだ。

 そもそも、異様だった。攻撃されているのに、反撃が全くと言っていいほどなかったのだから。


 ユウタが放った矢は、水を切ってそのまま進み続けた。あるはずの胴体をすり抜けて。


 そして、それを確認した瞬間に全員が逃げればよかったのだが、呆気に取られてできない奴の方が多かった。


 ヒットを確信していたユウタはともかく、油断していなかったはずのエイダとハル、リリーの組も、どうにか逃げていたアリス、ミーシャ、マリアも、離れた上に海底から離れていたはずの俺も、全員が見えなくなっていた足に絡めとられた。

 俺の腕も締め付けられ、手から聖剣も落ちる。


 絡め取られてから、腕輪が光る。

『何これ!どこから来たのよ!』

――落ち着け……ってのは無理だよねぇ。精霊ですらほとんど分からない状態だったんだから――

 ほとんどって、ちょっと分かってたって事かよ?


『オクタンは幻術を使える。隠蔽技術もあるから、海底人種であっても被害者が出ることが多い。

 だが、これには欠点がある。幻覚と隠蔽は短時間だ。そして、隠してから少しの間、もう一度隠れる事は出来ない』

『つまり、どういう事?!ピンチなんだけど!』

『それはつまり、チャンスと言う事だ。少しの間、こいつは隠れられない。足が見えなくなることも無いから、足を振り切ればさっきのような、幻覚を使って襲うことが出来ないんだ』


 ほんの一瞬の間で、腕輪の字がぎらぎらと輝きながら変わっていくのを見ながら、全員が何かを考え、同時に迷っているらしい。

 だが、そんな時間はない。既に、危機に迫っている奴がいる。


 最初に捕まったユウタは、胴体の下に引き摺られて行っている。その先は、胴体の下にある嘴。


 つまり、捕食されると言う事だ。


 自分が危機に陥っている事に気付き、慌てて暴れているが、吸盤に吸い付かれて足に巻き付かれ、身動きが取れなくなっているユウタは為す術がない。

 いつも使っているスタンロッドは、恐らく足が邪魔して取り出せないのだろう。


 もがき苦しみながら、逃げようとするユウタは何かを叫んでいるが、その声は誰にも届かない。水中では音の響き方は変わるし、結界の影響からか、普通に話そうにも俺達の声は、自分の耳にすら届かないのだ。

 哀れにも為す術なく捕食されそうなユウタは、抵抗できないまま、胴体の下に向かう。


 それを止めようとする、渦が近づき、足の動きを翻弄し、海底に氷柱が出来上がる。その間にユウタを絡め取った足は嵌まり、動けなくなった。

 ヴィンセントは、体に纏った渦の影響もあり、捕まらなかったのだ。


――で、あんたはそろそろ動かないの?いつでも逃げれるでしょ――

 それを言うな。俺独りならアイスエッジとアサルトヘイル辺りでも使って牽制しながら暴れるし、アイスフィールドで奴ごと氷に包んで海面に持っていけるだろうけど、今は仲間も捕まっているんだ。

 巻き添えをする訳にもいかないし、暴れられても困るんだ。


 それに、まだ動けるヴィンセントが氷の刃を振り回し、体に脚にとダメージを与えている。決定打はやはり与えられていないが、意味なく泳いでいる訳じゃない。


 彼の泳いだ後は、彼のマナが軌跡となって尾を引いている。

 創天方陣詠描法だ。


 恐らく間違いなく、エイダ辺りから聞いていたのだろう。10の特殊技術の1つであり、教えていたからこそ、彼に伝わったのだ。そして、その動きの布石の為に、救助が多少なり遅れたのだろう。

 他の技法の1つとして教えていた、輪唱もある。エイダ辺りが今、追加刻印を打ち込んだりしているのではなかろうか?特に見えないが。

 ならば、彼の魔術に乗せて、もう1つ加えてやることも一興だ。

――ふぅん……今書いてる魔術は、海流を操る奴だから……――

 やるなら、アレだろ?

――……あぁ……真面目にやる気なの?……って、やるよね、絶対――

 分かってるじゃないか、流石相棒。


 魔術の刻印がほぼ完成したらしいが、同時にユウタを抑えていた氷塊が割れた。そろそろ頃合いだ。聖剣さん、さっきのヨロ。

――またかい――


 愚痴りながらも、俺の手から離れていた聖剣が海底から浮かび上がり、足に突き刺さり、そしてまた広がる。今度は胴体に近い根元からだ。

 そしてどういう訳か、オクタンの向かった目は、聖剣とは反対側にいたミーシャだ。今度はそっちを食べようと言うのだろうか?

 そう思っていたあたりでヴィンセントの魔術が発動する。海流が操られ、オクタンの胴体にぶつかり、体を揺らした。それだけならまだしも、氷塊が混じっていた為に肉を切り裂く。


 しかし、オクタンの意思も、早々揺るがない。体は揺れても、足はそのまま胴の下へと向かい、捕食する為に動かしている。

 阻止しようとしてヴィンセントが向かって海中を突き進むが、


 彼女の体は、嘴の間に消えて行った。


 咀嚼するように2度ほど動き、その動きもすぐ止まる。


 全員が絶句するように動きを止めてしまった。

 だが、そんな事をしていられる暇はない。次に食べようと、今度はマリアとリリーの絡め取っている脚を動かしている。

 追加の攻撃、行こうか。

――……あんたは落ち着き過ぎでしょ、猫ちゃんが……――

 行こうか。

――……ハイハイ。特殊精霊術式、牙皇・青龍――


 何とか動かせた俺の手によって書かれた魔方陣に、ヴィンセントの作っていた海流が吸われ、そして氷塊を纏った水の龍の形へと変わる。火砕龍を応用した、精霊魔術だ。


 超が付くほどに圧縮されて形を成した氷と水の龍は、淡く光を放ちながら改めて胴体、そして足へと向かい、激しい水流とその中を流れる氷塊によって、体を引きちぎられる。


 全員を掴んでいた足を引きちぎり暴れる水龍を見て、オクタンはとうとう奥の手を出した。


 イカスミならぬ、タコスミだ。


 辺りが一気に真っ暗になる。イカスミは自分の分身を作る為にある程度の粘度を持っているものだが、タコスミは無駄に水っぽい為に、辺り一面に煙幕として広がる。


 そして、それが奴の失策である事は、俺だけは気付いていた。


――……それで落ち着いていたのは分かるけどさぁ、ちょっとくらい――

 気付いていた。

――……もぅ、分かったから――

 そう、奴の嘴は、胴体の下にある。灯りは、海面から射している。そうでなくとも、嘴の中は暗くなっている。

 つまり、影になっている。


 そして僅かだが、嘴の中に、オクタン以外のマナの存在を感じ取った。そのマナの反応は、別の場所からも感じ取っていた。

 なら、答えは1つ。

 そこまで分かっているなら、慌てる方がアホだ。布石を打って、もしもに備えていたのだ。やるじゃん、闇の精霊。


 タコスミの中を、そのマナの感触がほんの少し流れ、その先で彼女が姿を現した。


 ミーシャがクロスボウを構え、オクタンの胴に向けてクロスボウを放ち、瞬く間に姿を消したのだ。


 小さな光が走った後、足を何本も失って弱ったオクタンは、それで明確に動きを弱めた。

 そこに水の龍が突き刺さり、胴に出来ていた傷を抉る。ほんの一瞬動きを止めた所へ、いまだに吸盤で動けずにいる者達が放ったクロスボウの矢が突き刺さり、更に動きを弱めた。


 そして、それが決定打を打ち込む隙となった。


 ヴィンセントが作っていた6本の氷の刃が、巨大な氷のジャベリンとなり、体に突き刺さり、そのジャベリンから更に刃が突き出して体を抉った。


 残って蠢いていた足も、ジワジワと動いていた嘴や目も、徐々に動きを弱めて、そして止まった。


 言葉だけでなくハンドサインですら出せずにいた状況で、全員が出来る事を連携して攻撃し、海底の魔物をどうにか倒す事に成功したのだ。


 言葉にはできずとも、皆目配せや体の動きでその喜びを伝えあっていた。


 ……たった1人、三毛猫を除いて。

 なぜか、海底に降りてきた俺のすぐそばに突然陰から現れてから、腕に抱きついて、泣いて(?)いた。声もボヤけてるし涙も見えないが、表情からするとそうだろう。

――泣いてるのって、食べられそうになってたからじゃない?――

 まあ、そうだろうな。食われそうになったんだし。ちょっと閉まり悪いけど、それはしょうがない。頭撫でて、落ち着かせよう。


 結果として、泣くほど怖かったのはミーシャだけでなく、アリスとマリア、リリーもだった。

 全員が海底で集まったら、抱き合って泣いていた。


精霊のボヤキ

 しかし、何だ、牙皇・青龍って……

――精霊同士の連携技とでも考えてぇ――

 いや、海流を操って渦潮や濁流に似た状態にしているのは分かってるんだよ。そこに鎧のように氷を纏わせて形を整えたことも。

――じゃあ何が気にいらないのよ?――

 中二過ぎる名前。

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