6話 ロイは喋らない
前回:――黒髪、クロスケと修行……ユーシャ2号ね、この娘――
「ぜんっぜん分からない……今の動き、どうやったの……?」
突然来て、剣術を教えろ、とだけ言われ腕を引かれ、練兵場に連れて来られたロイ。
ちょっと動きを教えて欲しいと言われたので、彼女に合いそうな動きをロイなりに考え、ゆっくり動いて見せていた。しかし、言われた言葉はこれなのだ。
最近、やる気になったらしい彼女は、自分を指名して修練に励む。それはいい。いいのだが、
「ウム……」
「説明してよ、いったい今の動き……」
「……」
意志疎通も儘ならない。
ロイ自身の感覚からしてみれば、なんて事の無い自然な動きなのだ。
この物言いはさながら、歩き方を教えろなどと言われているような物だ。一体どこの誰が、歩く時にどの筋肉をどの順番で使い、どう作用させるかを説明できようか。
綿密に研究していなければ、説明の仕様が無い。当然、口下手では無くとも説明できはしない。
「……あー、やっぱいい。無理だよね……」
呆れたような顔をして、教えた動きをどうにかマネしようと剣を振り始めた彼女は、そもそもが誰なのかを、ロイ自身は覚えていない。確かに冒険者ギルドで、何度も顔を見ているし、ヴァンとも一緒に居るのは覚えていたのだが……?
昨日も相手した彼女のやる気は、強さに関わらず前向きで、折れても折れない、踏みにじられてもへこたれない性質がある。
格好だけでは決して得られない、ある種の才能だ。
「こう?……こうなの?」
が、やはり剣の才があるでもなし。教えた動きと、全く違う行動をする。
「フム……」
首を振って、腕や足を軽く動かして強制しようとする。
しかし、
「ちょっと!どこ触ってるのよ、変態!」
つもりは無くとも、うら若い女性に対して体を下手に触れば、当然言われる。下心など微塵も無いのだが、言われるのも当然だと言う事は、流石に彼も解っている。
だが、ロイは言葉にする事を極端に苦手としている。更には、闘い方の動きにおいて矯正していくには、ある程度は触ったりする必要もあるのだ。
勿論、ベタベタ触る訳でもなければ、やましい場所を触ることも無い。事実彼が触ったのは、肘や膝だ。脇が広がり、足が踏ん張れていないからこそ、ここだけ触って矯正しようとしたのだ。
しかし、女性の観点からすれば、どこであっても変わらない。何事も『イケメンに限る』のだ。
「ホント、男ってやらしい事ばっかり考えてるよね、絶対」
「ムウ……」
そのような言葉を突きつけ、睨みつけてくる。ヴァンだったら色々言い返すだろうとは思うのだが、ロイには何を言えばいいのか全く考えが及ばない。
そもそもそれが嫌なのであれば、女性剣士にでも習った方が良いのだ。言葉も上手く、説明も上手い女性剣士は、幾らでもいる。
それなのに、なぜ自分なのだろうか?この辺りは理解に苦しむ。
「ホント……これが最強なの?ちょっと理解できない……」
一体、彼女は自分の事を、何だと思っているのだろうか?確かに最強などと言われるし、剣を振ってきた時間は、イコールで自分の人生なのだ。
少なくとも物心つく前には、剣を握っていた。親の話では、生まれた頃にはどこから出てきたのか知らないが、いつの間にか剣を握っていたらしい。
ただの農家の子供が、一体どうして剣を握っていたのか……そこから既に謎しかないが。
しかし、それはそれ。剣を振り続けていただけで、子供らしく遊んだ記憶は微塵もなく、友達も全くいない。
子供の頃には既にゴブリン、コボルト、オーク、オーガ……定番の魔物は切り捨てており、農村の自警団員たちも苦笑いして引いてしまう程の強さとなっていた。
そのせいもあって、尚更農村の子供たちは彼の事を、ある時はヒーローとして、ある時は邪悪のような存在として、一歩以上離れた位置から眺めていた。
大人であっても、剣の相手をしていたのは物心ついたばかりの頃だけで、成長するにつれて誰も相手にできなくなった。同時に、話す事も減っていったのだ。
そもそも、あまり話す子供でもなかったのだが。
成人する前には職業訓練を受けるのが、この国の習わしとなっている。例外は、学園に通う者か、丁稚奉公をする者くらいだ。
12,3歳ほどにもなれば始まるそれらは、ロイには無縁であった。気が付いた頃から剣を振っていた彼は、誰に教えられたでもなく達人の領域にまで成長していた。
言い換えればそれは、誰かが教えられる事など、1つとして無かったと言う事だ。
ロイの両親については、教える事はおろか、剣など握ることも無く生きてきた農民だ。しかも夫婦そろって小心者。
そんな2人の子供がいつの間にか剣を握っていた事で、恐れたあまり言葉をかけられずにいた。
だからと言って、自然と進んで剣を振る彼を止めようとも思えず、他に何かを教えようとしても彼は剣ばかり振っていた為に、コミニュケーションを取れる時間はほぼ取れなかった。
2人にできた事と言えば、体づくりの為の食事に気を付けてやることと、仕事を自由にさせてやる事だけだった。
彼はとにかく話をする事なく生きてきた。
実のところ、彼は文字すら覚えていない為に、自分の名前すら書く事が出来ない。
国が運営する教会が率先して文字を教えるようにならなければ、今も彼と同じく名前を書く事すらできない者は多かったはずだ。
だが、その制度すら無視して、彼は剣を握り続けた。彼以外の者は皆、文字が読めると言うのにだ。
どんな形であっても、彼は意思疎通をするのが下手で、殆ど伝わらない。
しかし、言葉は無くとも、体を動かせば意思を伝える事は可能。
その筈なのだが……
「あー、もう!ホントに分かんない!」
何も伝わらない。
矯正の為に、木剣でどうにか足や腕を触っているのだが、それでも彼女はどうしても間違った動きになってしまう。どう説明すればいいのか分からず、歯痒く思いながら、しかしどうしても伝えられない。
教えている事は本当に簡単で、ロイにとっては当たり前の動きなのだが、彼女には何が分からないのか、ロイには全く分からない。
――剣を握れば、体が勝手に動く。それが、ロイの中での常識。
勿論、彼の中だけであって、通常は幾度も反復練習をして初めてなのだが。
「……駄目。どうしたらいいのよ、これ。マジで糞じゃない」
とうとう、諦めたかのように座り込んでしまった。彼女の方から願い出て来たというのにだ。ロイが無理に立たせる必要はないし、重労働をさせた訳でもない。
しかし、ロイは彼女の行動に慌て、戸惑い、考え込んでしまった。自身の教え方が、何か問題があったのかについて。
実際、問題だらけなのだが。
「なんでそんな怒って、睨んでるのよ……そりゃ、無理矢理引っ張り出したのは悪いと思ってるけど……」
別に、睨んでいる訳でもなければ、怒っている訳でも無いのだが、そのような勘違いが彼の身の周りにはよく起きる。しかめ面に見える顔付きで、かつだんまりだからなのだが。
実のところ彼の心は穏やかで、少々気が弱いところがあるのだ。むしろ、彼女の心配すらしていたのだ。
その心配をよそに、座り込んだだけでなく頭を抱えて、唸り始めた彼女は、一体何をしたいのかが分からない。
レイピアだと言うのに、まるで曲刀のように大きく振り回し、隙だらけになっていた為、その動きを是正していたのだと言うのに。何が理解できないのだろう。
体も大きく開き過ぎている為、正中線を簡単に狙える。空いている手でナイフやダガーを使うならいざ知らず、それすら持っていない彼女には、隙を減らすために体の向きを変えざるを得ない。
両手持ちの技術くらい、常識なのだが。知らないのだろうか?
「一体、アタシの何が悪いってのよ……それに、みんなやる気になっているのは良いけど、付き合う必要ないじゃない……」
彼女なりの悩みだろうか?話す事は出来なくとも、聴く事くらいならロイにもできる。
近づき過ぎない程度に近づき、同じように座る。嫌がるようなら、多少距離を離すとしよう。
「アタシからしたらどんな武器でも同じな気がするんだけど……だって、相手を倒せたら、同じでしょ。それなのに、武器がどうとか技がどうとか、意味あるの?」
「フム……」
意味というなら、より多くの技があれば、使う技量が高ければ、生存率は上がる。
しかし、どんな相手を倒すにも、力も技術も技も必要だが、1人でどうにかできる事ばかりではない。ロイであればこそ単独で切り開ける苦難も、普通の者達であれば団体で当たる事例ばかりだ。
技だけでどうにかなる訳でもなければ、武器でどうにかなる訳でもない。強い武器を使う事よりも、連携こそが、普通の者達に必要な技術だ。
孤高の剣士などと呼ばれる事もあるロイからしても、その事は当たり前なのだ。時として、狼やエルフに助けられて、戦局を乗りきったこともある。
故に、彼女の言葉には首を振る。目立つ事よりも、活かし生き残る事。よく、親に言われた言葉だ。それを伝えよう。
「目立つより……」
「そうよね、必要ないのよ、技とか武器とか、そんな物。大体、アタシはお金が稼げればいいんだし、ダンジョンで一攫千金もまだ狙える可能性があるし、そしたら必要ないのよ。
使える道具なら、なんでも使えばいいんだし。そしたら、剣術が下手でも、どうにかできるでしょ……違う?」
「……ム」
言いたい事を言えなかった上に、捲し立てられた。まあ、ロイにはよくある事なのだが。
しかし、どうにかできると決めつける姿勢には、頷く訳には行かない。
首を振り、意思を伝える。どんな道具を使うのであってもいいとは思う。剣だけでしか生きていけないロイでもなければ。自分には、この道以外でどうにか生きていく事は出来そうにない。
同じような生き方かと思っていたあの狼は、思っていた以上に多芸多才に育ち、その気になればどんな道でも生きていけそうだ。自分には到底真似できそうにない。
そう考えると、人によってできる事は相当に差が出来上がってしまう。多くの者は、自分の事を羨み、或いは疎んでいるのだが。
実際剣しか振れない自分には、剣しか道が無い。彼女の言葉を肯定してしまえば、自身の生き方を否定する事になる。
だが、狼にしてみればどんな生き方でも、自由に生きればいいなんて言うだろう。そう言っていたのを見た事がある。
彼女が、自分と同じ側か、彼と同じ側なのか、ロイには到底判断できない。
「……なんでよ。実際に、今までレイピアなんてほとんど振り回さなくても、大体何とかなって来たんだけど……あいつの付けた刻印が、案外優秀だったから、なのはあるけどさ」
言葉に違和感を持って、レイピアに目を向ける。成る程、ところどころ、魔術の刻印が打ち込まれていて、何かの術式を発動できるようにしてあるらしい。
素材も良い物らしく、先程振っている動きを見る限りでも、それなりに上質に感じた。最高品質とまでは言えないが、彼の作った武器は思いの外、ギルドで人気だ。
「なんであいつ、こんな武器くれるのかって思ったら、後で素材費とか言って、結構な金額をアタシに請求してきたし……後で調べたら、店売り価格だったら金貨10枚は下らないなんて言われたけど……
それだったら、結果的にお金さえあれば、全部どうにかなるって事じゃない」
これには首を傾げる。是とも非ともできない。確かに、金を使えばある程度は何とでもなる。
だが、金を払う相手がそれを作るなり、仕入れるなり、与えるなりしているのだ。作る者が居なければ、金がいくらあっても意味がない。
ロイの普段使いの剣は、実は結構な安物だ。それでも、作ってくれる鍛冶師には感謝している。
どれだけ高価な剣を買おうと、振る事もおぼつかないのなら宝の持ち腐れ。その技術は、買えない。
その技術を買うとしたら傭兵を雇えと言う事になるが、その傭兵だって人間だし、金額に見合うとも限らない。
更に言ってしまえば、傭兵が信用できるとも限らない。稀に、誰かが差し向けた暗殺者だったりするのだ。
そこまでいかずとも、金額ばかり高い弱者である事は、少なくない。
金は、ある程度は、どうにかできる。しかし全てでは無い。
「……クソじゃない、何を頼りにすればいいってのよ。努力すれば何でもできる訳じゃないの。アタシは、剣も弓も、才能ないんだから……」
「必要、無い」
どれだけ統率を取れるかで、集団戦が成功するか否かを決定する理由となる。基本集団戦だからこそ、才能のあるなしはあまり関係ない。
と言いたいのだが、
「……それって、アタシが必要ないって意味?」
涙目で睨まれた。勘違いなのだから、首を振って違う事を伝えようとするが、彼女がすぐに顔を伏せてしまった為に伝えられなかった。難儀な物だ。
「そりゃ、弱いのに調子乗ってたのは分かるけど……」
彼女と共に来たのだろう2人の、剣士と格闘家を眺めながら、黄昏始めた。
剣士の方は、ダントンとよく話している狼の連れ。
格闘家の方は、ギルドで一番の格闘家と張り合う程の技術を見せ、周りから喝采を浴びている。少々不思議な形の武器を振っているが、あれは狼が作った物だ。
体格がかなり違うと言うのに、全く押し負けないのも、その武器の影響だろうか?それとも、彼女の胆力の違いだろうか。足腰も体幹もよく鍛えられた動きをしている。一朝一夕の物では無いだろう。
「ハルのような才能がある訳じゃないし、ユータだって、アタシと同じような奴の癖に、アタシより成績出している気がするし……」
「否……」
格闘家の少女は、長年の鍛錬の賜物。彼女の師となった者が、とにかく丁寧に技を教え続けていたのでは無いのだろうか……?
どういえば伝わるのだろう?そう考え、言葉を失ってしまった。気取った言い方をしたい訳でも無いのだが、分かりやすく伝えると言う事に余計な思考を裂いてしまい、結果言葉にできない。
同じく、剣を握っている少年についても、3年以上の間、ダントンが相手をしている。年季が違うのだ。
彼女は、感覚からすれば1年ほどしか武器をまともに振っていない。否、1年も経っていないのではないだろうか?
「どうせ、アタシなんて役立たずなんだ……」
はて、なんと言葉を出せばいいのか?そう考えてまた悩み、腕を組み、顔をしかめる。
「だからってそんな嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない……人の気持ちも知らないで……」
「ム、ムウ……」
ロイはまたも勘違いされ、戸惑い、困ってしまう。
そんな彼を無視して、彼女は練兵場を背にして離れて行った。その背を見送り、どうすればいいのかを困っていると、近づいてくる陰がある。彼の姿を見て、ロイは酷く安心感を覚えた。
「……黒おでん、どうしたんだ?こんな所に座り込んで」
ヴァンはいつも、自分の事を黒い何かと呼ぶ。ちょっと居心地が悪い呼び方だが、これが彼の好意の表現なのだろう。
「ウム……」
「……あ、マリアがさっき変な顔して建物に入ったのって、ロイと練習していてなんだかんだ、って事か?」
「っ!ウム!」
何言おうか悩んでいる間に、自分が言いたい事を察して答えを出してくれる。たまに間違うが、それでも彼や彼の親代わりの2人程、安心できる材料を持つ人物は多くない。
「ああ、それじゃ何があったのか、あいつから聞くよ。それにしても、あいつも面倒だな、本当に」
「……」
そういえば、彼は何をしに来たのだろうか。そう思ってロイは彼をつい見つめてしまった。
やましい考えなどは持ってはいないのだが、これだけで勘違いしてしまう人も多い。一見すると、睨んでいるように見えるのだから。
「……ああ、俺?ちょっとギルドに書類提出。そのついでに、あいつらの様子見に来たんだけど……ハルのヤツ、結構はっちゃけてるな。ユウタは……まあ、いつも通りか。それでも前より剣筋良くなってそうだ」
「ウム」
ロイと同じく、彼から見ても2人はかなり頑張っているように見てとれるらしい。才能の有無に関わらず、彼らは一端の戦士であり、まだ成長しようとする気骨がある。
好意的に受け取れる者達だ。
「ユウタに関して言えば、マナの扱いが全くだから何も教えられていなかったけど、最近ずいぶんマシに扱えるようになってきたみたいだし……あの技術、教える事にしようか」
「ウム」
これまで、彼は何故、マナを全く扱わないのかと思いながら見ていたが、そもそもが扱えなかったらしい。ちょっと纏うだけで、竜巻でも津波でも起こせるし、地面も海も割れるのに。
「まあ、マナをまとったくらいでそこまで極端に変わる訳じゃないけどな。せいぜい岩が斬れたら儲け物くらいだ。
黒太郎みたいに、地割れ起こしたり突風を出したりなんて、普通は出来ないし」
……よく、できるはずが無いと言われるのだが、なぜかは分からない。だがしかし、事実自分では簡単にできるのだ。なぜ出来ないと皆言うのだろうか?
「ハルについては、そろそろあの武器の次の段階に行っても良いかもしれないな。でなけりゃ、新型の方に切り替えるか?」
新型、というのは気になるが、剣ではないから自分には解らない。しかし、段階と言うからには使い方か、彼が付けた機能があるのだろう。それが新しい形になったと言うだけの事だろう。
「マリアについては後で俺の方から言っておくよ。突き合わせちゃって悪かったなあ」
話すだけ話し、彼は片手を挙げて練兵場を離れた。そして残されたロイは、これからどうしたらいいのかを戸惑う。
今日は雨も酷く、たまに仕事の為に声をかけてくれる者達も、やる気を出していない。仕事も受けていないのだ。
受けるとしたら、他の者は出来ない仕事だとか言われるので、報酬が高額だったりする。
「……」
やる事が無いので、練兵場の中を動き回っている者達を眺める。
腕を組んで、睨みつけるような眼差しを受け、ユウタを始め多くの者は、なぜ彼がこちらを睨みつけているのか、心の奥で思案する。
当然ロイにそんなつもりは無いのだが、一部の者以外、皆プレッシャーに感じて、動きが固くなり始める。
結果として、それは悪い影響しか与えなかった。
精霊のボヤキ
――黒やんが喋る条件って、何なの?――
よく分からないけど、あいつの琴線に触れる事?
――なにそれ――
芸術には興味を持つし、ギルドに啖呵切った俺にも話しかけた。マリアも、よくやる強気発言とかで、気を引かれたのかもな?
――ふーん……いみわからない――
イフリータさん、思考停止しなくてもよくない?




