22話 空中戦
前回:――兄弟喧嘩開始。どっちも引きそうにないかも?――
空中へと飛び上がったスコルは、跳躍する俺を執拗に追いかける。
跳躍の術式は、直角以上の鋭角に曲げて移動する事は出来ない。下手にそんな事をしたら、Gがかかり過ぎて、気絶するだろう。
そして、飛翔するのに竜巻を利用しているアイツも、推進力を風に頼っているが為に、直角に曲がる事ができないようだ。
故に、空中での戦闘は、案外ゆったりと曲がりながらぶつかり合う事になる。
空中に舞い上がったスコルは、複雑に跳ね回る俺を追いかけながら、風の弾幕を打ち続けている。最も、弾丸という概念はこの世界にはないから、あいつは風塊とか言うんだろうが。
弾幕については、こちらもイフリータさんが主導で、撃ち続けている。手を抜く必要はない。思いっきり吹き飛ばしたいところだ。
とはいえ、奴もフェンリル。そう簡単に吹き飛ぶものでもない。
「我は希う 汝、炎より産まれ 爆熱を孕み 命を貪る 全てを統べる王 如何なる者も熾き焦がし 如何なる物も爆ぜ溶かし 何れの存在も消却する その姿は――爆炎の龍 汝は我が意志を受け入れ 汝、我が手足と成り 汝が我が志を為し 我が怨敵の全てを飲み込め エルフ式中位殲滅術式――豪炎・火砕龍!」
「我歌う 精霊望む 轟き響く風の流れ 驚き怯む数多の命 大気渦巻き 自然を貪り 壊し飲み込む全ての長 如何なる者も食い尽くせ 如何なる物も壊し尽くせ 全ての恩恵を与え 全てを奪うチカラを示せ それは――暴風の龍 我が意の儘に難敵を討ち滅ぼせ 精霊術式――ファフニール!」
俺が作った暴熱の龍に呼応するように、スコルも暴風の龍を創り出す。その暴風は強烈な風圧を持っている為に、容易に雷を発生させ、周囲に放っている。打ち込む氷塊も討ち落とし、溶かしきっているようだ。
――そろそろこっちの攻撃も、効かなくなってきたんじゃない?火球も氷塊も、他のどれも、弟に届かないよ?――
いや、むしろ簡単に届いていたら、フェンリルの戦士じゃないだろ。俺のスペックでこれだ。仮に、俺が一族で最強だったとしても、集団になったら確実に負けるくらいじゃないと、神の一族みたいに言われないだろ?
――そりゃ……そうだね。これくらいじゃヘタらないか――
むしろ想定していたレベルだ。面白い。イフリータさんはここからは魔術詠唱の補助、小型の攻撃は、アイスエッジ達で充分だろ。
――その武器も、精霊だからねぇ。感謝してあげてよぉ――
バカめ、感謝しない日なんて、あるわきゃ無い。今だって、手伝いが無けりゃあいつの攻撃防げないし、恩恵があり過ぎる。
「おら!アイスエッジ――エクステンション――クラップ!」
撃ち飛ばした氷の刃を、スコルに当たる寸前で破砕させる。顔を腕で覆ってガードした為に、明確にダメージが乗っていないが、腕に纏う風を推進力に加えていた為、スコルの移動速度が落ちた。
その隙に懐に潜り込んで、蹴りを放とうとしたが、腕の暴風で吹き飛ばされる。さっき膝や肘から出した、氷で作った突剣を真似たのかもしれない。腕を伸ばさず、肘から飛ばした感触だ。
――最初から、見せ過ぎたんじゃない?――
問題ない。これくらいじゃ負ける要素にはならないよ。こいつは、魔力は俺と同等、保有マナは、俺より少し下あたりだろう。感触からしても、回復はしていない。イフリータさんの吸収がある俺の方が、圧倒的に有利だ。
――吹き散らされて、あんまり回収できないけどねぇ――
無いよりマシ。後は、技量の差だ。ほぼ差はなさそうだが。
事実、俺の使う魔術と相当するものをぶつけてくる。俺の作った暴熱の龍は、スコルの暴風の龍と打ち合って、負けはしないものの押し切れずにいる。互いの龍を引き連れて、空中を跳ねまわる俺をスコルは追いかけ、角度を変えてぶつかり合う。
蹴りで、拳で、魔術で、周囲に轟音を響かせながら、空気を振動させながら、何度もぶつかる。その度に衝撃波が生まれ、周囲に影響を与える。少なくとも打ち合う度、地上で花びらが舞っているのは分かる。
「おらあ!ブラスト!」
「っ!バースト!」
腕から渦巻く焔を打ち出したら、あちらも腕に纏う防風を打ち出した。互いの攻撃が、互いにぶつかり合う前に噛み合い、爆発と爆風を起こす。まあ、俺の魔術が滅茶苦茶な熱で、空気が膨れ上がり、あいつがまき散らすんだから、しょうがない。
――それ以前に、あいつ、あんたの技を真似ているでしょ――
まあ、覗いていたんだしな。物真似なんてして、何がしたいのかは全く理解できないが。
「ブースト!喰らえー!」
スコルが、両手両足の竜巻を威力を強めて、光と雷を強めながら突っ込んでくる。ただの体当たりな訳が無いだろう。そのままぶつかるだけなら、意味は無いだろうが……
――あいつの作った風の龍、あいつの体に取り込まれてるねぇ。あれが得意技かなぁ?――
暴風を媒介に、暴風の龍を組み込んで、体当たりのように見せつつ、魔術をそのまま打ち込むつもりなのか?完全に接近前提の攻撃だ。
「なら、こっちもだ!」
火砕龍を一気にまとめ上げ、腕に纏ったマナに吸い込ませる。流石に、ご都合主義の焔でもめちゃ熱くなっている。腕を溶鉱炉にいれた気分だ。
――いや、流石に無理でしょぉ!?アタシもコントロール効かないから!――
瞬間だ、問題ない。
――あるから!――
「喰らえ――インフェルノ――!」
「ディストラクション!」
腕に纏った暴熱の龍と暴風の龍が、互いの拳を媒介にして纏まり、拳同士が正面からぶつかった。漫画かよ。
――思考レベルが同じなだけでしょぉ……――
無駄話をしている暇もなく、打ち込んだ魔術同士が大爆発を起こし、俺もスコルも吹き飛ばされた。
――――――――――――――――――――――――――――
上空で起きた大爆発で、2人は気を失ったのか、頭から地面に落ちて行く。
「や、ヤバいって!どうするんだよう!」
「「「……」」」
ぼく以外、誰も言葉が出せないみたいだ。ヴァンがやられるなんて、考えてもいなかったけど、あいつの弟も相当で、結局は相打ちだ。このままじゃ2人揃って、地面に激突して死んでしまうかもしれない。
それでも、何かできるわけでもなく、全員が眺めていると、
「「……ぉおおおらああああ!」」
2人揃って体を返して、地面に激突する直前に飛び上がり、一直線にぶつかろうとしている。
流石に、もうやめた方がいいんじゃないかと思うけど、ここまで来たらどっちが勝つのか、見てみたい気もする。
そして、2人がまたぶつかり合う瞬間に、今までと違う事が起きた。お互いに肩をつかみ、組み付き、地面に転がった。
そして……
「ガブリ」
「あああー!ヴァン、待って!負け!負けでいいから許してー!」
ノドにカミツイタ。
そのまま、攻撃する気が無くなった弟だけど、それで気が済まないのか、喉に噛みついたまま脇をくすぐったり、お腹をなでたりしている……イミワカラネェ。
「……ヴァン、これは……決闘は君の勝利でいいのか!?」
決闘の終わりって、こんな意味の分からない状態じゃないだろ。絶対に遊んでいる。しかも、ヴィンセントの声に、ヴァンは反応しない。弟に噛みついたまま、くすぐり続けてる。
「良い、終わり!負けだって……アヒャアアア!」
認めている弟の方も、ヴァンに弄られて尻尾を振りまくっている。
負けてるのに、なんでうれしそうなんだよ?撫でられて喜ぶなよ。
――――――――――――――――――――――――
一頻りジャレついて、落ち着いたらしい2人は、荒れ果てた花畑の上に座り込んだ。ぼくたちも結界を解いて、近づく……もう、危なくないよな?
「それで、どうして決闘なんて挑んだんだ?出来るなら、そんな事をしないでおきたかったんだが」
ヴァンも流石にそこは分からないらしい。何の理由があるんだ?
「……だから、長になるんだ。それで、族長なら最強じゃないといけないから……」
最強であることを示す為、ヴァンと決闘したっていう事なのか?……そんなの、自分が最強だって言えば……他の人も言うか。ヴァンはむしろ、最強とかどうでもいいって嗤うし。
「いや、その前に、俺はもう群れに居ないんだから、そのままなっとけよ。ついでに言うと、エルフ術式がある関係で、俺は便宜上魔術師だぞ?フェンリルの戦士では無いんだ」
流石にこれには弟も驚いたらしい。多分、最後じゃなくて、群れに居ないからとかの方。もしかしたら、弟はまだ群れに帰ってくるんだと思っているんじゃないか?顔を上げてヴァンを見て、言葉を失っている。
「一応言っておくけど、俺の師匠の昔の仲間は、ステータスとしてフェンリルの戦士で登録されていたんだ。だが、俺の登録は魔術剣士。フェンリルの戦士兼エルフ術式使いって事で、そうなるんだろうよ」
意味がよく分からない。何が違うんだよ?聞いても、知らんって言われそうだけど。
「で?他に理由は無いのかよ」
「まあ……それと、その……」
意外な事で固まっていた弟は、ヴァンの言葉で俯いて、尻尾を振り始めた。顔もうれしそうな、照れているような、そんな顔をしている。顔をそらしてるから、ヴァンからはあまり見えないかもしれないけど。
「……言う気が無いなら、ハーティあたりから聴こうか。ウサギから仲間を守ってもらった借りもあるしな」
煮え切らなくなって、振り向いたヴァン。その視線を追うと、少し離れた森の中に、いつからいたのか、白い毛並みを持った獣人の集団がいる。
「言わなくても分かるだろうが、俺の一族だ。普段人前に出てくる事なんて無いくせに……海を渡る時ですら、クルカン船に乗らずに氷の上を走って行くんだったか?危険だし、違反だから真似するなよ?」
「いや、誰もしないと思う……ってなんでそんな詳しいんだよ!」
「ふつーにみんな知ってるよー?」
普段見つからない有名人だから、余計なのか?意味わからないけど。
ぼくたちの居る場所に、一族の人達が手を振りながら近づいてくる。
だけど、正直に言って、
「……誰が誰だかわからねえ」
顔が全部一緒だ。ヴァンと何も変わらない気がする。1人以外。先頭の中央に居る人だけ……
「よう、ブルドックババア!10年ぶり。何も言わないで捨ててくれてありがとう。お蔭で数回、死にかけたよ」
ヴァンの言っていた通り、ブルドッグっぽい感じにほおが垂れている婆さんがいる。背中も曲がっている。
「いや、どんな挨拶だよ!普通に言えないのかよう、普通に!」
「ユータ、黙って」
突っ込んだら、アリスに襟首を引っ張られた。ナンデダヨ?よく見れば、ヴァンも珍しく満面の笑みで出迎えている。
「ハッ!10年経っても変わらんか、クソガキ。少しはましな成長をしたかと思ったが……」
「覗き見趣味の変態が、よく言うよ。俺の生活を知ってたんだろ?そもそも、占いか?俺の事を転生者だって、知ってたんだろうし。
何が理由で俺を口減らしとか言って、捨てることにしたんだよ?その辺り、会えたら聞きたいと思ってはいたんだ」
つまり、こいつは会いたくなかった訳じゃないみたいだ。やる事があるからって、蔑ろにしていい訳じゃないだろうけど。というか、嫌味を言われた婆さんが、普通に嫌味で返しているから、そういう関係だったのか?
「ファファファ!占いなんて、信じないんじゃなかったんかね!何なら、主の運命の女子、占ってやってもよいぞ!何、必ず……」
「遠慮しとくよ。人の心と未来は見えない方が、面白い」
「フン、小生意気言いよって。まあ良い。して、この子らが主の群れの者か?」
……群れじゃねえ、チームとかパーティとか、一団とか、そういう言い方しろよ。
「そうだ」
「って認めるなよう!ぼくたちは狼じゃないんだからなぁ!」
「ユータ、抑えたまえ。彼らも流石に、その程度の事は理解しているだろう。ヴァン、自己紹介をしたい方がいいのか?我々としても、12英雄の一族と出会えたという幸運を、そのまま手放したくはいないのだが」
「まあ、言いたい事は分かるけど、いつどこで何をしているのか、分からない一族だぞ?関係って言うのにしても、あまり深くは持てないし、持たない一族だと思えよ。
とりあえず、簡単に一族の紹介だ。さっき喧嘩していたのが、スコル」
喧嘩って言っちゃったよ。決闘じゃなかったのか……命を賭けてないから、決闘じゃないのか?
「で、先頭に居るブルドッグが、占いババアのチーズさん。名前、嗤えるよな。顔が溶けてるから、チーズだ」
「馬鹿モン、発音が違うわ。ティーズじゃ」
名前、わざと間違ったな、こいつ。覚えやすいけど。でも、それ以外は覚えられそうにない。どうやって見分ければ……
「んで、右耳が垂れてるのがノッズ、戦士長。左耳ピアスが、族長のガイア。鼻が青いのが……」
すっごく簡単な体の特徴で、説明され始めた。まさか、全員するのか、って思っていたけど、マジでほとんど全員説明しきっていた。一部以外。
なんで、覚えてるんだよ。5歳の頃に捨てられたんじゃないのかよ?完全じゃなくても、記憶チート地味にすごいな。本当に、地味に。
「んで、精霊術師になっていないくらいの子供は、俺は知らない。生まれる前に居なくなったわけだしね。その辺はスマン」
謝るヴァンに、子供たちがブーイングしている。覚えるとか以前の問題だから、しょうがないだろうけど。
「で、紹介していなかった、家族だ」
話しかけたところで、一歩ズイっと踏み出してきた、女の子らしい、犬。人懐っこくなったような、ヴァンって感じがする。その子のおでこを抑えて、
「この右アホ毛はお調子者のかまってちゃんだ。よく嘘を吐いていたから、精霊に好かれていないだろうけど」
「そそそそんな事無いよ!ちゃんと精霊に……って、そんな説明しなくていいでしょ!お姉ちゃんだよ、ほら!」
「はて、姉だったっけ?妹が居たのは確かだが……」
「ちょっと!?」
にやつきながら言っているから、流石に嘘だって言うのは分かるけど、そんな事したら精霊に怒られるんじゃないか?
「と言う訳で、ハーティでした。有難う御座いましたあ」
「説明雑過ぎる!話したいー!」
前に出ようとしている彼女を抑え付けながら、もう1人出てきた。アホ毛が逆にある。
「こっちはルナ。ボンヤリ、おっとりな性格だったが……」
「んー……あんまり、変わってない?」
「うん、殆ど昔のまま、大きくなったな。それでこそルナだな。ハーティとは違うね」
「ちょっと、どういう事?!ねぇねぇねぇねぇ!どういうことなのかなあー!アム……」
詰め寄ろうとして、ヴァンの氷のヘルメット、妹に石の手錠を付けられてる。なんか、ぼくみたいな扱いになってないか?
「……最後。まあ、ここまで来たら、分かるよな」
確かに、今まで話していなかった、2人が最後に来た。ずっと、後ろに隠れていたらしい。
「……ただいま、母さん。父さん。宣言通り、有名になってやったぜ。まあ、狙っていたレベルを遥かに超えているけどね」
自虐的なヴァンの顔を見て、涙を浮かべながら、2人は笑顔で頷いた。
……この2人が、一番特徴がねえ。何も、ねえ。白い犬が2匹、直立してるだけだ。流石に服は着てるけど、服まで真っ白だ。
精霊のボヤキ
――おーい!……家族の紹介はいいから、そろそろ迎えに来ていいんじゃねぇか?おめぇの愛剣だろ、オレァ?爪に絡み付くだけで、持ち上がんねぇ訳じゃねぇけどよ…………無視かよ、完全に……誰も見向きしねぇ……あれ?オレァ、千年も台座に寝転がって、主が来るまで待ってたってのに……その間来たヤツラに望まれてたはずなのに……要らねぇって、照れ隠しとかじゃねぇってことか……?マジかよ……――
拾いに来たら、なんかぼやいてるぞ?
――ねぇ、気持ち悪ぅ……――




