15話 災害獣対策
前回:――山に災害。よくあるよね、遭難とか土砂崩れとか、怪獣とか――
「場所が場所だけに、行軍するのもよりきつくなる。だが、ヴァン……いくらなんでも、お前独りで行くのは無理があるんじゃないか?」
「そうだ!1人で手柄を取ろうとか言ったって、そうはいかないぞ!」
ダントンが反論をした事で、納得できない人達が騒ぎ始めた。ぼくたちは流石に、前線に出る必要は無いけど……ヴァンだけが独り占めって言うのは、どうなんだ?
「ああ、悪いけどさ……今までにもあったんだよ。リヴァイアサンの件だって、誰も手を出せなくて、後ろに引っ込められていた俺と、ロイの2人だけが、対抗手段を持っていた訳だしな。ロイはタイミングが合わなかったけどさ」
「そう……ねぇ。アブソリュート・ゼロ……って事件の、意味、分かる?それはぁ……全ての空間にある物、空気も、全部凍らせちゃうの……あなたたちは、生き残れる?
数少ない対抗手段は……空間燃焼属性・焔。彼の適合属性の、その特性なの……
悔しいのは……私も一緒よ?でもぉ……どういう訳か、4大と、4柱の、属性って……相性悪くて、中々使える人が……出てこないのよねぇ」
悪辣に嗤いかけているヴァンは、直後に後ろからエロい魔術師に背中を撫ぜられて体を震わせている。それでも賛同してくれているからか、反論をしていないけど。
「しかし……何か他に方法は無いのか?遠距離……数キロ先から矢で攻撃するエリナの……」
「流星の弓なら、確かに対抗手段になりえるだろうけど、俺は弓が得意な訳でもないから、あのヒトのようにはいかないよ。まして、気流が酷くて矢の軌道が安定しないだろう。確実に殺せる手段にはなりづらいよ。
全てを凍らせる……空気も凍らせるなら、そこに空気が流れ込んで、乱気流が起きて渦巻いているはずだ。それを完全に無視して射貫くなんて、エリナさんなら可能だとしても俺は出来ないな」
エリナさんの得意技……っていうなら、流星よりSFビームだろ?ぼくだって、発言してもいいよな?
「だったら、衛星ビームとか言っていた奴にしたらいいじゃないか。あれなら……」
発言して、全員がぼくの顔を見たあと、情けない物を見るような顔をした。なんでだよ……?
「ユウタ、言いたいことは分かるし、俺もアレを使える。けど、アレを使って、災害獣が起こしている現象を解消できる訳じゃない。
そして、地面に向ければ、大規模な災害を新たに引き起こす事にもなりかねないんだよ。直線上数キロを範囲とした攻撃なんだ。
まして、雷兎の時にも居ただろう、俺の一族らしい奴らが。あいつらが、今回はいないと考えるのは早計だ。有り得ないけど、災害獣の肉の活用法があるのかもしれない。
居る可能性があるのに、撃たせるのか?家族殺しとか、したくはないんだがな。
対して俺の焔なら、凍った空気も気化させられる。冗談抜きの本気を出せば、あの程度の現象を相殺できるさ。
問題なのは、酸素なども凍っている事だ。液体であったとしても、気体の800分の1ほどの質量になっているんだ。それが突然気化して、爆発する。ある程度は奴の作っている寒気の暴風で相殺されるだろうが、規模が上がって行けば行くほど、最悪に繋がりかねない。
そんな場所に誰かを連れて行くなんて、自殺行為なんだ」
ぼくの考えで、家族も含めていろんな人が死ぬような言い方をしている。
……確かにそれくらいの規模を抹消しそうな威力なんだよな、衛星ビームは……?ほとんど森だったら、まだ被害も少ないけど、その森にいる生物も全部ごっそり……ってなったら、問題も上がるかもしれない。
「考えは分かったが……俺らに行軍すんなっつぅのはどういう魂胆でぇ?考え無しっちゅうんじゃあるめぇ」
なんか太々しいひげ面のオッサンがヴァンに説明を求めてきた。どうしてそんなに拘るんだろう……オッサンの気持ちも分かるけど、ヴァンの考えは、全然分からない。
「まず、装備についてだ。
雪山での仕事をする奴なんて、あまり居ないだろう。冬用装備を準備していたら、災害の規模をそのまま大きくするだけだ。今、会話しているこの瞬間にも、凍っている範囲は広がっているはずなんだ。
準備して進軍なんて、時間かけていられない。
しかも、空気も凍り付くほどの冷気と、そこに吹き込んでいく風がある。
……知っているか?冷凍する際には、風を当てた方が芯まで凍りやすいんだよ。熱の伝導率が変わるんだ。
ブリザードの中でも進軍できるならいいが、そんな事をしたら通常は遭難する。ガキの頃の俺は、そんな状況になる前の銀嶺で、雪の中でも、パンイチで走り回ってたんだがな?
焔属性特有の熱伝導遮断を使えば、どれだけ寒い状態だとしても、ほぼ全く影響はないだろう。
そして、足元にも危険は存在する。液体化した窒素だけでも、気体の酸素を液化させる事があるんだ。固体であってもそれは同じだろう。空間を凍らせるらしい能力を有しているなら、ほぼ確実だ。
ちょっと触れたくらいなら、ほぼ影響はない。だが、靴には影響ある。凍結して靴の繊維組織が崩壊したり、中に沁みたりして、凍傷などになる可能性もある。
しかも凍り付いている物は、800分の1程になっている空気だ。空気が無ければ、火は燃えない。仮に、液体や固体になっている空気に火がつけば……分かるよな?魔術で無理に火を使う訳にも行かなくなる。
アブソリュート・ゼロ……空間の全てを凍らせる魔術の名だ。
だが、それが引き起こすのは、場合によっては、大爆発なんだ。そして、ただの氷じゃない。空気が凍るなんて、半端じゃない状態なんだよ。
この条件で、対抗できる手段を持っているのは、現状俺だけなんだ」
装備は……年中熱い地域の場所で、セーターとかの防寒着を持っている人が居ないから、って事でいいのか?鎧だって、金属が多いから冷えるだろうし、イヌイットみたいな感じの鎧とかでもないと、無理かもしれない。そんな物、この街には売ってないだろ。
熱伝導の遮断……あいつの氷の調理器具とか、触っても冷たくないんだよな。暖かくも無いんだけど……それが気味悪い。いつも精霊がやっているとか言ってたけど、それは焔の特性だったのか?けど、そんなチートがあれば確かにできるかもしれない。
液体の酸素が爆発とか、そんな事になるとしても、あいつは出鱈目に硬い甲羅結界があるし、火も吸い取れる。
足元が液体だか固体だかの酸素とか窒素とかって言っても、あいつだったら空中を跳ねまわるんだし、凍傷がどうのって言うのもない。
空を飛び回る魔法を使えれば……あれ、フライボードみたいな物に乗って戦うようなものだって言ってたっけ?慣れたらできそうって言っても、乱気流の中でそんな物に乗っているとか、無理そうだ。
あいつは最初っから、空跳ね回るつもりなんだろうな。ずっと滅茶苦茶な跳び方しているから、ちょっと風で煽られたくらいじゃ、変わらないだろうな。
けど、ウサギの事を考えると、あいつの実力がどれだけあってもあんまり攻撃が通らない気がする。
しかも絶対零度なら、生半可な火は絶対にすぐ消えそうだ。風が吹いているなら、余計かもしれない。あいつの攻撃がどれだけ強いかだけど……3千度とか出せるんだっけ?ちょっと前に、温度が上がったとか言ってたっけ?でも、それでどれだけダメージを与えられるんだ?氷も、確かあんまり強くはない。よく使うのは扱いやすいからだとか言っていた。ウサギに使っていたのは、氷の派生魔術だったけど、アレで火竜を閉じ込めたりしていたんだよな?ワイバーンとかも、あれを使えば確実に倒しに行けるとか言っていたし……けどそれで倒すどころか足止めしかできなかった。今度は絶対に使っても意味無さそうだし凍った窒素とかでも同じことが出来るのか?あれちょっと意味が分からなくなってきたけどあれは水の凍った氷で空気が凍った個体空気は氷じゃないよな氷じゃないから氷の魔術は使えないはずだけどアブソリュート・ゼロって氷の魔術だよなでも空間を凍らせる魔術の名前で空間を凍らせると空気も凍るから……
意味わかんねぇ。考えるのやめよ。白目。
「まあ……俺らに空飛べっちゅー事なら、断らせてもらうけどな……あんなもん、テメエらみてぇな異常なマナ保有が無きゃ、10分くらいしか浮いてられねえんだし」
ひげ面、空飛べないから、というよりは、飛んでも直ぐ降りなきゃいけないみたいな言い方して断ってる。
その前に、乱気流の中で、なんて話しているんだから……乱気流って、本当に起きるのか?見ていないのに……?
「実際……アブソリュート・ゼロのぉ、報告書だと……発見される前、サイクロンのような、大気の渦がぁ、出来上がってたのよ……?」
サイクロンって……台風みたいなやつって事か?どう違うんだっけ……違いが分からねぇ……?同じじゃないよな、確か?
「宜しいだろうか、彼が対抗するのであるとして、我々は如何なる行動をすれば良いのでしょうか?当然、この災害の獣も、誰かを狙って動くなりをしているかとは思われますが……」
ヴィンセントは、そろそろ話を進めようと思ったのかな?これで終わりでいいのか?あんまり納得していないような顔の人が多いけど。
「それなんだが、今回の相手自体は、遠目に見た限りではあまり動きが無いそうだ。全く動かない訳では無いのだが、非常にゆっくりとした動きだ。なので、極力対抗できる策を講じてから対策に当たろうかとは思っていたのだが……」
「対策を講じるとしても、普通の並人の魔術じゃ無理だろうね。儀式魔術を利用したトラップを作るとして、基盤にするとしたら、魔人とされる種族が使う呪術が数種。エルフ術式と精霊術式の数種。
後使えるとして、隕石魔術だね。その場合、後処理はどうするのかって問題が出てくるけどね。しかも、あれって射程が最大でも500mだろ?
マナのロスの割に威力がまちまちで、自分達にも被害が出る可能性すらあるんだから、困り物だね」
「実際、あれを使えば隠す意味がなくなるからな……下手をすれば、戦争を思わせる事になるかもしれない。かなり遠くからも、目視で確認できてしまうのだから……使う訳にも行かないな」
どういう理屈で隕石を呼べるのか、ちょっと意味が分からない。それを使っても、ロスがデカい割に威力が……って、そんなに弱いのか?そんなはずはないけど……大体の魔術の中間の、大爆発って魔術が基準にされるって言うけど、どのくらいなんだ……?遠隔魔術はコントロールが難しい上に、威力もめちゃくちゃ減りやすいから、これがうまく使えなきゃ、上位は教えられないとか言われる魔術らしいけど。
「アリス、隕石魔法って……大爆発と比べて、どんな感じなんだ?なんかヴァンは、弱そうに言ったけど」
「うん?……確か、マナの消費は50倍で、威力は平均20倍なんだよね……。
だから、消費する分を補う為に、一晩マナを練り続けるんだけど、呼ばれる隕石は、魔力に関係なく、大きさが毎回変わるって言われているんだよ」
知っていそうだから小声で訊いたけど、なんかあんまりパッとしない答えを出された……それって……?
「だから、大爆発を20回撃った方が、同じくらいの威力で消費が少ないって言われるんだよね……その上の火の魔術とかでも、そんなにマナの効率が悪いものってあまりないから、普通は隕石魔術は使わないんだけど……。
最も遠くから、最も高い威力を出せる一撃っていう事で、使われる事があるんだよ」
竜が巣で寝ている時に纏めて一掃、とかの感覚か?ヴァンのヤツ、ぼくをテストする時に使えるって話してたけど……できたのか、本当に?一晩かけるマナを、あいつは一瞬で出せるって事か?
どっちにしても、そんな馬鹿気た魔術とかを使わなかったら、倒せないだろうし……ヴァンだったら、それ以外の何かをやるんだろうけど、どういう作戦を考えるんだ?
「とにかく、こいつは俺が直接叩く。液体、及び固体と化した空気が再び気化した場合、とんでもない爆発を起こす事も考えられる。
近くの村の奴ら……今回は1つだけか。麓の村の奴らを、出来る限り遠い場所に移動させてくれ。これなら、小隊が1つでも足りるだろう。
他の奴らは、申し訳ないけど連絡が来るまで、街道の封鎖をしてくれ。どこぞにエレメンタルドラゴンが巣食っただの言って、俺をぶつけているとでも言えば勝手に納得してくれるだろう?
タイプ的には、水龍か氷竜とでも言った方がいいか」
こんなに勝手に決めていいのか……?けど、今までに居ないタイプらしいし、そうなったら……どうなるんだ?
「村の者達の避難に当たって、おれを含む本隊も同行させてもらう。それでいいなら、その方向で行こう。何しろ、魔術効果を確認して、次につなげなければならないだろうからな……」
「そう……ねぇ。私も、同行、できるかしらぁ?この子達、連れて行くのは、不安だけど……」
例の3人組を睨んでいるエロい魔術師……その近くに、元仲間の女冒険者2人がいるけど、笑われている。
その3人は、全員目を逸らして、挙動不審になっていやがる。眼鏡なんか、真後ろを見ているけど、お前らだろ。定番ギャグをやってる場合じゃないんだよ。
「ああ、観測して、その後の対策を練る為の情報は必要だろうな。けど、俺のやる事と同じ事をできる訳じゃない事は理解してくれよな?近い状態の魔術なら、エヴァさん辺りなら作り出せるだろうけどさ」
……もしかして、もう作戦を考えてあるのか?どんな事する気だよ……?
精霊のボヤキ
――遠距離で、ドカンとやっちゃえば……――
山が崩れて色々巻き込むだろうな。それを押さえるのにも近くに行く必要があるんだよ。
――あー……あたしが吸うのね……了解――
許容量無視も兼ねての、あの作戦なんだ。あれならちょうどいい。
――使えそうにないと思ってたけど……あれ、ねぇ……――




