12話 痕跡
前回:――なんかウサギ狩られてたって。ま、草食だしね――
「俺達が来た時には、奴は沼に浮かんでいたんだ……かなり傷だらけでな。
怪しんで、警戒しながら近づいてみれば、鈍器や刃物、魔術痕など、様々な攻撃で叩かれて絶命されていたらしい。少なくとも、10人以上は居たはずだ。それだけ種類の多い攻撃を与えられていた痕跡がある。
それだけでは無い。体の肉が一部、ごっそり持っていかれていたんだ。一体何に使うのか知らないが、直ぐに砂のようになって、ばらけてしまうはずの物を、だ。
一体何者がやったのかは全くの不明だが、おれたちが近づいた頃合いに、遠目に離れていく集団を数名の物が目撃している。全員、白い装束を身に纏っていたらしい。あと、沼地に残っていた足跡が、並人の物では無さそうだった。
少なくとも、あの災害の獣を普通に倒せる者が、そうそういるとは思えないのだが……稀にある見知らぬものの襲撃だろうか?」
村人を元の村に戻す為に色々準備をした後、出発したぼくたちと一緒にダントンは馬を歩かせて、幌馬車に並んでいる。
見た光景をヴァンに話しているけど、ヴァンでも決定打を与えられないでいた奴を相手に、ボコボコに出来たとか、流石に考えられない。
「あいつは体が無駄に硬いから、まともな斬撃は通らないんだけどな……それを、斬撃でダメージを与えるとか、どんな奴らだ?打撃と魔術痕……見てみない限りには断言できないけど、災害獣との闘い方を理解している集団なんだろうな。
フェンリルやヴォルスの家系の奴がいる一団、あるいは……いや、フェンリルは今イグドレッド大陸に居るのを目撃されたって情報があったはずだよな。
ヴォルスの家系も、アズールから出ることはない。そうだとすれば、どこかの傭兵団とかの方が理屈が通るか」
「しかし、そうだとしても倒す事自体が容易ではない。近づくだけで酷い雷撃が起きるはずなのだ。どれだけ結界を重ねても、全く痛みを感じないと言う事はない。結界が無ければ、焼かれて死ぬだろうしな」
落雷で焼かれるって、マジでおかしいんじゃないか?エリナさんだったら当たり前にやりそうだけど。それくらい危険だって事だよな。
「とにかく、現場を見てみたい。ヴィンセント達はこのまま村人を護衛、村まで戻ってくれ。俺はちょっと現場を確認してくる」
「ウム、任せ給え。しかし、まさかこの様な事になるとは思いも依らなかったな。何れにせよ、村人に危害が加わらなかった事を良しとするべきであるのだが、一体何を以って、あの様な化け物を打ち倒す理由としたのか……」
「まあ、現場を見てみない限りには……いや、見ても分からないだろうな。鱗とかが残るリヴァイアサンならまだしも、肉だけじゃなく皮や爪も崩れる雷兎なんだ。
まして一番崩れる肉を持って行った。あれ、一度食べてみたけど、土を食っているみたいで美味いとは到底思えなかったんだよな。
じゃあ、そっちは任せたぞ」
ダントンの馬に移動して、ヴァンとダントンは沼地の方へと向かった。ぼくたちはそのまま、村の方角へと馬車団を進める。どうなっているのか、ちょっと気になるんだけど、行っちゃいけないのか?
「ヴィンセント、何でぼくらは行けないんだよう……ちょっとくらい、行ってもよくないか?」
「否、我々のするべき事は、この村人達を安全に護送する事だ。即ち、仕事を終えるまでは余計な事を考えるべきではないのだよ。
勿論、私も気になってはいる。しかし、仕事を放棄してまで覗きに行く事では無いのだ。まして、この者達がその場を見たのであれば、記憶を封じる術式を行った意味が無いのだ。ならば、我々はすべき事をするのみだよ」
後ろで寝ている村人たちを眺めて、真面目くさった事を言っている。言う事は分かるんだけど、起きてもぼんやりしていて、まともに考えている様子がない奴らばかりなんだから、覗きに行ってもいい気がする。
そもそも掛けた魔術って言うのが、記憶を封じるとは言っても、思い出しにくくなるだけらしい。完全に記憶を消せないらしくて、極稀に思い出す人が居るんだとか。
思い出した人を考えたら、ちょっと悲惨な気がする。誰も覚えていないのに、自分だけは覚えているとか、どんなイジメだよ。
目的地の村が近づいて、今更だけど気づいた。あの兎が通った足跡、どうするんだ?デカいウサギの足跡が、雷の影響で焼け焦げて、小麦畑に堂々と残されている。流石に、あのままじゃないよな?
……やり方とか聞かされてないんだけど、ぼくたちがどうにかしないといけないんじゃないのか……?
「あの足跡……どうすんのよ?あのままじゃバレるでしょ……」
マリアも身を乗り出して、呟いてる。そりゃ、そうだよな……?明らかにおかしい点が草原とかに残ってたら、誰だって見るだろ。
「あ、同じこと考えてたんだ……普通、思うよな」
むしろ、もう公表しちゃって諦めてもらった方がいい気がする。隠す意味、無いよな。どれだけ無駄な事をするんだよ。
命を奪われるかもしれない危険を冒して、他の人に黙るだけじゃなくて、その事実を隠蔽するなんて……どんな正義のヒーローだよ。意味が分かんねえ。
「ん?……あれは、後で魔術で誤魔化すんだよ……儀式魔術を利用して、あの辺りだけ空間で切り取って、少しの間分からなくするんだって……聞いてなかった?」
「「何それ、聞いてない」」
いつそんな事言ったんだよ?それに、言ってたとしても、ぼくたちは何もすることはないじゃないか。
「こっちに来るとき、幌馬車の中で言ってたんだよ。2人とも居眠りしちゃダメなんだよ」
「いや、寝てないんだけど……言ってた?嘘でしょ……」
マリアはとぼけてるのか本当に忘れてるのか、分からないけど、ぼくはなんかそんな事を言っていたような気がする。いろんな後処理があるとかなんとか……?
「確か、魔術を使えないヒトは、あの足跡の辺りの土を弄って、平らにならすんだよ。そしたら燃えた麦とか草を切り取って、植物を成長させる魔術と幻覚とかを使って、隠しちゃうんだって言ってたんだよ」
「まさか、ミーシャがアタシより覚えてるなんて……そっちの方がショックなんだけど……?」
あまり記憶力がいい訳じゃないらしいミーシャに、負けるのはちょっとショックだ。けど、なんでかミーシャはヴァンの事は覚えが良いんだよな。ヴァンに教えられた料理も、変に覚えがいいし。
「ねー、今日のごはん、だれが準備するのー?」
……ハルの奴が、今はどうでもいい事を話し始めた。なんでそんな事を気にするんだ?
それから、村人が魔術の影響が抜けるまで一晩かかった。その間に出来る限りの隠蔽工作をして来た。
本当に、あれで誤魔化せるのか……?
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精霊術式の影響で、雷兎が居た沼地は、おかしな盆地状に窪んで、池になっている。
問題の災害獣はというと、その池からどうにかして抜け出したらしく、少し離れた場所にいた。沼に体が半分沈んでいるし、地面から生えた蔓が絡まり、あちこちが打撲、切創、魔術痕を受けて、変形、変色をしている。
「確かに、武器の形状が、剣、刀、槍か矢、ハンマー、斧みたいな断面もある……?刺さった刃の方向が揃って並んでいる物もあるから、爪か?魔術でそんな物を作るなんてことは普通ないよな……あの雷撃を避けながら、接近して突き刺したとしか思えない。
全体的に魔術による攻撃もあるな。火、水、土……風も使ったんだろう、恐らく螺旋状に蠢く旋風球の後だな、この部分は。普通の魔術じゃない、エルフか、精霊、妖精の術式だ」
皮に残っている傷からして、明らかに不特定多数の者による、一斉攻撃を受けたのだと判る。周りにある魔術痕も、あまり広い範囲に影響を与えた様子はない。
濡れ鼠ならぬ、濡れウサギが池から出た辺りで、纏めて攻撃を当てに行ったんだろう。
「そんなに移動せずにこれだけの魔術を打ちながら、接近攻撃。だからこいつの周りに足跡が集中している。聞こえて来た特殊精霊術式……フェンリルやヴォルスの奴らの一団だったら、十数人。その家系を含む傭兵団だったら、30人は居るだろうな」
「それで、匂いはどうなんだ?……覚えにある匂いがあったりしないか」
あちこち見回りながら、肉を刳り貫かれた雷兎の残骸を眺める。鑑定魔法とか、そんなのあったらいいのにね。そしたら、何に使えるのか判るのに。
――それは無理でしょ……アクセスする先の辞書に該当する物、ある訳ないんだし。あんたに毒だったとしても、このウサギには毒じゃない事とか、ザラでしょぉ?――
うん、それは分かってる。便利魔法なんて、そうそう都合良くある訳が無いよね。
でもほら、テレポートを世界の反対側に繋げられたらとか、思う奴も結構いるじゃないか。事実上、絶対に不可能なんだけどさ。
どうでもいい話はともかく、匂いについては答えは簡単だ。
「ダントン、湿地帯ってのは解ってるよな?湿気くらいならともかく、水の中に色々な匂いが混じってしまって、どの動物の物かも判りにくくなる。まして、相当派手に暴れたらしい。沼がある場所じゃ、匂いで判断は難しいよ。
ただ、この足跡っぽい物を見たら、答えは簡単だ……まさか、無いと思っていたんだがな」
――まぁ、全部獣人のだしね。しかも……――
「それは……知っている足跡なのか?一体……」
ダントンは、まだ気づいていないらしい。同じ足跡が増えているんだが。俺が歩いている、今この瞬間にも。もちろん、一緒に歩いているダントンの物とは、形状が違うのだが。
「気になるなら、俺の歩いた跡と見比べてみろよ。蹄でも、蹄鉄でも、こんな足跡が付くはずがない。
それこそ、並人とほぼ同じ見た目のヴォルスの奴らでもないし、月狼の団長は並人の足だ。精霊術師も、団長だけだしな。
動物ごとに、獣人ごとに、足跡が変わる。ヒトの履く靴だって、個々に癖がついて行くから、全く同じ物がある訳じゃないだろ?
お前は、踵の外側が削れるが、キールとかは爪先の内側が削れる。それと同じ感覚だ。種族によって違うのは、当然なんだ。
俺とミーシャの足跡は似ていても根本的な違いを見せるんだが、周りにある足跡は、俺との違いは無いはずだぞ?」
俺の説明を聞きながら、足跡を見比べ始めた。しゃがんで詳しく見ようとして、だんだん顔が固くなっていく。まあ……そりゃ、ねえ。頭抱えるよ。
なんでこんなところで、災害獣狩りをしているんだ、あの狩りの一族。
そもそも、目撃したという話だって、あまり出回らないんだが。まあ、どこに居るか聞いたとしても、それで戻りたいとかじゃないんだけどさ。
――でも、ちょっとくらい会ってもバチは当たらないんじゃない?――
話しているだろ、精霊さん。俺にはジンクスがある。信用できないのは分かるけど、それが俺の人生なんだ。
――……頑固――
「ヴァン、全く同じ足跡が……お前も作っていると言う事は……」
ようやく……と言うより、少し前から気付いていたけど信じられない考えだから、否定したくて、それでもできなくて、ダントンもその考えに至ったらしい。
「ああ、そう。俺の一族だ。フェンリルの一族。一体、何をやっているんだろうな?」
肩を竦ませて、驚いているダントンに嗤いかける。驚くのは分かる。けど、一番驚きたいのは、俺なんだが。
目撃証言は、噂の限りでは1月前、隣の大陸にいた。移動できない範囲じゃない。しかし、そうだからと言って、移動してすぐにこんな奴を狩るとか、良く分からない。他にも、謎はいくらでも出てくるが。
精霊のボヤキ
――やっぱりフェンリルだったね……――
あれ、気づいてたの?なんで言わないのさ。
――あんたが料理に夢中になってたんでしょ!――
はて……あの料理の何が問題だったのか……?完璧だったはず……
――そういう意味じゃないからね!?――




