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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
災害の獣の鎮魂歌
202/430

6話 災害のリヴァイアサン

前回:――オオカミ、5kmのウミヘビ倒した事あるってよ――

――魔国東部の海岸線。荒野の断崖絶壁にある作戦本部で、多くの上位冒険者が頭を抱えていた。


「近づく事も無理、海中から近づけば強大な魔力で海流を生み、近くの魚を魔物化させてこちらに嗾けてくる。

 遠距離からの攻撃であっても、今までできる限り、考え得る限りの作戦を行った……だと言うのに、この有様か」


 魔国の冒険者ギルドマスター、スヴェインは呻いている。そりゃそうだ。既に、あいつが暴れたせいもあって、本陣は3度後退。攻撃の度に、地面が抉られている。そして、大陸が削られ断崖絶壁になったのだ。


 師匠の仕事についてきて、これまで後退する事は、殆ど無かった。だと言うのに、今回は既に3度後退している。

 1度は全兵力をぶつけて総力を挙げて戦い、かつ様子を見て退いたのだが、基本的に様子見だった。被害も軽微、向こうへのダメージは皆無。

 2度目はエリナさんの天の川を含め、数ある最強クラスの攻撃や、考え得る限りの作戦を全てぶつけた。しかし、無傷で暴れて襲い掛かるリヴァイアサンを、誰も抑えることができずにいた。

 そして、3度目。ここを引けば街が海に沈むと言う事で、決死の覚悟で挑んだというのに、殆どの者は決定打はおろか、痛めつける事すらできず、3大賢者の最後の一角、守りの呪術師が作った結界であっても、尻尾の一振りで軽々と割られてしまった……結果、魔国最東端の街が、海に沈んだ後だ。


 一応、住民は記憶を封じる魔術を使い、奴の記憶を掻き消した状態で他の街に避難させた者が多い。全員では無かったのが、悔やまれるのだが。


「ねぇ……ヴァンくんは何か、作戦の案はなぁい?」

 我が師匠ながら、珍しく俺に作戦を聞いてくる。彼女の手札も、何もかも効かなかった。大陸最強の攻撃魔術師の攻撃を防ぎ、大陸最強の防御を一手で崩す、そんな相手に、彼女も手を上げるしかないらしい。


「……いや、こんなバカみたいな強さを持っている奴は、ロイくらいしか相手に出来ないんじゃないかって事は分かるけど……」


 とは言え、ロイはこちらに向かっている最中で、今ここにはいない。奴はどういう訳か、いつもここぞと言う所で大事な場面に居ない。

 最強の剣士である代わりに、それ以外は無いモノ尽くしだ。運についても、漏れなく。ヒーローは遅れてくるなんて言うけど、こいつの場合は祭りの後になって、ようやく盆踊りの練習をし始めるレベルだ。当然、来年の為とかではなく。

 そして、そんなロイをどうにか呼び出した。もちろん、後の祭り状態になってからだ。彼くらいしか、有効打を与えられそうな者が、他に居ない。そんな相手なのだ、災害と呼ばれる獣は。


 災害獣。それは、動物が神のような力を持ち、暴れる姿になったモノに付けられる名前。


 文字通り、生きた災害。


「これまで3度の討伐作戦を行い、出来る限りの攻撃をしたと言うのに、全く歯が立たず……結果としてはこちらの戦力が奪われるだけとは……」


 俯きながらテントの外を睨みつけるスヴェインの視線は、そこにある共同墓地へと注がれている。

 その共同墓地は、前回の作戦で命を落とした者達の物。その数、6千人。街に残った人が、兵士を含め4千。2千は、冒険者だ。


 魔国には貴族のような者が居ない。騎士もいない。魔国兵の殆どは、国の方針で他の街へと移動した。せめての救いが、生き残った者が結構いるという事だけで、それも自分達を慰める為の甘言でしかない。慰めたところで、倒せなかった事は変わらない。


「この状況で、生き残った兵士千人。冒険者、600人か……」

「闘いようがないわねぇ……アタシ達でも、こんなやつ相手に手も足も出ないなんて……」

「あらー?珍しく随分弱気ねぇー……そろそろ歳なんじゃなーい?老害起こさない内に、引退したらー?」


 黒いローブに身を包む女性、ジーンがエリナさんを煽ろうとしている。大方、自分の守護結界を破壊され、腕を骨折した事のうっ憤を晴らしたいのだろう。そうでなくても、この2人は仲が悪いらしいし。


「冗談を言っている暇はないんだけどぉ?アンタねぇ、腕を折ったからってまさか、魔術師が前線から退くなんてバカを言わないでしょうねぇ」

「そりゃー……おばあちゃんエルフの介護をしてあげないといけないから、頑張ってみるけどー……おばあちゃんこそ、無理なんじゃない?そろそろ適当な男を見繕って、子づくりしなさいよぉ」

「エリナさんに介護は必要ないよ。必要だったら弟子の俺がやるしね」


 真面目に話す気が無いらしいから、茶々を入れてやろう。場を和ませるような話し方をするつもりはないらしいし。


「そうねぇ、ヴァンくんが父親になるなら……」

「オオカミは1匹を愛する者故、お断り致します」


 流石にどんよりしていた空気が、俺の言葉でちょっと緩んだらしい。ジーンの方も、言葉の間に潜ませていた呪術を俺にかき乱されたのには苛立ったんだろうけど、俺の断りの文句を聞いて、ちょっと矛を納めたらしい。少し表情が和らいだ。

 対して、エリナさんはいつも通りがっくりしょげている。どうせ、後で背中を叩いて慰めると、その後モフリ始めていつも通りになるから、放っておこう。


「策って言うなら、俺が出る前提なら、あるにはあるんだけどなあ」

「そりゃー、こんな子犬に活躍されたくないのもあるし、未来溢れる子供を戦場になんて、置ける女性はいないでしょう?あなたは出ちゃダーメ♪」


 最強の結界術師で呪術師の彼女の守りも一撃、だから誰も俺に出陣させる気はないらしい。

 しかし、ロイを連れてきたところで、船に乗っていても瞬で壊されるだけだ。敵う可能性があるロイまで食われちゃ、問題だろう。

 それで作戦を考えようって話なのだが、誰もそれを出せない。


「なあ、やっぱり岩の魔術を使って……」

「それじゃ潜られて終わりだって、何度言ったら分かるの?それだったら、私が彼を空を飛ばして……」

「それも潜られるし、突然飛び上がってきて食われたらどうするんだ?水中を移動して……」

「それは魚に食われるだろう?乱流もある、渦潮も平然と作る、大陸を削っているのも、その水の流れとあいつの尾だ。陸地からも無理……」

「手詰まり……ねぇ。で、ヴァンくんは?」


 魔術師、儀式魔法使い、呪術師、錬金術師。数多の魔法関係の専門家が集まり、その知恵を振り絞った上で、対策が全く上がらないらしい。

 攻撃が通る可能性があるのはロイのみ。しかし、彼の闘う舞台が、全く整わない。その案すら、全く出ていない。出ても直ぐ、却下される。


 唯一、関わっていない精霊術師、俺以外は。


「だから、俺を出してくれるなら、可能性があるんだってば。俺が出れない前提なら、無いんだよ」


 ぶっちゃけ、最初からずっと言っていたのだが。この仕事の内容を聞いて、ちょっとテンションが上がり、精霊さんとやる気満々だったと言うのに。

 3度も却下され、流石の精霊さんも不貞腐れたらしく、やる気なんてどこか遠くへと消え失せてしまっている。事実、今も黙ったままだ。

 多分、次の氷像は何を作るかを考えているんだろう。ジョ〇ョあたりにでもすればいい。

――え、何それ?……ああ、これ?良いかも!――

 あ、やっと反応した?想像したこと視たからか。まあ、良いけど。


「でも……子犬は」

「ジーンさん、いい加減怒るよ?12英雄のオオカミなんだ。それに、師匠はあんたのライバルだぞ?相手が神の如き魔獣であるなら、こっちは神の血族とエルフで対抗すればいいって言ってるじゃないか」


 詳細の作戦は、誰にも話していない。理由は単純、言おうとしても、聞き入れないからだ。まさかのエリナさんですら、今回は相手が相手だからと、聞いてはくれない。


「そんな理由?まさかそれだけで……」

「イフリータさん、本気でやるから手伝え」

――ん?ああ、ハイハイ――


 ジーンさん、完全にバカにしている。エリナさんの実力だって、このヒトと肩を並べる状態だと言うのに。既に2百歳を超えているサキュバスのジーンさん、お前の方が、老害じゃないか。それをしっかり教えてやろう。


 大精霊が創り、三大賢者のアドバイスで出力を増した、俺の得意術式。

「――点火(イグニッション)――モードフロスト――アイスフィールド!」


 今まで、呆れたり、嗤っていたり、興味を持たないでいた奴ら全員が、氷の彫像に閉じ込められる。

 しかも、流石は我が大精霊、チロッとイメージしただけの某有名漫画のポーズが、3つほど入っている。作るの早すぎだ、バカやろう。勿論、これだけでは今回は終わらせない。


 これが、今回の作戦の要なんだ。


「解るかなあ?見えないヒトには悪いけど、断崖の上から、海までしっかり凍っているの、見えているはずだけど。それに、師匠だけは氷結の対象から外した。ご都合主義の焔なんでね、俺は。


 その上で、氷の中に閉じ込められたジーンさん?お前まさか、この術式にお前の術式を上乗せできないとか言わないよな?

 師匠はちょっとその気になれば、この氷を色々強化して、束縛の術式を強められるはずなんだけどさ。

 最強の呪術師とか言って、エリナさんの3倍くらい年寄りなんだろ?痴呆が過ぎて、思考停止してないか?オムツ、買ってきてやろうか?


 で、残りの面子。これを割って、海の中に逃げるって方法、どれだけあるかなあ?ついでに言っておこう。今見えている海の氷、徐々に広がっているのは分かるか?……俺はこれを、浸食と呼んでいる。

 その気になれば、お前らの体の中に、氷の魔術と化したマナを、流し込めるんだが。リヴァイアサンは凍らない気がするけどさ。


 これで縛っておけば、動けなくなるんじゃないのか?やる価値がないとか、お前らはずっと言っていたけど、お前らの言う方法の方が、価値が無いだろ。馬鹿なサルめ」


 最後の言葉は、主にジーンさんに向けて言う。

――ねぇ……何しろこいつが、一番反対してたしねぇ――


「俺はかわいい子犬じゃねえ。狩人で、フェンリルだ。……神を食らうオオカミを、舐めてんじゃねえぞ、オカマ野郎」

――いいぞー!言ってやれ、ヴァン!――


 イフリータさんが俺の名前を呼んだ!奇跡だ!……は、いいとして。事実サキュバスは、変身してインキュバスになる。つまり、セルフTS機能付き生物。オカマ種族は事実だと言うのに。オカマにいちいち反応して悔しそうな顔をしている。


「ねー……ヴァンくんのやりたいことは分かったけどー……外でロイも凍り付いているから、術を解いてくれないかなー?」

 リサさん、流石の状況に苦笑い。そうですよね、分かります。


「ああ、クロコダイル来てたのか。しょうがないなあ」

――黒太郎色々残念な奴だよね……運ないなぁ――

 剣術以外、無いモノ尽くしですから。


 魔物以外の全員を氷の術から解放して、ロイが入ってきた所で、俺の考えていた作戦……要約すれば、海を全て氷塊にして、拘束する呪いをかければいいだけの事だ、って事を話す。

 浸食をすれば、嫌でも水の乱流も凍っていく。まあ、奴自身は凍らない気がするが。魔術や魔法を掻き消してしまう表皮を持っているらしいから。周りの氷は、別だろうが。魔物化した魚も、凍結決定だろう。


「でぇ、アタシが割れた氷を繋げたり、浸食を強めるように補強すれば、後はヴァンくんが走り回った一帯が足場になるって訳なのねぇ」

「そう、それさえできれば、街が海に沈むことなく、全員が生きて撤退できたかもしれないんだけどね。船じゃなくて、氷の大地を走れたんだからさ」


 氷漬けにされた奴らを睨むと、目を逸らしたり歯噛みしたりしている奴らが映る。1人以外は。


「へーぇ……随分自信あるのねぇ。でもー……本当にできると、思っているのかなー?お姉さん、絶対無理な気がするけど……」


 しかし、オカマの発言の直後に、海底から氷の塊が纏わりついて、暴れている超巨大氷塊が現れる。魔物は凍ったままにしたからなのか?流石に割れているらしいが、同時に侵食もし続けている為に、完全に割り砕くのは、少々辛そうだ。


「まあ、リヴァイアサンの氷像が海に浮いているのを見てから、言ってくれる?ほら、今浮いているんだからさ、ほら……見えないの、ほら?老眼だから見えないか」

――ヒュー!やれやれぇ!――

 調子こいて、お姉さんとか言って笑っているサルに、現実を指さして教えてやる。思いっきり目を逸らしているけど。


「つまり、あの街の人間を殺したのはお姉さんだって事だね。解りやすいだろ?解ったら、黙っててくれないかなあ、 オ カ マ の、お姉さん?」

――そーだー!陰険悪趣味オカマァ!――


 イヤミったらしく言い返されていやいや顔を向け、顔面蒼白で、氷像を一生懸命壊しているリヴァイアサンを眺めている。ザマア。


――――――――――――――――――――――――――――


「んで、その後俺が、海上をダッシュしたり、氷の滑り台なんかを作って、そこを基盤にして海を凍らせた。俺の通った後を、ロイが走って奴を切り刻んだんだ。


 結局、エリナさんとジーンが協力して俺の魔術を強化したから、リヴァイアサンは動けずになぶり殺しにされたんだよ。


 厄介な事に、少しづつ削れていくくらいで、首を切ろうにも硬くて何十回も切りつけたんだが、どうにかして殺せたんだよ。

 ただでさえ、まともに殺すのが難しいリヴァイアサンが災害化したんだ。まともじゃ無いヤツが戦わないといけない相手だったって訳だな。世界最強剣士と、12英雄と、3大賢者だ。滅茶苦茶な戦力になるって言われて、頷ける内容だろ。


 対して、今回は雷を落とす兎だ。攻略法が確立されているから、別に怖がるほどじゃない。それに、メインでやるのは2等級以上なんだ。お前らは、後方支援だから危険はない」


 実際に遭った事を話したヴァンは、誰かを馬鹿にしたように嗤っている。けど、最強の魔術師の1人を、サルあつかいするのは間違って……間違ってるよね?


「成程……特定の対処方法を確立しなければ、倒す事すら難しいと。魔国の東海岸は、地殻変動で無くなったのではなかったのか……」

 それは、ぼくも聞いた事がある。確か、この世界に来て、1年チョットしたくらいの頃……?


「ちょっと待って、ヴァン!そんな前からお前は化け物と闘ってたのかよ!ウソだろ?」

「精霊術師に嘘はない。そして、リヴァイアサンは3回目の討伐なんだ。俺からしても、災害の獣討伐は久しぶりなんだよ。その前の2回は、また今度話すよ。ちなみに、初めての災害獣は、お前が来る前の話だ」

 もっと前からかよ……?


「明日、会議がある。災害の獣討伐会議は、選定された特A任務対処班にしか来ないから、現状優秀だと認められたと言う事でもあるんだ。

 俺からしたら、ギリギリだけどな」

 ぼくとマリア、リリーを見て、そんな事を言うっていう事は、危ないのがこの3人っていう事か……あれ?


「ヴァン。今、ミーシャのこと見なかったよな?こいつは危なくないのか?」

「みゅう!失礼なんだよ、わたしだって成長してるんだよ!だから大丈夫なんだよ」

 ぼくが指をさして講義したら、猫は腕を組んで不貞腐れた態度で反論してきた。


「いや、こいつもだぞ?ただ、足は速いから、撤退の時には問題ないだろうからな。それに、実力が一番伸びているのは、現状ミーシャだし。ギリギリセーフラインに爪先が入っているってだけの話だ」

「ガーン……ダイジョウブって意味じゃないんだよ……」

 ……ダメって言われるより、良くないか?ぼくたちは言われたんだけど……?


精霊のボヤキ

――守るべき対象を戦場に連れてくのはご法度なのは常識だけど、ねぇ――

 戦場で自衛できないなら、死ぬだけ。常識だよな。誰かが守れば良いなんて言った奴は、道連れにされるだけだからね。そんなことやる奴は、戦場の素人だろ。

――こっちはそんなつもりできたんじゃないのに……――

 そもそも、中ば強制的に連れてこられたんだけどね?

――ねぇ、たかがアナゴの為にねぇ――

 ……アナゴなの、あれ?

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