5話 ヨイ
前回:――よくわからないまま喧嘩。たまにあるよね……無い?あそう――
「成程、その騒ぎの後喧嘩して、独りで残っていたと言う訳か……」
仕事を終わらせて酒場に来たダントンに、さっきあったことを愚痴った。ちょっと酔いが回って、頭がくらくらしているけど、まだ頭はしっかりしている。
「らけどさ……あいつは何であんな、ピアノとか覚えたんラよ……狩りがどうとか言ってる癖に……」
「まあ……あれも魔法の一環で覚えた事だからな……使う者はあまり多くないが、音響魔法と言われる魔法は、ああいう楽器を利用するのが普通なんだ。あいつの遠吠えのような利用は、レアケースだ。
それを利用して、あいつは少し遊んだらしいんだが、エリナが調子に乗って酒場でやらせて以降、たまにリクエストされるらしいんだ。人によっては、プロポーズの為に利用したりするらしい」
……あいつ、それだけでも食っていけそうじゃないか?本当にどんな事をしても生きていける能力とか、あったらいいのに。
「魔法が使えたからって……別に偉くもないラロ……」
「ユータ、少し飲みすぎだ……」
まだ序の口……だと思っていたけど、
「う……きもちわ……ロロロ……」
自分が思っていた以上に酔っていたみたいで、その場で吐き戻して周りが騒がしくなり始めた。ダントンに奢ろうとか思っていたけど、こんな格好悪いことをして奢られても、嬉しくないかもしれない……?
「おい、ユウタ……少しは我慢してトイレでやれよ……」
「ヴェ……ヴァン?何れ今ここにいるんラよ、おまえはかへったんにゃないのか?」
気がつけばヴァンがそばにいた。吐き戻したけど、酔っている事を意識したらなぜか余計に気持ち悪くなってきた。
普通、少しスッキリするんじゃ……ダントンが飲んでたのに合わせて、芋の蒸留酒呑んでたんだっけ……ジャガイモの蒸留酒なんて、聞いた事無いけど……ジャガイモじゃなくて、練り芋か?どっちでもいいか。
「……アクアビットのストレートって……」
「ああ、俺も止めたんだが……どうしても同じ物をって言って聞かなくてな。済まない、俺の責任だ」
テーブルの酒を見ながら、空中に魔方陣を描いて、何かを発動させて……汚物が灰になった。ゴミを塵に変える魔法か?どんな魔法だよ。消せよ。
「それより……こいつ連れ帰っていいか?さっき、特殊任務の話が入ったからさ。ダントンにもそのうち来るかもしれない。『災い』が来たら、困るだろ?」
「なっ……!あ、ああ。分かった。だが、ユータも?」
何かいきなり焦り始めたダントンと、相変わらず表情が薄いまま頷いているヴァン。何を焦る必要があるんだよ……汚物はもうないのに。
「じゃあ、行くぞ……ほら、ユウタ」
「らから……なんでヴァンが今ここにいるんラよ。帰っらんじゃないの?」
ぼくの脇を抱えて立たせようとして、断念したらしい。ぼくも体を動かすのが怠いし、動きたくない。このまま寝かせて欲しい。
「そう言う訳にも行かないんだ。帰る時に仕事の打診が来てね。その話をしていたんだよ。明日、その会議に出る事になった。
2等級以上が数チーム、それ以下の俺達が数チーム集まって仕事する事になる。その為に、事前に話さなきゃいけない事があるんだよ」
「仕事とかどーでもいいじゃないかー……お酒飲もうよ……」
テーブルに戻ろうとしたら、体が空中に浮いた。浮遊感に酔いが合わさって、また気持ち悪くなってきたけど、抑えようとした瞬間に頭に氷のヘルメットを被せられた。新技かよ?
「これ以上はやめておけ。それに、暢気な事を言っていられないんだ。さっさと帰って、話をするぞ」
そのまま空中に浮いたまま、ぼくは連れ帰られた。
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エントランスのソファに寝かされて、ダラダラしていながら水を飲んでいると、屋敷に戻って寝ようとしていた全員が起こされて集められたらしい。
「ユータ……馬鹿にされたからって、飲み過ぎちゃだめだよ……ほら……」
優しそうに見えて、案外ヒドイ事をサラッと言うアリスも、流石に今のぼくの事を無視できないみたいだ。でも、さっき吐いたし水も飲んだから、随分と楽になった。ヴァンから酔い覚ましの薬も貰って飲んだし。
「らから……ダイジョウ……ウッ」
ソファから体を起こそうとしたら、また戻しかけてしまった。何とか飲み込んだけど。ちょっとおかしい……?さっき落ち着いたと思ったのに、またフラフラしてきた。
「一体何だと言うのだね、ヴァン。流石に、酔ったユータを介抱するのは、全員でなくともよいと思うのだが」
「老人じゃないんラから、ぼくらってイヤらよう……ダントンと、話してらことらろ……?」
珍しくふてくされた顔をしているヴィンセントだけど、ぼくを誰だと思っているんだ……?確かにすごい事は出来ないけど、そんなにバカにされるような奴でもない……はず。
「ユータの状態は置いとけ。今回、緊急の特A任務が入ったから、寝てるところを起こして回った。申し訳ないけど、『災害』が来たからには、のんびりしている暇はない」
さっきダントンにも言っていた、なんだかよく分からない事を、真剣な顔をして話している。
「いみわかんないよーう!ぼくらのいる街の、どこに災害が起きたんらよーう!ほらー、なにがおきたんらー?はなせよーう」
やっぱり、フラフラしてる。あれ、さっき水を飲んで……?水のボトル、もってるのに?
「おい、ユウタが持ってるボトル……」
ヴァンがぼくの水を指さして、リリーがボトルをつかんだ。これはいまのぼくのせいめいせんだからとっちゃだめなのにうばおうとしているなんでうばおうとするのかな
「ほら、貸してみいや……ちょっと借りるだけやから……」
「らにいっれんらよこれはぼくのみるらろらろりらんふぇ……」
とりかえそうとしてちょっとばらんすくずしてだきついちゃったしもにゅってなにかあたったけどおこってないしさっさとはなれて……
「いや、良い。匂いで分かった。それ、アクアビットだ。しょうがない……起きろ、ユウタ」
ヴァンが何か言ったと思ったら、頭が突然水に浸かった。
驚いて水を少し飲んで、暴れたけど頭から離れない。
息ができない……
「ブハアア!し、死ぬかと思ったああー!」
少ししてどうにか水から出られた。流石に、あんな事をされたらぼくだって酔いが醒める。というか、死にかけていて気持ちいい訳が無い。
「これから真面目な話をするって言ったのに、なんで酒のボトルを持ってるんだよ。折角の酔い覚めも意味がないじゃないか」
だからって……反論しようとしたけど、皆の冷めた目が突き刺さって我に返る。確かに、気づかずに酒のボトルを飲んでいたなんて、情けない。
それに、さっき自分がしていた事がぼんやり頭に残っているから、リリーが顔を真っ赤にしているのがちょっと見えて、顔を見れない。
「さて、これから真面目な話だ。さっきも言ったように、災害が来た。これだけじゃ意味が分からないのは、俺も理解できる。だが、これが合言葉なんだ。覚えておいてくれ」
確かに、何度もその言葉を話している。けど、何だと言うのだろう?
この街の辺りの雨季は、異常に長い。その雨季の間には、晴れる日がほとんど無くて、雨が多すぎるせいで山では良く土砂崩れが起きる。
例の谷底の河だって、あまりにも多すぎる雨のせいで河底が削られてああなったらしい。その河に、森の中にある小さな川が流れ込んでいるとか。
その雨は当然、この街にも降る。事実もうすぐ雨季だから、この街の地下にある下水道に水が氾濫する事になるだろうし、排水した水が街の近くに流れ出て、どこかの街道が水に沈むことになる。
その街道は、もともと排水路として作られていた物らしい。その場所に、誰かが入り込んで問題になる事もあるし、時折排水路の水が村に流れ込んで被害が出る。
当然、これは雨が降る雨季での話だし、そういった災害は後半に多い。
他の地震とかの災害は、この街ではあまりない。山火事が起きることもあるけど、魔術師とかソーサラーが大体雨とかを振らせたりして、鎮火する。ヴァン以外の人がやる事だから、関係ないと思う。
「災害……とは一体、何の事なのだね?流石に……」
周りの全員、解らないみたいだ。それなら、ぼくが分からないのもおかしくないだろ。ヴァンが知っているのは……エリナさんがらみ、とかか。こいつ、ホントそういうのが多いな。
「当然だと思う。大体、あいつらは街の近くでは起きない奴らだ。今回は、ちょっと街に近い所で起きたから、大至急討伐に向かわなきゃいけないって事になったんだけどな」
「ん……?あいつら、討伐?どういう事、災害でしょ?」
アリスが質問した内容は、当たり前だろう。誰だって、意味が分からない。全員首を傾げている。何だって言うんだ、ヴァンのやつ?
「災害の獣、災害獣、巨神獣……色々な呼び方をされている、伝説上の生物のような存在。そんな奴が、実在している。その存在が、現れたんだ」
この世界の昔話に出てくる、体が溶岩で出来た巨人族より大きなサルとか、そんな話があったと思う。でも、そんな物は日本でユニコーンとかが出たとかいうような、有り得ない事らしい。
幽霊扱いのレイスだって、実際に人間を襲う事は無いから、ホラーネタ程度にしかなっていない。
そんな存在しない物は……
「ヴァン、その様な与太話を、流石に君が信じるとは到底思えないのだが、何の冗談なのだね?」
そう、誰も信じるはずがない。ヴァンが信じているって言うのも……
「俺が関わった災害獣の経験は3回。今回で4回目だな」
「おい、ヴァン!聞いているのかよ……流石に……」
聞いていないかのように話を続けるヴァンは、全く空気を読む気がないらしい。そして、空間に手を突っ込んで、倉庫から何かを取り出そうとしている。
「その内の1回は、リヴァイアサンだ。これは、その記念品」
取り出したのは、巨大な壁……?その大きさは、3mくらいまで引き出してもまだ、倉庫の中に隠れている。半分も出ていないかもしれない。
「さっき、飯食いに行った時に話すと言ったな?災害獣となったリヴァイアサンを、俺は相手にしたんだ。
これは、その鱗。たった1枚だけ頂いてきた。
リヴァイアサンは通常、50mくらいまでにしか成長しない。そのくらいであれば、真っ当な戦力の冒険者や海中人種なら、充分倒せる。
しかし、こいつはそうは言っていられなくなる程にデカすぎ、強すぎる存在になった」
「……お……おいおいおいおい!どれだけデカい奴と闘ったんだよ、おまえ!」
多分、10mくらいは引き出した。でも、まだ収納に鱗は隠れている。どんな大きさかは、鱗の大きさだけでも充分想像できるけど……
「全長5km。それが俺の闘った事のある、災害獣化したリヴァイアサンだ。
鱗だけでも、13mはある。しかも超硬質で、どんな剣であっても弾くし、どれだけ重いハンマーであっても柔軟な肉が跳ね返す。そして、異常な魔力があるから、エリナさんの最強攻撃・天の川ですら、平然としていた。
ただでさえ、元が最強クラスの魔獣だ。そんな風になってもおかしくはないんだけど、勘弁してほしいよな。
災害の獣と呼ばれる理由の1つは、異常にデカくなること。そのせいもあって、自重を支えられない個体も多いのだけど、たまに平然と歩きだす奴がいる。そんな奴が街を踏みつぶして回るんだから、面倒な事この上ない。
2つ目、異常な性質な能力を持つ事がよくある。このリヴァイアサンの場合は、魔術を拡散、無効にしていた。
物理も魔術も聞かないから、倒すのにかなり苦労したよ。それ以外の奴で言えば、定番のカミナリウサギだ。雷兎なんて言って、生活魔法の名前と被らせて、他の奴に気付かせないようにしている。
3つ目、ある意味これが一番最悪だ。俺からしたら、そこは定番なのかよって感じだが。こいつらの飯は、生きる者の魂じゃないかなんて言われている。
実際に、ヒトや動物が多い場所に向かって、進んで歩いてくる。直接食べなくても、踏みつぶすだけで栄養にしているんじゃないかというんだ。
おかしい事この上ないけど、動けない奴は大体数日で死に至るのに対し、歩く奴は数か月から数年生きている個体もいたそうだ。
そして、こんな異常な生物が突然現れる事についてだが……全くの不明だ。既存の魔物が、超巨大化するって考えればいい」
「お待ち下さい……まさか、ですが……ヴァンさんが受けた仕事というのは……」
鱗に気を取られて、そのままべらべら話しているヴァンの言葉を追いかけるだけで精一杯になっていたけど、討伐の仕事を受けたと言ったのをエイダの言葉で想い出した。
ヴァンはいつも通り、肩を竦めて笑っているけど、でも、流石に……
「そう、俺達、冒険者が災害獣を倒さなければいけない」
「「「……」」」
ウソだろ?全員、顔を青くして固まっちゃったよ。
「安心しろ、災害獣の中でも最弱クラスの、雷兎だ。ホーンラビットが体長70mになった程度だし、安全な攻略法も確立済みだから、比較的楽だよ」
「いや全然安心できる理由じゃないだろ、それえー!」
そんな事、できる訳が無いじゃないか!
70mのウサギ、もう充分、怪獣だろ!
精霊のボヤキ
――アクアビットって?――
エリクサーを造ろうとして、神の血を精錬した物。
――……は?――
万病に効く薬のつもりで作った、キツい酒。それがそのまま、こっちの世界に渡ってきたらしい。バカな話だけど、酒で病気が完治すると思い込んでたそうだ。
――色々言いたい……――




