1話 精霊の泉
前回のあらすじ:親にバカって言った赤ん坊、転生者
「ムー……」
「スヤァ……」
俺はいつものように日向ぼっこしながら昼寝している。となりでルナも気持ちよさそうに寝ている。俺たちは4つ子で、ルナは末の子だ。
両親や集落の人からいつも通りに狩りの仕方を教わり、昼飯を食べた後だ。狩りで取った野鳥のまた美味いこと、脂の乗り方が絶妙で引き締まった肉が牙を包み込んで……
「ムゥ。思い出したら腹減ってきた」
「ヴァンとルナったらここにいたの?さがしたんだから」
舌足らずな感じでハーティがスコルと一緒にやってくる。こんなところといっても、森の中にある集落の、さらに真ん中にある広場の、ど真ん中の草地。だから、探すのもどこかおかしい気がする。
「はやくいくよー」
「いこー」
何か約束したんだっけ?2人に俺とルナは起こされ急かされた。
兄弟……兄妹?ハーティが一番上だから、姉弟か。スコルは俺の下の弟だし。
俺達の見た目は同じ、狼の獣人(犬じゃなかった)で、白っぽい体毛や赤い目の色も一緒。
違いといえば尻尾の先の柄とアホ毛の位置。俺はおでこ、ルナは左こめかみ、ハーティは右にアホ毛ができてる。ぶっちゃけ、いらん。
余談だが、一族の姓がフェンリルらしい。が、その由来がどうも胡散臭い。北欧神話に似た話なのだが、フェンリルが死なずこの世界に来て、英雄ごっこをしたらしい。大方それっぽい神話を繕って覇権を握ろうとしたのではないのだろうか。
全能の神の子は、宗教であがめられてる人だけでなく、地方の没落貴族とかにもいたと聞いたことがあるし。嘘かもしれない。
この世界の精霊は嘘を嫌うらしいから、居たらわかるだろうけど。それはともかく、姉弟4人で森に向かう。
……ああ、思い出した。
「精霊の泉だっけ?」
「そうだよ、みつかっちゃいけないんだからね!」
「……逆の方向に来てるんだけど」
姉のちょっとした間違いを指摘する。俺達の目的は、よくある子供のいたずらや、冒険。そんなことを毎日飽きもせずにやっている。まあ、今は子供ですし。大目に見てやってください。
「ムー……」
指摘にハーティがむくれているが、そんな彼女を差し置いて反対側の森に向かう。
と言っても森の中に集落があるんだから、全方向森なわけですが。しかも軽く雪が積もっている。最近減ったかな?木々の隙間から見える限りでは、それなりに標高の高い辺りらしい。
頭上には、槍のように突き出した氷のような山がある。感覚で言えば、山脈の5合目……いや、4合目ぐらいの高原に集落は位置している。この辺りがギリギリ森のある場所のようで、生物もいる。
なんかの虫が鳴いている。雪が積もってるのに、なんで?
「カナカナカナカナ」
「ちがうよ、コロコロコロだよ」
「ん?かたかたかた」
「クルクルクルでしょ」
三者、否、四者四様で虫の音を真似る。どれも全然違う気がする。
「そもそも雪の中でセミが鳴くってなんだ?」
「ん?せみってなぁに?」
俺の疑問にルナが返してくる。興味あるのか?
「セミって虫だよ、普通暑いところにいるか、暑い季節に出てくる虫」
「おいしい?」
「「「食べちゃダメ」」」
ルナのトンデモ発言に、残り全員の発言が重なる。いや、沖縄では食べるとかいうし、食べようとすりゃ食べられるかもしれないけど、大丈夫かどうかは確認しないといけない。少なくともにおいをかいで毒があるか……あかん、大分この体に慣れてきたから、人間的な感覚から離れて行ってる。
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目的の場所、「精霊の泉」とはその名の通り、精霊がそこにいて、祈ると体に宿すことができる場所、なのだそうだ。
とは言っても、掟で10歳になるまで祈りに行けない。近づくのも基本的にはダメなのだそうだ。
理由は簡単だろう。過ぎた力は人をダメにする。小さい頃からそんなものを持っては危険なのだから。
精霊を宿して魔術を使えるようになるのは、ある程度大きくなってからだ。因みに、獣人は成長が少し早いらしい。10歳のお兄さん方は人間でいう13・4歳ってくらいだった。獣人は寿命も早そうだ。
「この辺りにあるはず……水のにおいがする」
「あっちかなぁ?」
草を分けて進んでいくと、突然開けた場所に出る。森の中の一部を深くくりぬいたように窪んでいて、片面に少し崩れたような崖とも取れる斜面があり、もう片面には砂が堆積している。崖側の水面のあたりにあぶくができている。そこが水源か?
「ここ?」
「なにもいない……」
「よーせーさーん!」
「精霊ね。妖精は違うものになります」
「よーせーだよぉー」
ハーティ、自分で行こうと言っておいて間違えて呼んでる。怒られても知らねぇよ?
妖精は人みたいに生きてる奴らの事らしいし。よく知らんけど。
俺たちは崖の上に回って覗き込んでみる。水底からあぶくが漏れてるあたり、やはりあそこから水が湧いて出てきてるのだろう。4人そろって息をのみ覗き込む、が、妖精はもちろん精霊も出てこない。
適度なところで帰ろう。そう言おうとして、
「あわゎぁ」
盛大な水しぶきとともに、スコルが泉に落っこちた。
足元が崩れたようだ。どうやら結構深いようで、足がつかないらしい。姉妹は慌てて「スコルしんじゃう」とかなんとか言ってるけど……?
あぁ、泳ぎ方とかまだ習ってないもんね。まして半端に覚えても溺れる者を救助するなんて無理だ。一緒に沈められてしまう。とりあえず、俺は一度遠吠えをして、構える。
「ヴァン?なにしてるの?」
ハーティの言葉を無視して、俺は水面に頭から飛び込む。
当然、前世の記憶がある分、体が動いてくれる、そう信じて。
記憶はエピソードだけじゃない。自転車の乗り方とかは忘れないっていうんだ。なら、何となく覚えたドルフィンキックもできるはず。体をうねらせるだけだ。
潜水して泳ぎ、もがいてるスコルを後ろから掴み水面に出て、背面泳ぎに移行する。聞いてただけの救助法もやってみると一瞬だ。
「はあい、動かないでねえ」
「う、うぅ……」
水中から泣いてたんだろうか、えずきながら頷いている。
俺は彼をかかえて、背面泳ぎで浅瀬に向かう。そんな中、足を何かが刺した気がした。虫でもいるのか、あるいはヒルか。
ただ冷たいだけだったのなら、今も全身に浴びている水から感じ取れる。つまり感覚が違う。まあ、それを考えるのは岸に上がってからだろう。
そして、すぐに遠吠えを聞いた大人達が、俺達を叱りに来るはずだ。自分でやったことだが、やれやれ……。遠吠えが緊急を知らせる合図ってのも一族の習わしだが、随分狼の性質に慣れたもんだ。
「う゛ぅ……ありがど、ヴァン゛」
「ハイハイ、それよりこのままじゃ冷えちゃう……ん?」
気だるく返事して、身を震わせ水しぶきを飛ばしてハーティとルナに二次被害を与えようとした俺は、動きを止めた。
もう乾いている。
「プルプル!……どうじたの?」
俺のやろうとしたことをスコルが行い、駆け付けたハーティは水を浴びるが、ルナは俺の後ろに隠れていた。残念。ハーティしか水を浴びなかったじゃないか。
それはとにかく、体が乾いてることにある予想が立てられる。
しかし、さすがにそんな簡単にはいくまい。祈らなければ精霊は付いては……
――あーきこえる?――
……聞こえない、なんて言ったら怒りそうだ。
――うん、怒るねー。めっちゃ怒ると思う――
考えた事を読み取らないでほしい。これってエロイ事考えたら筒抜けな奴やん。いきなり頭の中に声が響いてくるとか怖いしやめてほしい。
そんなやり取りをしている俺 “達” の事を姉弟はぼんやりと見ている。理解していないのだろう。
だからなのか、頼んでもいないのに、俺のおでこのアホ毛の先に突然光が灯った。
……チョウチンアンコウかよ?
「おおおお!」
「わあぁあ!」
「んー?」
ルナだけ、状況を理解できていないらしい。理解させるためにやったことだろうけど、この子はのんびり屋だから……。
それはともかく精霊さんよ、あなたのお名前なんてえの?
――随分と面白い子ねぇ、才能といい性格といい――
?才能、って何のことやら。
――あたしはイフリータ。火の大聖霊よ――
…………惜しい。イフリートじゃなかった。イフリータ、ってなんで?って思ったけど、響いてくる声からしても名前の感じからしても、女性、ということなんだろう。確か、ジン(ネズミのアニメ映画の青いやつとか)の親戚みたいなもんだっけ?ちょっと違うか?
それはとにかく、さっき言ってた才能って……
「よおし、クソガキども。覚悟はできているんだろうな?」
「「「「あ」」」」
群れのオッサンたち、来ちゃった。って俺が緊急用の遠吠えをしたからなんだけど……
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「もう、ダメだよ?勝手に泉に行くなんて」
「「「「ごめんなさぁい」」」」
オッサン達にどやされた後なので、やさしめに叱る母。どことなく不安げな様子がはっきりと分かる。
仕方ないだろう。森には魔物もいる。普通の動物でもモノによっては危険だ。
「誰が行こうなんて言い出したの?」
「ヴァン」
「おい、ハーティ。お前だろうに」
「そーだよー」
「……」
「ブゥ」
しれっと俺に擦り付けようとして、俺とスコルに反撃を食らってふてくされているハーティ。そりゃそうだろ。
「やっぱり……」
母にもそう思われていたらしい。
「とにかく、手を洗ってきなさい。ご飯にするわよ。今日はあなたたちの誕生日だから、豪勢にしてあげるからね」
立ち上がりながら宴を知らせる母。そう言えば誕生日か、5歳の。ちょっとテンション上がる。
「よっしゃーーー!肉だあああぁぁぁぁぁ!」
「んー?毎日お肉だけど?」
ルナさん、確かにそうなんだけど、そういうことじゃない。大事なのは、「誕生日に食べる肉」なのだ。
――……変わらないじゃん――
なんか聞こえたけど気のせい、気のせい。
「それと、はい。誕生日プレゼント」
母がプレゼントを渡してくる。こういう所、あまり変わらないのかもしれない。
「あーー!」
「ヴァンだけ違う!」
「ズルいズルいズルい」
3人には手袋。俺には、クリスタルでできた獣の爪を、赤い紐で括って吊るした首飾り。大人がしているものと同じだ。
「ヴァンは精霊様を宿したからね。特別なの。そう、特別」
何か気になる言い方をしたが、その後何も言わず母は調理に取り掛かった。
シカ肉を豪華に使ったシチューと、ステーキだ。肉汁がたまらん。トロトロになるまで煮込んだ肉が舌の上で溶けて、幸せの形を教えてくれる。俺達はその幸せの有様に顔をほころばせる。
そして、俺は知らなかった。
その幸せの形は、この日が最後だということを。
1章分まとめて出来上がっているので、出来る限り連続投稿します。最後まで書く気力が残るかどうか……
なお、想定ではかなり長い構成です。