18話 略奪者
前回のあらすじ:大物再び。失うのも再び。
「ウヴェア……マズッ」
提供された麦粥というのか、オートミールというのか。作り方次第ではもう少しうまくできそうだが、それ以前に恐らく小麦の挽き方やらがなっていないのだろう。品種の問題もある。
実際、日本の米は元は真っ黒で、品種改良し続けて白くうまくなっていったのだから。麦もそういうものであって当然だろう。
つまりいろいろ間違っているんだ、作り方を。
「んー、マジュイよねぇ、麦のおかゆ。ハチミツ入れるとおいしくなるよ?」
緩和策を提供してくれるアリスとかいう女の子。同い年らしい。というか、普通に蜂蜜使うのか。こういう世界じゃ、高級品ってのがセオリーだろ?見た感じ片田舎の農村だろ、ここ?
「こら、まずいとか言わないの。ごめんねぇ、オオカミ君のお肉の代わりって思って、頑張ってはみたんだけど」
俺の事はスルーして、アリスを叱る母親。カリナさんって言ったか。俺に謝罪してきた。
「御免で済めば警察がいるか?あの肉の代わりなんて、出来るわけがない。意味が違うんだよ。気持ちで片付くものじゃない」
美味いもの渡せば、喜ぶとか思ったのか?俺にとっては、肉が最上だ。パンとかカユとか食ってられるか。実際この2年、一度としてパンは口にしていない。
「それどころか、俺が肉を料理した方が万倍マシだ。食わせてもらって悪いけど、残ってる俺の肉を返してもらいたい」
「えー、慣れないけど、頑張って作ったんだよ?ほら、このスープおいしいから」
肉の返却には応じない、か。
顔が引きつっているので、不本意だが村でも強く言える立場じゃないのだろう。このヒトに交渉しても何かが変わるわけじゃない。
因みに、そのスープとやらについて。ハーブ類は無し、骨を丸ごと下処理をせず鍋に入れて、赤ワインを混ぜたものらしい。
一口飲めば分かる。そりゃ、狼ですもの。獲物に関するニオイはヒトの万倍単位、関係のないどうでもいいにおいでも、千倍は感じる。
味について、言う価値があるのか?血生臭いのは俺にとっては誉め言葉だ。美味いと言ってやろう。目玉が浮いているのも妥協点だ……どこぞの考古学博士のアクション映画に出てきたな、こんな料理。
……いや、料理じゃないな、これは。薄い血だ。
「んー、変なお味?」
子供にも変って言われたよ、この母親。なのに両親共に、怒る雰囲気ではない。基本は優しいんだろうが、そんなこと言ってるガキはぶん殴って飯を取り上げられても当たり前だろ。
――誰がそんなことするのよ――
前世の俺の親。実際やられたんだから、文句はあるまい。それはどうでもいいとして。
「なぁ、俺の肉、どれくらい余ってるのかな?返してもらえるんだよな?」
そろそろ限界がきたので切り出す。こっちは狩りで生活しているんだ。獲物を横取りされて、気分云々という幼稚園児のわがままを言ってるわけじゃ、ない。
「生活かかってる者から奪って、それで知らん顔なんて、盗賊のすることだろ?」
流石に俺のこの言葉に、家族全員の食事の手が止まる。
「小さい子供から強奪して、そいつを見殺しにしようなんて奴が、出来た大人のする事か?あれだけのシカだ。俺1人なら1週間は食える。
保存方法も知っているし、ハムでもソーセージでも作れる。それだけのものを奪ってこれで終わり、とか言わないよな?」
実際に作っている。実物を見せてはいないが。ついでに言えば、レバーとかを食べずに捨てたりしていてもおかしくはない。
本当なら今頃、俺の腹に入ってるはずのモノなのに。
「あー、うん。後で村の人と話してみるよ」
父親、セドリックとか言ってたか?が少し口を重そうに開いた。
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「ふ・ざ・け・る・なああああぁぁぁぁ!炭にするぞクソガキども!」
翌朝、不本意ながら一宿一飯をいただいたものの、代わりに持っていかれたシカ肉はひとかけらも残っていないという言葉に激怒している俺がいる。
ここは村の入り口の開けたところだ。このまま、追い出すつもりらしい。
「クソガキって、おまえがガキだろ」
村のヒト全員だろうか。結構な人数がいる。70人くらいか?
集まっている中で恰幅の良い背の高め、180センチくらいだろうか?のオッサンが言う。なんか、血まみれのエプロンを着ている。牛クサい。
牛舎か何かあるんだろう。恐らくそこのオッサンだ。青年団のような存在なのだろう。
「さっきも言ったように、この村も食べるものがあまりないんだ。だから仕方ないんだよ」
頭をかきながら、悪びれもせずそう騙る。俺の言葉をガキのわがままとしか考えてないな。
「仕方ないって、盗賊行為がか?この村は略奪で生きてるのか、それなら話は早い。覚悟はできてるよな?――点火――」
言い終わると共に、俺の体が炎に包まれる。周りから声が上がったが、それが驚きか恐怖かは知らない。興味がない。鉈を引き抜き、村人たちに向ける。
「略奪者には相応の末路ってもんがある。奪う側から奪われる側になっても、自分達がしたことと同じことされただけだ。言ってる意味、分かるな?」
「お、おまえどどどうややって……」
あからさまに慌てだした牛舎のオッサンに応えるのは俺じゃない。俺の頭の上の存在だ。自分から俺の体からゴウと音を立てて現れる。
「大精霊を身に宿し、狩りに生きる『転生者』なんだ。このくらいの事、出来なくてどうする?」
俺がニヤリと嘲いかけると、暑くてかいたのか、それとも恐怖からか、汗を流し始めた村人は、息をのむだけで動かない。
「さて、あなた達には3つの道が用意されている。1つ、このまま俺を追い立てて、村が消失する。このままいけばそうなるなあ。
どっちにしろ、盗賊行為は見過ごせない」
「いや、俺たちは盗賊じゃ……」
指を突き立て、マナを飛ばす。言い訳した牛舎のオッサンのエプロンだけが燃えて落ちる。どうやら革製のようだ、焼けにくかったし。
地に落ちるとともに重い音がした。エプロンの中に何か入ってるんだろう。武器か?
「俺から鹿1頭、丸ごと奪っといて何言ってる?寝てる奴に貰うとか言って、交渉できたことになるとでも?
返せって言っても、無いから無理なんて開き直り、通るわきゃねぇだろ?」
これ見よがしに嘲笑いながら、寄りかかるように片手で入り口のそばにあった木に触れる。同時、俺の炎を浸食させる。
面白いくらいに、一瞬で木が火に包まれ、焼け、崩れた。
「さて、盗賊じゃないのなら、2つの道がある。1つは契約、1つは交渉だ。何しろ俺の肉を勝手に食ったんだ。弁償する必要はあるだろう?それとも、お前の所の牛を全部バラしてステーキにしても文句言わないって言うのなら……」
「まて、それはやめろ。わかった、何が欲しい?」
どうやら、交渉の方を選ぶらしい。道をわざわざ示さなくても理解できる知能はあったようだ。個人的には、契約の方がうれしいのだが。
「ちょっと待ちなぁ!そんなんあたしが許さないよ!」
しわがれた声でチビババアが騒いでる。皺くちゃで汚らしい。
実際あいつが一番多く肉をもっていったらしい。足も、俺が焼いたやつは2本目だったそうだ。なお、内臓は全部捨てられたらしい。現在麦畑用のたい肥になってるだろう、とのことだ。
それを指示したのもこのババアだ。害悪でしかない。
「大体あたしらがどんだけあんたに恩を与えアギャアアアア!」
恩とか、どこから来たのか知らないから。妄想性の精神疾患でも持っているんだろう。
意味分からないから、バカの頭を燃やす。大丈夫、すぐには殺さない。髪しか燃やしていない。一本ずつ、丁寧に、脱毛処理をしてやる。炎が毛根に、ジワジワ広がりながら焼いていくだけだ。
「で、文句のあるやつはいる?
あ、嘘は精霊には効かないから、言っても無駄だよ?そいつも恩なんてこれっぽっちも与えたつもりがないから燃え上がったんだ」
わざとらしく説明してやる。理解できればいいけど。
「そ、村長ー!」
は?そのバカが村長?この集落、ダメすぎるだろう。
近くのヒトたちが慌てて消火しようと水やら布やらを被せてくるが、水は蒸発して布が燃える。そのババアはと言えば、地面に転がって苦しんでいる。
大丈夫。毛根が、焼けただけ。
「わかった、わかったから!もうやめてくれ!」
「大体、なんでこんなことをした?」
慌てた牛舎のオッサンは俺に懇願し始めた。そろそろ動機を聞いてもいい頃だろう。
「そりゃ、俺らも食うに食えず仕方なく……」
「嘘は効かないと、言ったよな?
あれは何だ?軒の下の野菜。木箱いっぱいの芋。俺の後ろに広がっている、広大な麦畑。そろそろ刈り時かな?頭も下がってきてるじゃないか。
いくらかは税で取られたりもするだろうが、ほんのちっとも残らないってことはないだろう。
野菜も、自分たちで育てているようだし。そっちは税はかかっているのかな?量的にどこかに売ってるんじゃないのか?
牛舎のオッサン。チーズ作ってたろ?発酵のいい匂い、そんなにさせていたら……」
自分の言った嘘から、ここまで反撃が来るとは思っていなかったらしい。顔が青くなり始めた。
「おい、なんでガキがそんな事……」
しかし、未だに信じられない様子だ。当然だろう。頭悪いんだニンゲンって。
少し思考が出来るからって、何でも自分に都合がいいように解釈したがる。
真実を見せても分かりやすく説明しても、今のこいつらみたいに妄想にすがりたいんだろう。すがれるものは、無いがな?
「大精霊がいる。オオカミだから匂いに敏感だ。転生者で、違う形とはいえ、社会で生きてきた。常識も一応はある。思考もできる。当然だろう?考えるのがヒト、なのだから」
言ってる意味、分かるかな?分からなければ、サル以下だ。ヒトとして相手をする必要は、ない。同じ事を何度言わせるんだろうな?サルなら許す。サルは理解できないから、殺すだけだ。
「とにかく、代わりの物を用意するから、それで勘弁してくれ。な?」
牛舎のオッサンはそれだけ言うと、全員の方に戻っていった。
ここに来てようやく、ババアは火の手から解放された。恐らく、このババアは一生髪が生えないだろう。
――あれは自業自得。奪われるのを感謝しろなんて考えてたみたいだからね。さっきぼやいてた――
何、その理屈?それなら毛根奪われたことを感謝しろって言っていいんじゃん。屁理屈にもならん。なんだ、このサイコパスども。前世でもたまにいたな、そんなバカ。
家賃払ってるんだから、シェアハウスにある物は全部俺の物とかいうシェアメイトとか。実際には滞納していたけど。ラーメン屋店主とか言ってたっけ?どうでもいいけど。
未だゴウゴウと燃え盛る俺の体の炎にビビりながら、村人たちが持ってきた物を眺める。
パン数個。チーズ1塊。干した野菜やキノコ。いくらかの果物。それらを入れて余りがあるリュックサック。俺には大きいな。
それと
「ばあちゃんが悪いこと言ってゴメン。これは、うちのだ。食べられるものじゃないけど、使えるようになればきっと役に立つから」
ショートボウって言うのか?小さめの弓と、矢が数本、それに矢筒。戦う力は既にあるんだが、まあ、悪くない。
「それで、シカを流通に乗せて売った場合と、これらの販売金額は吊り合いが取れるのか?」
「ああ、少し足りないが、一応は」
「……それは皮も含めているよな?」
俺の質問に、牛舎のオッサンが応えたが、追加された言葉には黙ってそっぽを向く。これは末期症状かもしれない。
「足りないなら、返すか、燃やされ……」
「分かった。返すから勘弁してくれ」
うん、理解早くて結構。皮を取りに帰ったオッサンと入れ違いに、アリスがようやく近づいてきた。尚、アリス宅は昨日の晩飯と宿で話はついている。
「オオカミくん、行っちゃうの?どうして?」
泣きそうな顔で縋り付きたそうにしているが、今俺は燃え上がっているので近づけない。自分の手を握って、安心させようとしている。
「この村のヒトは俺のこと嫌いだってさ。だから追い出されるんだ」
悪辣に言われた、みたいな眼を村人はしているが、実際そうなんだから仕方ないだろう。ああ、懐かしいな、この環境。前世の学生時代はずっとこうだった。
「文句言うなら、村のヒトに言いな。ヒトって言っていい心を持ってないから、サルって言った方が正しいんだけどね」
牛舎のオッサンが皮を持ってきたのを見て、いやな思いを振り払いながら言う。
皮はなめしていない状態だが、余計な脂は取られている。ここから加工すれば、多少は使い物になるだろう。それに、バカでかい。
「んじゃ、これでおさらばだね。できれば2度と顔を合わせない事を願うよ」
それだけ告げて俺は離れていく。アリスが母親に、泣きわめいて抱きついているようだが、村人たちは何もできず、ただその子を見ているだけだ。
「まともにゴメンの一言も、アリガトウの言葉もなかったな」
チラリと後ろを振り返りながら俺は呟く。
――確かに、どっちか出せればあんたもここまでキレなかったでしょうね――
「俺に脅されてようやく、だってのに……あれでオトナのつもりなんだろうね。あのチビババアだって、70歳くらいだろうけどあの程度だもの、笑えるよ」
全く笑わずそんなことを大精霊と話しながら再度森へ向かう。この程度でヒトだのオトナだの言えるのか?ガキのケンカじゃないか?などと愚痴ながら。
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「やっと、見つけたぜ……」
「あ゛?」
森に入って数時間歩いたところで、DQN達が来た。今日は増援がいないらしく、4人だ。
「ねぇ、もうやめよう……私は嫌だよ、こんなの」
と僧侶
「何言ってんだ、こいつは殺すんだよ!」
と偽ロビン
「殺すかどうかはともかく、あたしは術師としては負けられない」
……偽魔導士まで。こいつはいつもは見てるだけだったが。
そろそろ、限界だ。そうでなくても苛立ってるんだ。殺す気で来るなら、文句はあるまい。
「もう、手加減はしてやらねぇぞ。いいな?――点火――Get ready!――」
俺は、いつもより、はるかに強く燃え上がった。追加術式、強化魔法で。
距離や重さなどは分かりやすく日本基準に直してますが、本当は表記や基準が違います。最も彼はまだその事を知りませんが。




