15話 気持ちを引き締めて
前回:――滅茶苦茶考え込んでいる内に、国境越え、街についた――
ゆっくりと揺れる竜車は、一見するとただの幌馬車のように見える。だから、街中の人達は、決してそこに王女が居ると考えていない。
先頭が騎士で、ワタシ達が冒険者だから、狩りに向かった貴族の護衛をしているように見えるはず。この隊列は、その考えの元に実行された。今も、街の人達は全くワタシ達に見向きもしていない。
「みゅう……獣人もいっぱいいるんだよ……」
「そりゃ、共和国リィンだからな。24の小国が寄り集まって、連邦会議制にしているのは知っているだろ?
国としての姿勢を、それぞれ残していく上で、お互いに必要以上の干渉をしない。しかし、お互いに協力関係を作る為に全体をまとめて、1つの国としている。
そうする事で、大陸の3国と張り合えるだけの経済力、兵力、人口を保っているんだ。
その中には、並人の国もあれば、人魚の国や小人の国もある。その中で3分の1は、獣人の国なんだ。国って言うのは建前で、実際には村くらいの大きさだったりするんだけどね」
「そう。そして、獣人にとって、この大陸で唯一安全に過ごす事の出来る国でも在るのだ。しかし、そこにも多少なり弊害はあるのだが。
隣の州へと渡れば、全ての法が変わってしまうのだよ。場合に因っては、合法となる薬剤が、隣の州では違法。車を引かせる動物が、馬のみが許可される場合もあれば、竜のみが許可される場合もある。
そして、この国では魔人の地位が、異常に低いのだ。別段狙っている訳では無さそうなのだが、私には、何か裏がある様に思えてならない程だ」
街中を眺めながら、皆はそれぞれ思っていることを話しているけど、ヴァンとヴィンセントさんは、随分難しい顔をしながら、説明している。
「みゅー、ちょっと面倒だけど、楽しい生活ができるなら、その方が良いんだよ」
「それなら、ミーシャには首都ムーなんかはいいんじゃないか?」
「成程、あそこは確かに、手掴みでも容易に魚を獲れる程に、漁獲量が多いと聞く。それに、以前流行った天ぷらは、あの町ではメッカになっていると……」
「そんなにおさかないるの?!行ってみたいんだよ!手掴みでいいなら、得意なんだよ!」
「いや、普通に釣りをしたり、投網で獲ったりした方が良いぞ?そもそも、手掴みできる場所に魚いなかったから……」
皆は、ちょっと気が緩んでいるのかな?流石に、今も警戒はしないといけないと思うんだけど……?
「ああ、そろそろ目的の建物に着くぞ。領域に入ったら、幻術を解く。その後、王女が出てくるまで、警戒は怠るなよ」
「フム……今の処怪しい人物は、見当たらないようだが、この先狙われないとも限らない。気を抜く訳には行くまいな」
「街に入ってから、変な音がするんだよ?ギリギリしているんだよ……」
3人とも、談笑していただけじゃなくて、警戒もしていたのかな?……それより、ギリギリ?
「ああ、それはユウタの歯ぎしりだ。極端に緊張すると、あいつ歯ぎしりするんだよ」
ヴァンの言葉に、ミーシャちゃんと一緒に、ユータの事を見ると、少し脂汗を浮かせて、青い顔で歯ぎしりをしている。寝ている訳じゃないのに、歯ぎしり?どうして、緊張しているんだろう?
「そいつは公的な場所にはちょっとしたトラウマがあるんだ。王女の宮殿でも散々やらかしたし、王宮で、それも王の目の前で、ちょっと……ね。まあ、聞いても呆れるだけだから、聞いてやるな。
それより、予備知識だ。この街の名産は羊毛、トコイモ、そして、植物性のレンネットだ」
「ちょいええか、レンネットって何や?」
あまり馴染みにない言葉だから、知らない人は街の中にも結構いる。農家でも、酪農していなかったら、頭の隅にあるかどうかくらいだったりするし。
「レンネットって言うのはね……ほとんどのチーズに必要になる、牛とか羊の胃から取る液体、なんだよね……しかも、子牛とか、子羊」
「え……それって、チーズ1塊に仔牛の命を1匹分使ってるっていう事?」
……ユータ、それは言いすぎだと思う。
「1リットルの温めた牛乳に、スプーン1杯のレンネット、それにレモン。これで分離したら千切って、水につける。これでモッツァレラができる。他のチーズも同じように、レンネットを使って作る物が多いんだ。使わないのは、カッテージのような少数だけだ。
俺の前世でも、現代と言える時代まで、ずっと動物性ばかり使っていた。仔牛1匹でチーズ1塊は言いすぎだけど、それだけ作れる量が少ない。
チーズは、高級品だったんだよ。銀行って言うお金を預ける会社は、そのチーズの保管所が始まりだって話は有名だしな。
対して、この街では500年前から、ある植物を大量に育てて、それからレンネットを抽出している。絞ってから半月くらい放置、成分が分離して来たら、カスを除いて液体を乾燥、粉末化させるんだそうだ。それが、植物由来のレンネットになる」
「そしたら、牛さんが死ななくて済むんだよ……ミルク、たくさん飲めるようになるんだよ」
ミーシャちゃん……ここはヒツジやヤギのミルクだと思う。チーズも、その2種類の物じゃないかな?
「とにかく、その関係でここはチーズも名産になっている。羊の酪農をしているから、大型魔物が襲ってくる可能性が多少なりあるんだけど、その危険があるが故に充分守れるだけの戦力がある街なんだ。まあ、大体のレンネットは、共和国内に輸送しているけどな。
戦力があるからって、あまり気を緩めるなよ?むしろ、俺が相手側なら、油断したところをガブリと行くからな。到着した時と、会談終了して帰るまでの時間が狙い目とか思うだろうな」
「然も在りなん。油断こそ、一番の隙なのだ……相手にすれば、好機意外にあるまいよ」
「ああ……その為にももう少し話すぞ。この街には夜行性の獣人も多く居る。街の中心部を、西武と東部に分けて、西側は夜行性、東は昼行性としているんだ。薄明薄暮性も、一応いるんだけどね。
目的の建物は、この街の中心。闇に隠れて動くにしても、人ごみに隠れるにしても、いつ狙われるのか分からない位置にある。つまり、常時気を抜く事はできないという事でもあるんだ」
ヴァンの考えは、ヴィンセントさんには伝わったらしい。何か考え始めちゃった。
「つまりそれは、昼日中であれば、夜行性の者達の生息域に居れば、潜みやすく、昼行性の生息域であれば、人混みで撒けると言う事か。侵入経路は、全方向と言えるのやも知れない。
その上で、これまでの騎士の行動からして、あまり頼りにする事は出来ないのであるからして、我々と、相手側の護衛でどうにかして連携、王女を守る様にせねば為らないと言う訳か。
しかし、共和国側から云えば、必ずしも王女を護衛する必要はない。自国の家臣を守れるならば、王女がどうなるとしても……まあ、そうなれば国家間での大きな問題とはなるだろう事は確実だが、その場合、こちらに手落ちがある事が割れてしまえば……」
国の問題で、確実に悪い方向に向かうっていう事……?細かい事は分からないけど、これじゃあ、どんな事が起こっても、絶対に失敗できない。
この話になって、全員が青い顔をしている。ミーシャちゃんは毛に覆われているから、顔色の代わりに、尻尾がボサボサになっている。
「そう。細かい政治は、俺は興味ないから知らないけど、そんな事は言っていられる状況ではないんだ。王女の命だけでなく、国の向かう行く先の分岐点でもある。
事、共和国リィンは王国とは良い関係を続けてきた国だ。ここで大問題を起こして、国内にも影響を与えかねない内容で大失態。それは、貴族も冒険者も、王家も望まない。当然、国民にまで、少なくない影響を与える可能性がある。
そして、その政治的な問題の一端を、俺達が担っている。幻術の効果を消したら、いきなり攻撃が来るかもしれない。そんなつもりでいてくれ」
「うーん……それだけじゃないんだよね……?」
ヴァンはきっと、その後も何か気にしていそうな気がする。
「当然であろうな。屋敷に入ったとて、安心できる材料ばかりではない。時には、毒物による暗殺も有り得るであろう。或いは、寝込みを襲う。遠くに離れていても、強大な魔術を使うのであれば、討たれかねない。
これまで同様……それ以上に、昼夜気を抜く事ができないと言う訳か。それこそ、休む時間も無くなりそうであるな」
「そうなる。ローテーションは、ヴィンセント達に任せるよ。俺はその中に入れなくていい。1週間くらい、気を張って行動するのなんて、森の中で独りで生活していた時と同じだからね。イフリータさんがいるから、寝てても警戒できるしね」
それは申し訳ない気がするけど、ヴィンセントさんは頷いている。きっとこれから、そのローテーションを組む事になるのかな?
「王女のそばには必ず、2人くらいは付けておきたい。リリーの作ったアーティファクトで監視もしておけるようにしよう。もちろん、変な場所は見えないように工夫してな。
外周警備にしても、あいつらだけで安心できる訳じゃない。俺達だけでやるつもりでいる事。
これが絶対条件だと思ってくれ」
最後の一言と同時、建物の敷地に入った。
同時に異様な空気が、肌を刺す。多分、マナの流れを乱す魔術じゃないかな……でも、生活魔法や高位の魔術は普通に使えそう。どうしてこんな妨害魔術を使っているのかは分からないけど、意味があるのかな?
彼は顔の向きを変え、用心をしながら幻術を消し、幌馬車に見えていた物が、突然煌びやかな王族の馬車へと姿を変える。その時に後ろの方から、どよめきが上がったけど、大騒ぎになる様子はない。
馬車の向かう先は、5階建ての木製の建物。古く、中心にある棟の屋根は、特徴的な丸みを帯び、青緑の色合いが美しく、厳か。周りを木々に覆われ、端正に手入れされている林の中の、馬車道の先に、噴水が設えられている。
その屋敷の正門の前に、多くの煌びやかな服や鎧を着た人達がいる。
中央に居る、白髪で鼻の長い長身の男性は、刻まれている皺が、これまで人生の荒波を超えた事を示していて、切れ長で鋭い眼は、猛禽類を思わせる光を秘めている。
一際強い威厳を伴っていて、その圧で空間が歪んでいるように感じる。
その人の前に馬車が到着し、ワタシ達が下りると同時に騎士さん達が前に並び、王女様の馬車のドアを開ける準備に取り掛かった。
そして、ワタシ達が両脇を固めて一礼すると、相手の人達も一例をする。
その中で、馬車の戸が開いた音が聞こえた。
ハイヒールが高い音を立て、馬車に添えられた階段を降りてくる。
煌びやかな絹が擦れて、そよ風に揺らめき、華やかさと色香を周りに振りまく。
そして、一礼をした後、相手の男性が顔を上げた。
「ようこそ、共和国リィン・シグル州へ。第三王女、エメラルダ・リ・ヴェルリ・ブルラント様。私が、オートス・シグルで御座います」
中央にいた、険しい顔の人が声を発した。深く響く太い声は、とてもワタシでは堪えられそうに無いような、重い威圧感を持っている。この重圧を受けただけで、手に汗がにじみ出てくる。
「大層な御出迎え、有難く存じます。私等の様な小さい者の為に、この様な盛大な歓迎を行って頂けるとは、感謝の極みで御座います」
迎え入れられた王女様の返答は、随分と落ち着いている。今まで見ていた王女様よりも、ずっと貫禄がある。こんな人と、ワタシ達は旅をしていたんだ……
「お供の方も、面をお上げ下さい。私どもの州へ参られた事、心より歓迎致します」
ようやく、ワタシ達も顔を上げられる。目の前にいる人達は、全く緊張している様には見えないけど、毎日こんなことをしているのかな?緊張して、だんだん頭が白くなってきた。
「それでは、王女、中へ……」
「有難う御座います。さあ、参りましょう」
オートスさんの言葉で、王女様とミッチェルさんが中へと入っていく。
その後に、騎士とヴァンが続く……?中に入っていいのかな?ヴァンは普通に入っちゃったけど……
「ヴァン、戻ってきたまえ。流石に、我々は……」
ヴィンセントさんが声をかけたけど、彼は嗤って手招きしている。入っていいと思っているのかな?普通、こういう場所に入れるのは、高貴な人だけじゃなかったっけ?
「……何をしているのかね?」
オートスさんは、ヴァンとこちらを交互に見て、鋭い目で、太い声で聞いてきた。猛禽類のような目がワタシに向いた時に、心臓を鷲掴みにされた気持ちになる。ちょっと、本当に心臓が痛い。
「ああ、ごめん、オートスさん。あいつらにここの州での習わし、話すの忘れたんだ」
怒っているように見える彼に、ヴァンはヘラヘラ笑っている。オートスさんって、この州でトップの人じゃないかな?そんな人に、そんな話し方したら……
「プッハアハハハ!そういう事か!儀礼的な態度は小僧は嫌いだったな。堅苦しいとかなんとか言いおって」
突然、スッゴク可愛い笑顔になった。直前の、居殺すような目は何だったんだろう?
「だって、普段は子供や小動物に目尻をたらしているオートスさんを見て、さっきの状態を好きになれないだろう?こっちが、本当の姿なんだからさ」
「言いよる。肉料理と竜退治の時だけ、豹変するガキンチョが。そこの子供たち。あまり気を張らんでいい。中に入って、持て成しを受けるのがこの州の儀礼だ。それは、如何なる者も関係なくな」
「そうそう、このオッサン、趣味は可愛いモノを愛でる事と、ストレートチルドレンやホームレスの保護やら施しやらだ。戦場に出れば、ホークアイなんて言われるような弓術を見せるけどな」
なぜか仲良く話し始めた2人。元々知り合いだったのかな?騎士さん達も驚いているけど……知らなかったみたい。
なんか、優しい人だったりするのかもしれない?
精霊のボヤキ
――ようやく幻覚を解くんだねぇ――
まあ、それがここの儀礼な訳だし……面倒だけどね。
――で、ここの儀礼って何だっけ?――
全ての人に対して、平等である事。だから階級も無し。その分、全ての相手を敬い、偽る事は原則禁止とする。この辺りがこの州の原則だったはず。
――街に入った時に幻覚を解いた方が良いんじゃない?――
今回は特例として認めてもらう事になっているらしい。ただ、有事の際には、この州のヒト全員が戦士になるから、街に入った瞬間でも良かったんだろうけどね。




