12話 ガルーダのトリ天
前回:――ガルーダという、特大の鳥、襲撃。食べる為に狩りました――
「ああ……ガルーダのトリ天が久しぶりに食える……最高だ」
再度手綱を取るヴァンは、さっきのガルーダを、本当に食べる心算みたい。まさか、その料理を王女様に出したりはしないよね?
「ヴァン……ガルーダって、本当に居たのかよ……それより、食べるつもりなのか?」
「当たり前だろ、狩り獲った命はありがたく食すものだ。それが自然の摂理。当然だろ?」
「みゅう……あんなの、食べるのなんて考えたくないんだよ。見たことも無かったんだよ?」
確かに、ガルーダはあまり見る事は無い。見ない方が、良いんだけど。
「そうねー……それ、どういう生態なのよ……」
「うーん……確か、雲の上から獲物を探して、数百kmで地上に降りて来て、一気に上空まで飛び上がるんだよね。それで、獲物を上空から落として、殺してから食べるんだったかな?
この辺りのガルーダの生息域が、今ワタシ達がいる辺りから、ノーザンハルスの少し北側の森までなんだよ。だから、街道探索の間にも、出会う可能性があるんだよね」
ワタシの育った村は、生息域から離れているけど、調査の時にお母さんも、生息域から離れる事もあるから、注意しなさいって言っていた。
「……ちょっと待って、それって、今までもアイツに狙われる事があったかもしれなかったっていう事か?」
「そりゃそうだろ。俺もお前も、森の中で彷徨っていた時にも、狙われる可能性があったんだ。実際、あの森の覇者になるのは、ガルーダなんでな。
森で生活していた時にも、アイツの匂いがほんの少ししていた場所があるから、狩りの跡だったんだろうな」
それはつまり、森でガルーダに狙われることもあるっていう事。大方、開けた場所で無いと、上空から見えないだろうから、あまり狙われないけど。それでも、ものすごい視力だから、見つかる事もあるかもしれない。
「……そんな事、今まで全然知らなかった……これからは気をつけよう……」
ユータが青い顔をして俯いている。生息域の事は、結構知られている気がするんだけど、違うのかな?
今、荒野の中を抜けていく隊列は、これまでと変わらず進んでいる。どうしても、進行方向も、護衛方法も変える心算は無いらしくて、騎士さん達は先頭の馬車に相変わらず乗っている。いくら進行を担当しているとしても、考えも無しに勝手に決めすぎな気がする。
「ヴァン、このまま警備方法を変えないで、進むのは危険じゃないかな?ルートの事も、何か考えた方が良い気がするんだけど……」
「ああ……けどあいつらが変える気が無いのは誰の眼にも明白だし、もう少し進んだら目的地なんだ。王女が何か言いださない限り、変わらないだろうな」
さっきの高揚は消えたのか、いつもの落ち着いた表情のヴァンは、一瞬だけ表情を曇らせた。
そして、彼の言っていた例外的な話が、現実のになったのは、昼食の時に王女様が馬車から降りてすぐの事だった。ヴィンセントさんとブルーノさんに、ミッチェルさんが声をかけてきた。
ワタシとハルちゃんが、ヴィンセントさんについて行くと、ミッチェルさんが落ち着いた物腰で話を始めた。
「失礼ですが、計画変更をお願い致します。もう少し進んだら、森のある場所に出るので、其方で今日は野宿と致します。宜しいですね」
王女様が言うのならともかく、ミッチェルさんがそう話した事には、騎士さん達もワタシ達も驚いた。王女様はと言うと、彼女の横で落ち着いた顔で佇んでいる。
「お待ち下さい!次の町では先日のような事に成らない様、警備体制を厳戒態勢にして……」
「だからです。そも、此度の会談は極秘。本来ならば、誰に知られる事も無く、進める筈の事柄です。貴方達であれば、必ずやその様な行動を取るであろうと思いました。故にその裏を掻く様に、行動を変えていく必要があると判断したまでです。
大方、先程連絡用の伝書アーティファクトを使い、連絡を本隊や次の町に送ったのでしょう。それが、相手方に漏れないと言う保証は御座いません。
それに、こちらには充分に優秀な、冒険者の精鋭達が居ります。疲れている筈であると言うのに、これまで厳戒態勢をずっと続けていながら尚、前向きに事に当たろうと言う姿勢で居るのです。
御覧なさい、彼らを」
馬車から降りてすぐの広い空間に、初日に見せた魔術のキッチンを創っただけじゃなく、
「精霊術式――リラクゼガーデン――!追加で、これでどうだ!さっき落としたガルーダの羽で作った、羽毛のふんわりクッション!」
「ヴァン、幌馬車の中で何かやってると思ったらクッション作ってたのかよ……いくつ作ってるんだよう……」
「こちらのクロスを敷いて宜しいでしょうか?流石に、磨かれたように艶やかとは言え、やはり王女が座るに相応しい食卓にした方が宜しいかと」
「そうねー……できれば、花とか飾った方が良くない?その方がそれっぽいでしょ」
荒野の真ん中に、ダイニングが出来上がっている。ヴァンが詠唱でテーブルや椅子を作り出し、幌馬車を操りながら作っていたクッションを置いている。そこに便乗して、皆飾り付け始めちゃった。
彼が詠唱している間に、多分エイダさんが結界を利用して、そのダイニングに風や塵埃が入って来ないように、凪の空間を作っていたみたい。難しい訳じゃないけど、効果時間で言えば、1時間くらいで消えるんじゃかな?
「ところでヴァンさん、本当にこれで、4時間も凪が続くのでしょうか?」
「エイダ君、魔術は瞬間的に発生させる物がほとんどだが、ソーサラーの技術を利用した儀式魔術は、魔術の効果を長く定着させることができる物だぞ?
力が弱めでも、持続効果は抜群なのが、儀式魔法こと、ソーサルなんだよ。それを魔術と混ぜ合わせたものなら、不得意な属性であろうと関係なく力を発揮できるものだ」
……思っていた以上に、長く続くんだ……何だろう、ちょっと悔しい。
「な……何をあのガキども、遊んで……」
「フム……私には王女を持て成す為に、出来る限りの準備を調えている様に見えるのですが、どうしてその様の感じるのかお教え頂けますかな?」
「……」
ヴィンセントさんの反論に、激高しかけていたブルーノさんは黙ってしまった。彼だけでなく、騎士の人達全員が苦い顔をしている。
ワタシ達は、ただできる事をやっているだけなんだけど、それが彼らにはどう映っているのだろう?
「今も準備しているその上で、他の者は警戒をしているのです。街道でも充分に行っていたと言うのに、ですよ?
対して、貴方達はどうなのですか。
次の町で厳戒態勢を敷けば、王女がどこに居るのかを知られてしまう。その時は危険は無くとも、明日も移動するのであれば、移動の時にも厳戒態勢を敷く必要が出るのではないですか?恐らく貴方達は考えていないでしょうが、それなら、最初から厳戒態勢を敷いたまま、移動した方が良かったのです」
俯いて顔を逸らせている彼らは、心の内を見抜かれた上に、手落ちを指摘されて悔しそう。そのまま押し黙ってしまった。黙っていてもどうにかなる話じゃないんだけど。
昨日までの状態を考えると、確かにミッチェルさんが考える事が、正しく思える。
「この状態であれば、ワタクシは彼らを信用します。如何なる方法であれ、王女の安全を優先する事が、ワタクシの仕事なのですから」
話し終えたのか、ミッチェルさんと王女様は、ヴァン達のいる即席のダイニングへと向かっていった。今回は珍しく、王女様は何も話さなかったけど、普通なら王族の人から声を掛けられる事は無いから、王族としての対応をしていたと言う事でいいのかな?
怒りか嫉妬か、ワタシ達を睨みつけているだけの騎士さん達は、小声で何かを話している。何かを企んでいるのかな……?ちょっと、不安になる。
「それでは我々も戻ろうか。彼らだけに押し付けている訳にも行くまい。さあ、持て成しの準備だ」
ヴィンセントさんは踵を返し、ヴァン達のいる場所へと向かう。ヴァンとミーシャちゃんが料理しているキッチンを、皆が囲んで周囲を見回している。やっぱり王女様は、あの2人にやらせたいんだね。
「そう、鳥肉の間にチーズを挟んで、天ぷらの衣をつけるんだ。チーズが終わったら、ゼスの実の塩漬けを潰した物を挟む。梅干しとシソのような味だから、さっぱりしていいだろ」
「みゅう……同じトリの揚げ物なのに、味付けがちがうんだよ……本当に大丈夫なの?」
「安心しろ、師匠に何度も作った料理だ。その中でも、大絶賛の一品だぞ?とろけるチーズの旨味がトリ肉に逢い、得も言われぬ結婚を果たすのだ。梅干しの酸味は、さながら愛しい我が子を送り出す、老夫婦の心境なのだよ」
ヴァンは、たまに良く分からない感性で話をする。何だろう、マリアージュって?
「みゅう……結婚する恋人と、お父さんとお母さん……キレイなんだよ……」
その良く分からない感性に、共感しているミーシャちゃんは、多分教会で、婚姻を果たした人達を思い浮かべているのかな?
ワタシの村で結婚した人を見た事は無いから、ちょっと共感できない……悔しい……羨ましい?どっちだろう……?
「と、そんなこんなで、今日の料理、トリ天だ。一緒に俺が作っていた、釜玉うどんもご賞味あれ。好みで、魚醤とキノコ出汁のタレを入れたり、粉状にしたチーズを入れてみて。美味い事は確約するよ」
「まあ……不思議な料理ですね。揚げたての揚げ物料理って、毒見の事もあって、あまり口に出来ないのです。温かいまま口に出来るのって、若しかしたらこの上ない幸せかもしれないですね」
御前に料理を出された王女様は、手を合わせて感嘆の言葉を漏らしている。ちょっと、目尻に光輝く物を見た気がする。
「ヴァン……かまたまうどんに、チーズなんて入れないだろ……?何やってるんだよう」
「バカ……お前が考えているより、料理の世界は奥深く、しかし共通している物も多いんだよ。いわゆるカルボナーラは、『パスタ版、チーズ入り釜玉うどん』なんだ。
本場ナポリなんかでは、卵とパルミジャーノなんかのチーズしか使わない。生クリームを入れる時点で、妄想中毒に陥った中二病患者の自慰行為に他ならないんだよ。忌諱されていい、カスなんだ」
「それは言いすぎじゃないか?美味しいのかよ、それ!そもそも、カルボナーラになるのかよう!」
「某讃岐うどんチェーンでも、チーズ釜玉食ったけど、やっぱりカルボナーラっぽい味だったぞ?」
前世の話なのかな?確かに、パスタなんてヴァン以外には、作る人はあまりいないらしいから、ちょっとわからない。カルボナーラも釜玉も、美味しいならどっちも食べてみたいかな?
「……何でしょう。この釜玉うどんと言う物は、何故か懐かしい気持ちにさせますね……そこにトリテンと言う料理が加わるだけで、こんなに幸せになるのですね……」
王女様は、どうしてかは判らないけど感動して、料理に舌鼓を打ちながら、涙を流している。そんなに美味しかったのかな?
「俺も前世において、好きな組み合わせの1つだったものだ。美味いのは必然だよ。懐かしさの理由は、多分素朴ながらに美味しさが奥深くまで存在しているからじゃないかな?」
ヴァンの言葉通りなら、優しい味なのかな……できれば、ワタシ達も早く食べたいかな……
「……やはり、貴方に護衛を頼んだのは、間違い無かった様ですね。王女のこの様な表情は、久方ぶりに見ました」
何故か、ミッチェルさんと女中さんまでが、涙ぐんでいる。そんなに感動するほど、王女様は心打たれたのかな?……流石に、大袈裟な気がするけど。
騎士さん達をちょっと伺うと、凄く悔しそうにこちらを睨んでいる。そんなに悔しいなら、もっと頑張って欲しかった。頑張らなかった分、ワタシ達の方に、彼らの仕事のしわ寄せがきているのだし。
その後、ワタシ達も同じ料理を食べたけど、王女様ほどの感動は得られなかった。確かに美味しいけど、何が彼女の琴線に触れたんだろう?この辺りは理解できそうにない。
精霊のボヤキ
――今回のウドンは、昨日手ごねしていた奴なんだね――
できるなら、直前の時間で捏ねたかったけどね。時間が無いから、作っておいたんだよ。
――そこは疑われないのかな?――
茹でてる間に、俺が味見で食べてるからなあ……
――毒見はそこで間に合ってるのかな?――
まあ、大丈夫だろ。毒があったら……やっぱり、俺死ぬじゃん。良いんだけど、駄目じゃん。




