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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
森の追跡者の輪舞曲
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17話 アリス

前回のあらすじ:毒でばててる間に周りが雑談。

「ぬっはあああぁぁぁ!獲った!獲った!獲ったどおおおぉぉぉ!」

 テンションだだ上がりの俺、当然だろう。


 今俺は狩った鹿を引きずっている。苦節2年にも及ぶ長い期間。

 最近は多少冒険者の襲撃も落ち着き、もしかしたら少しは幸せに?な雰囲気が漂いかけ、相変わらずの産廃先輩を消しカスにして追いに追い続けた1週間。

 3日は捜索、3日は日中夜中関係なしの大追跡、そして今日、いつぞやの巨大イノシシの代わりとなろう超大物が、とうとう俺の手に転がり落ちた。諦めやすい俺がよく諦めなかった!


「高さ3mのシカなんて、超大物、誰が獲れる!俺が獲れる!イイイイイイイイイイイヤアアアハアアアアアアアアアアアア!」

――うるさい――


 ごめんチャイ、精霊様。とはいえ、前回の事も考えればテンション上がるのは理解してほしい。

――そりゃあねぇ、猪の時はあんな危険だらけで、命からがら手に入ったのがモモのブロック肉、しかもあんた、結局あんまり食べられなかったじゃない――


「後半は言わない約束。それに料理するのも楽しいから、それでいいと言えばいいのだ。狩りをして料理して、口に運ぶ。それこそが本当の弱肉強食の世界だ」

――何を語ってるのよ、あんたは――


 とにかく、このシカを何もしないまま、って訳にもいかない。せめてしっかり血抜きしておかねば。できればうまくばらして、持っていく量を減らさねば。デカすぎるし重すぎる。

 現在、氷の道を滑らせているので抵抗は少なめだが、それでも進みづらい。


「何キロあるんだこれ、まさかだが、トンとか言わないよな?」

――そしたら引きずるのも無理じゃない?――

 いや、案外いけるかもしれ……うん、ムリ。ゴメン見え張った。

 とにかく、近くの水源に移動したい。水が流れる場所は、あるね。少し先にちょっとした川があるみたいだ。

 そこまで踏ん張ってその後、ばらして、その肉を……


「むはあああああ!」

――おちつけ!――


 イフリータが叫んだ!ってのはいいとして、恍惚感あふれながらその川まで運ぶ。

 川まで運んだら、いよいよ血抜き。ぶっちゃけ、ここまで30分もかかっていない。血抜きはなるべく早くとは言うけれど、1時間以内が目安とか聞いた。違ったらゴメン、って誰に言ってるのか。

 それはとにかく。

「関節外しィ!」

 めっちゃ力んで足の関節を外す。もちろん、道具ありきで。子供の力じゃさすがに無理。

 氷のハンマーとかはここで使う。自分もしっかりつかんでるけど、先に間接を外してからつるし上げる。

 理由は簡単。普通ならできないことをするのが魔法だから。


「モードチェンジ・エレクトロ!」

 さっきまで俺を覆っていた氷が一気に解けて雷が俺の体を這う。その一本を伸ばし、

「心臓マッサージ!」

 強制的に心臓のみを動かす。


 この時に間違いがあって痙攣されても困る。だから間接外した。

 ちなみに、首は切ってあるし、頭にも穴が開いている。さっきまでダラダラ流れていた血が勢いよく吹き出し始める。俺にもかかる。


「ヒャッハー!血が気持ちいいゼェ!」

――……――

 あっ!大精霊様が白目をむいてらっしゃる!大精霊様。大精霊様ぁ!

――あんたもいい加減にしなさいよ――

 ……怒ってる。シュン。

――……呆れてるの――

 ……嫌われた。しょぼん。

――……もういいから、これでおいしいもの作ってよね――

 Yes,Mam!イフリータの仰せのままに!


「言われなくてもこの大きさ、俺が3日3晩かけて満腹にできる満漢全席レベルの料理をしたとしても飽き足りず、1週間はかけて消費しなければいけない量でございますよホントにもおおおお!

 俺を殺す気か!食わせ殺す気か!」


――食わせ殺すって、何?――

「モード――ディスマント!解体じゃあ、イイイイヤアッハアアアアア!」


 テンション上がりすぎてイフリータさんの声が少し遠い。それもあって、それが近づく音に気付かないでいた。いつもなら気付いてくれるイフリータさんも、放心していて気付かなかったらしい。

 つまりは、俺が原因である。


「おー、すごーい。これ、しかさん?おっきいねー」

「だろ!?俺が仕留めたんだあぁぁ……ずえぇ?」


 いつの間にか、俺の後ろに金髪碧眼の童女、否、幼女が近づいていた。気づかなかった。

――ごめん、あたしも――

 まずい、かな?まずいよな?まずいだろこれ!

――待って、落ち着いて。まずは状況確認。それから対策――


 状況。俺、解体中。この子、1人。ニオイ、人間、多数。少し離れたところに集落の可能性。肉眼で確認。現在夕方、立ち上る夕食の為の煙、多数。つまりここはどこかの村の近く。この子は遊んでいて、帰ろうとしたらシカをさばいていた俺に出くわし、興味本位で近づいてきたと推定される。危険度、この子は最低クラス。村は実害的には低め。しかし、俺の持ってる肉を守り切るのには少し厳しい。実害を最小に減らすには、この子に消えて ――それはダメでしょ―― ですよね、知ってます。次点。仲良くなってギリ危険回避。時間が惜しい。『おうちにおいで』パターンになる可能性、有り。その場合の危険性。この子の家に迷惑、最悪村八分の可能性、および俺の身体の危険と共に肉の消失の可能性。最悪の手段、最速で解体するためにこの子を怖がらせ、逃がして、瞬間解体。一部を隠して持てるだけ持って逃走。最悪の手段が現状最も安全性などの可能性が高く、肉を安全にかつ大量に確保できる可能性大。


 結論。俺は怖いオオカミだぞぉ作戦の決行を推奨。ここまでの思考時間、2秒。充分早い。


「ガルルルルルラララアアアアアアアア!!」

 牙をむいて鉈を抜いて、威嚇スタート。


「んー?ダイジョウブだよ?おにく、とらないから。おにくばらばらするの、みせて?」


 あれ、この子、俺の知る子供の挙動と一致しない。なんで?血濡れのオオカミさんですお?こわいんだお?

――あたしもそれは分かんないよ?言っちゃなんだけど、あんたが怒った顔、それなりに怖いとは思うけど、この子には効いてないみたいね――

 もうちょい、試してみます。


「グルルルルルルル!ガルッルアアアアア!」

「ダイジョーブ、いーこだからおこらないのぉ」

 隊長!目標、威嚇が効いておりません!


「どうしたの?こわいの?ヨシヨーシ。ワンちゃんいい子」

「撫でようとするな!畜生!犬じゃねえし、狼だし!」

 手を伸ばして撫でようとしてきました、隊長!


「あ、しゃべったぁ」

 緩いです、この子想像以上に緩いです!でもきっといい子です!?

――どうしたもんかねぇ、この子、本当に危機感とか、恐怖を感じないのかも。あんたと同じで――

 言いたいことはあるけど、それは置いておく。


「これはな!俺の肉なんだ!だからあげないから!

 それと誰にも言っちゃいけないんだからね!言わなかったらちょっとだけ見せてあげるんだからあ!」

 俺らしくないけど、ちょいツンデレ。うん、オッサンのツンデレとか誰得だ?きもいわ。


「うん、わかったぁ」

 本当にわかってるのか、これ?

「そのかわりね?……んー、おともだちになってほしいのぉ」


 ……うわぁ。体揺らしながらなんか言ってるよ。

――うわぁ、図太いねぇこの子――

 俺と全く同じ考えのイフリータ。そうですよね?普通じゃないですよね?俺、普通の人間の考えしているつもりないんだけど。


 これは、この子も普通じゃないって考えていいですよね?だって、今まで人間がとる行動って基本「俺=人狼」だもんね。そうでなくても、血濡れの獣が牙剥いてたのに、それがお友達って…………


「……だめぇ?」

「…………黙っててくれるなら。誰にも言わない、2人だけの内緒にしてくれるなら、友達でもいい。そうしよう」

 この場を切り抜けられれば、その後は何とかなる。大丈夫。たまーにこの近くに来て、遊んであげれば、もしかしたらこの子の話で「俺=人狼」が村からも消えてなくなるかもしれない。

 ちょい打算的だけど、実利あるんですよ、これ。きっと多分メイビー。

――試して、みる?――

 試す価値あり!よし、そうと決まったら!


「じゃあ、解体するから、そこで……」

「アリスー、どこー?」

「あ、ママぁ!見てぇ、オオカミ君!」


 おっふ。いきなり約束破ったよ、この子。ショックで固まる俺を無視して、母親まで現れた。ゴブリン20匹現れた時より、ショックがでかい。おまえ、ウソつかれて裏切られるって、気持ちの問題で片付くとか思ったら大間違いだぞ?裏切られてショックとか幼稚園児のガキが言うたわごとのレベルだぞ?下らない嘘で、命にかかわりかねない、或いは社会的生命にかかわりかねないことになるってなれば、気持ちとかゴミも同然なんだぞ?その処理に数年かけたりすることもある大人の気持ち、わかるか?無理だよなぁ、この子、どう見ても俺と同年代。緩い思考。無理だわあ。


「あら、獣人の子供?珍しいわね」

「ガルルルアアアア!」

 威嚇スタート。


「だめぇ、おこらないのお」

 なんだ、これ。俺が悪役か。とりあえず、攻撃態勢とってみたけど、失策だったか?

――良くはないかもね?普通でもないし――

 冷静だなぁ、イフリータさん。


「大丈夫、怖くない。怖くない」

 そう言って、しゃがんで手を伸ばしてくる母親……あれ、これは「姫様ぁ」とか言われる人がやるやつじゃん?青い服じゃなくて、ベージュのワンピース来てるけど。青い服は娘が来ているけど。あれ、青い服で金髪碧眼の少女の「アリス」って、狙ってるの?狙ってますよね?あなた転生者ですかそうですねわかりました。


「ガルルルアアアア!」

「大丈夫、怖くないから」

 威嚇効いてない。手を伸ばしてくる。それでも、牙をガチガチ言わせて、噛みつくそぶりをすれば、きっと怖がって手を引くはず。


 それではガチガチ言わせて、からの

「カプッ」

 手を引かなかった。引かなすぎるから、力入らなかった。いや、マジで姫様かよ、こいつ?


「ほら、本気で噛む気、無かったんでしょ?大丈夫だから、怖くない」

 結果、なぜか甘噛みになってしまった俺の噛みつきを無視して、アリス母は俺をなぜか抱きしめてくる。

 意味わからなくて放心していると、一気に倦怠感が増した。あれ、なんで?


「あ………………ぁ……」

 そういえば、約一週間ろくに寝ないで行動していた。さっきのハイテンションの原因も、一部は寝不足から来ていたものだ。

 つまり、

「……ぁ………………スヤァ」

 落ちた、というか、落とされた。


 なんだ、この母親の抱擁感。前世では一度だけしか感じたことなかった。今世では1回で前世の百倍の濃度になるものを何百回も浴びてきたそれだ。もはや懐かしいだけのそれを、無関係な俺に向けるとは。こやつ何者?


 そして、起きたときには遅かった。


 というのも、その時には俺のシカ肉は解体され、あっという間に彼女たちの村のヒトへのプレゼントにされていた。当然、俺の許可なく。


「ごめんねぇ、君のお肉、解体してあげようと思ったんだけど、村長が気付いてそれをみんなに分けなきゃいけなくなっちゃって」

 その言葉を聞いて放心した。


 予感というか、思考が的中したのか。理屈が合わない。他人の物を勝手に、自分のものにしていいはずがない。

 起き上がって、椅子に座らせられた俺の前にあるのは、もはや残骸としか言えない、肉のカスみたいなものだ。ひき肉になっていたわけじゃない。スープに、申し訳程度に浮かんでいるだけだ。しかも目玉まで入ってる。なんでや。


 窓の外を見ると、チビッこい婆さんに、汚いエプロンの……解体した人だろうか、男が特大の骨付きのシカの足の肉を渡している。

 ……あれ、俺のだよな?…………俺の肉、だよな。だったら、俺の自由にしていいよな?


「ク・ソ・ガ・キ・ドモガアアアアアアアアアアア!!――Bang――!」


 瞬間、婆さんが受け取ったスネ肉が、燃え上がり炭に変わる。唖然としてそれを見てから、俺の方を見た。ケッ。


「オオカミくん、ごはんだよ?」

 アリスとか言われていた子が俺を呼ぶ。

 だがしかし。

「俺をそんな呼び方すんな!」

 受け入れる気にはなれない。裏切られて、当面の食料がカスだけ入ったスープになっていて、となりに麦粥?オートミール?そんなんがある。あと、しなびた野菜のサラダ。


「ただいまー。お、この子が例の獣人君?」

 父親らしい奴が帰ってきた。ギロリと睨んだが、全く怯まない。なんだ、こいつら?


「それじゃあ、頂きましょう」

「ああ、そうしよう」

「ごっはん!ごっはん!」

 テンション上がっている奴らよそに悪いが、俺のテンションは最底辺へ向かっている。

 昨日潰されていた行商人の馬車の新聞から、日付は割れている。記憶が正しければ間違いなく。


「俺の誕生日が、これって……どういうことだ?なんっでだチックショオー!」


 今日、俺の誕生日。

 本来なら、シカの肉で盛大に焼き肉なり、ステーキなりできたのに。

 目の前にあるのはオートミールもどきと、出来損ないスープ、しなびたサラダ。


 最悪の誕生日パーティが、催された瞬間だった。


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