6話 宿でも……
前回:――犬猫草原料亭開業!ドクミもします!――
町に着いて、今日の宿へと入る。この町でも一際大きな、豪華そうな宿。
多分、普通に生活しているだけの人だったら、一生入らないような建物じゃないかな?宿のエントランスでは、従業員総出で王女様をお出迎えしている。
エントランスに吊るされたシャンデリアが、部屋を煌びやかに彩り、赤い絨毯が敷かれた階段を華やかにしている。宿の従業員が先導して、王女様を部屋へとお連れしている。ワタシ達は、その後に付いて部屋の中まで迎え入れられたけど、ヴァン達は外で待つ事になった。
部屋の装飾も、調度品も多分、一級品。端正に作り込まれていて、鮮やかな色合いを際立たせる為に、装飾を事細かに作り込んでいる品が並んでいる。
「あの、申し訳ありませんが……」
「みゅ、わたしはダメなのかな?それじゃ……」
「お待ち下さい、彼女を中へお入れ下さい。問題は御座いません。違いますか?」
「は、はい。分かりました。申し訳御座いません」
ミーシャちゃんが宿の従業員に止められたけど、王女様はやっぱり、彼女を部屋の中に入れたいんだ。多分、お昼の時間のような状態になるんじゃないかな?ディナーの後のマッサージとか、そんな事を言って体中触っていたんだし……
「王女、さすがに護衛であるとは言え、あまり容易に他の者を部屋に呼び入れるのは如何かと思いますが」
「ミッチェル、彼女達には、私の命を預けているのです。部屋の外でウロウロしているだけの騎士では守り切れないと、何度も言っているじゃないですか」
高齢の女中、ミッチェルさんが王女様に意見を言っているけど、あしらわれている。ミッチェルさんは、多分ミーシャちゃんが嫌なんじゃないかな?お昼も、今も、彼女を睨みつけて、嫌悪感を露わにしている。
「みゅう……王女様、あんまり揉みくちゃして欲しくないんだよ……」
「嗚呼……どうして貴方はそんな可愛らしい喋り方なのでしょう……声も凛としていて、耳に響きます……今宵は眠れないかもしれません!」
「ふみゃあ?!」
王女様は、ちょっと良く分からない事を言って、嫌がっているミーシャちゃんに抱きついた。大きな声を出して逃げようとしているのに、ミーシャちゃんは捕まってしまった。
ヴァンの言っていた、磁力魔術と反重力魔術を使って、逃げられなくされているみたい……変な事、しないよね……?
ヴァンが前に、獣人好きの人も、獣人を低く見ているって言っていた事があったけど、こういう事なのかな?奴隷にするのは間違っているって言いながら、その人達はまるで、ペットや子供に接するように、猫可愛がりをするから……ミーシャちゃんを可愛がっているからって、彼女の気持ちを尊重していない。
「王女様、失礼します。ワタシ達は、明日以降も料理するのでしょうか?それでしたら、今から食材を調達したいと思うのですが……」
「ええ、そうですね。可能なら夕餉も、朝餉も用意をお願いしたいのですが。宜しいでしょうか?」
ワタシが勇気を奮って発言したら、王女様は品定めするような、ねめつけるような視線で、答えを返してきた。ヴァンだったら、準備してくれると思う。
「それでしたら、彼女の手を借りても、宜しいでしょうか?」
ちょっとどうなるか分からないけど、ミーシャちゃんを見ながら質問してみる。ダメって言われたら、引くしかないんだけど……こう言えば、良いって言ってくれるかな?
「料理をするのも、彼女の手を借りるので、食材の事も出来れば……」
「ああ、最近料理を覚え始めたんですよね!その上で、街では獣人嫌いが多いから、買い物に行っても買わせて貰えないとか?
食材選びも大事ですものね……ヴァンさんは宮廷にある食材を見て、偶に激怒していました。何やら鮮度が悪いとか、塩漬けの具合が甘いとか……」
要らぬ魔獣の尾を踏んだみたい。王女様は、突然満面の笑みになって、凄い勢いで、ヴァンの事を話し始めた。もしかしたら、獣人の事となると、必ずこの顔になるのかもしれない。
「あの……はい。それで、申し訳無いのですけど……」
「ああ、ここで可能なら、食材選びの勉強をする訳なんですね!分かりました、彼女の事をお願いします!」
……元々、ミーシャちゃんはワタシ達の仲間なんだけど?何とか王女様から放されたミーシャちゃんは、安心して息を吐いている。ワタシ達はそのまま、王女様に一礼をして、ドアに向かう。
「えっと……」
そのドアの横に、マリアさんとリリーさんが居たんだけど、2人は苦笑いをしながら、手を振っている。王女様の近くは、エイダさんとハルちゃん、女中さん達が居るから、一緒に来るのかなって思ったんだけど、残る気らしい。
そのままドアを開けて、外へと向かう。ドアの両脇に騎士さんが居て、ヴァン達は居ない。
「みゅう……やっと解放されたんだよ……夜もずっとされるのかな……?」
「うーん……多分?」
階段を下りながら、2人で溜め息を吐く。流石に、あんな人だとは思わなかった。でも、前にエリナさん張りの獣人好きだって言われていたから、理解できる面もあるかもしれない。あの人も、あんな感じだったし……
「噂だと、王女様はあまり魔術は得意じゃないはずなんだよ……でも、さっき確実に魔術使われたんだよ。体がくっついて、逃げられなくて……」
「うーん……ヴァンがエリナさんにされていたのと、同じみたい。あれ、筋力だけじゃ逃げられないんだよね……」
「おお、出てきたのか。意外と早かったなあ」
あの良く分からない魔術の話をしていると、宿の外に、ヴァン達が居た。階段を降りていたワタシ達に気付いて、声をかけたみたい。ヴィンセントさんとユータは、彼の声で振り向いた。彼らは、どうしてここにいるんだろう?
「ヴァン、中で警護しなくていいの?」
「フム……私もそう言ったのだが、ヴァンはどうやら、中に入らない心算なのだそうだ。警戒するのであれば、建物の中だけでは意味が無いと言い張っているのだよ」
確かに、そんな事をする理由が、ちょっと解らないけど……もしかして、広範囲魔術に対しての警戒の為なのかな?
「だから言ってるだろ?魔術師としては、建物の中だけじゃ足りなさ過ぎるんだ。並人の最大魔術は、隕石落としだろ?誰かが作って、それが一気に広まっているんだからさ。
四大と空間と時間、複数属性の複合術式。そんなモノ使われたら、宿が全部吹っ飛ぶ。撃つヤツは、普通200mくらい離れた所から狙うんだからさ。そんな所まで考えなきゃ、警護はしきれないんだよ」
……やっぱり。私はまだ、そんな魔術覚えていないけど、上位の魔術師だったら、大体覚えるっていうよね……使わないで欲しいけど、相手に言っても、やめる訳が無い。
この町の規模だと、使っている結界魔術は、多分中位術式。大規模な街の結界は、大型の竜でないと結界を壊せないだろうけど、このくらいの町だと、翼竜でも壊せるかもしれない。
サイクロプスとかの大型魔物だったら、同じ事ができるはず。
そうなると、隕石魔術でも大きな違いが出てくる。いくら結界を使っていても、隕石の魔術を使われたら、ノーザンハルスでも建物は数件倒壊するはず。この町なら、ほとんど守り切れずに町の一角が消えるんじゃないかな?
「うーん……そう考えたら、ヴァンはあまり宿から離れない方が良いのかな?」
ありえそう……だけど、それをされて、彼は宿を守れるのかな?
「ああ、下手に離れるべきじゃないだろ。食材は適当でいい。小麦は手持ちで充分ある。野菜と塩漬け肉や塩漬けの魚を頼むよ。後、適度に果物があればいいんだけどな」
「みゅう……適当でいいの?ちゃんと選ぶのは、大事ってさっき王女様が言ってたんだよ?」
ヴァンは、種類が適当でいいって意味だと思うんだけど、ミーシャちゃんは腐っててもいいって思っちゃったのかな?
「うーん……じゃあ、そうするね。行ってきます」
「ああ、気を付けたまえ。敵がどこに居るやも知れない状態であるのならば、我々が狙われないとも限らないのだ」
ヴィンセントさんとヴァンは、手を振っている。言ってる事は分かるけど、ユータは変な顔をしている。
「ヴィンセント、考えすぎじゃないか?だって、ぼくたちを狙って、何の意味があるんだよう……」
「いや、俺達を1人づつ消していけば、その後王女を狙うのが楽になるだろ?もっとも、それを一番やりやすくするのは、夜の闇なんだけどさ。トイレ行った時に、後ろからシュッと……」
「えええ!なんでそんな仕事受けたんだよう!やめておけばよかったじゃないか!」
「ユータ、ヴァンは言っていただろう。受けねばならない仕事なのだ。受ける以外の選択肢は、無いのだよ……」
やっぱり、ユータだ。今朝話された事を、もう忘れている。
「みゅう……王女さまだから、拒否できないんだったっけ?ちょっと忘れてたんだよ……」
彼女も忘れていたみたい。ずっと揉みくちゃにされていたから……なのかな?
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「ええ!ヴァンさんは料理できないのですか!?期待していたのに!」
宿に入る時に言われた、警戒の為に持ち場を離れられないから、と言う理由で、ヴィンセントさん達は宿の巡回、騎士さんはドアの前、ヴァンは宿の外を警戒する、という事になったらしい。
多分、騎士さん達が、ヴァンに料理させたくないからだと思う。
「ええ……ですから……」
断りを入れようとしたら、ミッチェルさんが一歩前に出た。
「仕方がありません。そうなれば、ワタクシ共にお任せ……」
「そういえば、ミーシャさんは料理を覚えている最中でしたね。先程もやっていたのですし、いい機会ですから……」
ミッチェルさんが言おうとした事を遮って、王女様まで……なんか睨み合っている。
「王女、お待ち下さい!ワタクシ共を信用なさらないのですか?」
「ふみゃあ、わたし1人じゃ不安なんだよ!アリスちゃん、助けてー!」
何故か、3人で掴み合い、言い合いが始まってしまった。ミーシャちゃんは逃げようとしているみたいなんだけど、王女様は、どうしても退く気ないみたい。でも、女中さんからしても、看過できない状態らしくて、王女様とミーシャちゃんの間に入り込もうとしている。
でも、この部屋に調理場がある訳じゃないし、宿の厨房を借りるしかない。宿で出された料理でもいい気がするけど、この人達は、考えていないみたい。
ワタシ達にはヴァンのように調理場を創る魔術を使える訳じゃないし、代用できる魔法がある訳じゃない。
「あの……女中さんとワタシ達で作るのでは、駄目でしょうか?」
王女様と女中さん、それぞれの意見をどうにか納得してもらうなら、これしかない気がするんだけど……
「それは出来ません!何故、ワタクシ共が貴女達と?ワタクシ共だけで充分です!」
「嫌です!私は、ミーシャさんの手料理が良いです!」
「王女、何故我儘を仰るのです!もうそんな御歳では無いでしょう!」
「ミッチェルこそ、何故理解出来ないのです!頑固者!」
……どっちもどっちじゃないかな?ワタシには、女中さんも、我儘言っているように見える。信じて欲しいのは、分かるけど。
「みゅう……王女さま、なんでわたしの名前知ってるのかな?名乗って無かったんだよ……」
「あら、先程彼方の方から聞きましたので……それより、今日の夕餉は」
「ですから、ワタクシ共が!」
いつまで続くんだろう?どうせなら、ヴァンを呼んじゃった方が早い気がする。
精霊のボヤキ
――隕石って、そんなに気にする事かなぁ?――
一応威力もあるし、ストックするのも可能な魔術ではあるんだからさ。
――術式の準備、結構時間かかるやつでしょ?――
空を飛ぶのと同じ、ロマン攻撃なのは知っているけどさ……そんな無駄のある攻撃を、好んで使う奴もいるんだよ。




