5話 草原の中に
前回:――貴族は何かと面倒くさい――
広大な森を抜けて、草原の中を進む。馬車の移動速度は、長距離を進むから、並足。人が歩いていても、簡単に追い付ける速度。
柔らかな風が頬を撫ぜ、草花がそよぐ。雲は流れ、陽が雲間から顔を覗かせ、ワタシ達を照らす。穏やかな日。できるなら、仕事をしないでゆっくりしたい……うん、駄目だよね。
「ヴァン、なんでこんなノロノロ進んでるんだよ……いつもなら、ものすごい勢いで走って行くじゃないか」
「ユウタ、ボヤいてないで警戒しろ。仕事なんだからさ。それに、ゆっくりいかないと馬もアーサーもばてるだけだ。無駄なタフネスを持っている騎竜なら、走って行くだろうけどさ」
多分今回の距離を進むのに、騎竜以外は、走るのは耐えられない。長い道程で、片道でも5日かけて進む予定。その間に立ち寄る町も、騎士側の考えで決められている。だから、今回はワタシ達の都合では動けない。
もう、3回目の警戒の番だけど、今のところ魔物も、怪しい人も、普通の動物なんかも、見ていない。
「みゅう……ちょうちょが飛んでるんだよ……」
「ちょっと、ミーシャ。気を紛らわせようとしないでよね。仕事なのよ、これも」
「マリアちゃん、いつもより気合が入ってる?珍しいんだよ……」
「ちょ……そんな事……」
「ほら、そこ。お喋りしない」
何も怪しい姿が見えないから、皆も気が散り始めたみたい。ワタシも、暖かい陽気でちょっと眠くなってきた。我慢しなきゃいけないのに、欠伸が出そうになる。
「さて、音響探知魔術の時間だ」
時間を計るアーティファクトを見て、ヴァンは一言呟いて遠吠えした。ずっと魔術で守る事ができる訳じゃないから、こうやって探知魔術を使うのは解るんだけど、遠くまで見通せるようなこんな場所で、探知魔術を使う意味ってあるのかな?
ヴァンの探知魔術が終わって、何も無いのが確認できた辺りで、王女の馬車が止まった。それに合わせて、アーサーも、騎士の馬車も止まる。
「如何されました、王女殿下。何か問題でも……」
ブルーノさんが慌てて馬車から降りて、王女様の馬車に近づいて窓に呼び掛けた。対して、馬車のドアが開いて、王女様は降りてきた。
「いえ、これだけの陽気です。此方で今日の昼食を摂るのも、良いのではないかと思いまして」
「な、何を仰います!王女の為に、次の町でレストランの予約をして……」
「ガイア亭ですよね?申し訳ありませんけど、何時も同じ料理ですから、そろそろ飽きておりまして。ヴァンさん、何かご用意して頂けませんか?」
町まで、そんなに時間かからない気がするけど、もしかしてヴァンの料理が目当てで、ここで止めたのかな?流石に、ヴァンもそんな用意……
「言うだろうと思って、屋敷で作っていた乾物も買い置きしていた野菜もひっくるめて持ってきたよ。屋敷に残した奴隷達の食糧は、ギルドから支給してもらうように指示出したしね。
んじゃ、やりますか。――点火――モードクック!」
……していたんだ。そもそも、予想もしていたんだね。いつもの精霊の操る調理器具を出したけど、キッチンは……?
「我謡う 精霊踊る 大地が作る舞台を創る 竈は火が噴く熱囲う 甕を置けば清水流るる 刃を受ける板設ける 我が意の儘に造る舞台 舞う精霊は共に踊り 生み出せ形、浮き出す光
精霊術式――スピリットキッチン――」
詠唱をしたと思えば、途端に、広い草原の中に、石で作られたキッチンが生み出された。多分、これは仮想物質じゃないから、消えない物じゃないかな?……勝手にここに創り出して、そのまま放置していく心算なのかな……良いのかな?
「さあ、ブロードはもともと作ってあったヤツを使うとして、何を作るか……」
「ちょ、ちょっと待て!王女、本気でこのジン……獣人に調理をさせる気なのですか?一体、何故!?」
ブルーノさんは、やっぱり納得できていないみたい。でも、予約していたのなら……
「予約していたのなら、王女が来るってバレている可能性があるだろ?その場合、敵がする事は大方2択だ。毒物を混入するか、襲撃をするか。どちらにしても、大事になるだけでなく、民に被害が出る可能性だってある。
対して、俺が料理した場合、周囲警戒しているのなら、先に発見できる。襲撃があったとしても、被害はここに居るメンバーだけだ。
毒についても、俺が盛る事は無いと王女は考えているだろうし、毒見役もいる。そもそも、こんな衆人環視の状態で、毒は入れられないしね。食材にしても、今朝までの間に屋敷に忍び込んで入れなければ、毒は無いと考えていいし、俺が味見する。
……食材に毒入ってたら、最初に死ぬの、俺じゃん。酷いなあ、エメラルダさん」
王女様が答える前に、説明しちゃった。警戒する為に、ここで食事をするっていう事だよね。ワタシも、手伝った方が良いのかな?……そう思っていたら、ミーシャちゃんが手伝いに行った。最近慣れてきたから、任せちゃっていいかな?
「嫌ですわ、ヴァンさん。ただ、あなたの料理が食べたいだけです。ちょっとした料亭を開ける実力をお持ちでは無いですか」
「そりゃ、パリスのオーナーシェフがレシピを教えてくれるし、ギルドの厨房でもいろいろ叩き込まれているからねえ。俺の知らなかった技術も、随分覚えたよ。元々簡単な料理くらいは出来たけどさ、前世の記憶で」
爽やかな草原の中に、突然現れたキッチンで料理するヴァンに、嬉しそうに話しかける王女様。煌びやかなドレスが風にそよぎ、煌めく氷の調理器具を笑顔で眺めている。
その王女様を、どこか悔しげに横目で見ている騎士服の人達と、意外な流れに戸惑いながら、周りを警戒しているワタシ達。
皆に囲まれて、色んな目線を受けながら、そこにあるのが不思議で奇妙な、キッチンで料理をしている、獣人2人。
……何だろう、この状況?
「ほら、ミーシャ。野菜は切らなくていいから、こっちを洗ってくれ。スープはその温度を維持、肉はこいつでいいかな?薄めに切って軽く湯がいて、パンは切った後に油で揚げよう。
メインにするのは、この間獲ってきた魚が良いか。パン粉をまぶして、バターでソテーだ。付け合わせの野菜を茹でて、ソースにバーニャカウダを作るか。こんなところかな」
「みゅう……おさかな焼くの、やりたいんだよ!」
「ああ、それだったらお願い。俺はバーニャカウダ作るのに、ガーコンの実を潰さなきゃいけないしさ。後、魚の塩漬けもしっかり潰し入れなきゃな」
「みゅ?そっちもおさかなの?」
「ああ、隠し味みたいなものだよ。ニンニクとアンチョビで良かったはずだし、簡単だよ。今度レシピに書いておこうか?」
「仲良いんですねー。ああ……獣人が作る料理を食べられるなんて、どれだけ幸せなんでしょう……」
「エメラルダさん、食べる前から至福にならないでくれるかな?今からそんな状態だと、食べた瞬間にどうなるか分からないじゃないか」
……なんでこんな会話しているんだろう?王女様も、警戒するのは解るけど、ヴァンに作らせる必要、無いんじゃないかな?女中さん達も、嫌そうな顔をしているし、あの人達に任せてもいい気がする。
「よし、こんなところでいいかな。ミーシャ、ソテーの調子は……」
「みゅう……ごめんなんだよ……」
「崩れていても問題はありません。それを頂きますわ!」
「みゅ?!それは悪いんだよ!作り直すから……」
「いいえ、頂きます!」
……焼き上がった魚の乗ったお皿を、2人は取り合っている。何をやっているんだろう?ヴァンの様子から、まだ飾り付けをする心算だったんじゃないかな?誰が食べるにしても、ちゃんとできてからの方が良いと思う。
「……獣人が作ったもんなんて、食うかよ、普通」
「聞こえないようにしろ……王女に聞かれたら……」
小声で話している騎士服の人達、やっぱり獣人が嫌いな人なんだ。種族が違うからって、そんなに毛嫌いしちゃいけないんじゃないかな?
ワタシがちょっと睨むと、その人達は視線を逸らして、不自然に周りを見回し始めた。せめてちゃんと警戒してくれないかな……?
「はい、川魚のソテーと鴨肉ローストのベリーソース添え、温野菜とバーニャカウダソース、オニオンスープ。パンは、ベーコンを生地に練り込んだ自家製。毒見役のヒト、一口いくかい?」
「そんな事、必要ないじゃないですか。ヴァンさんが味見を散々していたんですもの。このまま戴きます」
料理が出来て、ヴァンが出したテーブルと椅子についた王女様は、満面の笑みで料理を口にし始めた。
フォークとかも、ヴァンが渡す前に、水球を作り出して、洗ってから渡している。自分が持ってきた物なのに、そこまで拘るんだ。
「ほら、騎士共。お前らの分も作ったんだから食べておけよお」
「まあ、ヴァンさんは、やはり気が利きますね」
2人の言葉で、騎士の人達も堅い顔で笑顔を返している。もしかして……しなくても、ヴァンはさっきのやり取りが聞こえていて、王女様は空気を読んだのかな?それで、嫌がらせで返しているのかもしれない。
これを、少なくとも5日くらいは続ける事になるのかな?ヴァンは、手持ちの食材じゃ足りないだろうから、途中で補給する心算なんだよね……獣人だと買えないから、ワタシが行った方が良いのかな?
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「ああ……それじゃ、買い出しはアリスにお願いするか。でもそしたら、アリスも料理する側に来た方が、いろいろ楽かもしれないな」
「ん?でも、そしたら警戒する人数が減って、困るんじゃない?」
食事が終わって、王女様が馬車に戻った辺りで、ヴァンに買い物の話をしたんだけど、ヴァンは自分が買い出しに行く心算だったのかな?それよりも、ワタシが料理をする側に回るのは、大丈夫なのかな?
手綱を握って、ヴァンは何かを考えているみたい。寄る筈だった町を、一言衛兵の人に伝えて、素通りした後だけど、あの町で買い物ができた方が良かったんじゃないかな?その辺りを、騎士の人達に話さなくていいのかな……?
「とりあえず、次の町に行った辺りで買い物ができないか打診しようか。流石に、その辺り無断でやれば怪しまれるだろうしね」
色々考えて行かなきゃいけないんだよね……この仕事、受ける事になってから、まだ1日経っていないのに、もう何日もやっているような気分になってきた。だって、気にする事が、いつもよりも多い。
穏やかに流れている風景は、まるで本来速く過ぎていく筈なのに、時間がゆっくり流れる魔法をかけたように、遅くさせられているような、不思議な気持ちにさせる。
「護衛の任務って、戦闘よりも他の事で疲れそうだね……」
さっきの料理の後、散々王女様に抱きつかれて、疲れているミーシャちゃんに話しかける。多分、今回一番大変なのは、彼女なんじゃないかな?
「みゅう……最近わたし、運が悪いんだよ……近づいたら、火傷するんだよ、きっと……」
「うーん……火傷はしないかな、多分。最近色々あるのは、分かるけどね」
実際、ワタシ達と行動するようになってから、色々と彼女が目立つ行動をするようになったって、リリーさんが言っていた。
ヴァンに抱きつくのもそうだけど、スフィアやダンジョン、外周探索の戦闘、闘技場の潜入、色々彼女が目立つ時や、頼る所があったと思う。今回は、王女様の相手なのかな?
「ああ……ミーシャには悪いけど、王女の寝室周りの身辺警護、女性陣にやってもらう事になるからなあ。騎士側には女性が1人も居ないし、女中だけじゃ戦闘は不足がある。必要な事だから、よろしくなあ」
「みゅ!夜も揉みくちゃにされちゃうんだよ!ヴァンくん、代わって欲しいんだよ!」
「男が寝室にいると問題だろ?だから女性に頼むんだよ……こら、しがみ付くな!放してえ!」
仕事の途中なのに、騒ぎ始めちゃった……どうして、ヴァンはミーシャちゃんが抱き着くのを、そんなに嫌がるんだろう?尻尾振ってるくせに。変なの。
精霊のボヤキ
――へー……――
……何だよ?
――べっつにー、なっにもー――
変に嬉しそうな声出して、何もじゃないだろ。
――尻尾全力で振ってる奴には言われたくないなぁ――
……?




